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ハロー、シボラ!(第2回/全3回)

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ハロー、シボラ!(第2回/全3回)

リアクション


chapter.10 ドクモとの触れ合い(1) 


「おそらく、ここまで来れば遺跡まではそう遠くないはずだよ」
 しばらく歩き続けたところで、何が根拠かいまいち分からないが、メジャーが生徒たちにそう告げた。日が傾きかけてきたとはいえ、この季節に長時間外にいるのは厳しいものがある。生徒たちは、そうであってほしい、と願望も込めて彼に着いていく。
 数十分ほど歩いた頃だろうか。彼らは、ある気配を感じ取っていた。これまでにもそれは、味わってきた感覚。つまりそれは、珍獣の到来を意味していた。
「これは……!」
 やがて一同の前に姿を現したその生物を見て、メジャー、そして生徒たちも同時に声を上げる。そこにずらりと並んでいたのは、人間と同じ姿形をし、美しい女性そのものである生き物だった。5匹ほどが横並びで立っているが、最早「匹」とつけることさえ躊躇われるほどの外見だ。
「あー、やっぱいずれ専属になりたいわ」
「これがドクモか……!」
 ドクモの鳴き声を聞きながら、メジャーが古文書を思い出し言う。読者モデルとクモの遺伝子が組み合わさったことで生まれた珍獣、それがドクモだ。読者モデルの遺伝子を有しているだけあって、皆一様にスタイルが良く、服装も今風でお洒落だ。
「凶暴なんですか?」
 生徒のひとりがメジャーに聞く。しかし彼も、この生物がどういった性格なのかは分かっていなかった。それどころか、ドクモの生態すらほとんど把握していないのだ。
 その生態を解き明かすべく、とてとてとドクモたちのところへ向かっていく小さな少女がいた。月下 香(つきのした・こう)だ。香はその無邪気な雰囲気と言葉で、ドクモに遠慮なく質問を投げかける。
「どくもさんどくもさん、どくもさんはざっしにのったりしてるの?」
「もちろんよ。雑誌に載るだけじゃなく、ブログもやってるのよ」
 聞いてないことまで勝手に答えるドクモ。とりあえず、コミュニケーションは取れるらしい。香の契約者、クロス・クロノス(くろす・くろのす)はどこか不安そうな表情で、香とドクモの会話を見つめていた。
「香、危ないと思ったらすぐ戻ってきてね。ママは虫が苦手だから、そこまでいけないけれど……」 
 クロスが微妙にドクモから距離を置いているのは、どうやらそういう理由かららしかった。といっても、パッと見ドクモに虫の要素はまったく見当たらないのだが。まあ、遺伝子レベルで苦手意識があるのだとしたら、仕方のないことである。それでも、彼女が香を心配する気持ちは大きかった。現に、ここに来る前も「危ないことしちゃだめよ」と指切りげんまんしたほどである。
 が、そんなクロスの気苦労も空しく、香はどんどんドクモの領域へと踏み込んでいく。
「せんぞく? って、どくしゃもでるとどうちがうの? れべるとかがちがうの?」
「お嬢ちゃんには難しい話だから、知らなくていいの」
 何やら雲行きが怪しくなってきた。あまり触れられたくないところなのだろうか。しかし香は、無邪気さゆえ突っ込んでしまう。
「どくもからせんぞくになるって、くらすちぇんじするってことでいいの?」
 もちろん、香としては単純な好奇心から聞いただけだったが、それがドクモたちにとっては、「自分たちが専属より地位が下」と間接的に言われているような気になったらしい。
「ちょっとこの子、失礼じゃない?」
「言って良いことと悪いことがあるんだから!」
 キーキーと甲高い声を上げ、ドクモが香を睨みつけた。
「香! おいで!」
 いち早く危機を察したクロスは、ペットとして連れていたDSペンギンを放り投げ、ドクモの視線がそちらに向いている間に香をドクモから引き離した。
「やっぱり、凶暴な生き物なのね……」
 香を抱きかかえながら、ドクモたちを見据えるクロス。しかし、ここに、ドクモなんか目じゃないくらい凶暴で危険な生き物がいた。
「ヒャッハァ〜! これがパンツをはいた珍獣か!」
