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リアクション
13
中旬急に決めた式だったが、滞りなく準備は済んだ。
式場の予約がなかったことや、招待客が少なかったことも大きいだろう。
ともあれ今日、こうして結婚式を執り行えることをエースは嬉しく思う。
聖職者進行役として、場を見渡す。参列者であるルカルカ・ルー(るかるか・るー)や、クロエと目が合った。ルカルカもクロエも、頑張って、というようにエースに笑いかける。おかげで、少しだけ緊張していた気持ちが解れた。微笑み返して、正面を見る。
タキシードに身を包んだメシエと、ウエディングドレス姿となったリリアが手を取り合って歩いてきた。バージンロードはなくていい、ふたりで歩いていく、という本人たちの希望でこうなったのだが、ふたりらしくていいと思う。
エースの前まで来たふたりへと、エースは契約の宣誓を読み上げる。
「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
凛とした声でメシエが告げ、次いでリリアも「誓います」と答えた。
「晴れてふたりはここに夫婦となった。今ここに立ち会う我々と満開の花たちがその証人となる」
厳かに告げ、認証を終える。この後は指輪の交換と誓いのキスだ。
互いに手を取り指輪を嵌め、一拍の間の後メシエがリリアのベールを上げた。顕わになったリリアの額にキスをする。
このタイミングで、まったく見事としか言いようがない桜吹雪が舞った。花からの祝福のようだった。
幻想的な風景の中誓いのキスを終えたふたりは、拍手に送られながら退場していく。
その後しばらくすると、ふたりはいくらかカジュアルな服装に着替えてこの場に戻ってきた。あっという間にドレスから着替えてしまったのには理由がある。
この後は、披露宴を兼ねたお花見だからだ。
リージャは死んだ。この世にいない。
無慈悲な現実を、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は早々に受け入れた。様々な想いや葛藤はあったが、受け入れることができた。
が、メシエは受け入れるにも年月を要し、また立ち直るにもそれ以上に長い年月を必要とした。
最初こそ、ダリルはリリアをリージャの代わりにするのではないかと危惧した。けれど、今は違うとわかる。誰かに誰かを重ねるような人間が、相手にあんな顔をさせられるものか。
わかっていたが、口をついてでてきた言葉は、
「リージャの代わりじゃないんだな」
だった。我ながら捻くれていると、よく思う。
けれどメシエはふっと笑った。皮肉げでもなく嘲るでもなく、普通に、だ。言いたいことを悟られたようで、少し癪だった。
「貴族としてこういう式で済ますなんてどういう風の吹き回しだ」
「相手が喜ぶようにしたい、と思うのは家柄よりも大事なことだと思うがね」
「あと数十年でまた失うことになるがそこは大丈夫なのか」
「大丈夫だよ。約束をしたからね」
「……そうか」
なら、たぶん心配はないのだろう。
あの男がこうまで言うようになるとは大した変化だ。リリアがそこまで変えたのか、と思うと人ひとりが与える影響力の大きさに改めて感嘆する。
メシエの傍に寄り添っているリリアへと目を向けると、リリアは「なあに?」と大きな瞳をダリルに向けた。
「この男は見かけ通り、内に篭って思考が停滞してぐるぐる回るタイプなのでな。好き勝手に引っ張ってやると丁度良いと思うぞ」
この一言に、メシエがばつの悪そうな顔をした。それを見てリリアがくすりと笑う。
「そうね。いろいろ言ってみることにするわ」
「ああ。それともし、メシエに虐められるようなことがあったらルカのところに家出してくると良い。実家に帰らせていただきます、という奴だな」
「楽しそうね」
「好き勝手言ってくれるな。……大切にする。私はリリアを幸せにするよ」
小さく、だがはっきりとメシエは言った。こう返されては、歪曲な言い回しばかりしていた自分がまるで子供みたいじゃないか。
「……一応、言ってやるよ」
「?」
「まあ、良かったんじゃないかな」
言うだけ言うと返事も受け取らずに背を向けた。
これが、精一杯だ。
ふたりから離れるとそっとルカルカが近付いてきて、「おめでとうって言ってあげなさいよ」と唇を尖らせていたが、もう一度言う。これが、精一杯なのだ。本当はもっと、メシエに言いたいことはあるのだから。ただし。
ダリルはくるりと振り返り、リリアに向けて小さく微笑む。
