校長室
話をしましょう
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面談を全て終えて戻って来た神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)は、他校生や来賓が集まるテーブルに呼ばれて、席に着いた。 「イルミンスールのソア・ウェンボリスです。神楽崎優子さんには、ロイヤルガードの仕事で、お世話になっています」 ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)は改めて、テーブルに集まった人々と、優子に挨拶をする。 それから持ってきたフレーバードティーセットのピーチ、マスカット、アップル、アールグレイを取り出して、多めの茶葉で濃い目のお茶を作っていく。 優子が持ってきた氷をポットに入れて、お茶を注ぎ、アイスティに。 「よろしければどうぞ」 そして、優子と、新たに加わった人達に出来上がったお茶を差し出した。 「ありがとう。ソアは気が利くな」 「えっ!? いえ、大したことはしてないです、から」 仕事で行動を共にすることが多くはなったが、今までこういう場でゆっくり話をする機会はほとんどなかった。 冷たいお茶を飲んで、ほっと息をついて。 来賓や、他校生に声を掛けられていく優子をそっと見守る。 この穏やかな空間。 そして、優子の穏やかな表情に、ソアの心が和んでいく。 (優子さんは、来年卒業をするらしいですが……。今後もヴァイシャリーに留まって、東ロイヤルガードの隊長を続けていくのかは、わからないですね) 本人は続けたいようではあったけれど、進学を希望しているらしいから。 もし、西側の学校の大学に編入したのなら……制度が変わらない限り、西側のロイヤルガードに移籍することになるだろう。 (直接、女王陛下をお守りすることになるかもしれません。それをご本人が望んでいるのなら……止められませんが、どうもそうではないようなんですよね。優子さんは、百合園を本当に大切に思っていますから) お茶と会話を楽しみながら、ソアは優子の横顔を眺めつつ、そんなことを考えていた。 「白百合団の副団長を務めてらっしゃる、神楽崎さんにお聞きしたいことがあります」 会話が途切れたところで、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)が優子に声をかける。 「ゾディアック内部で情報統括をした時以来ですね。お久しぶりです」 パートナーのルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)も、挨拶をした後で、フレデリカが持ってきたアプフェルクーヘンを丁寧に切り分けていく。 フレデリカが一切れ皿に乗せて、優子に差し出した。 彼女は今日、ヴィルフリーゼ家の正装である「ヴィルフリーゼ・サーコート」を着用している。 百合園生に勝るとも劣らない気品のある物腰だった。 そのドイツのお菓子、リンゴケーキはとても大きく、上手く切り分けるのにも一苦労。だけど、決してケーキを倒さないように注意した。フレデリカの出身地ではケーキを倒すと『良い結婚生活に恵まれない』と言われているから。 「ありがとう。美味しそうだ」 優子はフレデリカとルイーザに微笑みを向けた。 「こちらもよろしければ」 ルイーザは持ってきたブンツラウアー陶器に、お茶を注いで優子に差し出した。 「可愛らしいカップだね。見ていると、緩やかな気持ちになるよ」 優子は茶を一口飲んで、安堵の息をついた。 フレデリカは優子がケーキを食べていく姿を見ながら、相談事を話し始める。 「今の私の力じゃ、今すぐどうこうできるわけじゃないけれど、私は何とかミスティルテイン騎士団をより良くしたいんです」 「ミスティルテイン騎士団のことか。良くは知らないが……」 「はい、神楽崎さんに騎士団を理解していただきたいのではなくて、色々お話しをお伺いしたくて。実は、イルミンスールって魔法学校なだけに、様々な魔術形態が入り乱れている関係上、どうしても各人のアイデンティティーが衝突してしまいやすいんです。だから生徒同士の衝突も発生しやすくて、小規模な部が乱立してしまっているような状態なんです」 「あ、神楽崎さんをミスティルテインに勧誘しているわけではないのです」 ルイーザが口をはさむ。場違いな話題と思われ、誤解をされてしまう可能性もあるから。 フレデリカはミスティルテイン騎士団をより良い組織にしようとして、優子に話を聞こうとしている。 「白百合団の良い部分を、ミスティルテインでも取り入れることがでいないかと思っているのです」 ルイーザはそうフォローをし、優子は頷いてフレデリカに目を向ける。 「はい。アイデンティティーをぶつけ合って切磋琢磨する事は悪い事ではないですが、いつか連携の不備を突かれてしまうような気がして……」 「簡単に言うと、まとまりがない、ということだな」 「……はい」 「所属しやすい組織ならば、それはやむを得ないのかもしれないな……。白百合団も、百合園生の団体だから、これといって大きな問題は起きていないのであって、パラ実で同じような組織を立ち上げたとしても、連携はなかなか難しいだろう。所属した者が、一致団結できるような、皆が興味を持てる任務がなければ、な」 所属した者の目的が何であるか。 百合園はお嬢様学校で、プリクラにはまりすぎた程度で、パラ実送りになった生徒がいるような、他の学校に比べると厳しめな学園だ。 イルミンスール生は、生徒達の自由な気質――自由闊達な精神は校風ともいえる。 「白百合団もだが、確かに連携は必要だ。だが、ミスティルテイン騎士団で、地球の軍隊のような規律を設けることが良いとは言えないしな……。だからといって、これといい私に案があるわけではないが、所属する者の気質に合った、編成を団長や、重役にある者達が行っていくよりないだろうな。勿論、キミ達団員の協力がなければ、改善は困難だ」 白百合団も、団員から様々な意見が出ており、今回の面談のように聞く機会を設けたり、定期的な信任投票で、団員達の意思を反映するようにしていると、優子は説明をしていく。 「私はまだいち団員でしかありませんし、もっとミスティルテインを知り、所属している人達の考えも知っていき、より良い提案を出せるようにならなければなりません、ね……」 そのために努力を続けるのだと、フレデリカは意思表明をする。 優子は首を縦に振って「応援してるよ」とフレデリカに強い瞳で微笑んだ。 「神楽崎先輩、私達が作ったお菓子も食べてください」 「お茶のお代わりもいかがですか!」 話が終わるとすぐに、百合園生達が優子にお菓子やお茶を勧めていく。 一時期、百合園生達に怖いという印象をもたれていた優子だけれど。 アレナが戻ってからは、また人気が上昇しているようだった。 優子には、他校の教員からも声がかかっていく。 丁寧に接しながらも、勧誘については今はやんわりと断っていた。 「あの、優子さん」 再び、会話が途切れたチャンスに、ソアがお茶を注ぎながら話しかける。 「ん?」 ソアに向ける優子の目は優しかった。 「戦場にいる時とは違う目をしています、ね」 そう微笑んでから、ソアは言葉を続ける。 「私は、ロイヤルガードの隊員として――神楽崎優子さんが隊長で、私達を率いてくださっていて。本当に良かったです」 東西統一前の辛い状況下の時でも、凛として指揮をとる優子を見ていると、勇気が湧いたこと。 大切な仲間と、場所を守りたいという想いを再確認できたことを。 ソアは優子に語りかけて。 「だから、優子さんにはとても感謝してるんですっ」 と、満面の笑みを浮かべた。 「私も、ロイヤルガードの皆、一人一人に感謝し、尊敬もしている。ソア・ウェンボリス。キミの存在も、ロイヤルガードの力になっている。そして、癒しにもなってるよ。ありがとう」 優子も微笑んでティーポットをとると、ソアのカップにお茶を注ぐのだった。