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リアクション
●東側のウィークポイント付近
「ニーズヘッグ、ユグドラシルの守護者的存在……奴がこの場におけるガーディアンというわけか」
生徒たちの前に姿を表したニーズヘッグを見上げて、ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)が呟く。不意を突いたとはいえ、僅か一撃で4名の生徒を戦闘不能寸前まで追い詰めた攻撃力は、油断ならないと認める。
「アレでは、引きつけて戦うのも無理があるな。どうする、ウィング?」
ウィングに装備される形で存在するルータリア・エランドクレイブ(るーたりあ・えらんどくれいぶ)の発する言葉に、ウィングが強い調子で答える。
「ならば、こちらから出向くまで。ユグドラシルの根の中から奴を出さなければ、根切りに専念する者の邪魔にもならない。……ファティ、援護は頼む」
「はい、お任せください。悪意のあるもの全て、撃ち抜いて差し上げますわ」
託されたワイバーンに騎乗したファティ・クラーヴィス(ふぁてぃ・くらーう゛ぃす)が、弓を携え蛇を険しい表情で見つめる。
「ファティはオレが守ってやるぜ! ……って、何だよこれ、こんなんで戦えんのかよ!?」
意気込んだスルト・ムスペルヘイム(すると・むすぺるへいむ)、しかし手にしたのがデッキブラシで纏ったのがワンピースでは、本人の姿もあってまるで掃除を頑張るメイドにしか見えない。
「うん、かわいい♪」
「頭を撫でるな、子供扱いするなーっ! えぇい、モップは最強なんだ! 絶対負けないんだ!」
そんな会話を挟みつつ、各人がそれぞれの目的を果たすために行動を開始する。
ニーズヘッグへ一直線に駆けるウィング、それを阻止せんと蛇の一群が襲い掛かるのを、上空からファティが弓を構えて狙いをつける。
「容赦はいたしません!」
放たれた矢は炎を纏い、局所的な爆発を起こして蛇の一群を焼き払う。数匹の蛇が炎の餌食となり、逃れた蛇も突っ込んできたスルトの攻撃を受けることになる。
「くらえっ!」
勢い良く振りかぶったデッキブラシが、しかし蛇に当たって根元からポッキリと折れる。
「……あー! おまえ、オレのモップを! よくもやりやがったな!」
折れたデッキブラシを捨て、自らの光条兵器、世界を焼き尽くした呪炎を噴き出すとされる剣を手にする。
「燃え尽きろー!」
それまでの行動とは裏腹に、振るわれた剣は見事蛇を一撃の下に切り捨て、裂かれた傷口から生じた炎の中に、蛇の身体が消えていく。
「……覚悟!」
そして、蛇の攻撃をかいくぐり、ニーズヘッグの下に辿り着いたウィングが、自らの俊敏性と機動性を生かした縦横無尽の攻撃を繰り出していく。
「チッ、ここじゃ出せる力も限られてっからな……ちょこまかしてるヤツは苦手だぜ」
噛み付きや、頭を振っての攻撃も、当たらなければどうということはない。少しずつではあるが、ニーズヘッグのまるで鱗のように硬い皮膚が剥がされていく。
「おや、先を越されてしまったようだ。思いのほか雑魚に手間取ったか。借り受けた武者人形も壊してしまったしね……その分も働かせてもらおうか」
そこへ、蛇の防御網を突破してきたシグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)が、自ら仕留めた蛇の死骸が張り付いた大剣を振って汚れを落とし、既に生徒と交戦していたニーズヘッグに向き合い、名乗りを上げる。
「はじめまして、ニーズヘッグ……噂は前々から聞いている。
我が名はシグルズ! 竜殺しのシグルズだ!!」
そして、大剣を手に、ニーズヘッグへの攻撃を開始する。
「こっちはパワータイプかよ、戦い方ちげぇヤツら集まっと、対応が面倒なんだよなぁ!」
撃ち出された真空の刃を、表面の皮膚を厚くすることで防ぐニーズヘッグ。そうすると他の部分がどうしても脆くなり、そこをウィングに狙われ、受けるダメージが大きくなる。
「シグルズばかりに負担をかけてもいられません。私も出来る限りのことをしましょう」
彼らが戦う後方では、術の詠唱を開始したアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)を援護するべく、エヴァ・ブラッケ(えう゛ぁ・ぶらっけ)と使い魔の紙ドラゴン2体による光術での足止め、及びブレス攻撃を見舞う。
「悪いけど、イルミンスールでのこれ以上のおいたは許されないわ」
光に弱い蛇は尽く動きを止められ、ドラゴンの放つ炎やエヴァの放った氷塊、電撃に貫かれて息絶える。
