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リアクション
第四章 団長候補ラミナ
決戦前、ラミナは部下も連れずに荒野を一人散策していた。
人の集まる場所を離れてしまえば、ほとんど風景は変わらない。そんな場所を、特に理由もなく彼女が歩く彼女を見つけた崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は声をかけた。
「こんなところにいましたの、一人でいると危ないんじゃありません?」
決戦前に大将を倒してしまえば、その陣営は参加できない。勢力に差がある誰かが、前もって最大勢力のラミナを暗殺するなんて手を考えることは十分にありえる話だった。
「あたしを倒せる奴なんて、そうそういねーさ。祭りの参加者が、せいぜい一人か二人だろうよ」
「凄い自信ですわね」
「そうでもなきゃ、こんなルールにしないわよ。周囲に文句言われないように、あたしが次期団長になるための祭りよ」
「……? つまり、八百長を組んでると?」
「違う違う。今、うちらん中で一番強いのはあたしってことさ。ま、ソーも同じこと考えるだろうけどね。直接やり合った事ないから、正しいかどうかは決戦の日にわかるさ」
詳しい話を聞くと、この決戦のルールを詰めたのはラミナとコランダムなのだそうだ。ソーはどんなルールでも俺が勝つ、とだけ言ってルール作りには関与しなかったらしい。
「恐竜騎士団の上の人は、みなさん自信家なのですね」
「そりゃね、基本一度だった負けた事が無い奴ばかりだからねぇ。そもそも、自分が負ける姿なんて想像もしたことないよ」
ラミナは豪快に笑ってみせた。強さが一番大事な組織で上位に立つという事は、絶対の勝利を確信するぐらいの自信と、それだけの実力が無ければ難しいのかもしれない。
「そうそう、一つ聞きたい事がありますの」
「なんだい?」
「あなたは何故、恐竜騎士団の存続を望んで、団長になろうとしているのかしら?」
「強い奴が一番になる。そういう場所だからじゃ、答えにはならなそうね」
恐竜騎士団が脳筋集団というのは事実だ。ソーみたいな、とりあえず力で解決できるだろうと考えている人間の方が大多数であり、ラミナやコランダムみたいな人間は異端だ。実力もあり、立場や状況を気にする事ができるラミナなら恐竜騎士団に拘らなくても、生きていく術など他にいくらでもありそうだ。
「んー、これでもあたし結構古株なのよ。こーんなちっこいぐらいに拾われてね」
「そのサイズじゃ、ネズミよりも小さいですわよ」
「冗談冗談。ま、そんなわけでさ、あたしにはここが家つーか、家族みたいなもんね、そんな場所なのよ。他に帰る場所もないし。だから放っておけないのよねぇ、大体馬鹿しかいないじゃん、ここの奴らってさ」
「確かに、組織をまとめるのに向いている人は少ないですわね」
「ま、あのバージェス様もその向いてない人なんだけど。けど、守ってはくれたのさ、あたしらをさ。あたしはあんな風にはできないから、できる方法で守っていく道を小賢しく考えてるのよ。でもさ、今の状況はラッキーだと思ってる」
「立場も悪く、祖国に見放されそうな今の状況が?」
「あんたも言うわね。けど、今の状況だからあたしらはまだ潰されていないのさ。帝国に居る時にバージェス様が倒れてみな、あっという間に潰されていたさ。隠し立てもできなかった。ここは、自分達の領地じゃなけど、おかげで向こうもすぐに手が出せない。今のうちに、内側を固められる。時間が稼げる。ま、半分はコランダムの小僧の言葉だけどね、あいつ昔は私の恐竜の餌やりだったくせに、随分と出世して、ついでに狡賢くなったものよ」
コランダムについては、亜璃珠も少しぐらい知っている。時折、こちらに現れてはラミナと話をしている人だ。そのコランダムが、恐竜の餌やり当番だったとは思えない。決戦の運営を請け負っているが、それでなくともラミナと対等のように見えていたからだ。
「……ところで、あなたおいくつですの?」
「そういうあんたはいくつだい?」
この場には二人しかいないのだが、なんとなく人目を気にして亜璃珠は小さな声でラミナに自分の年齢を伝えた。
「あたしはあんたの二倍ぐらいだね」
「え?」
コランダムは、見た目からの二十代半ばぐらいに見えていたが、なるほど、彼女がそれぐらいの年齢なら、小僧だった頃からコランダムを知ってるという事なのだろう。少々、意外な事実だった。
