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イルミンスールの大冒険~ニーズヘッグ襲撃~(第1回/全3回)

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イルミンスールの大冒険~ニーズヘッグ襲撃~(第1回/全3回)

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「お、大きい……! それに、あの壁の部分……」
 イチルが、見上げるようにしてイルミンスールとユグドラシルの接合部分を見つめる。イルミンスールの『根』がせいぜい数メートルであるのに対し、ユグドラシルのそれは十数メートルはあるように思われた。
 そして、l2の天井の一部が、おそらくニーズヘッグが生み出した蛇によって食い荒らされたような壊れ方をしているのに対して、壁の部分は何本もの枝――それでも、1本の枝が大きいもので数十センチはあるだろうか――が絡み付くようにしていた。
「おうおう、人ンち勝手に上がりこんで随分とデカい面してんじゃねーか。エリュシオンのヤツらは礼儀ってモンを知らねーのか!?」
「お前の言葉に素直に同意するのも釈然としないが、事実だから仕方ないな。無礼者には早々にお帰りいただくとするか」
 拳を鳴らしながらウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)が不敵に微笑み、彼の背後にヨヤ・エレイソン(よや・えれいそん)が続く。

「なぁ、マジで大丈夫なのか? 生徒まとめてネットワークに飛ばして、こっちは平気なのか?」
「ほう、おまえが他人の心配をするようなタマだったとはな」
「俺らにとっていっちゃん大事なのは、校長とババ様なんだぜ。肝心な事なんも言わねーでお仕舞い、なんて勘弁だからな」
「……心配せずとも、私とエリザベートなら大丈夫じゃ。ミーミルの方は気がかりじゃが……それもコーラルネットワークの防衛が一段落つき次第話そう。今はネットワークの防衛を第一に考えるのじゃ」

 ウィルネストの脳裏に、ネットワークに飛ばされる前アーデルハイトと交わした言葉が甦る。
(ミーミル、ケガでもしたか? だったら後で見舞ってやらなきゃな。……つうわけで、ハタ迷惑なユグドラシルに一矢報いてやろうじゃねーか!)
「うっし! これをぶん殴ればいいんだな! 全力で行かせてもらうぜ!」
 戦う覚悟を固めたウィルネストの横へ、後方からラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が飛び込んでくる。事前に示されたウィークポイントを標的に捉えて拳を打ち鳴らし、いつでも飛び出せるように構えを取る。
 しかし、生徒たちがいるのは言わば敵の最前線基地。襲撃を受けて、黙っているはずがない。ユグドラシルの『根』の奥から、新たな蛇が送り込まれてくるのが生徒たちの視界に映った。
「敵が来るぞ! ぼうっとしとる場合ではない!」
「あっ……ああ!」(……そうだ、ここまで来て、何もしないで帰るわけには行かないっ……!)
 イチルの意思が込められた歌の力が、ここまで進んできた生徒たちに再び戦う力を呼び起こし、より強力な力を引き出す加護をもたらす。
「よっしゃ、行くぜ! へへっ、先輩のカッコいい姿、しっかり目に焼き付けとけ!」
「……くれぐれもこいつのようにだけはなるなよ。危なくなったら直ぐに退け!」
 イチルに一声かけて、ウィルネストとヨヤが向かって左側のウィークポイント、イルミンスールとユグドラシルの根の接合点を狙いに飛び出す。
「おい、オッサン! あんまりオイシイとこ持ってくんじゃねーぞ!」
「わりぃな、手加減するつもりはねぇんだ。イルミンスールが枯れちまうのは流石に困るしな!」
 ウィルネストの牽制の言葉に、ラルクが不敵な笑みを浮かべて答え、いち早く接合点に辿り着く。
「オラオラオラオラオラァ!!」
 両手両足からほとばしる闘気をぶつけるように、ラルクの連打が打ち込まれる。強固に絡み付いていたように見える枝のような物が、見る見るうちに剥がされていく。
「オラァッ!」
 最後の一突きで、十数センチはあろう枝がへし折られる。数十本ある内の一本とはいえ、一人で一本をへし折ってしまうラルクは、根を攻撃する生徒たちにとって力強い存在であった。
「ウィルネスト、もたもたするな!」
「いちいち言われなくたってやってらぁ! ……ちっ、アイツらが邪魔だぜ」
 得意の魔法で一気に焼き切ろうと詠唱を続けるウィルネストが、射線に入り込もうとする蛇の一群に舌打ちする。
「奴らの相手は俺がする! お前は一発デカイのかましてこい!」
 ヨヤがウィルネストから離れ、蛇の一群を掠めるようにして爆炎を放つ。行動を阻害する存在に出会った蛇が、進路を変えてヨヤへ襲い掛からんと迫る。
「ナイスだぜヨヤさん! ……よっしゃ、紅蓮の魔術師の本領発揮だぜぇ!!」
 詠唱を終えたウィルネストの、掌から炎の嵐が生じ、接合点を炎に包み込む。いくつかの細い枝のような物が焼け落ち、太くがっしりとしたそれは傍目にはダメージを受けていないようだが、次いで打ち込まれたラルクの拳でいとも簡単に崩れ落ちる。

