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大地を揺るがす恐竜の騎士団(下)

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大地を揺るがす恐竜の騎士団(下)
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第七章 目覚めし戦神



 試合が始まるまでは、次々入ってくるお金の計算と、それによって変動する倍率。さらに、新しい団長候補出てきたりと頭から煙が出るんじゃなかという忙しさだったが、いざ試合が始まってしまえば、仕事はそこまで多くない。
 だからといって、ソファに寝転んでいるナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)は無視することはできなかった。
「仕事が減ってるからって、そんなダラダラしないでくださいよ」
「してるだろー、仕事。この方が効率いいんだよ」
 以前はもっと穏やかな口調をしたように思うが、最近になって口調が随分と荒くなった。恐竜騎士団の流儀に染まったのか、そう考えてトマスは気にしない事にしていた。
「……はぁ、そうですか」
 ナガンの言うとおり、仕事はしていた。生中継で放映される映像のチェックだ。設置されている多くのカメラの映像全部が流れているわけではなく、ここで切り替えているのである。
 なにせ、これは生中継である。試合の形式とって、祭りと宣伝しているが、戦場なのだ。色々衝撃的な映像を垂れ流しにしては、恐竜騎士団への反感になりかねない。ここで、グロくなりそうな場面はカメラを切り替えたりと、存外忙しい作業をナガンは行っているのである。
 もっとも、忙しいから引き受けたというわけではない。
「……つまんねーな」
 この場所は、安全な位置では戦場の様子が全て手にとれる特等席だ。ナガンがこっそり混ぜたルール、『団長候補を倒した者は一人につき賞金を貰え、これは試合が無効になっても有効』の成果の確認のためだ。
 反乱したら賞金が出るこのシステムの導入によって、乱入者や陣営の人間に反旗を翻す奴が出ないかと楽しみにしていたのだが、あまり成果が芳しくない。
 一応、相当数のモヒカンが乱入はしてきているが、団長には届いていない。数は多くて頑張ってはいるが、派手に動いて全ての勢力に見つかって攻撃を受けているので、これ以上はもたないかもしれない。
「やっぱ、戦闘力で階級きまってんからか、恐竜騎士団の連中は全然動かねーな」
 恐竜騎士団は上からの命令には従順だ。それは組織のシステムもあるのだろうが、ここで小金のために殴りかかるよりも、団長になったあと殴りかかった方が得が多いというのもあるのだろう。
 ここに集められた金は、経費として消費もされるが恐竜騎士団の懐に入ることになる。小金を拾うよりも、団長をあとで倒した方が実入りが多いのだ。まぁ、脳筋の彼らがそこまで考えているかは怪しいところだが。
「あとは乱入者待ちかぁ、けどあんま期待できねーんだよなぁ」
「さっきから、何一人でぶつぶつ言ってるんですか?」
「なんでもねーよ」
 トマスはため息をつきながら、自分の席に戻った。
 次に忙しくなるのは、試合が決着して換金が始まる頃だろう。それまで、体力は温存しておいた方がいいかな、なんて考えてみる。
「そういえば、岩造先輩はもうついたのかな?」
 恐竜騎士団と教導団で交流ができるようにしたいから、手伝ってくれと頼まれているが、一体何を手伝わされるのかは何も聞いていない。
「爬虫類苦手な人なのに、大丈夫なのかな」
「さっきから、一人で何ぶつぶる言ってんだよ?」
「なんでもありませんよ」

「そろそろ通して頂けないでしょうか?」
 藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)は微笑ながらそう言った。
 恐竜騎士団の新団長決定戦の観戦したいだけと言っているのに、眼前の三人が通せんぼして通してくれないのである。
「観戦なら、生中継をしているのだよ」
「そもそも、声をかけたら襲い掛かってきたのはそっちだ」
「私達は自衛しているだけなんだから」
 リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)ユノ・フェティダ(ゆの・ふぇてぃだ)はそれぞれに反論する。
「それは何かの手違いですわ」
「手違いで、殺しにかかってくるような人はそうそういるとは思えないのだよ」
「だから手違いと言っているじゃないですか……次は手加減できませんよ?」
 優梨子が放つ殺気に、リリ少し圧されてしまう。
「困ったな、実力ではあちらが上のようだ」
 ララは毅然としているが、冷静に状況を見てとっていた。さて、三人揃って戦えば勝てるだろうか。あまりに優梨子が余裕の様子なので、それも難しいように思えてしまう。
「先手必勝だよ、我は射す光の閃刃」
 最初にユノが動いた。放たれた光の刃は、真っ直ぐに優梨子を狙う。
「遅いですね」
「早い」
「ユノ、下がれ!」
 優梨子は真っ直ぐユノを見ていた。魔法で先手を取った彼女を先に潰そうという算段だろうとララは考え、自ら前に出ながらそう叫んだ。
 これで、相手の踏み込みにズレができる。それでとれる相手には微塵も思えなかったが、こちらの被害を減らすためにも万全に動かすわけにはいかない。
 ララの動きに、優梨子は笑みを浮かべた。その笑みを見て、ララの脳裏に嫌な予感が一瞬で形成される。ユノ狙いではない、優梨子が最初っから狙っていたのはリリだ。
 踏み込んでしまったララでは、一拍の間ができてしまう。
「まずは一人」
 リリは全く対応できていなかった。そもそも、ユノが動いた時点から想定外なのだ。動こうとはしているが、間に合わない。
「そこまでにしてください」
 声の主はどこから現れたのかわからなかった。
 気がついたらら、優梨子とリリとの間に赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)が立っていた。片手がまだ抜かれていない狐月に添えられている。
「彼女達に危害を加えるつもりなら、運営委員としてあなたを排除しなければなりませんが、どうします?」
 しんと辺りが静まり返った気がした。優梨子も霜月も微塵も動いて無かったが、そこで見えない戦いが繰り広げられていたかのようだった。
「仕方ありませんね」
 優梨子はそう言って、とんと後方に跳躍した。
「ご理解頂けて助かります」
 霜月は添えていた手を離し、直立する。それでも若干緊張した空気は残っていたが、優梨子がひらひらと手を振って背中をみせると、それも霧散していった。
「それでは、自分は巡回に戻ります。三人もお気をつけて」
 ララらに礼を言う暇も与えずにそう言って、霜月はすぐに歩き出した。その方向は、さきほど優梨子が去っていった方向だ。
 この場からは下がりはしたが、まだちょっかいを出してくる可能性があると霜月は見ているようだ。
「追うか? 私は反対だな」
「私もちょっと嫌だな」
 ララとユノの言葉に、リリも頷いた。