「おめでとうリリア。幸せにおなり」
リリアには言えるので、言っておく。
彼女が幸せならばメシエも幸せだろう。
だから、つまり、そういうことだ。
ダリルとリリアとメシエのやり取りを見て、素直じゃないなと夏侯 淵(かこう・えん)は思う。
淵にはきちんと、ダリルがふたりのことを祝福していることがわかっている。が、ルカルカが「文句なのか心配なのかどっちなのよ」と苦笑しているように、なかなかわかってもらえないかもしれない。
「なかなかの捻くれぶりだな」
独り言のように呟くと、花より団子で食事に勤しんでいたカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が「まぁなあ」と頷いた。
「『花嫁の父』な気持ちもあるんじゃねぇの?」
「『花嫁の父』?」
「リリアはダリルに懐いてるからよ。そういう、なんつぅの? 寂しいっていうかよ。そういうアレだよ、アレ」
「成程」
確かに、そういう気持ちもあるのかもしれない。とすると随分と複雑な心境であるわけだから、捻くれた言い回しになるのも仕方がないのだろう。
それに、他人が気付かなくとも当事者たちがわかっているなら第三者がとやかく言うことはない。現にリリアはダリルの言葉を受けて笑っているし、メシエだって嫌そうではなかった。
やれやれと思っていたら、ダリルが今度はメシエの鞄に何ものかを入れた。箱のようだ。贈り物かもしれない、と気付いて淵はふぅと息を吐いた。まったく、本当にややこしい。
いっそあっちくらいわかりやすければいいのに、とルカルカとクロエを見ながら淵は思う。ルカルカも、クロエも、花嫁姿のリリアを見てきゃあきゃあと喜んでいる。もっとも、素直なダリルなんて今更想像がつかないから、ああいう風になって欲しいとまでは思わないけれど。
ルカルカたちの方を見ていたら、ぱっとクロエがこちらを向いた。目が合ったので微笑みかけてみると、彼女もぱっと花が咲いたように笑う。とことことこちらへ近付いてきて、ちょこんと淵の隣に腰を下ろした。
「リリアおねぇちゃん、きれいね」
「ああ。そうだな」
「ウエディングドレスもとってもすてき」
「いつかはクロエ殿も着るのだぞ」
「わたしが? きれるのかしら」
「着れるさ。クロエ殿は気立ても器量も良い」
「おじょうずね」
おだてたわけではなかったのだが、あしらうように笑われた。変に思われたくはなかったので、淵もそれに合わせておく。
しかしもしもクロエがどこぞへと嫁に行くことになったなら、リンスはどんな反応をするのだろう。今リリアにしているように、素直に祝辞を述べることはできるのだろうか。あるいはダリルのように回りくどく伝えるのか。もしくはドラマのように『嫁にはやらん』と頑として譲らないのか。
どれもなんとなく想像がつくので困るな、と人様の家庭事情で空想していると、「きむずかしいおかお」とクロエに指摘された。
「でも、そうね。いつかはこんなすてきなイベント、けいけんしてみたいわ。かぞくができるって、あこがれなの」
それ以上は触れてほしくなさそうだったので、淵はただ「そうか」と相槌を打った。クロエももう何も言わず、眩しいものを見るような目でリリアとダリルを見ていた。
「カルキは?」
「は?」
急に話を振られたカルキが、目を丸くさせて振り返った。相変わらず、花より団子だ。絶え間なく何かを食べて、飲んでいる。
口の中にあったものが飲み込まれるのを待ってから、淵は言葉を継いだ。
「お主はどう思っているのか、とな。ふと思った」
「俺は酒と食い物さえありゃなんにもイラネェ」
カルキらしい返答だ。だからこそ、続いた言葉に少なからず驚いた。
「あ、嫁は欲しいなとは思ってる。……何キョトンとしてんだよ。普通だろうが、子孫を残してぇって気持ちは」
「まあ、そうなのだが。そんな素振りを見せぬから」
「適齢期のメスがいねぇんだよ」
確かにそれなら素振り以前の問題だ。納得していると、カルキノスはぶちぶちと「街に来れば会えると思ったんだが」と愚痴を零していた。
「出会いがなくて、次にどうする?」
「春になったしちょいと帝国――龍の谷付近に集落とかねぇか見てくるわ。ちょくちょく行って、繁殖相手を探すとするよ。
真面目な話、このままだと俺たちはいずれ滅びちまう。知能の低い魔物の竜か、子孫を残す歳でもない古い竜かの二極化の傾向もマズイんだ」
竜の事情はいまひとつぴんとこなかったが、事態が深刻であることはわかった。あの楽天家なカルキノスがこんな風に語るなんて相応の事態なのだ。
