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リアクション
緊急情報が流れる少し前、生徒たちが向かう方向とは逆、手近な魔法陣へ向けて走る少数の生徒たちの集団があった。
「……まだ付いてくるの。マロンには僕がいるから、必要ないんじゃないかな」
「いやいや、これからの行動は生物部部員として大切なこと、僕も一緒させてもらうよ」
そう言って、あくまで柔らかく受け流そうとするフリードリッヒ・常磐(ふりーどりっひ・ときわ)を、レテリア・エクスシアイ(れてりあ・えくすしあい)が嫌そうな目つきで見つめ、ついと視線を逸らす。この二人、今回が初対面だったのだが、その時から、
「やあ、僕はフリードリッヒ。栗には生物部でお世話になってる。よろしく」
「……君はマロンの、何なの。……僕はレテリア。マロンの、パートナー」
といった具合で、鷹野 栗(たかの・まろん)と羽入 綾香(はにゅう・あやか)を常にヒヤヒヤさせていた。
「付き合わせてしまって済まぬな、フリッツ。レテリアのことは……まあ、悪く思わんでやってくれ」
「ああ、大丈夫。……ところで栗、その捕まえた蛇はどうするつもりだ?」
背後から射抜くような視線を極力感じないようにして、フリードリッヒが栗に尋ねる。
栗が腕で抱える中には、このネットワークで捕まえた蛇、ニーズヘッグの生み出したモノが口を縛られた格好で捕らえられていた。今も時折逃げ出そうと暴れる辺り、蛇にこれといった変化はないようであった。
「……もし、私たちの力になってくれるとしたら、心強いです。そうならなかったとしても……この子を調べることで、ニーズヘッグに通じる情報を得られるかもしれませんね」
「そっか。ま、言う事聞いてくれればいいよな。解剖とかそういうことは、必要ないならするべきじゃないだろうしな」
栗の意図を汲んだフリードリッヒが、栗が最も期待する結果になればいいとの思いでそれを口にする。言葉に頷いて、間近に見えてきた転送ホールを見つめながら栗が心に思う。
(……これが、私の答え。私が果たしたい、世界樹の小枝としての役割……)
同じ頃、やはり生徒たちの流れとは反するように、転送ホールへ向けて進む生徒たちの姿があった。
「さて、どのような結果が出ますかな。もし、私の疑惑通りユグドラシルさんが老い先短く、そしてユグドラシルさんのお求めが『枯れた世界樹が息を吹き返す術』だとしたら……エリザベート校長は3歳の時から、最大の世界樹と渡り合える切り札を持っていたという事になりますな」
「最初は戯言だったんだけどね……こういう状況だと、本当かもしれないわね」
鎌田 吹笛(かまた・ふぶえ)とエウリーズ・グンデ(えうりーず・ぐんで)が、ユグドラシルの『根』との戦闘の最中に回収した根の一部を氷漬けにした状態で運んでいた。二人は『ユグドラシルがこうも強引にイルミンスールを襲ったのは、ユグドラシルが老い先短いからではないか』という疑問に基づいて、ユグドラシルの根の採取を行い、調べることで何らかの確証を得ようというのであった。
「でも、そういえばこれ、イルミンスールのも混じってるわね。こっちの色の濃いのがユグドラシルのだっけ?」
エウリーズが、籠手の上から持つサンプルを見つつ言う。氷の中では、色の薄いのと濃いのとが絡み合うように保存されていた。
「この際です、両方共調べてみましょう。ひぇっひぇっひぇ、何が分かりますかな」
二人の前にも、転送ホールが間近に迫る。
「……むぅ……う、う〜む……はぁ、よく寝たわい。
スッキリとした表情で、アーデルハイトが伸びをして、周囲を見渡す。
「状況はどうなっとる?」
「いくつか問題はあったが、現行は概ね順調に推移している。皆、イルミンスールのために頑張ってくれている」
