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横山ミツエの演義(最終回)

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横山ミツエの演義(最終回)

リアクション

 董卓城崩壊のせいで、董卓も火口敦も誅殺槍を奪った出雲竜牙も見失ったメニエス・レイン達は、イリーナ・セルベリア達に行く手を阻まれていた。
 瓦礫を押しのけて這い出てきたメニエス・レインを見つけたイリーナは、光学迷彩で姿を消したまま足音を殺して接近し、一息に剣で刺し貫く気でいた。
 けれど、それはいち早くイリーナの殺気に気づいたミストラル・フォーセットのカタールに防がれた。
「メニエス様を倒したいなら、まずわたくしからどうぞ」
 おどけた口調で両手のカタールを見せ付けるミストラルに、突如氷の礫が浴びせられる。転がってそれをよけたミストラルにエレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)が対峙した。
「あなたのお相手はわたくしがいたしますわ」
 凛々しくベースをかき鳴らすエレーナ。
 ミストラルは、ふぅん、と嬲りがいのあるオモチャを見つけたように目を細めた。
「まったく困りますわ。わたくしはキャバクラではなくホストクラブが希望ですの。だから、夜の女帝編ではなくリリーハウス・ホスト版が始まってくれませんと」
「……誰に向かって話していますの?」
「独り言ですわ。お気になさらず」
 冷え冷えとした空気が漂った。
 一方、こちらは熱かった。
 愛され系ゆる族にあるまじき、ちょっぴり血走った目で機関銃を構えたトゥルペ・ロット(とぅるぺ・ろっと)が叫ぶ。
「クリスマスに使うお金を、キャラクエに回した分の悲しみをその身に受けるであります!」
「いつの話をしてるんだよ。こっちは誅殺槍の力が消えて苛ついてんだ。覚悟はできてんだろうな?」
 低く言うなり、ロザリアス・レミーナの目が針の先端のように鋭く光る。
 トゥルペはとっさに地に伏せた。
 鬼眼だ。
 まともに見ていたらしばらく足がすくんでいただろう。
 それらを見やったメニエスは肩を竦めてイリーナに視線を戻す。
「面倒なことになったわねぇ」
 口調は本当に面倒くさそうに、けれどその目はどこか楽しげに言うメニエス。ふと、瞳に力が宿ったと思った瞬間、イリーナへファイアーストームが放たれた。
 ファイアプロテクトを張ってしのぐも、さすがと言えるほどの威力でイリーナの肺が熱気に焼かれそうになる。
 イリーナはさらにエンデュアで魔法への抵抗力を高めると、思い切り地を蹴ってメニエスに斬りかかった。
 次の呪文を唱える暇を与えるものか、と気迫のこもった連撃に舌打ちしつつメニエスは距離をとろうと後退する。
 その周りでは、エレーナの楽器による魔法攻撃を潜り抜けたミストラルが、カタールの鋭い刃先でベースの弦を切断したり、ロザリアスがトゥルペの銃撃に瓦礫を盾にして回避していたりと、各自の戦いが繰り広げられていた。
 戦闘慣れしているのはメニエス達だが、イリーナ達も必死に喰らいついてくるため、なかなか致命傷を与えることができなかった。
 とっさに振ったメニエスのウィップがイリーナの足を捉え、掬われそうになったイリーナが何とか踏ん張って剣を鞭に突き立てた時、
「待ってくれ! 少し話をさせてくれ!」
 危険も顧みず二人の間に割り込んできた者がいた。
 緋桜 ケイ(ひおう・けい)は苦しそうにメニエスを見つめる。何かを言おうとしてはやめる、を何回か繰り返した後、ようやく出てきた言葉は。
「嘘だろ……? あんたが鏖殺寺院のメンバーだったなんて、ほんの冗談だよな?」
 今にも泣き出しそうな顔のケイに、メニエスは何も答えず口元に薄く笑みを刷いているだけだ。
 今日までいろいろなところで交流を深めてきただけに、これは認めたくないことだった。
 だが、その表情が肯定に見えたケイは、握り締める両手にいっそう力がこもってしまった。
 それでも、まだ引き返せるはずだと希望を持ってケイが一歩踏み出そうとした時、悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が腕を掴んで引き止めた。
 文句を言いたそうに振り向いたケイに、カナタは「任せておけ」と唇の動きだけで伝えて前に出る。
「ごきげんよう、メニエス。戦いの邪魔をしてすまないが、おぬしにどうしても見てほしいものがあってな」
 大切そうに何かを包んだふろしきの結び目が解かれ、中から出てきたのはB5サイズの一冊の薄い本──同人誌であった。
「わらわには一時期あらゆるジャンルの同人誌をかき集めていた時期があってな」
 そう言ってカナタが見せた表紙に、最初不審そうにしかめられていたメニエスの目が、次の瞬間にカッと見開かれた。
 そんな変化に気づかないふりをしてカナタは続ける。
「多くの本を手に入れたものだが、今でも手放すことができず、ずっと持っている本があるのだ。それが、この本よ」
 石になってしまったように微動だにしないメニエスを怪訝に思い、ミストラルとロザリアスが集まってくる。そうなるとトゥルペやエレーナも寄ってきて、みんなでその本の表紙に見入ることとなった。
「作家は駆け出しであったのか、内容はまだまだ稚拙であったが作品からは作家の思いが滲み出ていた……。わらわは一目見ただけで、この作家のファンになってしまってな」
 パラミタに戻った今でも、大事に持っているのだとカナタは締めくくった。
 メニエスの額には嫌な汗がにじんでいるが、それに気づいているのはカナタくらいだろう。
 ミストラルが「それがどうしたのです」とカナタを見る。
 カナタは笑みを深くした。
「日本のオタク文化とは狭い世界でな。異国人、かつ美少女な同人作家などそうはおらぬ。わらわは覚えておるぞ。……メニエスよ、あの頃のおぬしはどこへ行ったのだ?」
 スペース席に控え目に座り、儚げな影を落としていたメニエスの姿を知っているのは、カナタだけ。
 その衝撃の事実に、全員の目がメニエスに注がれた。
 あまりにも強い好奇の視線に、メニエスのフリーズがとかれ……わたわたと慌てだした。
「なっなっ、何でそれをいまさら……!?」
 恥ずかしいのか顔を赤く染めてカナタから本を奪おうとするも、ヒョイヒョイとかわされてしまう。
「わらわの宝物だ。誰にもやらぬ」
「メニエス……」
 急に親しみやすくなったメニエスの肩を、ケイが軽く叩いた。
 振り向いたメニエスの顔は、酷薄な鏖殺寺院の顔ではなくただの女の子の顔のようだった。
「この本を暴露されたくなければ、おとなしくしていろ」
 イリーナが何とも言えない表情で、言葉でとどめを刺した。