「アーデルハイト様。校長やミーミル達は別の場で現状に対処しているか、あるいは先行してネットワークに向かった……今はそういうこと、で宜しいですな?」
「……ああ、そういうことじゃ。ネットワークの防衛が済めば、仔細を話そう」
「期待します。それと、万が一の時は、娘達のこと、宜しくお願いいたします」
「無論だ。ミーミルは既に私等家族の一員。大事に思う気持ちはおまえに負けとらん」
「……ありがとうございます。では、行って参ります」
「表皮が硬かろうが、火や寒さに強かろうが、生物であればだいたい電撃は通じて、それは中まで通る……分かり易かろう?」
本状態のまま言葉を響かせるソロモン著 『レメゲトン』(そろもんちょ・れめげとん)の言葉で、アルツールはネットワークに入る前にアーデルハイトと交わした一連の会話から、意識を現実に引き戻す。
娘達のことは気がかりだが、今は娘達が誇りに思えるような父の姿を――。
「……サンダーブラスト、発動!」
詠唱を完了したアルツールの最後の声で、生じた魔法陣から降り注ぐ落雷が、イルミンスールとユグドラシルの接合点を穿つ。
「なるほど、オレを攻撃しつつ、あくまで狙いはそっちかよ。ま、根を切り離しちまえば、オレも手出しできねぇしな。
……だけどよ、そう簡単に、やらせると思うかぁ!?」
声を響かせ、ニーズヘッグが纏わりついていたウィングとシグルズを無視して、半ば強引に頭を接合点から先へ突き出し、接合点を攻撃していた生徒たちに牙を剥く。
「これでは被害が大きくなるのだよ。奇襲が成功していれば、このようなことには……」
「確かにな。じゃがアーデルハイトがあれほど言うのじゃし、こやつ、予想以上に硬いぞ。イルミンスールといえども厳しかったのではないのかの」
悔しげな表情を浮かべるリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)を、ロゼ・『薔薇の封印書』断章(ろぜ・ばらのふういんしょだんしょう)が宥める。
リリは、ニーズヘッグの潜んでいる位置がユグドラシルの『根』であるのを知った時点で、イルミンスールの『根』を伸ばしてニーズヘッグの背後に道を作り、奇襲する策を提案したのだが、
「待つのじゃ。たとえ根は伸ばせたとしても、ユグドラシルの根を食い破って奇襲路を作るなど不可能じゃ。万が一それが出来たとして、最悪、ニーズヘッグに格好の進撃路を与えてしまうことにもなりかねんぞ? 自ら敵の攻め込む選択肢を広げてどうするのじゃ。イルミンスールを守る観点から、その案は採用できん」
と突っぱねられてしまった。後にアーデルハイトが、「じゃが、こうも容易く根を食い破られるとは意外じゃ……ニーズヘッグですら手間取るというに」と呟いているのを鑑みるに、今回の襲撃はアーデルハイトですら予想外の事態であったとロゼは思い至る。
(ニーズヘッグ……強敵なのは肌で感じる。……だけど、ここで決着をつけなきゃ、こっちがどんどん不利になる。……やるしかない!)
剣を構えた相田 なぶら(あいだ・なぶら)が、接合点を攻撃に向かおうとするフィアナ・コルト(ふぃあな・こると)を始めとした生徒たちに加護の力を施し、彼らの攻撃を援護するため、ニーズヘッグとそれが生み出す蛇へと向かっていく。
「どんだけ来たってムダなんだよぉ! 喰い尽くしてやらぁ!」
ニーズヘッグのヘッドアタックが、攻撃を加えようとした生徒たちをいとも簡単に吹き飛ばす。だが、事前になぶらが施した守りの力は、即座に戦闘不能に陥らされるのを防ぎ、後衛の回復ですぐに態勢を立て直すことが出来た。
(なぶらが敵を引きつけている間の今を、逃すわけにはいかない! イルミンスールから離れろ!)
なぶらの献身に応えるべく、フィアナがユグドラシルの『根』の先端付近まで進み出、共に攻撃に向かった生徒たちに続いて攻撃を加える。振り抜いた刃は細い枝のようなものですら、確かな手応えを感じさせた。
(硬い……! とても枝を切っているような感覚ではない! これが、ユグドラシルの力?)
二撃、三撃と刀を振るう、それだけで腕から力が抜けていくような感覚に陥る。
「ぐっ……まだだ、まだ退けない!」
なぶら、そして行動を共にする生徒たちも、ニーズヘッグと蛇の猛攻に傷付き、その度に癒しの力を受けて立ち直る光景が頻発する。
「オラオラ、どうしたどうしたぁ!!」
ニーズヘッグも、相当攻撃を受けているにも関わらず、全く効いていないかのように生徒たちを幾度となく窮地に陥れる。
(……いいえ、ここで諦めてはダメ! これだけ協力してくれる皆さんがいる、必ず撃退できる!)
