天御柱学院へ

蒼空学園

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イルミンスール魔法学校へ

そんないちにち。

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そんないちにち。
そんないちにち。 そんないちにち。

リアクション


第2章 通学路は安全ですか。


 蒼空学園につづく道を、比賀 一(ひが・はじめ)が音楽を聴きながら歩いていた。
「ふあ〜あ」
 眠そうにあくびを連発しながら、ぼーっと考えていた。
(ううー。朝のありゃあなんだったんだ。どっかで事件でもあったのか。女子棟から聞こえてきたけどなあ。つーか、おかげで俺がこんなに早く学校に向かってるってのが事件だぜー。……おお! ここで、この曲かあー)
 最近シャッフル機能にはまってるようだが、名曲のたびに感動して思考停止になるのはどうにかした方がいい。
 今も交差点の真ん中で立ち止まって、恍惚としていた。
 自分がカツアゲされているという事実にも気がつかぬままに――
「おいコラ! 聞いてんのかよ、おめえよお!」
 金にうるさいと噂のパラ実生“田中兄弟”の次男、田中次郎が唾を飛ばしながら凄んでいたが、一の耳には入ってこなかった。
「聞いてんのかって言ってんだよ!」
 名曲を聴いていた。
 すぐそばで、小さく隠れて笑う声があった。
「誰だ今笑ったのは! てめえか! 舐めやがって〜」
「え。ええ〜」
 田中のターゲットは、蒼学生の芦原 郁乃(あはら・いくの)に替わった。
「ねえちゃん……タクシー代をくれよ」
「タクシー代?」
「困ってんだよ。頼むよ」
「まあ、そのくらいなら……」
 仕方なく、出してやった。
「おい。これじゃ困るんだわ。帰りの分もくれよ」
「そ、そんな……もうありません」
 郁乃は泣きそうになっている。
「バーカヤロウ! 金がなかったらなんでもいいから出せってんだよ」
 田中は勝手に郁乃の鞄に手を突っ込み……
「あ、それは……!」
「なんだこりゃ?」
 奪った紙袋には、べっこう飴が入っていた。
「べっこう飴だあ〜?」
「昨日、一生懸命作ったんです」
「……オレの大好物じゃねえかっ! いっただきー!」
 さっそくひとつペロペロしながら、紙袋ごと持って行ってしまった。
 すぐ側で郁乃がべっこうカツアゲに遭ってるときも、比賀一は恍惚状態で気がつかなかった。
 ようやく次の曲になって彼の時間は再び動き始めた。
(ふあ〜あ。学校めんどくせえなー。けど他に行くとこもないからなあ、行くだけ行くかあ……)
 そのままぼけーっと歩いていった。
 郁乃が1人で泣いていると、守護天使の秋月 桃花(あきづき・とうか)がやってきた。
「郁乃様。すみません遅くなってしまいました。まだ残ってましたよ、べっこう飴」
 と紙袋を差し出した。
「え? これ全部? ありがとうー」
「あら。郁乃様。どうなされたんですか?」
「じ、実は……」
 涙のわけを聞き、桃花が一緒にぽろりとしたそのとき――
 道の向こうで人が倒れた。
「このべっこう飴は……舐めちゃ……だ……め……だ……」
 田中次郎は死んだ。ように見える。
 郁乃と桃花は“べっこう飴”の姿をした殺人兵器におののいた。
「郁乃様。こんなものは持っていてはいけません。す、捨てましょう」
「でも、捨てるところを人に見られたら、……殺人犯に?」
「ど、どうしましょう!!!」
 そのとき、兄の死を知らない弟の田中三郎がやってきた。
「へいへいねえちゃん。……電話代ちょうだいっ」
 またカツアゲだ。
 郁乃は迷わずべっこう飴の紙袋を差し出した。
「今、お金の持ち合わせがないんです。これで勘弁してください」
 と、そのときだった!
「ちょっっっっっっっっっっっっと待ったぁ! 蒼学生からカツアゲばっかりしやがって、……舐めんじゃねえ!」
 ボッコーーーーッ!
 紙袋を取ろうとした三郎の腕が木刀で殴り折られた。
「う……うう……」
「見つけたぜ! 田中兄弟っ!!」
 ぶん殴ったのは、レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)だった。
 まだ中学生にも見えるほど子供っぽい雰囲気ながら誰よりも負けず嫌いなレイディスは、悪いパラ実生が蒼空学園周辺で幅をきかせてることが許せなかったのだ。良いパラ実生がいるのかは疑問だが。
「別に正義を気取るわけじゃないけどよ、ちょーっと気にくわないんだよね。もう二度と来るんじゃねえぞ!」
 郁乃は恐ろしい殺人兵器を手放す機会を逃して、ぷるぷる震えていた。
「震えちゃって可哀想にな。大丈夫かあ? 金盗られなかった?」
「だ、大丈夫。盗られて……ない……」
「なんだよ。そっちも足が震えてんじゃないか。よいしょっと」
 レイディスは郁乃と桃花を担いで、バーストダッシュ。
 交差点を渡った。
「ほら。俺はもうちょっと見張ってから行くから、こっからは自分の足で行くんだ。さっさと行かないと遅刻しちまうぜー。」
「あ、ありがとう……」
 殺人べっこう飴は、まだ郁乃の手にしっかり握られていた……。