どう返せばいいか迷っている淵に気付いたからか、カルキノスは「こんな話はまた今度な」とばっさり打ち切った。
「見つかるといいな」
有り体な言葉しかかけられなかったが、カルキノスは「ありがとな」と言ってくれた。
一方別方向からは、ルカルカとダリルのやり取りが聞こえてきた。ルカルカが、「えー」とか「勿体無い」と言うので何事か、と視線を向ける。
淵が興味を持ったことに気付いて、ルカルカが「ちょっと聞いてよ!」と話しかけてきた。
「何事だ」
「ダリルが式は挙げないって言うから」
「はあ」
「何よー淵まで気のない返事」
「いや、そもそも俺はどこまで話が進んでいるのかもわからない状況で」
「返事もしてないし選んでもいない? どっちつかず? な感じ?」
「え! それはさすがにまずいだろ……」
「まずいのか? 悪いが正直よくわからないんだ」
ダリルもダリルで、だいぶ変わったとは思ったのだが。
「なんかまだ、足りないところも多いわねぇ、ダリルは」
「悪かったな」
「きちんと選ばないと駄目よー。どっちつかずなんて失礼なんだから」
「でもな、ルカ」
「でもも何もないのっ」
と、ルカルカによるダリルへの説法が始まったので、淵はそっと退散した。
淵との話を終えたクロエは、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)のところへ来ていた。
エオリアは、式が始まる前から今もずっと、裏方的な手伝いをひとりで担ってくれていた。記念写真を撮っていたり、食事の準備をしたり、飲み物を配ったり、と動いているところしか見ていない。
「てつだうわ」
だから、少しでも彼の負担を軽くしたくてクロエは申し出た。エオリアはにこりと笑い、クロエの髪に手を伸ばした。コサージュを飾られたようだ。
「来賓客であるクロエちゃんに、そんなことさせられませんよ」
「でも」
「いいんです。こうしているのも楽しいですから。
……ああでも、じゃあ、わがままをひとつ」
「なぁに?」
「少しだけ、お話しませんか」
「そんなことでいいの?」
「もちろんです」
その場に腰を下ろし、クロエは満開の桜を見上げる。いくつもの房が連なって花びらをつけて、大きなひとつの木になって、立派で――。
「まさか屋外で結婚式とは、驚きでしたよね。しかも、突然でしたし」
「それにね? わたし、おはなみだってさそわれたから、けっこんしきだってきょうきいて、すごくおどろいたのよ」
エースから、「お花見しない?」と誘われて来てみたら、リリアとメシエの結婚式だったのだ。その驚きは、エオリアには計り知れないだろう。
「けっこんいわいももってきてないのに」
「あら、私、クロエちゃんが来てくれただけで満足よ?」
ひょいと後ろから現れたのは、噂のリリアだった。
「リリアおねぇちゃん」
「今日はまだちゃんとお話してなかったわよね。クロエちゃん、来てくれてありがとう! 今日のクロエちゃんもとっても可愛いわ」
言うが早いかリリアはぎゅっとクロエのことを抱き締めた。甘くて、いい香りがする。柔らかくて、温かくて、こんな人と一緒になれるメシエおにぃちゃんは幸せ者だわ、と思った。
「リリアおねぇちゃん」
「なあに?」
「おめでとう。おしあわせにね」
心からの祝福を伝えると、リリアはやっぱり嬉しそうに笑った。
その笑顔を見ていると、こちらまで幸せな気持ちになった。
宴もたけなわとなった頃、唐突にブーケトスが行われた。
投げられたブーケに反応できたのはルカルカくらいのもので、なんの考えもなしに取ってから初めて、あ、と思った。
「次はルカちゃんね」
とリリアが笑う。そうだ。花嫁からのブーケを受け取った者は、次に結婚する。
結婚、という単語から具体的な想像が膨らんだ。今日のリリアとメシエのように、みんなに祝福されて、幸せを噛み締める。とても素敵なことだ。
「その時は、みんなも来てね」
頷かない人間は、いなかった。
「クロエも、リンスもよ」
少し離れたところにいたふたりに振ると、ふたりは顔を見合わせた。
「何もそんな、『行っていいの?』なんて反応しなくてもいいじゃない」
「いや、でも。……行っていいの?」
「私は来て欲しいなあ。来て、祝福してほしいし――もしリンスが結婚することになったら、同じように祝福してあげたいしね」
だから、約束よ。ルカルカは小指を差し出した。
「お互いに、お互いの幸せを願いましょう?」
そして、その日が来たら、祝いましょう。
あなたの未来に、幸あらんことを。
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