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リアクション


第10章 放課後、何を話しますか。


 支倉遙は、林から校舎脇の道に出てきた。
「ふう。ここは潜むのにはいいが、そもそもターゲットがいなかった。場所を替えよう」
 パラミタ猟友会の遙はスナイパーライフルとショットガンを手にしていた。
 慌ててついてきたのは、剣の花嫁のベアトリクス・シュヴァルツバルト(べあとりくす・しゅう゛ぁるつばると)だ。
「本当にやるんですか? これが本当に猟友会の活動なんで――」
 遙はハンドガンをベアトリクスの額から5センチの距離に構えた。
「何も野生生物を守るだけが我らパラミタ猟友会の活動目的ではない。世の中には希少な生物というのが夜空に輝く星のごとくいるものなのだ……」
「そ、それで……守るのが部活に入ってない一般学生なのですか」
「何度も言わせるな! 今、一般学生こそが危ないのだ!」
 ちょこちょこちょこ……。
 茶とら猫の獣人、屋代 かげゆ(やしろ・かげゆ)が出てきて興味を示した。
「部活に入ってない学生って、無職童貞とかと似たようなものかにゃ?」
「うむ。なかなかいい線いってますよ」
「じゃあ……それって囓れる?」
 かげゆはブルース・リージャージに赤チェックのミニスカート、さらに赤いマフラーで口元を隠すという強烈なルックスで、もちろん猫耳も尻尾も隠さず、かなりのインパクトガールだ。
 だから言ってることも飛んでるのだが、遙は理解していた。
「ある意味囓れますよ。ただ、よく味わいなさい。初物は貴重なんですよ?」
「にゃっ! 初鰹みたいなものですか!!!」
 かげゆは、よだれを垂らしてふらふらしていた。
 ベアトリクスはわけがわからず、初鰹を無視して話を戻した。
「しかしですね、その一般学生を守るために部活に勧誘する人を狙撃するというのは、行き過ぎ――」
「シャーラップ!!!」
 ダンッ!
「うごぼっ!」
 ベアトリクスは、ハンドガンによるゴム弾射撃を超至近距離から食らった。
「う……うわ。な。そんな。いいいったあああ」
「我が学園で部活に燃えている者は無駄にあつい場合があり、それは一般学生にとって大変危険な存在だ。そして特に問題視されるのが、執拗な勧誘なのだ。これだけは阻止する必要があるのだッ!!」
「そ、そんな……人間なのに!」
 すると、今度はずっと読んでいた小説「ロドペンサ島戦記」をパタンと閉じて、伊達 藤次郎正宗(だて・とうじろうまさむね)が言った。
「人間もまた自然の一部なのだ……とえーっと……誰かが言ってたぜ?」
「そういうことです……」
 遙は、ライフルを担いで排除すべき“勧誘者”を求めて狩りに出かけた。
 はっきり言って、嫌な予感しかしない……。