「……既に片側へは攻撃が開始されておるか。もう片側は……蛇が邪魔をしておるようじゃな」
 先陣を切った生徒たちからやや遅れて、ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)ガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)ユイリ・ウインドリィ(ゆいり・ういんどりぃ)がl2との交差点に進入を果たす。
 向かって左側へは攻撃が加えられているが、反動で右側へは蛇の群れが邪魔をし、なかなかイルミンスールとユグドラシルの接合点、ウィークポイントへ辿り着けずにいた。
「……左側と右側、ほぼ同タイミングで転送ホールaからとcからの生徒たちが向かってきています。彼らと歩調を合わせる為にも、右側へ攻撃を加えることを提案します」
 HCを用い、校長室にいる【アルマゲスト】のメンバーと情報のやりとりを行ったユイリが、それらを踏まえた作戦をジーナとガイアスに提示する。
「我が根までの血路を開く。……ジーナ、その力で意思を知らしめるがよい」
 パワードスーツに身を包んだガイアスが、戦闘前に自らジーナに託した武器のことを口にして、蛇の群れへと歩を進めていく。
「ジーナ……」
「……大丈夫。ユイリはそこで見ていて。私の戦いを、私の意思を」
 内からふつふつと湧き起こる力を感じながら、ジーナがパラミタ虎のポンカに跨り、ガイアスが渡した武器、S字型の片刃の刀剣をしっかりと握り締める。
「はい。勿論、ただ傍観者としているつもりはありませんよ」
 ジーナの連れてきたペットたちに守られつつ、戦況の情報を得ようとするユイリに見送られ、ジーナがユグドラシルの『根』を目指して駆ける。
(剣竜の子供達は、すぐみんなとも仲良くなってくれました……。
 だから、きっと、個人個人ではエリュシオンの人達も私達もそんなには違わないはずです。
 ……ただ、互いに持ってる価値観が違うだけ)
 あちこちで繰り広げられる蛇と生徒の戦い、その間を縫って進む中、ジーナの心はエリュシオンとシャンバラの関係へと向けられていた。
(例えばもし私がエリュシオンに生まれていたら、帝国のために戦っていたでしょう。
 もし帝国の人も地球に生まれていたら、私のように思い悩んだりするかもしれない。
 私はやっぱり、今の私が育てられた建前の方が、これまで聞いた限りの帝国の考え方より好き。
 ……でも、帝国のこともまだよく分かってないし、今のこの仮初の平和のうちにお互いを知って、そしてよりよい未来を目指せたらいい)
 進んだ先に見えてくる、イルミンスールとユグドラシルとの接合点。絡まる枝のような物を標的に定めて、ジーナの表情が険しくなる。
(……だから、もしかしたらユグドラシルには、『獅子は子供を千尋の谷に落とし、上がってきた子だけを育てる』みたいな思惑があるかもしれないですけど、この時期にこんなことしてたらダメなんです!
 世界は世界樹だけで閉じてるわけじゃないんです!)
 虎と共に飛び上がったジーナが、竜の力も加えたコピスの一撃を接合点へ打ち込む。細い物は切り落とされ、太い物は砕けるように崩れ落ち、接合点に大きな一撃が加えられた。

