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リアクション
「発言よろしいでしょうか」
続いて、東シャンバラのロイヤルガード、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が手を上げる。
「どうぞ」
メティスが発言を許可し、ロザリンドは立ち上がった。
「まずは、魔道書の所有権に関しては、さまざまな意見が出ており、私自身もここで出来る範囲で聞いて回りはしましたが、明確な資料が残っているわけでもありませんので、ここで誰のものだと決めることは不可能だと思います。ただ、契約をしていることからユリアナさんが持っている魔道書に関しては、ユリアナさんに所有権……といいますか、親権があると思います。もう一冊の魔道書と合わせて1冊の本だというのなら、もう一冊も、ユリアナさんの所有が認められるのではないでしょうか」
ただ、とロザリンドは話を続けていく。
「盗賊の証言からユリアナさん及び魔道書は犯罪に加担した容疑があり、その聴取や裁判は必要です。もし、重大な犯罪行為を犯しており、所有者……親権を持つにふさわしくない場合は、所有権を剥奪されるでしょう」
それらを経てから、魔道書の真贋検証ももう一度行い、その後に各自がユリアナに交渉をして今後を決めるべきだとロザリンドは話す。
「またレスト様の話では、不穏なことを考えている者が、合宿に紛れ込んでいるとのことでした。強盗未遂もありました。ですので、安全確保のため、最寄であるヴァイシャリーに移送が一番だと思います」
「異議あり!」
刀真と梅琳が挙手する。
「西シャンバラのロイヤルガード、どうぞ」
メティスの言葉を受け、2人は立ち上がる。
「それならば、安全を考え、まずはヒラニプラへ護送がいいでしょう。距離的には同じくらいです」
「教導団員に迎えに来てもらうことできるわ」
刀真と梅琳の言葉に、ロザリンドが首を左右に振る。
「今から西行きだと、龍騎士団が越境で手続き面倒そうだし。それで時間がかかったり、護衛減るのは危険かな。狙われてるみたいだしね」
テレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)がそう意見を出す。
テレサはあまり得意ではない記録作業に従事している。
東はかなり弱い立場だと思いながらも、そんなことは口に出さない。
「ヒラニプラ方面には、陸地がないからね。途中でワイバーンを休ませることも出来ないし、襲撃されて飛空艇が撃ち落されても困るし」
眉を寄せて考えながら、テレサは精一杯の発言をした。
「そして、ヴァイシャリーでの裁判は必要です。ただ、護送を心配されるお気持ちはわかります。私も勿論護送を担当するつもりですが、教導団や西の方々にも、移送中に「賊」の襲撃や、不穏な者が動いた時の護衛として同行をお願いしたいのです。移送間はすり替えや盗難に遭わないよう、それぞれの陣営から複数人で監視が必要でしょう。到着後は結果の出るまで逗留できるよう掛け合いますので。聴取や裁判に各国代表が参加するなどで公平性を出せば問題ないはずです」
ロザリンドの発言に、梅琳はごく一瞬、険しい表情を見せた。
刀真はユリアナに目を向けた。
ユリアナは暗い表情で、ただ俯いていた。
彼女がどうしても西にと言わないのなら……。
強硬手段をとるつもりはなかった。
刀真は着席して、見守ることにする。
梅琳は苦笑しながらこう言って座った。
「武装した教導団員がヴァイシャリーに近づような危険なこと、出来ないわよ。教導団の戦力を僅かにでも殺ぐことを目的としたご提案なら……怖い人ね」
梅琳は諦めたようなそんな笑みを見せた。
「そのようなつもりはありませんでした。聴取や裁判に、各国代表が参加するなどで公平性を出せるよう努力いたします」
ロザリンドはそう言う。彼女は心からそう思っていたけれど。
ロザリンドの案はやはり梅琳にとって怖い案だった。
護衛として、ついていけば、奪還作戦は行いやすいかもしれない。
しかし、その行為は龍騎士団ではなく、東シャンバラへの卑劣な裏切り行為となってしまう。
また、賊の襲撃とロザリンドは言ったが。
自分達の襲撃を見越しての発言とも思えた。
東シャンバラの政府――エリュシオンの支配下にある政府の裁判とはいえ、傍聴くらいは認められるだろう。
だが、ロザリンドが本当に政府とかけあったとしても、こちらの主張やユリアナとの交渉が認められることはまずないという確信はあった。