再び戦う気力を取り戻し、フィアナが刀を振り上げ、接合点に打ち込む。ヒビの入っていた枝のようなものが、その一撃で折れ、地面に崩れ落ちていった。
「ふむ……これは確かに緊急事態だけど、にしてもイルミンスールの生徒をあんなに急かして配置させたのは怪しいなぁ。こいつらを退けても、まだ何か一波乱ありそうな気がするけど」
「そうなの? うーん、そういう謎解きみたいなの苦手だし、アレンくんに任せるね。私は攻撃に行ってくるよ!」
アレン・フェリクス(あれん・ふぇりくす)の呟いた推測に、咲夜 由宇(さくや・ゆう)は頭を抱えた挙句、大剣を手にウィークポイントへ向かっていく。
(どんなに難しくても、自分の守りたいものぐらいは守れるようにならないと……!)
大剣を地面に突き刺し、棒高跳びの要領で飛び上がった由宇を、地面から飛びかかろうとした蛇が獲物を逃した悔しげな表情で見つめる。
「そっぽを向いていていいのかな? 相手は一人だけってわけじゃないんだねぇ、これが」
その隙に踏み込んだアレンの、武器から飛ぶ氷の刃が蛇を両断する。後続の蛇も冷気の影響を受けて動きを鈍らせ、その間にアレンの放った火弾や他の生徒たちに駆逐されていく。
「これを攻撃すればいいんだよね! えーいっ!」
由宇もその間にウィークポイントに辿り着き、飛び上がっての一撃、着地から足を踏み出しての二撃目を接合点に叩き込む。ちょうど弱っていた箇所に刃が食い込み、プツン、と切れるような音と共に枝のようなものの一部が由宇の足元に落ちる。
(これ、ユグドラシルのものだよねぇ? 何かの役に立つかな?)
とはいえ、自分が持っているだけでは役に立たない。とりあえず大ババ様に見てもらおう、そう判断した由宇が自ら使役するペットの狼、ククに拾った枝のようなものを託し、ククが魔法陣へと駆けていくのを見送って、そして攻撃を続行する。
(……なんでしょう、嫌な予感がします……聞こえてきた言葉のせいでしょうか)
ユグドラシルの『根』に電撃を纏った一撃を見舞ったメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が、直前にニーズヘッグの漏らした「アイツらのように」という言葉を気にかける様子を見せる。装着したHCからはメイベルが危惧するような情報は伝わってこないが、ニーズヘッグの発言はあたかも、生徒の数名かを手にかけてしまったかのように受け取れた。
「メイベルさん!」
危機を告げるような声、次いで獣の咆哮が響く。メイベルがそちらを振り向くのと、遠方から放たれた矢が蛇の頭部を穿ち、蛇がもがき苦しむ姿を晒すのはほぼ同時のこと。
「このっ、潰れちゃいなよ!」
そこへ、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)の振り下ろしたハンマーが、蛇の頭部から胴体までを押しつぶす。
「ふうっ、危なかったー。メイベル、疲れたの? 無理しちゃダメだからね!」
「そうですわ。メイベル様、ご無理はなさらぬよう」
敵を撃退したセシリア、そしてフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)に気遣いの言葉をかけられたメイベルが、心配させないようにと笑みを浮かべて答える。
「……うん、大丈夫。少し、気になることがあったから」
「気になること、ですか? それはもしかして、ニーズヘッグの……」
メイベルの発言に、ヘリシャ・ヴォルテール(へりしゃ・う゛ぉるてーる)が同様にニーズヘッグの告げた言葉を挙げ、窺うような視線を向ける。
「うん……ニーズヘッグが出てきた時、「アイツらのように」って言っていたような気がして……思いたくはないけれど、どうしても気になってしまうんです」
表情を曇らせるメイベル、ネットワークに入る前に噂されていたミーミルの件も、メイベルを不安がらせるのに多少の影響を及ぼしていた。
「……とにかく、無理しない程度に早くこの根を切り離さないとね。状況を知るのはそれからでも遅くない――」
「お待ちください、セシリアさん。今、情報が」
セシリアが再び攻撃に移ろうとした矢先、セシリアとフィリッパ、そしてメイベルの装着しているHCが緊急の情報を提供する。
内容を確認したメイベルは、自ら抱いていた不安が的中してしまったことを悟るのであった。
『ネットワーク内で3名、消息の消えた生徒がいる!
立川 るる、五月葉 終夏、関谷 未憂の3名だ!
至急彼らを見つけ出し、無事を確認してくれ!』
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