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横山ミツエの演義(最終回)

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横山ミツエの演義(最終回)

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董卓城への道


 数学狂になっていたのはここにもいた。
「憑き物が落ちたとは、まさにこのことだぜ」
 やれやれと肩を落とす伊達藤次郎正宗。
「すまないな。私がもう少しあのコウモリに注意を払っていれば良かったのだが」
「ま、それも落ち着いたんだ。もっともっと大きくするぜ」
 ベアトリクス・シュヴァルツバルト(べあとりくす・しゅう゛ぁるつばると)の謝罪に、正宗はあっけらかんと笑うと後ろでホッとしている火口敦にもその笑顔を向けた。
「散々だったな」
「本当に……脳みそが熱持ってるみたいっス」
「これからは体が熱くなるぜ」
「曹操、劉備、孫権に怪しい動きはなし。私らは独立状態だ」
 ベアトリクスの言葉に正宗は頷く。
 孫権は呉軍の者達と共に一時的に正宗と動いているから、妨害でもしようものならすぐにわかる。曹操や劉備の手の者が、この一団を尾行あるいは監視している気配はない。
 英霊達はどうやらミツエに倣って正宗に敦を完全に任せることにしたようだ。
「いったん戻ってから進みましょうか。乙軍はまだ城付近ですし」
「よし、止まらずに行くぜ。遅れずについてこいよ!」
 支倉 遥(はせくら・はるか)の言葉に、正宗は背後の兵達を鼓舞した。


 正宗の作戦に則り、牙攻裏塞島城壁前でレールガンで飛ばされてきたゴブリンと戦う李厳の兵を襲うことになったカリン・シェフィールド(かりん・しぇふぃーるど)駿河 北斗(するが・ほくと)
 小型飛空艇を飛ばす北斗がスパイクバイクを走らせる孫権に大声で聞いた。
「孫権! てめぇの護るべきものは見つかったかよ!」
「もちろんだ! わかっているとは思うがミツエとこの乙国、そして民だ!」
「そうかよ! そいつが間違ってるとか正しいとか細けぇこたぁどうだっていい! でもな、答えが見つかったってんなら、そいつを護りぬけよ!」
 北斗はミツエにというよりは孫権の助太刀に来ていた。
 孫権も彼の態度から薄々それを察していたが、北斗が一度やると言ったことは曲げない者だということも、これまでの接触から感じていたので今はこの協力に感謝している。
 孫権は今日まで呉軍として戦ってくれた北斗やカリンが、目的が同じということで正宗の軍に編成されたから、ただの一兵士としてここにいられるようミツエと正宗に頼んだ。身なりもただのパラ実生徒に変えている。
 こんな会話をしているうちに目的地が見えた。
 ゴブリンの背後を突く形で正宗軍は戦闘に参加し、李厳の兵も薙ぎ倒していった。
 これまでに乙軍を何度か襲っていたので、ゴブリンは正宗軍はミツエを見限ったと油断していた。
 が、やはり李厳の兵にも攻撃しているので何がなんだかわからなくなった。
 そして正宗軍に倒された兵達は、次々に正宗軍に吸収されていく。こうして戦うたびに軍を大きくしていくのだった。
「次行くぜ!」
 進路を示す正宗に従い、軍は方向転換した。
 李厳の指揮する兵を半分ほどと動けるゴブリンを全て奪って。
 結果としてここの兵力は減ったが、戦闘は終わった。


 この調子で参道の敵味方、後続の董卓兵を次々と切り崩していった。
 傍から見れば第三勢力の誕生である。
 前方に戦車隊の端っこが見えてきた。
「待って北斗! あの戦車は物凄いって話よ」
 突出しようとした北斗をベルフェンティータ・フォン・ミストリカ(べるふぇんてぃーた・ふぉんみすとりか)が呼び止める。
 彼女は噂で聞いた戦車に関することを早口に言った。
「まず、あれは無線で動かされているの。それから未来を見る装置、人の思考を読み取る装置が付いているらしいわ」
「何だそりゃ」
「それと、朝野三姉妹のうち、未羅という人に味方する機械は全ての攻撃を無効化する装甲を持っているのよ!」
「……で、弱点は?」
 呆れ顔で問う北斗にベルフェンティータは言いにくそうに教えた。
「素早さ。夏野衆がそれで対抗していたわ。正直言って、命がいくつあっても足りないわね。まったくもう、あんなデタラメどうしろっていうのよー!」
 キレるベルフェンティータ。
 絶句する北斗にクリムリッテ・フォン・ミストリカ(くりむりって・ふぉんみすとりか)がベルフェンティータを援護するように手を挙げた。
「でも、操っているのは生身の人間なんだから、そいつらを景気良く燃やしちゃえばいいよね?」
「なるほど。じゃあ行き先変えるぞ!」
 話を聞いていた正宗は、さらに董卓が増派した第三軍のモヒカン勢に狙いを変えた。
 そこで、孫権はここで正宗軍と別れることにした。
「呉軍はここで離れる! あのモヒカン共は俺達がやる。曹操もそろそろ動くだろう。敦をしっかり送り届けろよ!」
 進路を変えた孫権に続く北斗とカリン。
 ベルフェンティータが『呉』の旗を掲げる。
 北斗が光条兵器の両手剣の切っ先を天に向けて声を張り上げた。
「横山ミツエはここにいるぞー!」
 それが嘘か本当かはともかく、呉軍に殺到してくるモヒカン勢へ北斗が配下と共に突撃する。手始めに北斗は一気に十数人のモヒカンを叩き伏せた。
「てめぇらはドージェよりはるかに弱いな」
 クリムリッテも生き生きと火術で敵勢を攻めている。

