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第四師団 コンロン出兵篇(最終回)

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第四師団 コンロン出兵篇(最終回)

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第十七章 エリュシオン軍撤退

 
 
協力者/エリュシオン軍港・エルジェタ密林
 
 ラスタルテに撤退を伝えに来た女は、ラスタルテの側近として就いていた中東系の顔立ちのあの女である。後ろには、端正だがどこか不気味な表情をしたパートナーの吸血鬼を乗せている。先刻アルコリアやミネルバを牽制したアシッドミストは、この吸血鬼が放ったものだった。
「ここまで来れば、ゆっくり話ができます。兵も休ませねばならないでしょうし、一旦降りましょう」
 シクニカから相当離れた森の上空で、女はラスタルテに言った。
「うむ」
 ラスタルテは兵たちに、森へ降下するよう命じた。
 
 
「彼はジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)。私の協力者です」
 女は、先に森に来ていたジャジラッドを、ラスタルテに引き合わせた。当然、二人はもとよりの知己であったらしい。ラスタルテはジャジラッドに探るような厳しい視線を向けたが、
「それで、『先に片付けておくべきもの』というのは何だ?」
 あのタイミングで退かねばならぬほどのものがあったのか、と女に問うた。
「ミカヅキジマです」
 女は単刀直入に答える。
「あそこに前線基地がある限り、コンロンに対するシャンバラの脅威は消えません。まずは手薄になっているエルジェタ密林の軍事基地と、海軍の攻撃を受けた軍港をきちんと掌握し直して、その上でミカヅキジマへ戦力を集中すべきかと」
「シクニカはどうする。このまま放置か」
 ラスタルテは眉を寄せる。
「シクニカは、百合園に押さえさせればいいのです。【桐生組】は独断でシクニカを占拠しているのですし、やり方も問題がないとは言えない。学校に停戦を働きかけてみる価値はありましょう」
 女はじっとラスタルテを見た。
「貴方は先刻、『戦争』をするために戦場に居るのだと言った。ならば、広い視野で物事を見るべきです。間もなく、龍騎士団のジュウザァに率いられて、軍事基地からシクニカへの増援が来るから、私は彼らと合流してシクニカへ向かい、教導団がシクニカにちょっかいをかけて来るようなら排除する。貴方は、ジャジラッドと共にまずエルジェタにある軍事拠点を押さえ、ミカヅキジマへ攻勢をかけるべきです」
「随分、ミカヅキジマのことを気にしているのだな」
 ラスタルテはじっと女を見返す。すると女は小さく笑った。
「以前は仲間だった者たちですもの。……かれらをあそこにあのままにしておいたら、将来きっと面倒なことになる」
「うム……」
 ラスタルテはしばし考えてから、うなずいた。
「わかった。我は手勢を率いて密林へ向かおう」
 こうして、暫時の休憩の後、ラスタルテはジャジラッドと共に密林方面へと向かった。女はジュウザァと合流すべく、シクニカへ戻る。
 
 ◆◆◆◆◆
 
 しかし、その頃既に、軍港は戦火に包まれていた。
 口火を切ったのは、打ち上げられた海岸から軍港目指して移動して来た霧島 玖朔(きりしま・くざく)ハヅキ・イェルネフェルト(はづき・いぇるねふぇると)伊吹 九十九(いぶき・つくも)エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)の攻撃だった。身を隠して潜入するのが得意な霧島に先導されたハヅキと九十九、隠形の術で身を隠したエリシュカは、夜の闇に紛れて軍港に潜入し、手近な砲台を乗っ取ったのだ。エリシュカによって昏倒させられた帝国兵を縛って床に転がし、夜明けを待つ。
「さーて、派手な烽火を上げるか!」
 空がうっすらと明るくなって来た頃、霧島は砲の向きを隣の砲台へ向けた。
「こらっ、何をして……あーっ、お前たちは!」
「邪魔はさせないわ!」
 異状に気付いて駆けつけた帝国兵の前に、九十九が立ちはだかる。九十九が帝国兵を止めている間に、霧島とハヅキは砲撃を始める。撃ち終わった砲には、エリシュカがどんどん弾薬を装填し直す。
 