 なぜか最初から、道中捕獲したと思われる「蒼フロパンティー」という名前らしいとんでも珍獣を引き連れ、南 鮪(みなみ・まぐろ)が前線へと躍り出た。ちなみにこの名前からしてろくでもない珍獣は、ブルーバックとグラスフロッグ、それと女性用下着が組み合わさった動物の亜種だそうで、女性を見るとものすごい跳躍力で飛びつき、下着を奪おうとするらしい。一見既に下着を装着しているように見えるが、あくまで下着の遺伝子が混じっているため最初からその姿なのだということのようだ。
「シボラにはパンツをはいた珍獣がいるって聞いてきたが、本当だったとはなァ〜! それにしても、パンツとシボラって似てるよな!」
 誰に同意を求めたのか、鮪が興奮気味に言う。そして、まったく似ていない。彼曰く、3文字なところがそっくりだとのこと。
「珍獣ってことは自然の中で育った生き物ってことだろ? つまり、あいつらがはいてるパンツは大自然パンツ! 自然の恵みを収穫するぜ!!」
 独自の鮪理論を振りかざし、彼は配下として従えていたモヒカンゴブリン、さらにイコプラ軍団まで動員し、ドクモにけしかけた。同時に、珍獣蒼フロパンティーも雌であるドクモめがけ襲いかかる。
「パァーンティーヨーコセー」
「ヒャッハァ! 面白い鳴き声でなくなこいつ!」
「鳴き声じゃねぇよ! 明らかにパンティよこせつってるだろ!」
 ギャラリーのつっこみもなんのその、鮪はその圧倒的な兵力で、ドクモの下着を狙う。
「ちょっ、スカートめくらないで!」
「やだ、変態!」
 どうやらそのリアクションからして、ドクモは本当に下着をはいているようだ。まあ、これだけ着飾っておきながらノーパンと考える方がおかしかったかもしれないが。はいてなければ最悪、パンツをはかせた上で回収する、養殖パンツ方式を採用することを考えていた鮪は、一気にテンションが上がった。
「収穫祭だ! 夏のパンツ祭りだぜ!」
 せっかく他の某所で「パン……」とぼやかしているにも関わらず、あっさりそのタブーを破って叫ぶ鮪。まあ、蒼フロパンティーがどうとか大自然の恵みパンツとか言っている時点でこの男にはタブーなど存在しないのかもしれないが。
「ちょっとこの変な人、あんたたちの仲間でしょ? 見てないで止めなさいよ! ブログに書くからね!?」
 ついには生徒たちに向かって、見当違いな責め方をするドクモたち。が、彼女らの悲劇は始まったばかりであった。
「これがドクモ、か……なるほどなるほど。外見は人間女性に酷似、ならばあの服に見えるものはなんだ? 気になるな……」
 鮪に追われるドクモたちを眺めていた夜薙 綾香(やなぎ・あやか)が、良からぬことを考えていそうな顔つきで言った。服に見えるもの、というかそのまま服である。もしかしたら綾香はとっくに気付いていたかもしれないが、あえて彼女はその疑問を解決したいという体で推し進めることにした。
「となれば、捕まえて調べるしかあるまい。外骨格のクモと内骨格の人間をかけあわせた生物の構造も調査せねばならないしな!」
 彼女はぺろり、と舌を僅かに出した。この後繰り広げられるであろう景色を想像すると、もはや適当な理由付けにしか聞こえない。
「ヴェルセ、手伝え」
「おーけー! 女の子の扱いなら任せてよ!」
 綾香の声にすぐさま答えたのは、パートナーのヴェルセ・ディアスポラ(う゛ぇるせ・でぃあすぽら)だ。彼女はドクモが鮪に気を取られている間に、そうっと死角に移ると、持っていたワイヤークローをその中の1匹に投げた。
「!?」
 先端についたかぎ爪がドクモの衣服に引っかかり、そのまま引っ張られるドクモ。ヴェルセは手元に対象物を引き込むと、勢いに任せ近くの茂みに放り込んだ。
「きゃあっ!?」
 どさっ、と倒れた1匹のドクモの四肢に、追い打ちとばかりにヴェルセがミニ雪だるまをセットする。
「クモの遺伝子があるなら、これで動きが鈍くなんないかな〜?」
「やだ、冷え性になっちゃう! ていうか離してよ!」
 それでも暴れ、逃げようとするドクモだったが、ヴェルセに押さえ込まれ、身動きを封じられてしまった。気付けば、真上に綾香が不敵な笑顔で立っている。
「ふふ……そう怯えるな……」
「やっ! ちょっ……!」
「大人しく私に身を委ねるのだ……」
 茂みが、より激しくガサガサと音を立てる。仲間が危機に晒された他のドクモは、鮪によって自分たちにも危機が訪れていると承知しつつも、助けないわけにはいかなかった。