 もう一隊、モヒカン勢に槍のような陣形で突っ込むバイクの群れがあった。
 カリン率いる『カリン党』である。後続にはメイ・ベンフォード(めい・べんふぉーど)がついている。
「おらぁ! ボケッとしてると月まで飛ばすぜ!」
「跳ね返してやるよォ!」
 さすがパラ実生同士というべきか、どちらも手加減なしだ。
 モヒカン達は歩兵であるにもかかわらず、バイク兵に果敢に立ち向かい、乗り手や側面を狙って釘バットや木刀で殴りつけてくる。かと思えば後衛兵が銃を乱射してきたりする。
 カリン党もたとえ横の仲間が倒されても決して陣形を崩さずに、ひたすらにカリンを追う。
「これでもまだ跳ね返せるかい!?」
 カリンが右手を掲げれば、突如、どこからともなく現れた魔獣がモヒカン達を踏み潰していった。
 獣の足跡が地面に、モヒカン達に残る。
「このまま突き進むよ! メイ、しっかりついてきな!」
「頼むから途中で倒れないでよ!」
 もしもカリンがやられたら、後を引き継ぐのはメイである。
 できればそれは避けたいメイだった。
「あたしなんて一瞬で消されちゃうんだから」

 正宗軍はというと自分達が倒した兵を吸収しつつ、敵味方関係なく兵力の薄いところを狙って戦場を駆け巡った。

卍卍卍


 一方乙軍は、ガイアを目指して真っ直ぐ進んでいた。
 朝野未沙に拉致されかけて以来、ミツエのガードは固くなっていた。ちなみにナリュキに大きくされた胸のサイズは、もとに戻っている。ナリュキは残念そうだが、ミツエは見えないふりをした。
 鬼灯歌留多は「過保護ですわねぇ」と心の中で呟いた。
 これまでは桐生ひなと伊達恭之郎くらいだったのに、風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)も姫宮和希のポケットの中に加わり、押し合いへし合いの状態になっている。
「そこまでしなくてもよろしいでしょうに……」
「うわっ、歌留多ちゃん姿消したまま近くで囁かないでっ、びっくりするからっ」
 器用に服を伝って下りてきた歌留多の声に、恭之郎が飛び上がる。
 歌留多は万が一に備えて、光学迷彩を解かずにいた。
「ふふふ、ごめんなさいね」
 まるで悪いと思っていない軽やかな笑い声だった。
 今はわからないが、彼女のまぶたは閉ざされている。目が不自由なためだ。けれど、それは他の感覚器官によって充分に補われていた。人のいる位置や動きなどは気配でわかるのだ。
「過保護と言われても……ねぇ」
 それをやめることはできないのだ、と苦笑する優斗を見てしまったテレサ・ツリーベル(てれさ・つりーべる)が少しだけ唇を尖らせる。
「ミツエさんには薔薇の学舎の生徒さんがいらっしゃるじゃないですか……あっ、いえ別に、優斗さんが私以外の女性と仲良くなるのが嫌だとかそういうことではなく……」
「テレサ? どうしたのです?」
 優斗の呼びかけに、声にするつもりのないことが声に出ていたと気づいたテレサは、ハッとなって両手で口をふさぐと、ごまかすように優斗とミツエの間に無理矢理体をねじ込んだ。
「ちょ、テレサ。狭いんですから動かないでくださ……っ」
「ミツエさんにくっつきすぎです。優斗さんが不謹慎なことをしないよう、私が見張りますから」
 まるで優斗がミツエに何かいかがわしいことでもする気でいるようなテレサの言い方に、恭之郎は囃し立ててからかい、ミツエはわざとらしく身を小さくしてテレサに寄り添った。
 適度に優斗で遊んだ後、ミツエはポケットから大きく身を乗り出し、落ちそうになった預かりもののピエロ帽子を被り直してから、下の切縞 怜史(きりしま・れいし)に呼びかけた。
「夢見が作った穴をぶっちぎるのよー!」
「ま、適当にやってきますよ」
 軽く手を挙げてだるそうに返した怜史にミツエが何か言う前に、彼はバイクのエンジン音を盛大に鳴らして行ってしまった。
 その後を一万人が追いかけていく。怜史に「ついて来たいなら勝手にすればいい」と言われて、勝手について行くことにした者達だ。

 スパイクバイクで風を切り走る怜史の前に、すぐに戦車隊が迫る。
 一箇所を集中して攻めた夏野衆により、そこは穴があいたようになっていた。
 周囲の戦車から砲撃を受けた怜史の後方のバイク隊の一部で爆発が起こったが、怜史は振り向かずに突き進んだ。
 一瞬だけ戦車の上の夏野夢見と目が合った。
 まるで怜史の進路を見透かすように位置を変える戦車をギリギリでかわす。この時も、かわしきれなかった後続が転倒したが、やはり怜史は振り向かない。
 迷路のような戦車の森を小回りで勝負して切り抜けた彼の前に、露天の小さな工房があり、そのさらに向こう、董卓城の正門前にモヒカンとゴブリンの分厚い壁が待機していた。視線を右端に向ければ身長百メートルの巨体を誇るガイアが仁王立ちしている。
 怜史はエペを抜くと、やっかいな戦車を製造している朝野未沙の工房を襲撃した。