「そうそう、地球からいいお酒を用意しましたわ」
「地球の酒か、それはまだ飲んだことないわね。おいしいのかい?」
「それはもう、酒好きなら知らない人はいないという、超有名銘柄の日本酒ですわ」
「そいつは楽しみね。で、それは先に飲むのかい? あとに飲むのかい?」
「もちろん、決戦に勝利したあとに、ですわよ」
「そりゃいいね。楽しみだったら、いくつあとに取っておいてもいいものよ」
「多勢に無勢ってのも、燃えるわよね」
シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)はディジーと共に戦場の一角で構えていた。他に味方の姿はなく、ただそのずっと後方にリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)がいる。
契約者同士という関係ではあるが、今はリカインはシルフィスティの味方ではない。ここに彼女がいるのは、個人の意思であって、新団長を決める戦いには興味も無い。リカインは味方を誰一人として戦場に連れてきていないから、立場としては乱入者だ。
ただこの決戦は、乱入者に対してそこまで厳重な警備を敷いているわけではない。運営の人間が巡回をしているらしいが、かなり広く用意した戦場で全ての進入を防ぐなどできない。その為、前もってこの地域に入ったら身の安全は無いと告知されている。
一人で中に潜り込んで、暴れるぐらいならそう難しくは無いのだ。
「来た来た……暴れさせてもらうわよ」
彼女の目が、こちらに向かってくる一団を捕らえた。翼竜で構成された空中機動部隊だ。主兵装は弓と槍、よく見ると長筒みたいなものもある。数は十前後、主力部隊ではなく偵察部隊なのだろう。
「まずは、あの銃っぽいの持ってる奴ね……行くわよ」
ディジーと一緒に隠密で一人、なんて作戦は不可能だ。相手がギリギリ反応できない距離までひきつけて、最大速度で突っ込み遠距離武器を持った奴を狙う。突然地上から飛び上がってきた一人と一頭に、対処する間もなく翼竜が一頭ペガサススピアの餌食になる。
「懐に入られちゃ、弓なんて使えないわよね!」
間合いの内側を、たった一人でかき回す。動き回りながら、恐竜よりも乗っている人を落とすように広い攻撃を繰り返す。一人、二人と落としたところで、敵もちゃんと動き出した。
「逃がさないわよ!」
弓を持った騎士が一人、背中を見せてまで距離を取ろうとしたのでそれを追う。と、その軌道に恐竜ではなく、ワイバーンが割り込んだ。攻撃対象をすぐに切り替えて、ペガサススピアで割り込んだワイバーンを狙うが、ワイバーンに乗った亜璃珠のスピアで防がれる。
「あ、逃げるな!」
このまま近接戦闘をすると思いきや、イトハはそのまま降下していく。追おうとして、敵の部隊が陣形を整えなおし、全員がこちらを狙っているのに気づいた。
「やば」
弓を引いているのは三人、それぞれ全員が別の方角に居る。さすがに、この距離で外すような腕ではないだろう。受ける覚悟を決めかけたその時、歌が聞こえてきた。
リカインの歌声だ。大将として参加しながらも、戦力を持ち込まず、彼女は自分の本拠地で歌を歌っているのだ。恐竜騎士団への、問いかけの歌を。その問いかけが、どうやら届いたらしい。
その隙を突いて、シルフィスティは包囲を突破した。
「ちょっとずるかったかな……」
振り返って、それからすぐに移動を再開した。どちらにせよ、決戦は始まって今ここは戦場なのだ。自分の身を守るためにも、やるべき事の方が多い。
決戦で勝利を得るためには、大将を落とすしかないが、だからといって軍団を無視できるかと言えばそうではない。敵の数が少なければ少ないほどいいのは当然で、中でも空中で活動する部隊は地上に対して強いアドバンテージを持っている。優先して減らしておいて、損は無い。
師王 アスカ(しおう・あすか)とオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)が率いる遊撃隊は、その為に編成された部隊だ。アスカの提案によって産まれたこの部隊は、大将を狙うのではなく空の制圧のために敵勢力の空中部隊を叩くのを目的とし、対地装備は持ち込んでいない。
「話を聞いた時はどうかと思ったけど、案外楽しめるじゃない」
既に二度の戦闘を潜り抜けて、オルベールも気分が乗ってきたのか楽しそうにしている。
