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そんないちにち。

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リアクション


第9章 放課後のお相手は誰ですか。


 秋葉つかさは、まだ“今夜のお相手”を捜して彷徨っていた。
 動物的な勘が働いたのか、意外にも図書館に向かった。
(やはり、午後の授業がひとつ終わったからでしょうか。人が多そうですね……あちらは!)
 つかさは図書館から出てくる“お相手”を見つけた。
 しかし、“お相手”は慌てていて、つかさに気がつかない。
 それどころか、慌てすぎた彼は出入り口で大学生のコトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)にぶつかって、彼女が持っていた資料をぶちまけていた。
「ごめーん。はいこれ。あ、こっちにも。ごめんごめん。ていうか、なにコトノハさん……こんなの調べてんの?」
「はい。卒論なんですけど、資料がこれくらいしかなくて……何か知りませんか?」
「知らないなー。神社とか行った方がいいんじゃないの?」
「神社はもう行ったのですが……そうですか。知りませんか」
「あ、ごめん。ちょっと急いでるから。またね!」
 “お相手”はあっという間に走っていってしまった。
 つかさはしばし迷って、後を追った。
(わたくしのお相手をできる方はそうそういらっしゃいませんから……あのお方に頼むしか……)
 “お相手”は、愛!部の如月 正悟(きさらぎ・しょうご)だった。
 正悟は栂羽 りを(つがはね・りお)と待ち合わせしている校門に急いでいたが、その必要はなかった。
 りをは壊滅的な方向感覚の持ち主で、この前まで通っていた蒼空学園に来る途中で道に迷っていた。

「ここ……どこおー??? 蒼学はどっちいー???」

 交差点の真ん中できょろきょろして目を回していると、救世主が現れた。
「自分が蒼学まで案内するであります!」
 雲雀だ。
 エルザルドはその後ろで見守っていた。
「いいんだね、本当に」
「エル、しつけえなー。行くって言ったら行くんだよ」
 そして、りをは雲雀とエルザルドに案内され、蒼空学園に向かった。

 図書館では、コトノハが調べ物をしていた。
 そばには剣の花婿ルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)もいたが、彼はコトノハが選んだテーマに頭を抱えていた。
「歯がゆい……。我の知識では力になれぬ……くそう!」
 思わず大きな声を出してしまい、近くにいた非常に真面目に勉強をしている中学生に叱られてしまった。
「図書館ですから、小さな声で話していただけますか」
 中学生とは思えない程の落ち着きを持っている少年は、本郷翔だ。
「すまぬ……ところで、これを調べてるのだが知りませんか?」
 翔は、大きなため息を吐いてこう言った。
「知識というものはその深さや量も確かに大切でございます。しかしですね、その前にまず何の知識かを得るべきか、その点についてよくよく考えるべきではないでしょうか」
「というと……?」
「そのようなものは調べる価値もない、と言っているのです」
 その場を去ろうとルオシンに背を向けると……
「はっ! な、なにか?」
 コトノハがじーっと見つめていた。
「それでも……それでも私は知りたいのです。知ってることがあるなら、教えてくださいっ!」
「申し訳ありませんが、今、私は非常に大切なことを研究していまして、忙しいのです」
「何を……何を研究してるんですか?」
 翔はおもむろに鞄から紅茶の缶を出した。
「これです」
「紅茶……ですか。何かわかったのですか」
「よろしいですか。紅茶をミルクティーにするとき、ミルクを先に入れるか後に入れるかで古くは中世の時代から論争が繰り返されてきましたが、ずばり! このお茶の場合はミルクが後の方が……良・さ・そ・う!」
「……」
 コトノハはルオシンに目配せした。このおかしな男から離れよう、と。
「翔さん。貴重なお話、ありがとうございました。ご機嫌よう」
「おや? 行ってしまわれるのですか。あ、そうです。閉架書庫には行かれましたか? 何かわかるかもしれませんよ……コトノハ様……!」
 コトノハはルオシンを連れて、図書館を後にした。
 翔は閉架書庫をチラリと見た。
(そういえば、先程誰かが入っていきましたね。係の方がいるなら、鍵をあけてもらう手間もはぶけるというもの。後で行ってみましょう……)
 