「ユミ! 待っててね、今そっちに……」
「あ、チホコ危ない!」
「わああっ、またこの人!?」
 危うく鮪に、スカートの中に手を入れられそうになったドクモの1匹が慌てて体をよじり、ギリギリで回避する。
 その様子を、瀬島 壮太(せじま・そうた)は「なるほど……」といった様子で見つめていた。
「あの子、チホコっていうのか。かわいいじゃねえか」
「そ、壮太……?」
 隣にいたパートナーのミミ・マリー(みみ・まりー)は、びっくりして壮太を見上げる。
「ずっと真剣な顔で何を見てたのかと思ったら……ほんとにもう」
 そう、彼、壮太は品定めしていた。せっかく珍獣と触れ合うなら、スタイル抜群の女珍獣と触れ合いたい。それで、せっかくならその中でも特にかわいい子と仲良くなりたい。そんな邪な思いで、彼は戦況を見つめていたのだ。
「どうにかしてメアド聞きてえけど、今のこの状況じゃ厳しいな……なあミミ、ここはひとつ、おまえがドクモと仲良く喋って会話の糸口を掴んでくれよ」
「ええっ!? ぼ、僕が!?」
「なんとなく外見っつか、服装も似てるし。仲間ってことでいけるって」
「いけないよ! 僕読者モデルになんてなったこともないし、そもそも初対面で何を話したらいいか分かんないし……」
 最初は拒否していたミミだったが、壮太があまりにも懇願するため、渋々ミミはドクモの元へと歩み寄っていった。ターゲットは、先程壮太がかわいいと言っていた、「チホコ」と呼ばれていたドクモだ。
「あ、あのー……なんだか大変そうだね」
「た、大変なのはあなたたちの仲間がこんなことするから……っ」
「とりあえず、こっちに避難した方が良いと思う。僕、ドクモさんに聞きたいこともあるし」
 チホコと呼ばれたドクモは、目の前で手をひこうとしているミミをじっと見る。外見的には大人しそうな少女に見え、服装も自分たちのテイストに近しいものがある。この子は、まともな子なのかも。そう思ったドクモは、ミミの言うことに大人しく従った。鮪が大暴れしているところから少しずれた場所に避難したふたりは、一息ついてから会話を始めた。
「ねえ、そのストールどこで買ったの?」
 ミミが、ドクモの首にまかれているものを見て尋ねた。
「ああ、これ? これはエフリーズショップっていうとこで買ったの。君もストールまいてるけど、それは?」
「僕のは、ハーニーズっていう空京のリーズナブルなお店で買ったんだよ。ほんとはドクモさんみたいに、もうちょっといいお店も色々見たいけど、色々事情があって……」
「そっかあ。でも、いっぱいお金を使わなくても、かわいいはつくれるから! 大丈夫!」
 洋服の話をしているうちにすっかりテンションが戻ったのか、ドクモは楽しそうにミミをお喋りを続けていた。それを待っていたとばかりに、壮太が接近する。
「よおミミ」
「あ、壮太!」
 偶然会ったな、みたいなテンションで挨拶を交わすふたり。自然と、ドクモも軽く挨拶に加わる形となる。壮太が狙っていたのは、このシチュエーションであった。ミミをだしにしてターゲットに近づく。なんというやり手だろうか。
「あんた、ドクモなんだって? 名前は?」
 とっくに知っているくせに、壮太が白々しく尋ねる。
「チホコっていうの。普段はキャウンキャウンとかmisoスープとかの雑誌に出てるの」
「へえ、そんな有名な雑誌に載ってるってことは、すげえ人気あんだな」
「えー、やだ、私なんてまだまだだよ」
「いやいや、俺には分かるぜ。オーラがあるもんな」
 基本的にあげてあげてあげる。壮太は、ひたすらドクモの機嫌取りに励んでいた。ある程度気を許したな、と判断した壮太は、攻勢に出る。
「あんたかわいいだけじゃなく話も面白いな。もっと話したいけど、ここじゃ落ち着いて話もできねえし。そうだ、後で連絡するから、メアド教えてくれよ。ケータイ持ってる?」
「あ、うんちょっと待って」
 意外とドクモは警戒心が薄いのか、あっさり携帯を出す。いよいよ壮太の目的達成か……というその時、彼は余計な一言を口走ってしまった。
「良かったら、ドクモ友達も紹介してくれよな」
「……え?」
 ぴた、とドクモが凍り付く。それまでのフレンドリーなムードが、一瞬にして崩れ去った。
 この男、初めからそれが目的だったの? 私を、ただの踏み台にするつもり?