彼女の案を飲んだら詰みだ。
とはいえ、この案に反論をしては立場が悪くなる一方。
梅琳はもう、何も意見を出せなかった。
会議が続く中、うつむいているユリアナの手をノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)がそっと包み込んだ。
パートナーのレン・オズワルド(れん・おずわるど)は司会進行を務めているメティスに、なにやら耳打ちをしているところだった。
「ユリアナさま」
ユリアナに近づいて、小さく声をかけたのは真口 悠希(まぐち・ゆき)だった。
「貴女は……どうしたいですか?」
ユリアナはうつむいたまま、何も答えない。
「貴女はボク達の事をよく知らないと思いますし……ボクもまた貴女の事を殆ど知らなくて……」
なので、恥ずかしながら、自分自身の話を一つさせて下さい、と悠希は言葉を続けて、反応を示さない彼女に、語り始める。
「かつてのボクは、大切な人の事で心が一杯になり過ぎて、その人を失うのではと思うと不安で周りが見えず冷静に行動できなくて……周囲の方々は勿論、大切な人自身にも大きな負担をかけてしまいました」
思い起こして、切なげな声で悠希は続けていく。
「つまり……ですね。人は、追い詰められた状態では、上手く判断し行動したり出来ないんです」
ユリアナも今、似た状況だと感じている。
今は落ち着いて考えることが必要。だから……。
「ボク……百合園にお招きしたい。少しずつ……貴女がどうしてこんなに追い詰められたのかとか、お互い分かり合えたらいいなって……」
ユリアナは首を左右に振った。
悠希は、彼女も誰かに解って欲しいと感じているのだと思ったけれど。
側で語りかけて、彼女から感じてくる思いは拒否、拒絶だった。
誰も、自分の中に立ち入れさせない。
誰にも、干渉されたくない。
一人にして欲しい、自由が欲しい。
そんな思いが感じられた。
それなら余計に、組織の中に彼女を置いておいきたくはないと、ロイヤルガードでもなく、白百合団でもなく、一般の百合園生として、日々を過ごしてみて欲しいと、悠希は思うのだった。
「勿論……話したくない事は話さなくて、大丈夫。もし……来てみて嫌だったら、嫌と言って下さって、いい。居たくなかったら、居たくないと言って下さって、いい……」
顔を上げないユリアナに、悠希ははっきりとこう続けた。
「ただ……貴女を決して不当に扱ったりしません。ロイヤ……いえ、ボク自身の誇りにかけて」
「……それが」
ユリアナは悠希の顔を見ずに、呟く。
「ヴァイシャリー政府の、盟約なら。でも、ヴァイシャリー家は、ヴァイシャリー家としての正当な理由をならべて、私を拘束するわ。四六時中監視もつくでしょうね。……百合園には行きたくない」
淡々とユリアナはそう答えた。
感情の感じられない言葉だった。
ユリアナがヴァイシャリーや、ヴァイシャリー家の支配下にある百合園に行きたくはない理由は、ひとえに、拘束をされるからなのだが、政府はそんなことをしないと言い切ることは出来なかった。
そして、自分達に悪意はないのだとこの場でいくらユリアナに話そうが、それを示し、彼女に理解してもらうだけの時間ももう無かった。
ユリアナの瞳が、ほんの一瞬だけ、レストの方に動いた。
その動きを側にいた者は、見過ごさなかった。
(こんな顔をしていた女がいた)
ザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)は、数ヶ月前に見たとある女性を思い浮かべる。
“自分が幸せになることを望みながら、他人の幸せまで望むことが出来なかった女”
“自分の為に誰かを犠牲にしてしまう女”
今回の事件とは関係のない人物だが、その女性と似ているとザミエルは感じていた。
(戦争と恋愛は全ての行いを正当化する)
誰かに認められることがないから、自分で自分を正当化するしかなかった。
そうしないと生きていけなかった女――。
ちらりとレンの方に目を向けた後、ザミエルは軽く息をついた。
そして、胸ポケットから取り出したものを、ユリアナにそっと差し出した。
「いつか必要になる時が来る」
受け取ろうとしない彼女に、握らせる。
――冒険屋の名刺を。
「大丈夫……」
ノアはそっとユリアナの手をさすって、その一言だけを口にした。一言に全ての想いを込めて。
頷きの代わりに、ユリアナは名刺を握り、瞬きを1回したのだった。
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