卍卍卍


 乙軍と董卓軍がカオスな戦いを繰り広げていた頃、まったく違う場所で戦ってきた者がいた。いや、場所は違ったが目的はミツエのためだ。
 そして目的を半ばまで果たしたロア・ワイルドマン(ろあ・わいるどまん)が、レオパル ドン子(れおぱる・どんこ)と共に獣化したティー・ガー(てぃー・がー)の背に乗って戦場を見渡せる場所に着いた時、彼はその光景に驚愕した。
 戦場を中心に大地がどす黒く染まっているのだ。しかも、それはじわじわと広がっているように見える。
「何かの、呪いみたい……」
 ティーが震える声で呟く。
 それは獣人の勘か事実か。
 だが、その呟きにロアはハッとした。
「呪い……そうかもしれない。おい、ティー、今すぐ誅殺槍の力を使うのをやめろ。ドン子も降りるんだ」
 二人を背に乗せられるように、槍の力を借りて通常より大きな金の虎に変身していたティーに、ロアは早口にまくしたてながらドン子を押し出した。
 いきなりのことにドン子は尻から地面に落ちてしまう。
「痛いですぅ……ひどいですよ、ロアさん」
「いいから! もう使っちまったもんはどうしようもないが、今後は槍の力はなしだ。このままじゃ、例え勝っても乙王朝は滅ぶ! ミツエにこの危機を知らせに行くぞ!」
 真剣な顔でドン子とティーに言い聞かせると、ロアはすぐに戦場へ駆け出した。
「ちょっとロア! ミツエがどこにいるか知ってるのー!?」
 ティーの叫びはロアの耳に届かなかった。