 
「自分たちの他にも、軍港を狙う部隊が居たでありますか!?」
 突如始まった砲撃に、部隊を連れて軍港の間近まで移動して来ていた大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)は目を丸くした。
「せっかく偽文書を用意して来たのにー! ちゃーんと役に立つところを見せて、三等兵だなんて呼ばせないからと思ってたのに、台無しじゃないのよ!」
 その隣で、パートナーのヴァルキリーヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)がきーきーと怒っている。
「いえ、せっかくだから、使うであります。既に混乱している敵を更に混乱させるのは難しいかも知れませんが、上空からそういったものを撒くだけでも、敵の気を引くことにはなるかも知れないであります」
「……そっか。じゃあ、早速行って来るねっ!」
 ヒルダはころっと機嫌を直すと、空へと舞い上がる。
「聖殿とキャンティ殿は、この後どうされるでありますか? 自分たちは、このまま戦闘に突入することになるかと思いますが」
 大熊は、同行していた聖・レッドヘリング(ひじり・れっどへりんぐ)キャンティ・シャノワール(きゃんてぃ・しゃのわーる)に尋ねた。
「キャンティも、あの砲塔を撃ってみたいですわ!」
 キャンティが身を乗り出す。
「いや、いきなりそれは、ちょっと……」
 むやみやたらとぶっ放しそうな勢いのキャンティを見て、大熊はためらう。
「えーっ、楽しそうですのにぃ。結構ですわ、ここからはキャンティは自由行動いたしますっ!」
 キャンティーはぷーっとむくれると、身を翻して砲塔の方へ駆け出そうとした。
「ご無礼!」
 そのみぞおちに、聖が拳を入れる。キャンティはうっと呻いて気を失った。
「え? あ、あの……」
 予想外の展開について行けない大熊に、キャンティを抱き止めた聖は一礼した。
「こうでもしないと止められませんので。ご迷惑をおかけいたしました。私どもが居ては任務のお邪魔になるでしょうから、これにて失礼させて頂きます」
「はぁ、そうでありますか……では、戦闘に巻き込まれないよう、お気をつけて」
 大熊はあっけに取られたまま、ぺこりと頭を下げ返す。聖はもう一度頭を下げると、キャンティを抱きかかえて密林の中に消えて行った。
「こーらぁ、何ぼーっとしてんのよ! ヒルダだけに働かせるつもりー!?」
 戻って来たヒルダが、空の上から叫ぶ。大熊は気を取り直して、自分に任せられている部隊の生徒たちを見回した。
「これより、砲塔を乗っ取った味方を援護するであります!」
 
 
 桐生 ひな(きりゅう・ひな)のパートナーのアリスナリュキ・オジョカン(なりゅき・おじょかん)は、小型飛空艇の上から軍港が攻撃される様子を見ていた。
「何やらややこしいことになっておるようじゃのう。君子危うきに近寄らず、一人では何もできぬし、おりぷー(オリヴィア)分も欠乏してきておるし、引き返すが吉か……」
 呟いたその時、探し出して今度は居なくならないように胸の谷間に押し込んでいたぶちぬこが、ぷるぷると震え出した。
「な、なんか来るにゃー、こわいにゃー……」
「こ、これ、暴れるでない。くすぐったいではないか。そこから抜け出したら落ちるのじゃぞ!?」
 悶えながら、胸の谷間から抜け出しそうになるぶちぬこを押し込み直したナリュキは、はばたきの音を聞いた気がして振り向いた。
「え? あれは、神龍騎士ではないか……?」
 飛龍の群れが、こちらに向かってやって来る。その先頭で風を切る姿を見て、ナリュキは目を見開いた。
「シクニカに何か起こったのかもしれぬ。急ぎ戻ろう!」
 もう一度、ぶちぬこをしっかり服の中に押し込み直し、ナリュキは龍騎士に見つからぬよう、木立ちの中へ紛れ込んだ。
 