 その閉架書庫では……
「鍵かけた?」
 カルナスは、剣の花嫁アデーレに尋ねた。
「うん。いまかけるけど、いいのかな。こんなとこに来て……」
 ここは、図書館の閉架書庫。貴重な資料や需要のなくなった本が並んでいて、床はカーペットだ。普段は文字通り閉鎖されていて、司書とその手伝いを任されている数人の学生しか鍵を持っていない。
 そして、そのうちの1人がメガネっ娘&ドジっ娘のアデーレだ。
 中から鍵をかけたアデーレはクルッとカルナスの方を向いて、扉を背に寄りかかった。
「アデーレ、こっちこいよ」
「えー、なーに? だってカルナス、変なこと考えてるよねっ」
 2人は恋人同士で、最近ついに最後の一線を越えたのだが、思春期の男女が越えたということは……それはもう止まることはない。会えば……である。
「アデーレだって、わかってるくせによー」
「でも、こんなとこで、まずいよ」
「なにがだよ」
 カルナスは魔法が使えようがなんだろうが、しょせんは高校男子。女子の恥じらいをちっとも理解していなかった。
「だーって、誰か来たらどうするの?」
「誰も来ないって」
 だから、来たらどうするのか訊いている。
「うーん。えー、でも来るよー。誰か来る」
「アデーレ。じゃあ、なんで鍵かけたんだよ」
「まあ、その……人が入って……こない……ように?」
 カルナスはにたーっと笑った。
 この笑みはすなわち、もう止まれないね、というサインだ。
「窓のカーテンしめて。あと、あっち向いててよね」
 と本棚と本棚の間に入って、蒼空学園の制服を脱ぎ始めた。
 カルナスはカーテンを閉めながら思い直して、振り向いた。
「こっち見ちゃだめっ!」
「いや、そうじゃなくて、脱がなくていいよ。アデーレはめったに制服着ないんだし」
 そう言って、やらしい笑みを浮かべながらゆっくりと迫ってきた。
「もうー。カルナスのえっち!」
 2人がこのあと何をするのかそれはわからない。きっと、読書や勉強だろう。きっと……

 図書館ですっかり意気消沈したコトノハとルオシンの2人は、菜の花畑の緑道をぼーっと歩いていた。
 花壇には、園芸部のアリアがいて話しかけられたが……
「こんにちは。どうしたの? 元気ないね」
「あ……うん……」
 トボトボと歩いて、ベンチに座ると真っ白になっていた。
「どうしたんだろう……?」
 アリアは首を傾げつつ、花壇の手入れを再開した。
 じょうろを手にするが、いったんそれをやめて害虫駆除の作業をはじめた。すると……
「お姉ちゃーん!」
 元気いっぱいの少女の声が飛び込んできた。
「虹七ちゃん?」
「お姉ちゃん!」
 アリアが振り向くが、一面黄色い菜の花ばかり。
「虹七ちゃーん?」
「こっちだよー」
 黄色の中から声だけが聞こえてくる。
「どこかなー?」
「じゃじゃーん!」
 と黄色をかきわけて飛び出してきた。
「きゃっ!」
「びっくりした?」
「もうー。驚かせないでよねー」
 初等部の天穹 虹七(てんきゅう・こうな)は、アリアを姉のように慕っていた。
 そして、精霊のファリアも顔を出した。
「虹七ちゃん、今日はすごいのよね〜」
「あー! 言っちゃだめっ。虹七が言うのーっ!」
「はいはい。何も言ってませんわ〜」
 たたたたた……とアリアのところまで来ると、「えっへん」と腰に手を当てて言った。
「あのね。虹七ね、算数のテストで100点取ったよ!」
 頭をひょいと斜めにして催促した。なでなでを。
「やったね! 虹七ちゃん!」
 アリアはいっぱいなでてやった。
「えへへー♪ ねえねえ。お姉ちゃん。お花さんに水あげるの虹七がやるー!」
「あら。やってくれるの? ありがとうー。お花さんも喜ぶね」
 アリアはこれを予想して、水やり作業を残しておいたのだ。
 虹七はアリアとファリアに見守られながら、せっせと水をやった。
「お花さん、お花さん、元気に咲いてね……あ、ちょうちょ! まって〜」
 もんしろちょうを追いかけて、あっちへこっちへ走り回っていた。
「ちょうちょさーん。まてー」
 走り回って疲れた虹七は、木陰のベンチに腰掛けて静かになった。
「はあー。ねむいー」
 アリアとファリアのお姉さんコンビは、瞼が重くなってこっくりこっくりしはじめた虹七を間に置いて、おしゃべりをはじめた。
 それが、いつもの午後だった。

