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大地を揺るがす恐竜の騎士団(下)

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大地を揺るがす恐竜の騎士団(下)
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第九章 決着と



 現在残っている勢力は三つ。
 最大派閥、ラミナの軍勢。そして、ジャジラッドとソーの軍勢が残っている。
 既に、ソーの軍勢はほぼ壊滅している。残っているのは、暴君王とソーただ一人しか残っていない。傍目にはソーの脱落は目前のように思えるが、しかしここからが長かった。
 ラミナ軍とジャジラッド軍のそれぞれが部隊を送り出しているのだが、落ちない。一人と一頭が倒せないでいた。
 まだまだ兵力に余裕のあるラミナにとってはそれはさして痛手ではないのだろうが、ジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)は持てる兵力をソーにつぎ込み続けてきた。今なおまともに動けるのは、用意できた兵力の四分の一、如月 和馬(きさらぎ・かずま)の率いる隊だけである。
「なぁ、ジャジラッド、お前はソーと戦ったら勝てると思うか?」
「奴の強さは本物だ。よくて五分五分、せいぜい七対三ってところが関の山だろうな」
「なるほど、勝てる見込みはあるってわけか」
 暴君王の暴れっぷりに隠れてしまってはいるが、ソー個人の腕も中々のものだ。何度か、恐竜の首を一撃で切断している。
「よし、ならあんたはここで待ってろ、俺の合図を待って突っ込め。あの馬鹿でかい恐竜はこっちで預かってやる」
 最初は暴君王を蹴散らすつもりだったが、ここまで戦力を削られた以上あまり高望みはできない。とにかく、大将の首を取れば勝ちなのだ。暴君王の大暴れを見過ごせないなら、ソーと暴君王を引き離すのが現実的だ。
「いいだろう」
 バルバロイと共に、ジャジラッドは和馬の部隊に停止の命令を出した。
 それを確認して、イカロスを走らせる。まずは、相手の剣が届かない高い場所をとった。
「さて、まずはダメもとで!」
 魔法の投げ矢でもって、暴君王に攻撃を加えてみる。直撃はしたが、目に見えたダメージは無い。この一手で、ソーはこちらを見上げてはきたが射程外のためそれ以上のことはできない。
 都合よくここで攻撃をし続けて、ソーに当てることができなかとも思ってみたが、それができるような相手ならそもそもここまで困りはしないのだ。
「まずは、合図だ!」
 狙いを定めて、和馬は急降下した。
 相手の間合いに入るぎりぎりで、自称反陽子爆弾を投げ込みつつ一旦上昇する。威力はそれほどでもないが、大音響が暴君王とソーの耳を殺す。
 後方のジャジラッドが軍勢を動かした気配を見て、すぐにまた飛び込む。次は、増設スモークディスチャージャーで視界を殺す。身を守るためではなく、暴君王とソーを包むように動いた。
 その煙の中に、ジャジラッドのバルバロイが飛び込む。捕食者の嗅覚を持つジャジラッドならば、この程度の煙幕でソーを見失ったりはしない。飛び込んだバルバロイは、すぐに煙幕を割って飛び出していった。
 獲物を捕えたか確認はできなかったが、確信はできた。
 暴君王が、バルバロイを追おうときびすを返したからだ。
「行かせるかっ!」
 魔法の投げ輪を暴君王の首にはめて、いかせまいと強く引く。サイズもパワーも違いすぎて引きずられたが、途中で暴君王は足を止めた。先に、この面倒な邪魔者を潰してやろうと決めたらしい。
「よーしよし、それでいい。うちの大将が用事をすませるまで、てめぇは俺と遊んでりゃいいんだよ」