 りをを案内した雲雀は、校門の陰に隠れていた。
「うう。ちくしょう……」
 ここまでは来てみたものの、やはり怖くなって足がすくんでいた。
「あの日のことを思い出しちまって、震えが……震えが止まらねえんだ……くそがっ」
「あ……ああ……」
 そのとき、エルザルドも固まっていた。
 目の前に下校してきた朱里、その後ろにアインもいた。
 朱里とアインも気がついて、空気は一瞬にして張りつめ、校門の前の時間はピタリと止まった。
 雲雀も何かを感じ、顔をあげた。
「あっ……」
 この機を逃したらおしまいだと思ったエルザルドは、朱里に声をかけた。
「ちょっとだけ、話をしてもいいかな。もちろん……彼も一緒にさ」
 朱里を押し退け、アインが前に出てきた。
 朱里はアインが何かしてしまうのではないかと思わずその腕を掴んだ。
「何もしない。安心しろ。ここを血の海にしたくはないからな」
 血の海という言葉に、あの日のことが脳裏をよぎって、4人は押し黙った。
 緊迫する空間の真ん中を、再び登校してきた比賀一が通り……
「ん? ん?」
 一は場違いなことに気がついたのか、そそくさと去っていった。
 アインが口を開いた。
「平和だな。……だが彼らはもう、この平和な日常を送ることもできない」
「ごめんなさいッ!」
 雲雀がはっきりと声に出した。
「ごめんなさい……。あの日、自分はたくさんの方々を傷つけ……その命を、奪ってしまいました。謝っても、失ったものは戻らないとわかってます。恨まれても仕方ないと……思ってます。絶対に許して頂けないとも思ってます。それだけの事を自分はしたのですから……でも、謝ることしか自分には……ごめんなさい……!」
 アインは、表情をひとつも変えず、黙っていた。
 朱里は重苦しい空気を吹き飛ばそうと、声をむりやり出した。
「雲雀さんは嘘、言ってないと思う」
 朱里はアインをちらちら見ながら、訴えた。
「ねえ、アイン。確かに、死んだ友達は二度と戻ってこない。でも、生き残った私たちがいつまでも悲しい顔をしていたら、本当にみんなはそれを喜ぶのかな? アインは私に、いつまでもあの日のことを気にして泣いていて欲しいと思う? そうじゃないでしょう? 彼らは決して私たちを悲しませるために死んだわけじゃないんだから。だから……だから……泣くだけ泣いたら、それからはもう……」
「……」
「許してあげてほしい。この人のこと……それと……アイン。自分のことも」
 アインもまた苦しんでいた。
 雲雀の気持ちは最初からわかっていた。悪気なんてないことも、懸命に動いた結果だということも、全部わかっていた。
 わかっていたけど、わかろうとしない自分がいた。
 彼女への憎悪に縛られている自分がいた。
 アインは朱里を見つめ、頷いた。そして、雲雀とエルザルドを見つめた。
「先程は、嫌なことを言ってしまってすまない……もしよければ、これからも共にこの日常を守ってはくれないだろうか」
 4人は交互に握手をかわし、その絆はかえって強いものとなった。
 しかし、大事な話だからこそ、彼らはひとつ大きな過ちをおかしていた。
 そう。この緊迫のやりとりを校門の前でしていたのだ。
「よーし! これで話はまとまったな」
 パラ実の姫宮 和希(ひめみや・かずき)が、不自然に学帽を目深にかぶってやってきた。
「聞くつもりはなかったんだけどよ、邪魔しておまえらの中を通っていくのもなんだと思ったしよお、悪く思わないでくれよな」
 4人は恥ずかしそうに、苦笑い。
「じゃ、行こうぜ」
「え? 行くってどこにでありますか? ちょっ。ちょっと……」
 和希は雲雀の腕を引っ張って連れて行こうとしたが、雲雀を守るようにアインが制した。
「どこへ行くつもりだ?」
 そのとき、アインの手が当たって、和希の学帽が少し浮いた。
 そして、その目には光るものが見えた。
 和希は彼らの話に涙し、学帽で隠していたのだ。
「校庭の隅に大きな桜の木があんの知ってるか? ひとつだけまだ散ってない不思議な桜だ。今からみんなで花見するからよ、よかったら来いよ」
 涙を見られた和希は照れくさいのか、1人でさっさと言ってしまった。

 そして、支倉遙は遠くからしっかりと見ていた。
「あれは、のぞき部の姫宮和希! しかと見た! 下校する者までも強引に部活に勧誘するとは……奴こそが悪しき“勧誘者”だ!!」
 校舎の陰からライフルを構えた。
「狩る」
 
 ダーーーンッ!!!