「……」
 胸中でイライラが膨らんだドクモが、携帯をしまい、立ち上がり、そっけなく壮太の前から去っていく。壮太は、失敗したと思いながらもどうにか食い下がろうとした。
「違う違う、そういう意味じゃなくて、みんなで仲良く遊ぼうぜ的な……」
「どうせドクモ合コンが狙いなんでしょ! 男なんてみんなそう!」
「誤解だって! とりあえず1回メシ食えば分かるって!」
「なんでこの期に及んでナンパしてんのよ! 信じらんない!」
 チホコを壮太が追いかけている途中、彼らは茂みの横へとやってきた。ここは、先程綾香たちがドクモのうち1匹を連れ込んだあの茂みだ。
「あっ……いやっ……」
 茂みからは、欲望をそそる声が聞こえてくる。となれば、そちらに足が向いてしまうのが男という生き物だ。
「なんだ? なにが……」
 ふら、と壮太が進行方向を変え、茂みを覗こうとした時だった。
「ここからは、進入禁止となっております」
 ざっ、と彼の前にメーガス・オブ・ナイトメア(めーがす・ないとめあ)が立ちはだかった。否、正確には、メーガスに憑依した奈落人、アスト・ウィザートゥ(あすと・うぃざーとぅ)だ。何を隠そう彼女らは、茂みの中で絶賛身体検査中の綾香のパートナーだ。どうやら茂みの番人を仰せつかったらしい。
 禁断の密を味わう邪魔はするものではない。うら若き少女たちが楽しむのだからな……と憑依前、メーガスは言っていた。アストもそれに同意し、ふたりはある作戦を決行することにしたのだった。
 それは、ただ追い払うだけでは面白くないので、より焦燥感を味わわせよう、というものである。つまり、茂みから聞こえる声を勝手に脚色し、焦らしてやろうということだ。
「あなたがナニを見ようとしているのか存じませんが、夜薙綾香は身体検査をしているだけです。それはもう、隅々まで。その邪魔は、するものではありません」
 頑に壮太が覗こうとするのを防ぐアスト。その代わりに……と彼女は、背後の茂みから聞こえる声を壮太に伝えるのでそれで我慢しなさい、と諭した。従ってここから先の会話は、アストが脚色した内容であり、実際そのような行為があったとは限らないということである。
「なになに……肌がキレイで……上の口は本物ではない可能性も……? 排泄器官が……?」
 次々と過激な単語が飛び出し、壮太はすっかり興奮してしまった。すっかりどうでもいいことにされているドクモのチホコは、それを見てより怒りが呼び起こされた。
「仲間が茂みに連れ込まれ酷い目に……他の仲間もあんな変態にパンツ狙われてるし……この男はこの男で失礼な言動繰り返すし……」
 この惨状に、とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、彼女は他のドクモたちに大声で呼びかけた。
「みんな、反撃よ! 私たちの女子力、見せつけようよ!」