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リアクション
また会う日まで
戦塵舞うその場所で、ロアは胸がムカムカするような臭いに思わず口元を手で覆った。
先ほど、ガイアが倒されたということを気を失いかけた兵から聞いた。
「せっかく集めたのに……」
ロアは今後のミツエのためになればと、悪党共から金品を強奪しそれをパラ実生徒会に献上することで自分の資金集めの能力を認めてもらい、四天王の地位を得ようと考えていた。そうすることで生徒会の内部事情を少しでもミツエに流せれば、国の力になると信じていたのだが……。
このように荒れ果ててはこの先どうなるか見当もつかない。
考えに耽りそうになる頭を振り、ロアはとにかくミツエを探し出すことに専念した。
董卓城崩壊から自分の安全よりも誅殺槍の安全を優先したかいがあってか、出雲竜牙はともかく槍は傷一つなくすんだ。
隣で瓦礫に埋まっていたモニカ・アインハルトもたいした怪我もなく起き上がる。
まだ呆然としているモニカの肩を叩いて意識をしっかりさせ、竜牙が城の残骸に足を取られながらもそこから離れようとした時。
「見つけたぞ、小僧!」
「あっ、槍を持ってるっスね」
董卓と火口敦が竜牙達に負けず劣らずのボロボロ具合で、瓦礫を飛び越えて迫ってきた。
さらに。
「あ! 敦に董卓! こんなとこにいたのね!」
ミツエが二人を指差して大声を上げた。
ミツエは特に竜牙のことを気にしてはいないようだが、挟まれる形になってしまった竜牙としては大変居心地が悪い。
ゆっくりゆっくり双方から距離をとっていく。
しかし、目ざとく董卓が気づいた。
「誅殺槍を返せ! その槍は」
董卓のセリフを遮るように、影が竜牙目掛けて飛び込んできた。
きらめく白刃を反射的に受け止めようとしたのはモニカだった。
風祭 隼人(かざまつり・はやと)の銃剣がモニカのアーミーショットガンに防がれようかと思われたが、ショットガンもモニカも突き抜け、後ろの竜牙へ伸びる。
竜牙は切っ先を身をよじってかわし、苛ついた声で董卓が遮られた続きを発した。
「誅殺槍は俺様以外の者はいつまでも持っていられない。壊れるぞ」
「何だって!?」
目を見開く竜牙に、たいして動揺もしていないモニカ。
「だから言ったじゃない。誅殺槍には致命的な欠陥があるはずって」
「……言ったか?」
「言ったわよ。あなたは自分の欲望に目が眩んでいたようだけど」
淡々と言ったモニカは、下がりかけた眼鏡を押し上げた。
「野望を叶えたいなら槍を俺様に返せ」
手を差し出す董卓に、未練の残る竜牙が逡巡していると、突然ヒョイと後ろから誅殺槍が取り上げられた。
何やら思いつめたような顔をしたミア・ティンクル(みあ・てぃんくる)だ。
ミアは黙って董卓の手に誅殺槍を返す。
そして、董卓をまっすぐに見上げて口を開いた。
「僕のお願い、聞いてほしいの──」
自分をコントロールできなくなるほどの風祭優斗への想い、それとなくなってしまった牙攻裏塞島のこと。
董卓は悪そうな笑みで先を促した。
「優斗お兄ちゃんは僕を」
「ダメだっ!」
誰かの大声がミアの声を掻き消した。
瓦礫に足を取られて転んだのか、擦り傷を作ったロア・ワイルドマンだった。
「それ以上、その槍の力を使ったらダメだ!」
駆け寄ってきたロアは、強くミアの腕を引いて誅殺槍から離れさせようとした。
ミアが顔をしかめているのも気づかず、ロアは董卓を睨みつけて言った。
「遠くから見て気づいたんだ。董卓よ、その槍の力を使えば使うほど大地は枯れ果てていくんじゃないのか!? この辺一帯、どす黒くなってたぞ!」
掴まれている腕の痛みも忘れてミアがハッと顔を上げ、董卓を見つめる。
竜牙もミツエも敦も。
隼人が唸るように董卓に確認する。
「知っていたのか? 知っていてそれを受け取ったのか?」
「当然だろう。メニエスが教えてくれたさ。しばらくここは雑草一つ生えない」
何の罪悪感も見せない様子で答える董卓。
この馬鹿、と敦が悔しそうにもらした時、突然誅殺槍が砕けた。澄んだ音を立てて。
数秒、呆然としていた董卓だったが、我に返った瞬間狂ったように辺りを見回し、
「誰だ!? 出て来い!」
と、犯人を呼びつける。
すると、他の山より頭一つ分くらい高い瓦礫の山から、銃タイプの光条兵器を構えた国頭武尊が姿を現した。シャープシューターで誅殺槍を破壊したのだとわかった。
「オレだよ。これで槍の力は完全になくなったな」
「やってくれたな──!」
いきり立つ董卓に、武尊は怒りと侮蔑の混じった眼差しを向けた。
「それはこっちのセリフだ。オレはアンタのやり方が気に入らねぇ。ミツエのやり方が嫌だと言うなら、どうして自分の才覚で反旗を翻さなかった? なんで誅殺槍なんてものの力に頼った? ……情けねぇ」
「武尊の言う通りっスよ、董卓」
反省しろ、と敦が一歩董卓へ近づいた時、董卓の足元がバックリと裂けた。
あっと声を上げる間もなく、董卓の巨体が裂け目に吸い込まれるように落ちていく。
ナラカだ、と誰もが気づいた。
女王器という強力すぎる道具を失った反動だろうか。ナラカが持ち主である董卓を引きずり込もうとしている。
たちまち豆粒ほどの大きさにまで離れてしまった董卓から、敦へ言葉が投げられた。
「次に会うのは百五十年後だな、敦! お前はお前の天下を取れ!」
声だけを残し、董卓の姿がすっかり見えなくなると、地面の裂け目は何事もなかったかのように閉じていた。
強すぎる物を所有するということは、こういうことなのだと知らしめる出来事だった。
しばらく、誰も言葉が出なかった。
董卓が大怪我したとか死んだとかいうわけではないせいか、敦には何の変化もなかった。
だから彼は、ミツエのもとを離れて董卓を迎えに行く決意をした。
「迎えに行くって、ナラカまで?」
突拍子もないことを言い出した敦にミツエは目を瞠る。
敦は何てことないように頷いてみせた。
「どうやって行くつもりなの?」
「地面を掘って行くんスよ。さっき見たでしょ。董卓がずっと地下に吸い込まれていくとこ」
「……掘って行けるもんなの?」
「行けるんじゃないッスか?」
どこまでも呑気な敦に、ミツエはそれ以上何かを言うのをやめた。
何より、敦の決心は固そうだ。止めても無駄だろう。
ミツエはどうするのか、と問われ、彼女はゆっくりと周囲を見回しため息をつく。
「綺麗になくなっちゃったわね。みんなもどこにいるのかわからないし……探すわ。それで、もう一度やり直すのよ。諦めたわけじゃないんだから」
ミツエもどこまでも野心家であった。