 
 ……と言うわけで、ラスタルテとジャジラッドが軍港に到着した時、そこは既に砲塔同士の撃ち合いというとんでもない状況になっていた。ヒルダが投下した偽文書は、一時的にせよ敵の混乱に拍車をかけ(何しろ、既に一つの砲台が教導団の手に落ちた状況だったので、文書の信憑性が増し、敵の疑心暗鬼を煽ったのである)、そこへ大熊たちの援護を得て霧島たちが攻撃を続けたため、帝国軍は完全に虚をつかれた格好になってしまったのだ。
「一足遅かったか……シャンバラ軍め!」
 憎悪と敵意をむき出しに、あちこちから炎と煙が上がる軍港を見下ろして、ラスタルテは叫んだ。と、砲塔が筒先をこちらへ向けた。
「! ……散れ! 砲塔の死角へ回るのだ!」
 ラスタルテは部隊を散開させた。一瞬遅れて、今まで彼らがいた空間を砲撃が切り裂く。
「この状況では、軍港に降りて味方をまとめるのは難しいな」
 ジャジラッドは苦い表情になる。軍港が攻撃を受けるのは予想の範囲内だったが、その時には残りの帝国の艦船をまとめ、それらを引き連れてミカヅキジマに特攻をかけるか、あるいは、今少し状況が進んで軍港が完全に敵の手に落ちていれば、逆に教導団の海軍の艦船を乗っ取ることも考えていたが、交戦の真っ最中、しかも敵が砲塔の一部を手中にしている状況で降りるのは危険だと思われた。
「むうう、教導団……!!」
「……致し方ない、このままミカヅキジマへ向かおう」
 ジャジラッドはラスタルテをなだめ、進路をミカヅキジマへ向けた。
 
 
「軍港へ向けて、全速前進!! エリーの所へ急ごう!」
 その頃、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)率いる海軍は軍港へ向けて急行していた。既に、軍港から上がる煙が目視できる位置まで来ている。
「今度は、海龍なんかにしてやられないわよ! 見張りは、海面に気をつけて……」
 艦橋で見張りに注意を促したその時。逆に見張りから報告が入った。
『左舷前方にて、味方艦と敵飛龍部隊が交戦中!』
「来たわねっ! ……え? 飛龍……??」
 ローザマリアはぱちぱちと瞬きをして、慌てて伝声管に向かって怒鳴り返した。
「ちょっと、飛龍ですって!?」
『その通りです』
「……どこから沸いて出たのよ……エリーが待ってるって言うのに」
 予想外の敵の出現に、ローザマリアはこめかみを押さえたが、迷いは一瞬だった。
「すぐに味方艦の救援に向かうわよ! エリーはきっと大丈夫……。大事な艦船に傷をつけられてなるものですか!」
 命令に従って、艦は味方艦と敵が交戦している方角へ舵を切った。
 
