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君を待ってる~封印の巫女~(第2回/全4回)

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君を待ってる~封印の巫女~(第2回/全4回)

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第9章 封印破壊(花壇)

「しかし、花壇の封印が壊れたら、どうなるんやろ」
 順調に減っていく虫を見ながら、桜井 雪華(さくらい・せつか)はふと思った。
「こう……笑いは爆発や!、とか愉快な事には……まぁならへんか」
 花がバ〜ンなって、五色の煙が上がって、その前でピンク・ナースのネタ披露したら楽しいんやろな、とか不謹慎な考えがチラと過ぎってみたり。
 気を抜いた雪華、その頬を虫が掠めた……プチッとな。
「……ここは! ここは封印を壊してみんと!」
 ハイテンションで花や苗を手当たり次第に抜く!
「あ〜、何か良い気分やで」
「気をしっかり持って!、って言っても無理か」
「ユア、取り押さえてあげて下さい」
「了解、っと」
 新川涼に答え、ユア・トリーティアは雪華を取り押さえるべく動く。
 治療の方法は分かっている。ソールなりベアトリーチェなりに解毒してもらえば、それで済む話だと、涼もユアも思っていた。
 その予定が狂ったのは、ユアが足を止めたから。
「……え?」
 自分の足を見下ろし、戸惑うユア。
「ユアっ!」
 そこを狙い済ましたように襲い来る虫、涼はユアを押し倒すように、共に地面を転がった。
「何で、突然!」
 虫がまとう気配が変わった。
 ザラリ、と。
 より強固により禍々しく。
 そして、その動きもまた。
「……いやっ!?」
 突然攻撃的になった虫、如月 玲奈(きさらぎ・れいな)は咄嗟に対応出来なかった。
 殺虫剤が、音もなく地に落ちる。
 そして。
「いい方法思いついたよ」
 両手に集まる、炎の力。
「花と虫、どっちも焼き払えばいいじゃない」
 花壇に向かい放たれる、炎。
「止めろ!」
 それは自らを盾に割って入った椎名 真(しいな・まこと)に阻まれる。
「あら、ステキ。どれくらい耐えられるか……やってみる?」
 ふふっ、と楽しげに目を細める玲奈。
「何とか止めないと……っ!?」
 炎と虫と、避けようとした真は愕然とした。地に縫い止められてしまったように、足が動かなかったからだ。
 そうして。
「ごめん、俺、刺されてたっぽい……全て、壊れちまえばいい」
 心が黒く塗りつぶされていく、堕ちて行く。
 湧き上がる黒い衝動に突き動かされ、真はデリンジャーを仲間へと向けたのだった。
「くっ、いきなり動きが良くなったわね」
 一斉に攻撃に転じてきた虫たちに、美羽は唇を噛み締めた。
 斬!
 怯む事無く、続けざまに大剣を振るう。
 その足元に伸びた影。
 そこに違和感を感じる前に、反射的に美羽は跳び退っていた。
「……何?」
 影、そう影だ。
 伸びた影。けれど、そんなはずはない。
 今は昼。太陽は真上にある。とすれば影はそれぞれの足元に出来ているはずなのだ。
「誰だか何だか知らないけど、こそこそしてんじゃないわよ!」
 振りかぶった大剣を、影に突き刺す。
 直前、影は音もなく移動……花影に溶けた。
「……手応えなし、逃げたわね」
「ですが、これ以上の介入を防げただけでも、良しとしなければ……」
「うん……とにかく、あの子達を止めるわよ」
「はい。あの、最初に謝っておきます……ごめんなさい!」
「覚悟するんやな、ウチの突っ込みは痛いでぇ」
 美羽達に、雪華は不敵に笑んだ。
「これ以上させるわけにはいかない!」
 本気モードに入った恭司は、真の死角へと回り込む。
 真の攻撃はがむしゃらで激しい。
 しかし、それが急所を外したものだという事に、恭司は気づいていた。
 戦っているのだ、真も。
 操られながら、自らの衝動と。
「嫌だ……誰か、俺を止めてくれ……!」
 苦悶に歪む顔。
「今、楽にしてやる!」
 だが、そこに邪魔が入る。
「恭司!」
 膨れ上がる灼熱。
 咄嗟に飛び退いた眼前、フィアナの突き出したシールドが炎を阻んでいた。
「その花、燃やしに来てあげたわ!」
 高らかに宣言しつつ乱入した、メニエス・レイン(めにえす・れいん)
 状況を見て取ったメニエスは、口の両端をにぃっと吊り上げ。
 真や雪華を止めようとした恭司達へと火術を放ったのだ。
「止めて!」
「蒼空学園の教師として、それ以上の行為は見過ごせないのだよ」
 その前に立ち塞がる鷹谷ベイキとガゼル・ガズン。
 ベイキは震えそうな自分を鼓舞しつつ、ガゼルは銃を構えつつ毅然と。
「封印を壊す為? でも、もしかして怖い事が起こるかも知れないから、壊しちゃダメだよ」
「怖い事?……それが起こったらどんなに面白いでしょうね」
 メニエスの笑みが深まる。
 残忍で冷酷な、喜悦を含んだそれ。
 その手の甲に止まる、一匹の虫。
 チクリと、微かな痛み。
「成る程、これが例の虫、ね」
 血を生命を啜るとは違う。
 逆に何かを注入される、暗い衝動に身体と精神を侵食されていく感覚。
 しかし、メニエスは玲奈達とは違う。
 闇は近しいものであり、受け入れこそすれ恐れるものではなかった。
「何だか力が湧いてくるみたい……ゾクゾクするわ」
 増大する破壊衝動に口元を緩め、メニエスから火術が放たれた。
 ベイキ達、そして標的……花たちへと。
「わわっ?!」
「ベイキ!」
 咄嗟に抱え込むようにベイキを確保しつつ、躊躇なく引き金を引くガゼル。
 だが、それは先ほどより更に威力を増した炎に阻まれる。

