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リアクション
【?2―2・続々】
今回のループに、百合園にいる生徒達は意外に早く気付いていった。
前日の一件からループにもわずかに慣れ始めており、中にはこれを悪用しようとする生徒まで出始めていた。
「あんまり最初から飛ばしすぎると、後のタノシミが減っちゃうわよ。これからループするごとに、イロイロいじめてくんだからね」
「わかってるって。安心しなよー……やさしーく、楽しんであげるんだから、さ」
不敵に笑う百合園生ふたりの前には、両手を手錠で拘束されたアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)の姿があった。
ほんの数時間前までアリアは、
「なんだかループも抜けたみたいだし、もう少し見学したら帰ろうかな」
などと考えて、中庭のベンチで一休みなどしていたのだが。その無用心さからふたりに目をつけられ、人気のない空き教室に連れ込まれてしまったのだった。
「さあ、お嬢さん。おとなしくしてねー」
「そんな、ダメっ、離して! いやあああああああああ!」
必死の抵抗もむなしく制服をまくりあげられ、可愛らしい白のブラジャーをも強引に剥がされ胸を表に晒され。そのまま黒い長髪女に撫で回されていく。
滑らかな手つきに恥ずかしさとくすぐったさを感じるアリアだったが、緑色の短髪女のほうがいきなり太もものあたりを鞭で叩いてきたことで、一瞬気が遠くなりかけた。
「痛ぁっ……いやぁ、どうして……こんなこと……」
痛みと羞恥でぽろぽろ涙をこぼすアリアに、
「あらぁ? こういうプレイはお好みじゃないみたいね。アタシ的にはガッカリかな」
緑髪のほうはわずかに不満げに頬を膨らませる。
アリアはこのとき密かに、女の子同士なのだから最悪の事態は避けられるはずだとして、なんとか耐え抜けば飽きてしまうだろうという考えがあった。が、
「じゃあ、そのぶん俺が楽しませてもらうかなー」
制服と下着を脱ぎ去った黒長髪の裸体を見て、目をむいた。
(こっ……この人、男の娘だ!)
「ん? ああ、安心していいよー。俺は中身は女だから。野蛮に扱ったりはしないさー」
にやにや笑いながら近づいてくるのを最後まで見ていられず、アリアは目を瞑ってしまった。しかしそれでも、彼女の絶望は始まったばかりで。
先のループでも、変わらず弄ばれることになるのだった。
そんな非道な人物がいる一方で。
ループに気付き、なお自分の役目を果たそうとする者もいた。
簡易更衣室でバッチリ女装済みの大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)とフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)は、一応それに該当する。
「ピアノ講師として入るためとはいえ、どうにも気恥ずかしいですね。泰子」
「ぷふ。確かにフランツは女性衣装似合わへんなあ。さっきのループで着とった、ウィーン淑女のドレスもたいがいやったけど」
確かにフランツはチャイナドレスを纏い、化粧も施してはいるが。どうにも不自然さが残っていた。
一方の泰子と化した泰輔は、化粧も口紅に続いて頬紅も投入しており。まつ毛そっくり返し器も使用するという、かなりの気合いが入っていて。女性に見えなくもなかった。
「ふん。変奏曲が今回課題ですから変装でいいんです」
「なんのこっちゃ。まあそれより、今日は一応2回目の講義の日やけどさ。もう一体何回目かもわからんようになってきてるなぁ」
「それでも、授業はきちんとこなさないといけないよ」
やがて授業のチャイムが鳴り響いた。
そこでちょうどふたりは音楽室に辿りつき、授業をはじめることにするフランツ。
「さて。今日の課題は変奏曲です。これは旋律のリズムや性格などを変更して、新たに構成させる曲の事なんですが」
「せんせー、よくわかりませーん」
生徒のひとりから声があがったので、黒板にvariationと記入する。
「バリエーション、といえばなんとなく理解できるでしょうか? 簡単に言うと、既定の曲に変化をつけていくわけです。まあ、百聞は一見……じゃなく一聞にしかず。やってみせましょう」
言ってフランツは、ピアノを奏でることにする。
そうしてしっかり授業を行なう中で、密かに一度目とはわずかにトーンを変化させて鍵盤を動かしていた。受講している生徒達に、違和感を察してもらえればという気遣いが、そこにはあった。
カバン持ちの泰子はいつものように脇でそれを眺めながら、ふと思う。
(にしても、時間は元に戻ってループするのに、繰り返した時間の記憶は定かにある、というのも不思議な話や。こらやっぱ、単純に時間が戻るだけやないんかもな)
顎を軽く触り、音楽を楽しみながら自分なりの考えをまとめていく。
(ループに閉じ込められた、この状況を打開するには一体なにが必要になるんか……静香校長はんは、なにか気づいてるんやろか)
