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第一章 東雲遊郭2
「俺の知り合いでな、この国の為に命がけで戦ったのに、今じゃ裏切り者と呼ばれて逃げ追われる奴がいる」
別の晩、竜胆屋の看板遊女暁仄(あけほの)はまた違う客を相手にする。
トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は暁仄を膝枕に目を閉じていた。
「見捨てられたってのに、刃を向けられねえとあっちこっち逃げ回ってんだ。あんたは……間抜けだと思うかい」
「お侍さん……でしょう。命をかけてお国を守ってくれてるのに、笑うものなどおりましょうか」
暁仄はやさしく耳かきをしている。
トライブは寂しげに笑っていた。
「確かに、それしかできない奴だからな」
「その方はどんな方なんですか。トラさんの想い人?」
「まさか……! んなことねえよ。ただ、マホロバがこんなに荒れちまったのは……まったく無関係ってわけでもないしな」
暁仄の手が止まった。
「あんたはどう思うんだ。今のマホロバをさ」
「あたしは廓暮らしですから、外の事は知りません。でも、扶桑(ふそう)が枯れて、天変地異が起きて、疫病がはやって、マホロバ中が酷い飢饉だってきいてますよ。次から次と死人が出て、貧農からは娘達が売られてきますしね」
「あんたもそうだったのか」
「ええ……昔ね。よくある話ですよ。村じゃ食べるものがなくて……遊郭は苦界といいますけど、毎日綺麗な着物を着てご飯が食べれて、もったいなくて、あたしはつらいと思った事はないんです」
暁仄はキセルに手を伸ばす。
マホロバがやんわりと手を握った。
「トラさん?」
「ひとつ頼まれてくれねえか。俺と居るときは吸うの止めて欲しいんだ。丈夫な赤ん坊が産めなくなるしな」
暁仄は驚いたようにトライブを見た。
「あたしの身体を気遣ってくれる人はいませんよ」
彼女は両腕でトライブの頭を包み込み、あやすように言う。
「それにね、遊女は子供を生んじゃいけないんです。生んでも里子に出すか、遊郭の中で遊女として育てられるか……廓の中でしか生きることができないよ。ねえ、トラさん」
「なんだ」
「あたしも頼みごとしてもいいですか。今度、そのお侍さんも連れてきてくださいな。優しいトラさんがそこまで気にしてるなんて知ったら、その方もきっと嬉しいと思うんです。お二人で、ゆっくりしていただきたいんですよ。精一杯の事はいたしますから……」
暁仄はトライブが眠るまで待っていた。
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「お金で他人を幸せにできるはずないのにね」
少女は名を王城 綾瀬(おうじょう・あやせ)といった。
竜胆屋の店先で、店内をチラチラえと覗き見ている。
「勘違いしてるのよ。トライブもあたしと同じ、戦いでしか生きられないのにね。まあ、せいぜい今のうちに女に甘えるといいわ。どうせこれから、七龍騎士との戦いが待ってるもの」
「……七龍騎士? おまえは幕府に縁あるものか?」
ひとりごとを呟いていたところに、急に話しかけられて、綾瀬は警戒したように振り返った。
頭巾で顔を隠した身なりのいい、色の白い男が立っている。
「別に……お前は誰?」
「私はただの客だよ」
男はそう言って店の暖簾をくぐった。
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