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まほろば大奥譚 第二回/全四回

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まほろば大奥譚 第二回/全四回
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第二章 鬼の子1


 『御糸、私ね、上様のお子を身ごもったの』
 『本当に!? おめでとう、本当に良かったわね』
 『ありがとう、貴女だけはそう言ってくれると思ったわ。きっと、男の子よ』
 『もう、気が早いわね。生まれてみないとわからないじゃないの』
 『ううん、わかるの。上様のように優しくて立派な殿方になるに違いないわ。
 きっと……本当に楽しみだわ……』

卍卍卍


 午後の大奥の御台所では、女官たちが集まって茶菓子をつついていた。
 辛い奉公勤めの中で、彼女たちが唯一ほっとできる時間だ。
 とりとめのないお喋りに夢中になっている。
「ちわ〜す! 頼まれとった買い物してきたよ。お、姉さんたち今日も綺麗やねぇ」
 お勝手口に飛び込んできたのは、大奥で雑用係として働く葦原明倫館日下部 社(くさかべ・やしろ)である。
 彼の後ろには買い物かごを抱えて不満そうな魔道書著者不明 パラミタのなぞなぞ本(ちょしゃふめい・ぱらみたのなぞなぞぼん)も立っていた。
「なんか楽しそうやね。俺も仲間に入れて〜」
「ああ〜! あたしの持ってきたお団子全部食べちゃった?! 大奥の女子用だったのに」
 ちゃっかり皿の団子をぱくつく社に、葦原明倫館の氷見 雅(ひみ・みやび)が声を上げた。
 機晶姫タンタン・カスタネット(たんたん・かすたねっと)もじと目で見ている。
「ワタシ……の分が」
「ああ〜。あんまり美味そうだったから、つい食べてしもた。ほらほら、怒らんと。折角の美少女が台無しやでえ」
「び、美少女……」
「もう、調子がいいんだから」と、呆れ顔の雅とタンタン。雅はやや顔が赤い。
「ほんまや。俺が将軍さんやったら、ほっとかんで。お二人さんともゾッコンラブや」
「あたしは、将軍の寵愛とか全く興味ないですから。気になるのは大奥のことぐらいよ」
 雅たちの会話が気になったのか、寵愛レースから降りる宣言の雅を気に入ったのか、噂好きの女官たちが話に加わり始めた。
「あら、あなたたち知らないの? 公方様が奥渡りをなさらないのは、毎夜若い男と共寝されているからだそうよ」
「ええー!? まさか衆道! それじゃあ、姫様たちのお立場がないわー」
「そうよね、あれだけ着飾っておきながら、男に取られるなんてね」
 女官たち皆、それぞれに勝手なことを言っている。
 社は目で合図を送り、パラミタのなぞなぞ本は親切そうな紳士の振りをして彼女たちの話を聞き出そうとする。
「それは大奥にとって一大事ですネ。房姫様や睦姫様はどうなるのデショウ」
「さあねえ。睦姫様は暇を出されそうになった噂もあって、一歩も部屋からお出にならないそうよ。それに、房姫様のほうも目論見が外れたんじゃないの?」
「目論見とは?」
 ここぞとばかりにぐっと身を乗り出す雅。
「だって、将軍家は二千五百年前の天下分け目の戦で葦原から助力を得てからというもの、頭が上がらないんだから。実際に歴代の正室は葦原出身ばかりだしね。公方様も普通はソデにしないでしょ」
「じゃあ、二人に愛はないのやろか。なんや悲しいなあ」
 社はこの件についてハイナにきいてみるか否か悩んでいるとき、廊下の向こうで黄色い歓声が上がっているのが聞こえた。
 奥医師として大奥に出入りしている蒼空学園本郷 翔(ほんごう・かける)と守護天使ソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)が、女官たちに囲まれている。
「皆さん、順番に看て差し上げますから。静かに並んでくださいね」
翔が制していると、若い女官が奥医師の美貌に見とれてぼーっとしている。
「ソール先生、私、動悸と息切れが、止まらなくて……」
「それは大変だね。ここじゃなく、二人きりで俺がゆっくり看てあげよう」
 そう言いながら女官の手を取り、奥の間に消えていこうとするソール。
 翔が慌てて止める。
「せ、先生。今日の診療時間は限られてますから、触診はまた後で!」
 翔はソールを強引に連れ戻すと小声で耳打ちした。
「私たちの目的は、大奥の謎を解くことですよ。忘れたんですか」
「ああ、そうだったかな。可愛い娘が多くてついね」
「……絶対ワザとにしか見えないけど」
 そのとき後ろから声をかけられた。
「あの……」
 二人が振り向くと、薄幸そうな少女が立っている。
 守護天使プリ村 ユリアーナ(ほふまん・ゆりあーな)であった。
「どうしました、お嬢さん。どこか具合でも悪いのですか」
「いえ、あたしがじゃなくて保護者が死にそうなので……」
 聞けば、彼女にはタピ岡 奏八(たぴおか・そうはち)というお庭番のツレがおり、先日、女と朝帰りをした奏八をユリアーナが半殺しの目に遭わせたとのことだった。
 相談先が微妙にズレている気がしたが、翔は律儀に話を聞いてやった。
「それはまた、ぶっそうな話ですね」
「だって、莊八ったらべろべろに酔払ったあげく万鬼ヶ原 迦織(まきがはら・かおり)って女を連れてきて『こんな嫁さんがいたらいい』だなんて。女の方はあたしのこと見て『元気の良いお子さんですね』なんていうんだもの。絶対、絶対、許せないんだからっ」
「はあ……まあ、夫婦喧嘩は犬も食わないっていいますからね」
「夫婦じゃないもん!!」
 男女の痴情の縺れには関わらない方が賢明だと判断した翔は、きいぃぃと癇癪を起こしているユリアーナを冷静になだめながら、彼女を自室に送り届けることした。
「お、おユリ……助け……て」
「ん、何か聞こえたかな」
 庭の隅で傷だらけの金髪アフロ侍の姿があったが、女の子にしか興味のないソールの視界に倒れている男の姿は全く入ってこなかった。
「ま、いいか。俺はその間に女の子たちを物色……じゃない、大奥を調べてみるかな」
 無情にもタピ岡はそのまま翌朝まで放置されることになる。