「今回の敵はニーズヘッグですか……。北欧神話では世界樹『ユグドラシル』の根をかじっている蛇でしたか。
 ……今回の件、もしかしたらエリュシオンやユグドラシルが関係しているのかもしれないですね」
 近付いてくる蛇の一群へ、レーヴェ・アストレイ(れーう゛ぇ・あすとれい)の見舞った電撃の雨が炸裂し、一群は散り散りになって退いていく。
「ふふふ……例えどんな強敵だろうと、『神』に匹敵する強さだろうと、この血煙爪の前には木材同然よ!」
 スピアから血煙爪(ちぇーんそー)に装備を切り替えた如月 玲奈(きさらぎ・れいな)が、エンジンを高々と鳴らして突っ込み、木こりが木を切るが如く血煙爪を突き入れる。

「ヨサークは〜木を切るぅ〜」「Hey,Hey,Ho!」
 
 ……おそらくヨサーク本人がこの光景を目の当たりにしたら、「腰の使い方がなってねぇだ!」と憤慨しそうだが、そもそも血煙爪を使う際に腰の使い方が重要かどうかは分からない。
 ともかく、武器としてはいまいち使い道の難しい血煙爪だが、木を切ることにおいてはピカイチ。殴るより燃やすより斬るより何よりよく切れる。
「このまま切り倒してあげるわ!」
 一本、また一本と枝のような物を切り落とし、調子よく血煙爪を振るう玲奈。このまま順調に攻撃が続けば、ユグドラシルの『根』もたまらずイルミンスールから離れるだろう――。

「どうもうるせぇなと思って来てみりゃ……テメェら!!
 食事の邪魔すんじゃねぇよ!!」

 次の瞬間、ユグドラシルの『根』の奥から耳障りな声が響いてきたかと思うと、1メートルはあるはずの蛇が小さく見えるほどの、黒ずんだ胴体を揺らしてやってくる者の姿があった。

「テメェらがそのつもりなら……
 こうしてやらぁ!!」

 生徒たちの前に姿を見せた巨大な蛇、ニーズヘッグの瞳が妖しく煌いたかと思うと、その身体から無数の蛇が生み出され、接合点に攻撃を加えていた生徒たち目がけてまるで洪水のように襲い掛からんとする。
「レナ、危ない!」
「ああもう、せっかくいい所だったのに!」
 レーヴェに引かれるようにして辛うじて難を逃れた玲奈が、悔しそうな表情を浮かべる。
「……おかしいですね。てっきり根を攻撃する皆さんを襲うものと思っていましたが――」
 態勢を立て直した一行の中で、レーヴェが疑問を口にする。蛇は彼らを通り過ぎ、そしてニーズヘッグは蛇を生み出した後再び通路の奥に引っ込んでしまった。
 何を企んでいる……その疑問は直ぐに、危機となって表面化する。

『Ir2、およびIr4が敵の猛攻を受けている!
 このままでは突破され……ぐわぁ!!』


 通信機器を介して伝わった、それまで敵の攻勢が比較的弱かったIr2、Ir4への大戦力を率いた突撃。

『Ir3、およびIr2、4にいる者は、至急この突撃を防げ!
 Ir1、5の者は、ウィークポイントを狙うのだ!
 魔法陣は俺達が守り抜く! 決して振り向かず、一直線に根を撃て!』


 戦況の変化を読み取ったヴァルが、即座に各所に指示を回す。
 ある者は悔しげな表情を浮かべて、ある者は新たな危機に立ち向かわんと表情を引き締め、Ir3に向かっていた生徒たちが一旦転送ホールbまで引き上げていく。

「……ふん、小賢しいぜ。
 そのまま向かってくりゃ、返り討ちにしてやったのによぉ」

 チッ、と残念がるようにニーズヘッグが呟く。一旦姿を見せておいて、このユグドラシルの『根』に構わず向かってきた生徒たちを引きずり込んで捕食するなりした後、悠々と中央突破する算段だったのが、当てが外れた形になった。

「ま、多少腹は減るが……待ってやるか。
 御馳走は腐りかけがうめぇしなぁ……」

 再び耳障りな笑い声をあげるニーズヘッグ。

「ニーズヘッグさーん、いるのー?」

 そんな彼に、声をかける一人の少女の姿があった――。