「あの桜……どうしたんだろう」
 博季は、初授業が午前中最後の4限目ということがわかり、気がゆるんでいた。
 控え室から見える校庭の隅のソメイヨシノを見て、ぼーっとしていた。
 他の桜はみなとっくに散っているのに、1本だけ満開のままの不思議な桜があるのだ。
「何故散らないんだろう……おや?」
 校舎から離れたところを、百合園女学院の制服を着た少女が歩いていた。
「蒼学生以外もいるんだなぁ……」
 ぼけっとしていて授業できるのか少し不安だが、それはまた後ほどわかるだろう。
 百合園の少女は、プレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)。蒼空学園の用務員トメさんこと早乙女 晶(さおとめ・あきら)の1番弟子で、モップ掃除術を伝授されている少女だ。
 今日は精霊のセプティ・ヴォルテール(せぷてぃ・う゛ぉるてーる)を連れて、トメさんに挨拶に来ていた。
「わわ……プレちん。ここが用務員室? き、きんちょうするよ〜」
「大丈夫ですよぉ。普段はやさしいから。ああ、なんか、どうしよう。セプちんの緊張がうつりましたぁ〜。だめだぁ。セプちんが前〜」
「なななんでえ? あたし会ったことないんだから。紹介してもらうんだから。後ろ。ぜったい後ろ」
「でもほら、引っ込み思案を直したいってこの前言ってたよねぇ」
「でででもそれは……」
 2人は用務員室の前で、モタモタしていた。
 扉の前でゴソゴソやってる音を聞いて、中にいたトメさんはドキドキしていた。
(もしかして……白馬の王子様?)
 コンコン。
「は、はい!」
「お師匠。プレナです。おはようございます。入ってよろしいでしょうか」
 トメさんはがっくり肩を落とした。
「……どうぞ」
「失礼します……」
 プレナたちが入ると、部屋はどんよりと暗いムードになっていた。
 白馬の王子様ショックは大きかったのだ。
「お師匠。前に話してたセプちんです」
「は、は、は、はじめまして。セプティ・ヴォルテールです。えっとあの、いつもプレちん、あああ、プレナがお世話になっておりおりおります。おり……」
 白馬の王子様ショックで顔をあげられないトメさんを見て、プレナはまずは機嫌をとろうとがんばった。
「お師匠!」
 大きな箱を差し出して、
「これどうぞ。……ホワイトデー過ぎちゃってごめんなさいっ」
「……中は?」
「昨日セプちんと、あと妹のマグに手伝ってもらって作ったんです」
「中は何?」
「あの、何がお好きなのかわからなくて、でも甘い物ならと思って……チョコ大福です!」
 トメさんはつぶらな瞳でプレナを見ると……
「チョコ大福、だいすきっ!」
 すっかり上機嫌になった。
 プレナはお茶を淹れ、トメさんとセプちんとちゃぶ台を囲んでテレビを見て団らんした。
「お師匠。どう思いますかぁ? こんなプロポーズの男って……」
 それは再現ドラマの恥ずかしいプロポーズシーンで、2人の記念日にケーキを食べていたらガリッとして、それが婚約指輪で……というベタすぎて誰もやらなそうなものだった。
 が、トメさんの瞳はきらきらと輝いていた。
 プレナはその目を見て思わずお茶を噴きだし、セプティはチョコ大福を噴きだしていた。
 しかし、どちらもトメさんが一瞬にして掃除してしまった。
「……」
 セプティは混乱していた。
(プレちんのお師匠様……話は聞いてたけど、えええ。もうわかんない。掃除もすごいけど、どんだけ乙女なの〜!)
 テレビでは、コメンテーターが「こんなプロポーズは古い」とか批判的なことを言っていて、プレナは思わず頷いてしまった。
 すると、妙な視線を感じる。
 トメさんがプレナを見ていた。
(がーん! まずいですよこれは……えっとえっと)
 と言い訳を考えていると……
「プレナちゃん。もしかして……百合園サボってきた?」
「ま、まさかぁ……(そっちかあ!)」
「目が泳いでるね」
 プレナはヤケになって反撃に出た。
「お師匠こそ、さっきからテレビばかり見てていいんですか。つかささんだけに仕事させていいんですか〜?」
 つかさとは、メイドの秋葉 つかさ(あきば・つかさ)のことだ。蒼空学園で掃除などを手伝っていて、用務員室にも出入りしていた。
「いいの。バイトが入ったから」
 そう言うと、トメさんはにこにこしながら3つ目のチョコ大福を口に入れた。
「おいしいっ♪」

 校舎の脇で、バイトの鬼崎 洋兵(きざき・ようへい)がせっせと掃除していた。
 そばではニーナ・ウルティマレシオ(にーな・うるてぃまれしお)が似合わないメイド服を着て手伝っていたが、すぐに飽きて……
「隙ありー!」
 箒を刀代わりにその辺を歩いていた学生にチャンバラを仕掛けた。
「よっと!」
 受けたのは匿名 某(とくな・なにがし)だった。
「へへ。最近鍛えてんだぜ」
「やるなー」
「おーい。綾耶。早く行くぞー」
「はーい」
 結崎 綾耶(ゆうざき・あや)は急いで某についていった。
 ニーナは次に……
「隙あり!」
 バカッ。
 懸命に掃除している洋兵の頭を殴っていた。
「何やってんだ?」
「手伝ってやってんじゃない。ふんっ」
 洋兵はニーナに構ってると仕事にならないので、もう放っておくことにした。
 そして……

 キーンコーンカーンコーン。1限目の鐘が鳴った。