 和希は撃たれた衝撃で立ち尽くし、学帽は地面に転がった。
 遙が満足げに目をつむった。
「ふっ。一発だったな」
「ま、待ってにゃ。おかしいにゃ」
 かげゆが目をパチクリしながら言った。
「初鰹がピンピンしてるにゃ」
「な、なんだって!?」
 和希は振り向いて背の低い女の子と喋っていた。
 風森望の地祇、剣道着姿の葦原島 華町(あしはらとう・はなまち)だ。
「和希殿。失礼したでござる。勢い余ってぶつかってしまいました」
 そのせいか、銃弾は当たらなかったのだ。
「銃で撃たれたような衝撃だったぜー。でもまあ、おまえを責めることはできねえな。持ってきたんだろう?」
「もちろんでござる。主殿が早起きしてお作りになったこの“五重の弁当”一式を……持ってきたでござる〜!!」
 ぶつかった衝撃で、風呂敷の中で五重が四重になりそうだった。
「ああ、危ない。ズレてたでござる。あ、では……和希殿。これをどうぞお召し上がりください」
「ああ? なんだおまえ、参加しないのか?」
「拙者は弁当を運ぶのが務め。これにて帰るでござ――」
「ばーか言ってんじゃねえよ。メシだけ渡して帰る奴があるか。おまえのアルジドノだって、そんな気はないと思うぜ」
 肩をパンパンと叩いて、歩き出した。
「では……お言葉に甘えて」
 誘われてついていく華町の様子を見て、ピンピンしてる和希を見て、遙はぷるぷる震えていた。
 ベアトリクスが指を指した。
「見ろ。また誘っている」
 校舎の脇道をゆく和希は、家庭科室にいたのぞき部の後輩トライブと喋っていた。
「和希先輩! 後で行くよ」
「おお。料理も嬉しいけど、テキトーにして早く来いよお?」
「オーケー!」
 トライブは、機晶姫のジョウ・パプリチェンコ(じょう・ぱぷりちぇんこ)と料理をしてお花見に提供するつもりなのだ。
「ジョウ。あれが和希先輩だぜ。すげえ食うから、めいっぱい作ってくれ」
 自分では作る気がないらしい。
「ボクは料理できるって言っても、そんな凝ったのできないよ?」
「いいよ、凝らなくて。テキトーに焼いとけばいいって。ほら。奮発して買ってきたんだぜー」
 どどーんと広げられたのは、肉ばっかりだった。
「だ、だめだよこんなの。野菜も食べなきゃ!」
「えー。野菜? あるじゃねえか、これ。ほら。にんにく」
「それだけじゃん!」
 ジョウは職場放棄して、座り込んでしまった。
「野菜買って来てくれないと、何もやらないからね」
「おーい、マジかよー。もうあんまり時間ねえってのに」
 トライブがお花見に遅れて参加することは間違いないだろう……。

 支倉遙の怒りのぷるぷるは止まらなかった。
「私の目の前で、誘いまくって――」
「おいおい。病人にまで声をかけてやがるぜ」
「な、なにっ!?」
 和希は保健室で点滴を終えた荒巻さけと久世沙幸、そしてレイディスを誘っていた。
「貧血ならなおさらだぜ。待ってるからなー! おまえもなー!」
「ありがとうー」
「ありがとう……ございます……」
「ああ、ぜったい行くよ」
 そして和希が次に誘ったのは……
「よお! そんなところで何やってんだ? もしかして猟友会か? 狩りが終わったらよお、花見するから来いよ! メシもいっぱいあるぜ。俺が用意するわけじゃねえんだけどなっ」
 遙は、ぽかーんとしていた。
「花見? 部活の勧誘じゃない……だと?」
「おなか減ったにゃー。この子たちにも食事の時間にゃ」
 かげゆは3匹の子猫を飼っていた。
 それぞれ毛色に合わせて、白と灰と黒。ハクとハイとクロだ。
 子猫たちがみゃーみゃー鳴いて、遙の腹もぐーと鳴った。
「花見にお邪魔しよう」
 遙はライフルを鞄におさめた。