そんなことを考える泰子は、次のループで静香と遭遇するのだが。
今はただ流れる旋律に耳を傾けていった。
ループに気がついてなお、何一つ変わらない人物もいた。
牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)がそのひとりで、今もミルミ・ルリマーレン(みるみ・るりまーれん)を膝に乗せ、仲睦まじく中庭のベンチで寄り添っていた。
(このループ内だと、なにが起きるかもわからないし。私がミルミちゃんを守らないと)
というのは建前で。アルコリアとしては、とにかくミルミといっしょにまったりくっついていられればそれでよかったりする。
「みんな、ピリピリしてないかな? 鈴子ちゃんもどこかいっちゃって帰ってこないし」
「だいじょーぶだいじょーぶ。でも、物騒だから、離れちゃいけませんよー。私がちゃんと守りますからね」
ミルミがわずかに不安を感じ取れば、抱きついたり頬擦りしたり髪を撫でたりして、気を向けさせないようにしていた。ミルミ本人としては、少し困った風だった。アルコリアの笑顔を見ていると、深く考えるのが悪いような気分にもなっていた。
「ミルミちゃん。アルちゃんって、言って?」
「ん……アルちゃん」
「ふふ、ミルミちゃん」
以前言ってくれたその呼び方に、自分の中の人でいたい気持ちを強くするアルコリア。
そのときミルミの身体を抱きしめる腕は優しくしている筈なのに、自分の胸が張り裂けるように痛む切ない感覚がした。
「アルちゃん。どうかしたの? なんだかすごく、つら」
アルコリアはその先を言わせずに。
「みるみちゃん、いけまさんは はつじょーきなのです。たべちゃうぞー、がおー」
うりゅうりゅうりゅ、と抱きしめたりくすぐったりして誤魔化していった。
ミルミもなにかの勘違いだったかとして、やがて笑顔を取り戻していった。
「それでみるみちゃん。なにかしてほしいこととかないですか?」
「え? どうしたの、とつぜん」
「いいからいいから。さぁ! なんでも言って! お勉強を教えるのから好みの料理を作るまで! なんでもいいよー!」
「んーと……だったらね。また、ご本よんでほしいな」
「おっけ。じゃあ、さっそく図書室に………………っ!?」
ベンチから立ち上がろうとしたとき。
ゾクリという悪寒が背筋を駆け抜けた。
そこからものの数秒で、アルコリアは地獄の天使スキルを使って背から骨の翼を生やして空へと急上昇していた。左手にはミルミをしっかり支え、右手には魔道銃が構えられている。
突然の臨戦態勢に、ミルミは目を白黒させる。
「ど、どうしたの? アルちゃん??」
「え? あ、ご、ごめんね。なんでもないんです。ちょっとふざけただけですよー」
嘘だった。
誰かが、明確な敵意をこちらに向けていた。
しかしそれはもう消え去っていて、本当になにかの間違いだったかとも思えたけれど。
(なんだったんでしょうか……本当に)
わずかに震えるアルコリアの手を、ミルミはきゅっと優しい力を込めて握りしめた。
そして。
アルコリアに不安を抱かせた『誰か』は。放課後に、ひっそりと、動き始める。
日が沈んで闇に染まった廊下を、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は走っていた。廊下は走るなという校則を気にしてもいられない。
彼女はついさっきループのことに気がつき、静香の元へと向かっているのだが。どこかから怒声のようなものや、剣の鍔迫り合いのような音が響いてくるために嫌な予感がどんどん膨らんでいた。
(なにが起きてるの……? 静香、無事だといいけど)
「キャアアアアアッ!」
そのとき、かすかに誰かの悲鳴が耳に届いた。
すぐさまそちらへ駆けていくと。亜美が血に染まった肩を押さえてうずくまっていた。
「どうしたの、だいじょうぶ?」
「…………」
へんじがない。ただのしかばね……でこそなかったが、かなり危険なようで目の焦点が合っておらず、息も絶え絶えだった。
ザシュッ
そこへ斬撃音がかなり近くから聞こえてくる。
「っ、今度はなに!? 待ってて。すぐ誰か呼んでくるから!」
今の音が保健室あたりからだったことに、さらに不安が増大していき。
やがて暗闇の先に、月光に照らされた血まみれの静香を発見して、予感が的中したのを知った。すぐ傍に誰かがいるのを見つけ、警戒しながら駆けつけると。
毒島大佐が、悲痛な面持ちで座り込んでいた。
「静香……! まさかこれ、あんたが?」
「いや、これは我のせいじゃない。我はただ保健室で隠れて、怪しいヤツを……ああ、今はそれどころじゃない。はやく手当てをしないと!」
「それもそうね。それに、あっちにもうひとり怪我人が――」
ローザマリアの言葉は、最後まで続かなかった。
なぜならまた、時間が回帰を始めていったのだから。
奇しくもこのループのおかげで、静香の命は救われる結果になった。
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