 暗黒面も漂わせながら彷徨う秋葉つかさは、校門の陰から正悟をのぞいていた。
(正悟様……今夜のお相手は貴方様しか……)
 正悟は背中に何か恐ろしい気配を感じたが、気になる少女の声に恐怖は吹き飛んだ。
「せんぱーい!」
「りをさん!!」
 りをは案内してくれた雲雀にお礼を言おうとしたが、その姿はもうどこにもなかった。
「あれれー? まいっか。着いたんだし」
「明倫館から遠いよね。はいこれ。オレンジ」
 正悟は首尾良く買っておいた缶ジュースを差し出した。
「わあ。ありがとうー。喉乾いたところだったんだー。うれしいっ♪」
 ぷしゅ。ごくごくごく。
「ぷっはー!」
 これ以上ないくらい美味しそうにジュースを飲むと、いっぱいの笑顔でぺこりとお礼をした。
「ごちそうさま」
(か、かわいいっ……ああっあぶない!)
 正悟はいつの間にかよだれを垂らしている自分に気がつき、サッと拭いて取り繕った。
「えーっと、りをさんは高等部に来るのは初めてなんだよね」
「うん。私、初等部だから。なんかね、高等部の方にきれいな菜の花がいっぱいあるって聞いたんだけど、行ってみたいな〜」
「うん。あるある。じゃあ、案内するよ」
「やったー♪」
 りをは浮かれてぴょんぴょん跳ねていた。
 正悟は、人気のない校舎の裏道を選び、さりげなーく肩に手をかけた。
「そっちはドブがあるから、危ないよ。こっちおいで……」
「はい……あの。今夜……よろしければ、私と楽しみませんか?」
「え、そ、そんないきなり? まだ俺たち友だちだしっ……って! うわあああ!」
 肩を抱いたのは、秋葉つかさだった。
「つ、つかささん! ご、ごめん……今日はちょっと……」
「そうでしたか。失礼いたしました。残念です……」
 つかさは寂しそうに去っていった。また別のお相手を捜しに。
「はあ。びっくりした。それにしても、りをさんはどこに行ったんだろう?」
 りをはぴょんぴょん跳ねてるうちに木陰に入って、迷子になっていた。
「あれれ? ここはどこー? ねえ。どこ?」
「しっ。静かにっ!」
 木陰には、支倉 遥(はせくら・はるか)が潜んでいた。
 その後ろにも何やらごちゃごちゃと人がいるようだが、しっしっとやられて怖くなったりをは木々の中から出てきた。
「あ。先輩」
「りをさん。その林の中に入ってたの?」
「うん……ちょっと迷っちゃった。へへっ」
 りをは精一杯の笑顔を作って駆けてきた。
 正悟は呆れ顔でりをを見つめていたが……
「!」
 一瞬言葉を失った。
 りをが腕を組んできたのだ。
「先輩、行こっ!」
「あ、ああ……行こうか」
 2人は、菜の花畑に向かった。

「あっ」
 りをは掴んでいた正悟の腕をパッと離した。
 ベンチに人が座っていたからだ。
 りをはその人たちを見て、やさしい顔になった。
「ふふ。かわいいねー」
「うん。微笑ましい光景だね」
 正悟もなんだか心が温まった。
 ベンチには、幼い虹七を間にアリアとファリアも、3人が肩を並べて眠っていた。
 りをと正悟も近くのベンチに座って、ゆっくり話をすることにした。
「りをさんは、部活とか入ってるの?」
「私はね、イルミンのお料理クラブに入ってるんだー」
「ええっ。じゃあ料理できるの?」
「あー! 疑ってるでしょー! ひっどーい」
「そんなことないけどさ。あの迷子っぷりを見てると、ちょっと……ね」
「やっぱりー! 私、家事はだいたいできるんだからねーだっ」
 なんだか初々しいいちゃいちゃトークが続くが、もうしばらくお待ちください。今、正悟がわざとらしく次回に繋げます。
「ほんとう? 正直……疑っちゃうな。あ! だったらさー、今度弁当作ってきてよー」
「弁当ー?」
「そう。それが美味しかったら信じるよ」
「よーし、いいよ。おいしいの作っちゃうんだから!」
 もちろん、りをはおバカなふりしててもちゃーんと相手の意図を読み取った上で、あえて乗っているということは言うまでもない。女の子を舐めてはいけないのだ。
 ともあれ「弁当の味を試す」という名目のデートが決まったところで、めでたしめでたしだ。

 明るいベンチもあれば、どんより暗いベンチもある。
 まっしろになっていたコトノハとルオシンだ。
 が、りをたちの幸せがうつったのだろうか、奇跡が起きた。
「こ、これは……コトノハ!」
「ルオシンさん! ……まさに、まさに神の思し召しですねッ!!!」
 そこには、比賀一が落としていった本が落ちていた。
 ――季刊誌『N』臨時増刊号、総力特集“覗神(のぞきがみ)”
「うれしい! これで、これで……“のぞきの神”に関する論文が書けそうですっ!」
 裏を見ると、図書館の「閉架書庫」というラベルが貼ってあった。
「やっぱり、翔さんの言うとおり閉架書庫も調べるべきでしたね……」

 その閉架書庫では、カルナスとアデーレが息をひそめていた。
 部屋に誰かが近づいてきたのだ。
 ガチャ。
 誰かがドアノブに手をかける音が聞こえる。
 2人は耳元に口を寄せて、こそこそ声で話した。
(だいじょうぶ。鍵かけたんだろ)
(うん。かけた……はず)
 カルナスがアデーレの制服姿を気に入っていたおかげで、生まれたままの姿というわけではない。
 が、それでもとても表現のしようがない状態になっていた。
 動けない状態になっていた。
 誰かが入って来るなんてことは、ぜーったいにあってはいけない状態になっていた。
 ガチャリ。ギーーー。
(え?)
 ドジっ娘アデーレは、鍵をかけ損ねていた。
 入ってきたのは、本郷翔だ。
 紅茶の缶を手のひらで転がしながら、本棚をゆっくりゆっくり見て回っている。
 カルナスとアデーレは翔に見つからないことを願いながら………………………………P。
 結局、翔は全ての本棚を見て回ったが、唯一2人のいるエリアだけには来なかった。
 たまたまなのか、それとも気がついたからなのか、それは翔にしかわからない。
 ただ、何かものすごいことを学んだらしく、閉架書庫を出てポツリと呟いた。
「なるほど。これが生命の神秘なのでしょう……」