「眠ってるだけだってのに、随分と大人気だな」
 こんこんと眠り続けているバージェスを眺めて、高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)は少しばかり呆れていた。ただ眠っているだけなのに、人を寄せ付けないオーラのようなものを放っている。例えるなら冬眠中の熊だろうか、そしてそれにわざわざ近づく人が多数いるのも呆れる理由の一端である。
「それにしても、ほんとに起きないんだな。あれだけ騒がしくされたら、嫌でも目が覚めそうなもんだが」
 ここ数日悠司が指名手配犯を捕まえて、この場所に出入りする許可を貰ってからの短い期間だが、随分と客人がやってきた。いちいちちょっかいを出すような真似はせず、横目で眺めていただけだが、いくつか知っている顔もあったような気がする。
 それが入れ替わり立ち代り、眠っているバージェスに話しかけたり、スキルで治療を施してみたり、と大盛況だ。とてもじゃないが、ゆっくり眠っていられる状況ではない。
「日に何度か目を覚ますって聞いたけど、ほんと起きないよな」
 なんて軽口を口にしたとたん、バージェスの目が見開いた。
 開かれた目だけが、悠司の方を向く。見られただけで、悠司は背中を誰かになでられたような薄ら寒い気配を感じた。
「おい」
「はい!」
 思わず声が裏返る。
「今日は何日だ」
 頭が真っ白になりかけたが、理性のある言葉をかけられて正気を取り戻す。今日の日付を答えると、バージェスはそうか、と呟いてから体を起こした。
「……動いて、大丈夫なのか?」
「動いているだろう」
 それは答えになっていない。
「妙な夢を見た。俺の知らないところで、馬鹿どもが勝手をやっていると聞かされる夢だ。そこのお前、それが何かわかるか?」
 それに、悠司は思い至るものがあった。恐竜騎士団の新団長を決めるための決戦だ。その事を伝えると、バージェスは口元を歪めてくっくと笑った。
「……貴様の顔、見覚えがあるな。思い出したぞ、ここでの新入りだったな、名前はなんと言う?」
「高崎悠司だ」
「貴様は何故ここに居る? 貴様の言う事が本当ならば、このような場所にいるよりそのふざけた遊びに参加すればよいだろう」
 何故と聞かれて、悠司には答えが無かった。最初から参加するつもりは無かったが、参加しない理由と聞かれても特に浮かんではこないのだ。めんどうだから、というのがもっともしっくりくるぐらいだ。
「答えは無しか。ふん、勝てぬ戦なら逃げるのもよいが、自分の力を知らぬものは最後まで逃げ回ることになるぞ」
「驚いたな、オッサンから逃げるなんて言葉が出るなんて」
 てっきり、戦って死ねとでも言うような奴かと思っていた。というか、そういう人としか思っていなかった。
「生死を天秤にかけた時点で、それは戦いだろう。追うだけで勝者になれるのなら、つまらぬとは思わないか?」
「確かに、どんな危険な奴からでも逃げきれれば勝ちかもな」
 獲物を追い立てて、し止められなかった獣は確かに勝者には見えない。逃げ切った方が勝っているという考えは、共感できるものだ。
「では聞こう。高崎悠司、貴様は俺に勝てるか?」
 その問いの答えは、わざわざ考えるまでもなかった。
 こうして対話しているだけなのに、先ほどから手には嫌な汗が浮かびっぱなしなのだ。正直、ちょっと逃げたいくらいだ。余命いくばくもない病人とは、とてもじゃないが思えない。
「……勝てないな」
「ならば従え。ここには他に、何人か俺の部下がいるな。そいつらを呼べ、それと食い物を用意するように伝えろ」
「わかった」
 バージェスの指示に従って、人を呼びに外に出て、大きく息を吐いた。部屋から出ただけで、体が軽くなったような錯覚さえ覚える。
 ちょっと、癖になりそうな開放感だった。