 
「前回海面からの攻撃にやられたし、砲塔からの射程にも入らないようにと思って高い所を飛んだのにー!」
 ローザマリアから数艦を任され、海龍を砲塔の射程外におびき出すために軍港の沖を遊弋中だったジェンナーロ・ヴェルデ(じぇんなーろ・う゛ぇるで)は、小型飛空艇で偵察に出ていたパートナーの吸血鬼シセーラ・ジェルツァーニ(しせーら・じぇるつぁーに)が涙目で逃げ帰って来たことで、飛龍部隊が自分たちの方へ向かって来ていることを知った。
「なぜこんな所に飛龍部隊が突出して来てるんだ!?」
 彼らが遭遇したのはラスタルテ率いる部隊であったから、正確に言うと突出して来たのではなく、飛龍部隊がミカヅキジマに向かう途中に遭遇してしまったのだが、そんなことは今のジェンナーロには判らない。まったく予想外の敵の出現に、ただ驚くしかなかった。
「……と、ともかく、海龍が出てくる前に奴らを叩くぞ。両方相手にはしていられないからな!」
 ジェンナーロは迎撃体制を敷くよう命令を出す。
「行きがけの駄賃だ、食らえ!!」
 ジャジラッドが乗る異様な姿のワイバーン、バルバロイがブレスを吐く。それに対して、艦隊も砲撃で応戦する。
 そこへ、ローザマリアが率いる主力が現れた。
「一隻くらい沈めてやろうかと思ったが……」
 ミカヅキジマが目標の飛龍部隊は、あっさりと退いた。砲撃が届かない高度まで上昇し、南へ向かう。
「……まさか、目標はミカヅキジマ!?」
 敵の目的に気付いたローザマリアは、思わず飛龍部隊が飛び去った方角を振り返った。
 その時、
「海龍が来るよ!!」
 艦に戻った後も海面の様子に気を配っていたシセーラが叫んだ。海中を黒い影がこちらへ向かって来る。
「はーい、こっちこっち〜」
 すかさず、ローザマリアのパートナーの鯱型獣人シルヴィア・セレーネ・マキャヴェリ(しるう゛ぃあせれーね・まきゃう゛ぇり)と、姉でジェンナーロのパートナーのルクレツィア・テレサ・マキャヴェリ(るくれつぃあてれさ・まきゃう゛ぇり)が海中から海龍を呼んで誘導する。その間に、ローザマリアをはじめ、ウィルフレッド・マスターズ、ジョージ・ブリッジス・ロドネー(じょーじ・ぶりっじすろどねー)、ジェンナーロ、テレジア・フェイテン(てれじあ・ふぇいてん)らが次々と小型飛空艇で飛び立つ。
「ううっ、四頭を二人で分断ってつらいわ……」
 運動があまり得意ではないルクレツィアは海中で呟いた。鯱の姿に戻っているので機動性は海龍より上だが、直線のスピードではかなわないし、大きな海龍が海の中でのたうつように動けば海水にうねりが生ずる。それに逆らって泳ぎ続けるのは容易なことではない。
「ううっ、相変わらず粗暴なふるまいですの。許せませんわっ!」
 マキャヴェリ姉妹同様水中にいた、ローザマリアの新しいパートナーのドラゴニュートマイア・イルマタル・フェルマリネン(まいあいるまたる・ふぇるまりねん)は暴れる海龍に憤慨していたが、そこへ目測を誤ったシルヴィアと、彼女を追いかける海龍が突っ込んで来た。
「あっ、うわっ、ごめん!?」
 シルヴィアは慌てて向きを変えながら謝る。その後を海龍が追う。海水が泡立ち、渦を巻いた。
「あべらぼがぶべ……」
 マイアは渦に巻き込まれ、洗濯機の中の洗濯物のように振り回されてしまった。
「ぶはっ! ぜ、絶対に、許しませんわーっ!」
 海面に頭を出して息を継いだマイアの頭上に、今度は小型飛空艇が飛んで来る。
「マイアっ、爆雷落とすから避けて!」
 ローザマリアの声に、マイアは慌てて泳ぎ始めた。背後で水柱が上がり、海龍の体が水面から飛び上がる。
「えーいっ!」
 マイアは海龍の体に文字通り食らいついた。海龍はびちびちと身体を振って、マイアを吹き飛ばす。
「きゃー!」
 吹き飛ばされたマイアを、ローザマリアは慌てて受け止めた。
「ローザ様! 申し訳ございません……」
 恐縮ししゅんとするマイアに、ローザマリアはかぶりを振った。
「パートナーとは助け合うものよ。マイアはパートナーになったばかりなのだし、気にしないで。もう一発行くから、しっかりつかまっていてね!」
 ローザは小型飛空艇を旋回させると、弱り始めた海龍にもう一発爆雷を落とした。海龍が腹を見せて海面に浮かぶ。
「仕留めたわよー!」
 少し離れた海面では、人型に戻ったシルヴィアとルクレツィアが手を振っている。そこにも、ぼろぼろになった海龍が浮いていた。
「残りが逃げ出したわ!」
 再び小型飛空艇に乗ったシセーラが指をさす。残り二頭が艦隊を迂回して、沖の方へ逃走して行く。
「……追撃はせずに、エリーや霧島たちとの合流を優先しましょう。シンシア、ジョージ、先行してくれる?」
 ローザマリアはほっと息をつくと、ウィルフレッドのパートナーの獣人シンシア・ランバート(しんしあ・らんばーと)とジョージに言った。
「了解!!」
 シンシアとジョージは、小型飛空艇を陸へ向けた。
 
 
 ほどなく、シンシアとジョージは霧島やエリシュカと合流。海龍を蹴散らした海軍の洋上からの攻撃も加わって、軍港は制圧されたのであった。