イコンであるツァラトゥストラ相手に恐竜では劣るのではないかと思ったが、これが中々相手も善戦してくる。部隊を組まずに、一人でやっていたらかなり早い段階で脱落していただろう。
「射程で勝ってるのが大きいわね〜」
マジックカノンやソニックブラスターに並ぶ長距離武器は、恐竜に持たせるのは難しい。ほぼ先手は確実にこちらが取れるというのが、好調の理由だった。もっとも、騎士団も予想外の動きで間合いを詰めてくるが、こちらにも味方の恐竜部隊があり、その一手の差はそうそう埋まらない。
「ラミーとプーは大丈夫かな〜」
「プー?」
「プレデターXだから、プーね〜」
「そんな可愛らしい名前が似合うような子には見えなかったんだけど……っと、あれ、何これ?」
こちらに近づいてくる何者かに反応したオルベールが、それをモニターに映した。相手はイコンで、味方の恐竜騎士団の姿は無い。というか、見た記憶の無いイコンだった。
試合が始まる前に、各陣営の戦力が生中継されていた。その時に、そのイコンの姿は無かったはずだ。どこかの隠しイコンかと考えたが、その正体はすぐに本人が示してくれた。
「ゲブー様サイキョー!」
「ゲブー様サイキョー!」
「ゲブー様サイキョー!」
随分な改造が施されたソニックブラスターを連射してくるピンクのモヒカンが眩しいイコンの名は、宇留賭羅・ゲブー・喪悲漢だ。
「荒野はモヒカンの聖地! 恐竜騎士団なんかに好き勝手させねぇぞ!」
ゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)が吼える。
「乱入者?」
「みたいだね〜」
今いる地点は、結構戦場の中心に近い。そこまで突っ込んできたという事は、ものすごい幸運でなければ、立ちはだかる敵を蹴散らしてきたという事になる。
「ピンクモヒカン兄貴に逆らった大変だぞ! でも、兄貴は寛大だからモヒカンにするなら許してやるぞ!」
威勢のいいバーバーモヒカン シャンバラ大荒野店(ばーばーもひかん・しゃんばらだいこうやてん)の様子から、少なくともこそこそしながらここまで来たわけではないのが伺えた。
「ねぇ、アスカ。あれ」
「うわ、あれもしかして全部モヒカン?」
「みたいね、……どうする?」
宇留賭羅・ゲブー・喪悲漢から少し後方に、かなりの数のモヒカン軍団の姿があった。相当な数を引き連れて、乱入してきたらしい。警備は杜撰だとは聞いたが、これほどまでとは思わなかった。
「……さすがにこれを無視するわけにはいかないわよね〜」
とは言うものの、さすがに遊撃部隊でこれを全部引き受けるには少し似が重い。だが、よく見ればゲブーのイコンを除けば、まともに戦力として使えそうなイコンの姿は少ない。彼らの努力が伺えるハリボテのイコンや、トラックばかりだ。
「こっちに合わせてきたのかな〜」
「いや、さすがにそんなわけないんじゃない?」
大将が落ちたら負けに、乱入者がわざわざ合わせる理由は無い。単純に、都合できた戦力の問題だろう。
「って、よく見たらイコンじゃねぇか! てめぇもか、なんでみんな恐竜騎士団に擦り寄ってんだこんちくしょう!」
ゲドーの方も、なんだかよくわからないが、アスカに狙いを定めたらしい。耳につくボイスを垂れ流しながら、突っ込んできた。
「あ……」
「どうしたの、アスカ?」
「……ううん、なんでもないよ〜」
モニターの隅で、一機のイコンがこの地点を抜けていくのが見えた。その方向を進めば、ラミナの居る場所にぶつかるだろう。だが、アスカはそれを見逃した。
記憶が正しければ、あれは大将のうちの一人だったはずだ。大将と大将が戦う利点は無いが、強さを見せ付けるという目的でこのお祭りが開かれている以上、ラミナにもその大将にも一騎打ちの利点はある。それになにより、部下が頑張ってくれたから勝ちました、というのはラミナには面白くないだろう。
色々考えてはいるが、ラミナも前に出て目立つのが大好きなのだし。
「来るわ」
オルベールの声でアスカは頭を切り替える。今の自分の相手は、派手で五月蝿い乱入者だ。さすがに片手間で相手できるような相手ではない。
「俺様たちモヒカンをしばるような連中は大荒野に認めてやらねぇぜ!」
はずだ、たぶん。
「意外と取り巻きは少ないみたいだな」
ついに捕らえたラミナのプレデターXを見て、ラグナ・レギンレイヴ(らぐな・れぎんれいぶ)が言う。もっと厚い壁を作っていると思ったが、あまり守りは重視していないようだ。