 その間も犠牲者は増す。
「……なっ!?」
「さけっ!」
 グンっ、急に速度を増した虫に、荒巻さけの反応は一瞬遅れた。パートナー晶が咄嗟に庇おうとするが……遅かった。
 顔を庇おうとしたそれぞれの手の平に、小さな赤い華が咲いた。
 同時に、恐怖が消えた。
 代わりに芽生える、奇妙な浮遊感と……高揚感。
 様々なものから解き放たれる開放感。
「なにかしら……、解き放たれたような、すがすがしい気分ですね……」
「ええ」
 清々しい気持ちの中、晶に頷き……さけはふと顔をしかめた。
「あら、なにかしらこの不快な匂いは……元は断たないといけませんわ……」
 言いつつ、その不快なものへと手を伸ばす。
 触れるのは嫌だったが、それよりも尚、不快感・嫌悪感が勝った。
「なんでこんなものを植えたのかしら……、まったくの謎ですわ……」
「さぁ、一生懸命花を刈り取っていきましょうか……」
「……ちまちまやっていたら、封印は壊れませんもの……」
「……そうですね、ではいっぺんに終わらせてしまいましょうか……」
 クスクス、クスクスと、さけと晶はどこか虚ろに笑い合いながら、剣を構えた。
「止めろ!」
 制止が、今のさけに油を注ぐ。
「わぁたくしはぁ、この色とぉ、この匂いがぁ、気に入らないんですわぁああああ!!」
 叫び、爆炎波が周囲に無差別に襲い掛かる。
 操られているとはいえ、そのコンビネーションはさすがだった。
 絶妙のコンビネーションで、花壇を守ろうとする者達を近づけさせない。
「機動力奪えるから足がいいんだけど、花が燃えたらダメだしな」
 そこでカルキノス・シュトロエンデは思い切った手段に出た。
 さけの顔めがけて火術を放ったのだ。
 それはさけ自身に阻まれる。が晶もまたさけを庇おうとした為、そこに僅かな隙が生まれる。
 そこを逃すルカルカ・ルーではなかった。
「「きゃあっ!?」」
「蟲に飲まれちゃだめ! しっかり……って、あら、寝ちゃったわ。」
 ごん、後頭部を殴りつけられた二人が堪らず昏倒する。
 何せ、全力殴打だから☆
「はっ、私としたことが……」
「……動きも止められたし、結果オーライだろう」
 微妙に顔を引きつらせつつ、なダリル・ガイザックは思い出したようにカルキノスに注意した。
「こんな所で火術を使うなんて危険だ」
「そんなヘマしないぜ……花も女性も大切にしないと。美味いしさ。」
「喰うな!」
「そういう意味じゃないんだが……まぁ、いいか」
 二人が掛け合い漫才をしているのは、他でも決着が付き始めていたから。
 多勢に無勢、やはり花壇防衛の者達の方に歩があった。
「これ以上はさせん!」
「申し訳ありませんっ」
 静麻にタイミングを合わせ、レイナが鞘付きの剣を叩きつけた。口では殊勝に謝りつつ、実に容赦も躊躇もない一撃だった。
 流石にバランスを崩した真。その後頭部をトドメとばかりに、静麻は銃で殴った。
「あっあの、静麻……?」
「ん? あぁ、正気に戻るまでは拘束しておいた方がいいだろ?」
 気絶した真を、妙に手際よく簀巻きにする静麻。その様子が楽しそうに見えるのは気のせいだと、レイナは自分に言い聞かせた。


