リアクション
幸い、塔の上部に敵の姿はなかった。 〇 〇 〇 「この別邸には地下への入り口はないみたいね。良いことなのか悪いことなのかわからないけれど」 祥子は同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)と百合園生と共に、別邸の床を見て回ったが、地下に続く入り口は存在していなかった。 「全部届いてるのかな」 事務用の部屋に戻ると、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が通信機の調整をしていた。 「通信機の状態、相変わらず悪いんだよね。少しでも聞き取りやすくなってくれればいいんだけど」 通信機から流れてくる声は、相変わらず途切れ途切れであり、調査状況もあまり良いとはいえないらしい。 「通信機の話聞いてると、色々変な状況みたいだよな、何だか裏がありそうだ」 離宮に訪れたばかりのミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)は、別宅で救護班の相談に混じっていた。 「皆も知っていることがあったら、話してくれると嬉しいぜ! 何をすればいいのか、判断出来ないしな」 「私達にも良くわからないんです……。本部の首脳部の方々が把握して、指示を出してもらった方が、各々の判断で動くより良いと思うのですが、その本部とも連絡が取れなくなっちゃって」 百合園の一般生徒達はやはり不安気であった。 「大丈夫大丈夫、すぐ回復するさ!」 ミューレリアはパシパシと少女達の背を叩いて笑顔で励ましておく。 その様子に、軽く笑みを浮かべて祥子は頷く。 「さて、私は重傷者の治療をするわね」 「わたくしは軽傷者用の部屋で待機しています。母様も、精神力が尽きましたら休憩なさって下さいね」 「大丈夫、わかってるわ」 祥子と静香は分かれて治療に当たることにする。 運び込まれる人々が少しずつ増えていた。 「酷い怪我しちゃったの。お願い!」 別邸の玄関から美羽が入ってくる。白百合団の少女に肩を貸していた。 「お預かりします。すぐ治療を! 美羽も気をつけて」 「うん」 待機していたパートナーのベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)に怪我人を預けると、美羽はサポートの為に再び別邸へと向っていった。 「すみません、手当てはしていただいたのですが、精神力の回復の為に休ませてください」 後から、少女が2人別宅へ戻ってくる。 「お2人はあちらの部屋で待機していてください。後で治療に伺いますので」 休憩用の部屋を指した後、ベアトリーチェは重傷の少女を連れて歩く。 「あちらの部屋へ行きます。段差に気をつけて下さい」 少女に声をかけて、体を支えながら、ベアトリーチェは治療部屋へと彼女を運んでいく。 少女は青い顔のまま、ただ頷くのだけで精一杯なようだ。 ベアトリーチェは倒れそうな彼女を力強く支えて、部屋に運び入れる。 「ここに寝かせてください」 治療を担当している本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)が指示を出し、クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)がベアトリーチェに手を貸して、少女を横たえた。 「楽にしてて下さい」 ベアトリーチェは少女にそう声をかけると、涼介に預けて、自身は軽傷者の治療へと戻っていった。 (傷口に異物が入っているな) 麻酔を持ち込めてはいないため、涼介は片手で少女の体を押さえつつ、ピンセットで傷口から瓶の破片のようなものを取り出した。 少女が悲鳴を上げて、涙を流す。 「もう終わりです」 言って、ヒールを数回かけて傷を癒してあげた。 「あなたは、地上に戻ったらきちんと病院に行って下さい」 涼介は症状をノートに書いて、少女に手渡した。 「ありがとうございます。少し休んだら、また出ます」 顔色は青いままなのに、気丈な言葉だった。 無理はするなと言える状況ではないので、涼介はただ頷いて彼女を別の部屋へと送り出した。 「回復いたします」 清潔な治療場所作りに勤しんでいるグロリア・クレイン(ぐろりあ・くれいん)が涼介に近づいて、SPリチャージで涼介の精神力を回復させる。 「ありがとうございます」 「おしぼりどうぞ」 続いてグロリアは布巾を絞って、涼介に渡す。 受け取って、涼介は手と汗を拭った。 そして薬品で手の消毒をする。 「次の患者もお願い!」 クレアが涼介に声をかける。 脇腹を深くえぐられた――こちらも若い少女だった。 すぐに、涼介は怪我を診る。 「こちらの方は私が治せると思います」 アンジェリカ・スターク(あんじぇりか・すたーく)は、その子の友達と思われる少女に近づく。 「私は大丈夫です」 少女はそう答えるが、手には深い傷があった。 「放っておいたら、ばい菌が入るから」 言って、アンジェリカはヒールで少女を癒した。 こうして自分がプリーストとして力を発揮することは――悲しいことでもあって、心が沈みそうになるけれど、そうしている間に、助けられる命が助けられないような事態になってはいけないと、小さな心を奮い立たせて、積極的に患者の下へと走るのだった。 「手伝います……」 小さな声で言って、レイラ・リンジー(れいら・りんじー)は、アンジェリカにSPリチャージを使って、彼女の精神力を回復する。 人見知りが凄くて、やっぱりパートナーのグロリアやアンジェリカ以外の人と話すのは怖いけれど、逃げて隠れている場合じゃないということがよく分かって。 レイラも一生懸命、気力を振り絞って手伝いをしていく。 「敷物を換えましょう。ビニールを敷いた方が良さそうですね」 土や血で、敷物が汚れていく。 こまめに掃除を行っていても、血の匂いも充満していき、病院の病室のような空間を保てはしなかった。 汚れた毛布を畳んで、新しい敷物を敷いて、滑らないよう工夫をしながら一角にビニールシートも敷いていく。拭けば汚れを落とせるようにと。 「それじゃ、毛布を洗濯場に届けた後、私は軽傷者の治療に行ってくるね」 クレアが畳まれた毛布を抱える。 「それと、急がしくなってきたから、周囲の見回りも。ここ、気付かれたらまずいから」 「頼みます」 治療をしながら、涼介が言い。 「お願いします」 グロリアも、手を休めることなくそう言った。 「みんなで地上に帰れるように頑張らないとね」 クレアは毛布を抱えて、その部屋を出ると洗濯場へと向っていった。 宮殿側の窓は閉ざしてあるので、外の様子は見えない。 ただ、戦いの音が、時折ここまで響いてくる。 |
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