灯から状況をまとめたレポートを受け取り、アーデルハイトに渡して牙竜が答える。ざっと目を通したアーデルハイトは、ネットワーク内で起きたことのだいたいを悟り、うむ、と頷く。
「……それで、アーデルハイト殿。いくつか疑問があるのだが、イルミンスールにもニーズヘッグのように守護する存在はいないのか?」
「ふん、ニーズヘッグがユグドラシルの守護者扱いとは、何が起きるか分からんもんじゃな。
……用意しておらんわけではないが、それは私にもいまいち仔細が掴めぬのでな、今は発言を控えさせてもらおう。
イルミンスールそのものを守るのは、ネットワーク上ではあの魔法陣と、こちらでは……これといった決め手がないのが現状じゃな。イナテミスもちと遠いし、あちらが襲われない保証があるはずもないからの」
「魔法陣……それは、今ある機能で限界なのか?」
「それは、おまえの仲間も聞いてきおったな。今の魔法陣は自己修復機能まで付いとるが、その内自動迎撃機能、自己成長機能までは付けられるかの。その時はまたおまえたちの力を借りるやも知れぬがな」
質問の結果得られた回答を、雅がレポートとしてまとめていく。この情報はHCを介して生徒たちの知るところとなるだろう。
「大ババ様、目覚めのハーブティーはいかがですか?」
アーデルハイトが目覚めたのを知って、アンナが用意していたハーブティーを差し出す。漂う香りは、頭にかかる靄を吹き飛ばし、元気を蘇らせてくれるような気がした。
「うむ、頂こうかの。……後は、エリザベートの下に向かった生徒か……」
アンナからハーブティーを受け取り、口に含みながらアーデルハイトが、エリザベートの下に向かった生徒たちの安否を心配する。
「む、ホールに反応があるの。どれ、戻してやるか」
転送ホールに生徒の反応があるのに気付いたアーデルハイトが、杖を振る。直後、転送ホールの二つから、栗とフリードリッヒ、吹笛が校長室に戻ってきた。
「ふぅ、反応がないから焦ったぜ。何とか戻ってこられたな」
フリードリッヒが息をついて、肩をグルグルと回し、身体に溜まった疲れをほぐす。
「なんじゃ、まだピンピンしとるではないか。まだ戦いは終わっとらんのじゃぞ?」
「まあまあ、僕たち生物部にとっては大切な事があって――」
アーデルハイトに睨まれたフリードリッヒが言い訳を口にした所で、背後から栗の悲鳴が響く。そちらに顔を向けると、栗が連れ帰ってきた蛇から黒い煙が立ち上り、見る間に蛇の身体が萎んでいく。
「……なるほど、蛇を連れ帰ってきおったか。おまえのことじゃ、蛇と仲良くなれればと思ってのことじゃろうが……」
綾香とレテリアに気遣われる栗の前で、アーデルハイトが抜け殻となった蛇を摘み上げる。
「こやつらはニーズヘッグより生み出された存在。言わば使い魔に近い。主であるニーズヘッグがおらねば、身を保てぬのじゃよ」
「そんな……では、この子は一体何のために――」
「ま、ニーズヘッグに言わせるなら、都合の良い駒、とでも言うのかのう。……こいつはもらってよいか? ちと、調べたいことがあるでの」
無言で頷き、栗がフリードリッヒとパートナーと共に一旦校長室を離れる。代わりに吹笛とエウリーズが、持ち帰ったユグドラシルの『根』を手に、これからユグドラシルの健康状態を診ることが出来ないか尋ねる。
「コーラルネットワークの根は、便宜的に根と言っているだけあって、本当の根ではないからのう」
「あ、だからなんだ。何か、根とは違うと思ったのよねー」
エウリーズが触れるそれは、根というよりはどことなく生物の器官を想像させるものだった。
「調べたければおまえたち自身で好きにするがよい。何か異変が起きれば直ぐに報告するのじゃぞ」
アーデルハイトの忠告に頷き、二人が持ち込んできた器具を用いて調べ始める。
「さて、このまま順調に事が運べばよいが――」
ホールを開いた時に一緒に戻ってきた狼が渡してきた、ユグドラシルの『根』を弄りつつ、アーデルハイトが呟く。