「生餌には向かなかったか」
 煙幕の中に居たソーをバルバロイは掴み取っていた。そのまま、ソーを口に運ぼうとしたが掴んでいる手を、ソーは剣で刺して逃れた。
「……参る」
 戦闘前に会話を楽しませてくれるようなタイプではない。ただ姿勢を低く、独特の居合いスタイルでソーはジャジラッドに向かってきた。
 ジャジラッドも武器を構えたが、打ち合いにはならかった。横から、バルバロイのドラゴンブレス改がソーを襲った。
「流石に、この程度じゃ奇襲にもならないか」
 軽く飛んで、ソーはブレスを避ける。
 その着地点をジャジラッドは狙って攻撃を繰り出す。いなされるが、次はバルバロイが仕掛ける。
 人竜一体とはまさにこの事だ。ソーも存分に暴君王の力を使ってきたが、連携らしい連携は一度たりとて無かった。あくまで個人が自由に戦い、その結果勝利しているに過ぎない。
「貴様の敗因を教えてやろう、中途半端に強すぎたことだ!」
 暴君王は強い。その巨体も、獰猛な性格もどちらも恐ろしい。
 ソー個人も、強い。剣の刃渡り以上のものすら切断するその業は、もはや剣術なんてものは通り過ぎたようにさえ見える。
 個の強さは申し分ないが、強いからこそ別に互いを必要とはしていないのだ。所詮は足し算でしかないから、その分が抜けたことを痛手と思わない。互いが無くとも、どちらの強さも成立してしまう。
 恐竜騎士団の人間は、決闘を好む。別に紳士的な理由ではなく、その方が結果がわかりやすいからだ。どちらが上か下かを確かめるためのものだから、それ以上の要素は頭に入っていない。
 それでも十分な奴もいるだろう。一対多を相手にして尚、圧倒的な力を見せ付けることができる奴だっているのだ。そう、それがバージェスという存在だ。
「ソーよ、なぜ新団長を決めるのに決闘ではなく、決戦などという形になったのか貴様はわからないのだろうな」
 バルバロイとジャジラッドの連携によって、ソーは防戦を強いられていた。いくら強くとも、ソーの武器は剣が一つ。守りに入ったら、攻撃には転じれない。攻撃の隙一つ与えない。
「個の強さだけでは、戦場は塗り潰せないからだ」
 戦場とは武力をぶつける場所だけではない。そこには、様々な策略が渦巻き、そしていくつも運不運が潜んでいる。それを、今まで彼らは力でねじ伏せてきた、ねじ伏せられると、信じてきたのだ。
 バージェスという存在があったために。
 圧倒的な力、ありとあらゆるものをねじ伏せる腕力。暴力こそが全ての力の頂上にあるという思想には、ジャジラッド自身も魅かれたものだ。だが、裏を返せばそれは易々と実現しないものだからこそ、心を奪われるものでもあるのだ。
「環境に適応できないものをふるい落とすために、この戦場は用意されたのだ」
 バージェスが消えたこの先、恐竜騎士団を存続させるために必要なのは選定神の代用品ではない。新しい環境に適応し、そこで生き抜いていける新しいリーダーだ。それは、恐竜騎士団を軍として運用し、政治に目を向けるということだ。そうしなければ、生き残れない。地球の恐竜がそうであったように、絶滅してしまう。
 ラミナは環境に適応をする道を選び、ソーはそれを拒んだ。これは、個人の考えでどちらも間違っているとは言わない。しかし、どちらかが生き残れるかと問われれば、前者なのだ。
 確かにソーは強かったが、環境そのものになれるほどではなかった。人員を使い、策を備え、保険まで打ったジャジラッドには及ばなかったのだ。仮にここでジャジラッドが倒れても、ほぼ勢力を残したラミナがまだ残っている。もはや、ソーに勝ち目など微塵も無い。
 団長の椅子は魅力的ではある。しかし、それは最善の結末であって、絶対に必要な結果ではない。恐竜騎士団を存続させ、キマク固有の戦力の一つとして残す。これが、是非だ。それを望むのならば、必要なのは環境に適応するリーダーであるラミナだ。ソーでは、一時は持ったとしても、いずれ自壊するのが目に見えている。
「動きが鈍ってきたか。さすがに、戦場を走り回るのは疲れたようだな」
 二対一の状況で防戦を強いられている。なら奴が狙うのは、一瞬の隙だろう。
 そんなものは、微塵も与えない。ソーに臆病者と思われようが、必要なのは勝利だ。勝負などいらない。
「終わりだ」
 終わってみれば、あっけなかった。必要な攻撃はたった一度、たった一撃でソーは倒れた。
 随分と色々なものを支払って得た勝利だったが、余韻に浸ることはできなかった。
 大地が揺れ、恐竜の一団がこちらに向かってやってくる。ジャジラッドの最後の兵隊ではない。ほぼここまで、勢力を温存し続けていたラミナの軍勢だ。来た方角を見るに、残ったジャジラッドの部隊を蹴散らしてここまで来たのだろう。
「約束通り蹂躙してあげにきたわよ」