 桜の下では、花見の準備に大忙しだった。
 薫と望がシートを敷いたり、ちゃぶ台を並べたりしていた。
「望殿。いよいよでござるな」
「たくさん集まるといいですね。あ、飲み物はちゃぶ台の上に置いてきますね」
「はい。姫宮殿が誰か誘ってみると言ってたでござる。10人くらいは集まるでござろう」
 和希を甘く見ているようだが、シートは大きいから大丈夫だろう。
「紙コップと割り箸がそこの鞄に入ってるでござる」
「用意がいいですねー。では、ちゃぶ台に出しておきますね。そろそろうちのお華ちゃんも来ると思いますし」
 と、そこに来たのは、神崎優のパートナー水無月 零(みなずき・れい)神代 聖夜(かみしろ・せいや)だった。
「すみませーん。優、見ませんでした?」
「神崎様でしたら、テニスコートの方に行くのを見ましたけど……?」
「ありがとうー」
 2人は礼をしてテニスコートに向かった。
「零。貼り紙にあったお花見ってあれだよな?」
「そうね。まだ咲いてる桜、あれだけだし。後で行ってみる?」
「ああ。でも、あんなにでっけえシート広げて、そんなに人集まるのかな……」
「どうだろうね……」
 聖夜は花見の様子が気になって、何度か振り返っていた。
 長い間孤独だった彼は、ピンとこなかったのだ。ただ桜が咲いているというだけで、何もない一日に人がたくさん集まるということが。

 優は、テニスコートのベンチで本を読んでいた。
 蒼空学園にはテニスコートが何ヶ所かあり、ここは設備が古くて1コートしかないためテニス部はほとんど使わず静かだった。
「お、いたぞ。優!」
 聖夜が気づいて声をかけた。
 零もコートに入ってきて、
「ねえ、優。優に聞きたいことがあるんだけど今、大丈夫かな?」
「かまわないぜ」
 何か大切な話があるのだと感じた優は、本をパタンと閉じて、きちんと顔を向けた。
「なに? 聞きたいことって」
「あのね、実は前から気になってたんだけど、どうして優は日本人なのに瞳が青なの?」
 矢継ぎ早に、聖夜も質問を重ねた。
「先祖の人たちに誰か外国の人がいたのか?」
 優は青い瞳を閉じて、大きく息を吐いた。
 そして2人の目を見て、こう答えた。
「俺の一族は何年かに一度、先祖、つまり神薙の血を濃く受け継いだ者が生まれるんだ。その子供の瞳は、みな……青いらしい」
「神薙の血? じゃあ、その瞳は何か特別な力があるのか?」
「特別な力? そんなのは何もないよ。ただ霊感が他の人より強いくらいだな」
 零はじっと優の瞳を見つめていた。
「なんだよ……」
 優は目を逸らして、話題を替えた。
「ここは静かでいいよな。今日みたいに天気がいいと、よくここに来るんだ」
 零は話を戻した。
 今気になることは全部聞いておかないと、もう機会がないんじゃないかと思ったのだ。
「優……その瞳で辛い事はなかったの?」
 優は目を逸らして小さく笑った。
「別に。もう慣れたから」
 零は優を悲しく見つめつづけた。
 それに気づいた優は、ベンチから立ち上がって明るくつけたした。
「だけどよお……この目のおかげで零と出会うことができたんだ。だから……俺はこの目に感謝してる」
 優が微笑みかけると、零もそれに応えた。
 聖夜は2人を見て何を思ったのか、笑い出した。
「ふっ。ふふふっ。ふは。ふははははは」
「なんだよ、聖夜。笑うなよ」
「いや、俺さ、優のパートナーになって……いや、なんでもねえや。ここ、ほんとにいいよな、静かで」
 優のパートナーになってよかった、そう言いたかったけど、恥ずかしくて笑ってしまった。照れくさくて、誤魔化してしまった。
 優も零も笑って同じことを繰り返した。
「ああ、静かでいい」
「そうね。ほんと静かでいいわ」
 ただ、静かなのはこのときまでである。
 彼らは今から、壮絶な死闘が繰り広げられるのを目の当たりにするのだった……。