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まほろば大奥譚 第三回/全四回

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まほろば大奥譚 第三回/全四回

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第二章 月の下で1

 将軍のいない大奥は、まるで火が消えたかのような凋落ぶりである。
 葦原明倫館氷見 雅(ひみ・みやび)は、将軍の部屋の後片付けをすると称して中奥に上がり込んだ。
 中奥側の役人の目を盗んで、部屋を探る。
「将軍の隠された過去がわかれば、もっと真実が分かるかも! ちょっとお部屋を拝見……」
「ふわぁ、なんだか泥棒さんみたいで、嫌なのです……でも、雅の気持ちも分かるから止めないのです」
 機晶姫タンタン・カスタネット(たんたん・かすたねっと)が部屋の入り口で雅が見つからないように見張っていた。
 雅はそこで、古びた写真を見つける。
 銀板写真と呼ばれるものだ。
「コレって……貞継様の子供の頃かな、若いし。こっちに写ってるのは……房姫様?!」
「ふわぁ、お二人とも、可愛いいですう」
 そこには仲良く並ぶ少年と少女の姿が映し出されていた。
 鬼城貞継将軍と、{SNL9998934#葦原 房姫}の子供の頃の姿である。
「将軍はずっと大事に持ってたのかな?」
 雅は色あせた写真に、切ない郷愁を誘った。
「これ房姫様に見せてあげよう」
 雅は大事そうに袱紗(ふくさ)に包み、持ちだした。



「この月を……将軍様もご覧になってるのかしらねえ」
 房姫付き女官リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)は月夜の庭に房姫を誘い出していた。
 房姫は黙ったまま見上げている。
 リースは房姫に素直になるよう、問うてみた。
「将軍様のことを本当はどう思ってるの? 御花実様がとかそういうのは関係なくて、一人の女性として貞継様をどう思っているか……」
 リースは何かを思い出すように、呟いた。
『……神子の力のないお前など、何の役に立つ。早く死んでくれ』
 鬼となった貞継が房姫に吐いた暴言は、彼女にも心の傷を呼び起こさせていた。
「自分の気持ちに嘘を付いて諦めたりやめたりするの……自分は絶対に嫌だ……」
「貴女は私のことを、まるで自分のことのように考えてくれてるのですね」
「だって、房姫様に辛い思いをしてほしくないし、自分もそういう思いはもうしたくないもの!」
「貴女もそんな思いをしたことがあると……ではそのとき、どうしたのですか。貴女にできなかったことが、私にできるとは限りませんよ」
 今にも泣き出しそうなリースに、房姫は優しく微笑んでいた。
「神子や将軍が、一時の感情のみで動くわけにはいかないのです」
「そんな言葉で心を隠すの? 側に居る私たちが気付かないとでも? いくら私でも解かるわ。今のままでいい筈が無いって事くらいはね……」
 房姫付き女官ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は貞継に逢わせるため、房姫を東光大慈院に連れて行くと言った。
「私は貴女の護衛である前に友人よ。力にならせて欲しいの。貴女が逢いたいっていうなら……遠慮なくね」
 ローザマリアに言われて、房姫は戸惑いを隠せないようだった。
 肯定も否定もせず、言葉にならないままに立ち尽くしている。
「私は……別に」
「あ、いたいたー。房姫様、これを見て頂こうと思って探したわよ−」
 ふいに現れたのは、雅たちだった。
 彼女は持っていた袱紗(ふくさ)に包みをほどくと、房姫に写真を渡した。
「これは……私が十一、二歳の時のものです。何処にあったのですか」
「将軍様が持ってたのよ。ずっと、大事にしてたんじゃない?」
 房姫は懐かしそうにそれを見つめている。
「このときは神子として生きることだけを考えていました。私がただの人となり、将軍家へ、貞継様の元へ輿そうとは、思ってもみませんでした……」
「マホロバ人にとって、この世など泡沫(うたかた)に過ぎん。貴殿がただの人と申すなら、その一瞬を大事にされよ。それがしも力を貸そうぞ」
 ローザマリアと契約をした羽搏輝 翼(はばたき・つばさ)が道中の護衛に立つと言う。
「大慈院に行くなら、私も連れて行ってほしいです。駄目でしょうか?」とリースも付いていくことを願い出た。
「房姫様の代役、私が頑張るよっ。だから、安心して行ってきてね」
 精霊ネージュ・グラソン・クリスタリア(ねーじゅぐらそん・くりすたりあ)房姫が外に出る間、房姫に化け緑水の間で仮病を使ってやり過ごすという。
 英霊上杉 菊(うえすぎ・きく)が房姫の世話役、大儀院勝菊尼(だいぎいん・しょうぎくに)として責任を持って留守を預かるという。
「房姫様の不在は隠し通ますゆえ、将軍様にお会いになったら、必ず気持ちをお伝えくださいませ」
「さあ、お膳立ては揃ったわ。あとは貴女がほんの少しの勇気を出す番じゃなくて?」
 ローザマリアが片目を瞑ると、房姫はかすかに笑顔を見せ頷いた。
 彼女たちは大奥をこっそり抜け出し、暗い夜道を進む。
 マホロバ城から少し東にある東光大慈院の塀が見えると、一同は安堵のため息を漏らした。
 ローザマリアは房姫の手助けをする。
「さあ、姫。行きましょう。お手をそうぞ」
 ローザマリアは両腕で房姫を抱えると、魔法的な力場を使った高速飛びで塀を乗り越えて庭に降り立つ。
 その間、房姫は心臓が早鐘をうち、今にも壊れそうだった。