「封印が弱ってるのは、あなたの心と体が弱ってるからじゃない? 休みなしでずっとそんなことしてたんじゃ、そりゃ疲れるわよ」
 事態は収束へと動いている。だが、さすがに花壇は無傷とはいかず、封印も揺らいでいる。
 証拠に、御柱の顔にも苦痛が濃い。
 耐え切れなくなった神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)は、白花に駆け寄り訴えた。
「根本的に解決しましょ。災厄とやらを何とかしなきゃ」
 授受のパートナーであるエマ・ルビィ(えま・るびぃ)もまた、白花にヒールを掛けながら言葉を添える。
「だいじょうぶですわ、授受を信じて。みんなもいます。みんなもう、あなたの友達です。友達を助けたいんですわ」
「ずっとこのままなんて、白花がかわいそうだわ! 自由にしてあげたい。……あなたがここを守ってくれてたのなら、恩返しするのが当然でしょ」
 授受はずっと考えていた。
 今、封印は壊れかけている。
 ならば災厄を、白花から自分に移す事が出来るのではないか?
 白花を楽にしてあげる事が出来るのではないか?、と。
「ねえ、そこから出たいんでしょ?」
 だから、白花の中に話しかける。
「そのまま出ても、また前みたいに化物になったら退治されるだけよ。あたしの体を貸してあげる。楽しいこと、いっぱい教えてあげる!」
 それは純粋に好意だった。白花を案じての事だった。
 けれど、授受も白花も知らなかったが、既に空間は酷く不安定だった。
 夜魅は力を強めていた。
 何より……授受も誰も予想だにしなかったが、大いなる災いは確かに、在った。
 災いは確かに封じられていたのだ。
『いけませんっ!?』
 白花の悲鳴を最後に、授受の意識は途切れた。
 そして。
 そうして。
 ……。
 …………。
 ………………。

「……あれ、ここは?」
 真っ白な空間。授受は扉の前にいた。

 扉に貼り付けにされていたのは、白花だった。

「白花の中に誰か居る……? 小さな光……魂?……白花はそれを守っているの?」
 何故、と問われても授受自身困る。
 ただそう感じるだけ。
「守っている……『何』、から?」
 呟いた瞬間、ゾクリ、と。背筋が……いや、魂が震えた。
 白花が貼り付けにされた扉、その向こう側。
 扉の向こうで何かが動いた。

 それは、悪しきもの。
 黒き力。
 破壊をもたらすもの。
 世界を喰らうもの。
 即ち、大いなる災い。
 その、影にして一部。

 それが扉の隙間から染み出してくる。
「いっいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!?」
 瞬間、絶叫がほとばしった。
 生命ある者が持つ、根源的な恐怖だった。


「授受!」
 エマの腕に抱きとめられながら、授受は意識を手放した。

 けれど、悪夢は終わらない。
 悪夢はここから、顕現する。

 青い空に走る、一本の亀裂と共に。