しかし世の常か、そう呟いた時にはだいたい上手くいかないものである。
「……何? 三人と連絡が取れないだと?」
「はい……リストと見比べながら皆さんの行動を補足してみたのですが……3名がある時から行動を追えなくなっているのです」
リュウライザーが牙竜に報告するその言葉が、アーデルハイトの耳にも届く。
「その者は誰じゃ? すぐさま見つけ出すよう中の者に伝えい。……ネットワークで迷子にでもなろうものなら、見付け出すのに相当骨が折れるの」
無論、迷子などという暢気な事態ではないだろうと推測しながら、アーデルハイトが椅子に腰を降ろす。
(……最悪の事態というのも、想定はしておるが……例えどれほど生きたとて、良い気分ではないの)
「アーデルハイトさん!」
そこへ、アーデルハイトの予備の身体の様子を見守らせていた正悟が飛び込んでくる。
「アーデルハイトさんの身体が、その、いくつか破裂して……」
「……そうか。全部でないのが幸いか。……済まぬな、あまり気分の良いものではなかったじゃろう」
「いえ、俺はまだ……ただ、エミリアには刺激が強かったようです」
アーデルハイトの予備の身体へは、受けた攻撃の影響がそのまま現れる。頭を潰されればそうなるし、首が飛べばそうなる。いくら人形とはいえ、よく見知った人物とそっくりのそれらがそうなれば、目の当たりにした者の精神的なダメージは大きいであろう。
エミリアの看護に向かった正悟を見送って、アーデルハイトが忌々しげに呟く。
「生徒たちが戻って来ぬということは、あやつは無事なのじゃろうな。あれだけの数を前に無事でいるとは……あやつ、七龍騎士クラスか」
その時、校長室の外から数名の声が届く。
「ミーミル、まだ怪我が治ってないんだから、大人しくしてた方がいいわよ?」
「そうです、ここは無理せず大人しく――わぁっ!!」
そんな声が聞こえ、そして入ってきたのは、まだ治療を受けたばかりと思しき、身体のあちこちに包帯を巻いた姿のミーミルだった。
「……お母さん? お母さん、どこですか?」
母親を探し求める赤子の佇まいで、ミーミルがエリザベートを呼ぶ。ミーミルは、エリザベートがアメイアと共にイルミンスールの地下に向かったことは知らない。
「ミーミル、エリザベートはの――」
「お母さんが困ってます……私、行かなくちゃ……お母さんを守らなくちゃ……!」
アーデルハイトが制するよりも早く、ミーミルが踵を返して校長室を出て行こうとする。
「ミーミル、待ってください!」
声が響き、扉の前にソアが、両手を広げて通せんぼの格好で立ちはだかる。
「ソアお姉ちゃん……どうしてですか!?
どうして私の邪魔をするんですか!?
どうして私を、お母さんの所へ行かせてくれないんですか!!」
それは、おそらくミーミルが初めて見せた、怒りの感情と、そして戸惑いの感情。
それを真正面から受け止めて、ソアが開いていた腕をミーミルを抱きしめるように閉じる。
「お願い、もう少しだけ待って……。
ミーミルが言ってくれたこと、大好きな人達や大切なものを「守りたい」って言ってくれたこと。
それをするには、もう少しだけ元気にならなくちゃ。ミーミルを邪魔するなんて、私には出来ませんよ」
「ソアお姉ちゃん……ごめんなさい、私……」
ミーミルが何か言葉を紡ぐ前に、ソアが自らの胸にミーミルの頭を押し付けてしまう。そこから漏れる嗚咽を耳にして、アーデルハイトが一刻、表情を和らげ、そして直ぐに険しい表情を浮かべる。
(この落とし前は、きっちりつけさせてもらうぞ。家族を傷つけた報い、その身で存分に受けるが良い……!)
そこへ、ネットワーク内から新たな情報が寄せられる。同時に、浮かび上がっていた回線図から、張り付いていたユグドラシルの『根』が離れていくのが確認出来た。
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