 新団長決定戦の優勝者が決まって間もなく、グンツ・カルバニリアン(ぐんつ・かるばにりあん)は恐竜騎士団から貰い受けた恐竜、ヴァルファーレと共に日が暮れた戦場を歩いていた。団長に勝敗の明確な決まりはあるが、その部下にはそれが無い。体が動く限りは、戦場に居続けて構わないのだ。
 もっとも、テレパシーで試合の決着については既に知っている。最後の最後にジャジラッドがソーを撃破したが、その後のラミナとの戦いを繰り広げるだけの戦力が残ってはいなかった。一人と一頭という、どこかの誰かのような状況で奮闘はしたものの、無理が覆るような事は無かった。
「……お、あれなんかうまそうなんじゃねぇか?」
 戦場を歩いていると、ところどころに恐竜の亡骸が転がっている。戦の中で、倒れていった恐竜達だ。なるべく死人は出さないように、という事にはなっていたがそれでもガチで戦っているのだ。死ぬ奴も出る、人も恐竜も。
 この決戦に備えて、ヴァルファーレは食事を随分と我慢させていた。その状態で、想定外のソーとの一番槍を繰り広げたヴァルファーレはだいぶ弱ってしまっている。今は何より食料を与える必要があった。幸い、この戦場跡にはそれに適そうな恐竜の亡骸が転がっている。
「これでおさまるところにおさまったわけだ」
 そこにあった石に腰をおろし、恐竜の亡骸に食いつくヴァルファーレをグンツは眺めた。
 ラミナかジャジラッドを大将に据えて、恐竜騎士団を存続させるという目標はとりあえず達成できた。ジャジラッドの陣営として戦いはしたが、結果として考えてみればジャジラッドが団長になったら帝国側から完全に切り捨てられた可能性もある。ジャジラッドが乗っ取った武力集団というのも、それはそれでいいかもしれないが、後ろ盾の無い暴力集団を存続させる厄介さを思えば、ラミナの勝利はいくつかの問題を発生させずに処理することになる。
 もっとも、今後の政治に失敗すれば、やっぱり後ろ盾の無い武力集団に成り下がるわけで、一安心とは程遠い。
「ジャジラッドは病院送りはされてねぇんだよな。飯が終わったら様子見に行くか」
 見つけた恐竜の亡骸一つでは、極限の空腹に達していたヴァルファーレは満足しなかったようだ。仕方なく、もう一つ食べがいのありそうな亡骸を捜すことにする。
 ヴァルファーレの背中に乗って移動をしていると、正面で何かが光ったように見えた。
 金か宝石か、騎士団の中には豪華な鎧を至上とする輩もいる。そういう奴が身に着けた鎧だろうか。とりあえず、いいものだったら頂いてしまうのもありとグンツは背から降りてそれに近づいた。
「なんだ、ただの剣か……ん、この剣見たことあるぞ」
 暗くて少し判別に時間がかかったが、グンツは落ちていた剣がソーの使っていたものだという事を思い出した。忘れるわけがない、これで危うく切り殺されそうになったのだ。
「……随分と古いものだな。少し、見てみるか」
 一抹の興味から、グンツはこの剣にサイコメトリを試みた。ラミナと違って、グンツが何を考えているのか、決して尋ねても口を割ることはないだろう。だいぶ使い込まれたこの剣に、もしかしたらグンツが向いているとは思えない新団長に立候補した理由がわかるかもしれない。
 記録を読み取るために、改めてグンツはその剣に触れる。特にトラップのようなものはなく、すぐに記録を呼び出すことができた。

 最初に見えたのは、暴れる恐竜に次々と人が殺されていく映像だった。
 そこにはわかりやすいほどに、恐怖の感情で色づけされている。そして、映像が飛んで次の場面は森の中になった。
 光はほとんどないが、ぼんやりと木の輪郭が見える。そんな暗い夜の森を、進んでいく。剣は誰かの腰ではなく、抱きかかえられて運ばれているようだ。
「ほう、ここまで逃げてきたか」
 その誰かに話しかけたのは、バージェスだった。今は見ない恐竜騎士団の騎士を二人引き連れて、剣の持ち主に話しかけている。
「なんだその目は……くっくっく、俺が憎いか? どれ、いい剣を持っているな。よいぞ、ここまで逃げて生き延びたのだ、一つの闘争に貴様は勝った。貴様に一つ褒美をやろう、その剣を持って俺に挑むか、食い物と寝床か、好きな方を選ぶといい」
「さぁ、どっちにする? 初手は貴様に譲ってやろう、首でも心の臓でも好きなところに一太刀いれるがいい。だが、それで俺を殺すことができなければ貴様は死ぬことになるな」
「おい、こいつに食い物とテントを一つ貸してやれ!」
 映像が無く、ただ声が続く。状況がいまいち読み取れないが、剣の持ち主はソーだろう。ここから読み取れる範囲で推測するに、ソーはバージェスを尊敬したりはしてないかったらしい。むしろ、恨んでいるようだ。
「ほう、ここに残るか。確かに俺の部下ならいつでも俺に剣を向ける事ができる。そうだな、貴様には初手を譲ると言ったが、これはそのままにしてやろう。俺を一撃で殺せると思った時に挑戦するがいい、楽しみにしておこう。貴様のような者の目が俺に向けられているというのは気分がいい、存分に腕を磨け、そしてなるべく早く挑んで来い」

 読み取れたのは、これが全てだ。
 ソーが首を切る事に執着していたのは、バージェスの首を取るためだ。
 剣から読み取れたものが全てならば、ソーはバージェス無き恐竜騎士団には価値が無いはずだ。だが、彼は新団長に立候補した。いくら腕が立つとは言っても、意思なくば断っているはずである。だが、ソーは名乗りをあげた。
「あいつも強かったからな、なんか未練があんなら引き止めてみるか」
 暴君王が大暴れがグンツの隊が崩れた原因だが、ソー個人の戦闘力も侮れないものだった。戦ってボロ負けしたのだ、それは間違いない。なら、そんな戦力をみすみす見逃すのは惜しい。
「とっとと、こいつの腹を満たしてやって戻るか」
 問題は、食えばヴァルファーレが満たされるのかということだ。