「こっちにとっては都合がいいですよ」
ラミナとは一度やりあっている。あくまで志方 綾乃(しかた・あやの)の勘だが、伏兵を用意しているようなタイプではないだろう。それを用心してスピードを落とすより、その時間を使って近づくべきだと判断した。
速度を維持したまま、ツェルベルスの20ミリレーザーバルカンの射程まで飛び込んだ。相手はこちらに気づいていないのか、空中散歩でもしているかのようなのんびりとした様子だ。
「まずは取り巻きだな、いけるか?」
「余裕です」
動きは止めず、20ミリレーザーバルカンで取り巻きを狙う。どうやら本当に気づいていなかったのか、回避運動もしないまま一つを撃墜する。残った取り巻きがそれに気づくと、なぜかこちらに向かうのではなく、その場からただ離れていった。
「……こっちが一機だから、遠慮したってか」
不可解な動きに、ラグナが怪訝な表情をする。手加減されるのなんて、歓迎できるタイプではないのである。
「用心はしますが、狙いはあくまでラミナです」
上空のプレデターXに向かって、20ミリレーザーバルカンを放つ。それを嫌がるように、かの恐竜はさらに高くへと高度をあげていった。しかし、ある程度の高さを取ると、ぐるりと反転、顔を下に向ける。
話に聞いた、回避不能の急降下による一撃で決めるつもりらしい。
「来るぜ」
プレデターXの高高度から、一息に襲い掛かる急襲はわかっていても避けられないと言われている。空を自在に泳ぐ海竜であるプレデターXの動きもその理由の一端ではあるが、それに加えて空に居る時には感じにくいその巨大さがある。
部下を引き連れて飛んでいるように見えていても、実はかなり高度に差があり、その錯覚が回避する相手の予想を裏切らせるのだ。そして、牙を避けても胴体が、胴体を避けてもヒレが、どこかがかすりさえすれば相手はただでは済まない。
一撃必殺にして、決して難しい準備を必要としない単純なものだが、単純故にどれだけ恐ろしいのか感覚的に理解できる。向かってくる巨大な恐竜の姿は、それだけで逃げる足をすくませるのだ。
だが、その圧倒的な威圧感を前にして、ツェルベルスは、綾乃とラグナは避けようとするどころか、正確に相手の距離を見て、飛び込んだ。自分達の破岩突が一番威力が出るタイミングを、冷静に測りとってみせた。
飛び込む相手の速度と威力、飛び込むこちらの速度と威力、どこかで相殺されたりなんかはせずに、互いにその全部を受け止める形になる。あとはもう、どっちが硬くて、どっちの根性が強いかだ。
その勝負に勝ったのは、綾乃とラグナの二人だった。
ぐったりと垂れたプレデターXの口からは泡が吹き、力なくそのまま落ちて大地に沈む。常に一方的に相手を倒してきたこの恐竜にとって、あのタイミングでの反撃は経験した事の無いものだったのだ。
「……っ、おい、ラミナって奴はどこだ!」
先に気づいたのは、ラグナだった。てっきりプレデターXの背の上に居ると思っていたラミナの姿が無かったの。
「もしかして、最初に離れていった翼竜のどれかに?」
これではまだ半分だ。倒すべき相手はラミナであって、プレデターXは過程でしかない。空を見上げて、どこかに離れていった翼竜の姿を探そうとする。
上を見上げたツェルベルスの真横、一頭の翼竜が向かって突っ込んできていた。滑空しているわけでも、ましてや低空飛行を行っているのでもなかった。この翼竜は、最初に二人が撃ち落したものだ。
その足には、太い鞭があった。その鞭を辿っていくと、ラミナの姿があった。
倒れた恐竜を鞭で繋いでぶん回し、それこそハンマー投げのハンマーのようにして、ツェルベルスに叩きつけようというのだ。
「くそ、間に合わねぇ!」
ツェルベルスとて無傷であったわけではない。上を見た隙がなくとも、反応しきれたかどうかはわからない。翼竜ハンマーは直撃し、ツェルベルスは吹き飛ばされた。
そして、吹き飛ばされたツェルベルスをラミナがものすごい速度で追いかけ、先ほどの翼竜に繋いでいた鞭でもって足を捕らえた。
「やるわね、うちの子が倒れたのは初めてよ。それに、私の乗ってる恐竜を一番に撃ち落したのもさすがってところね。そのロボットから出てきてもらって、今度はガチで戦うってのも悪くないんだけど、今は勝ちを優先させてもらうわ」
ツェルベルスに向かってラミナは大声で言い切ると、先ほどの翼竜と同じようにぐるんぐるんとツェルベルスを振り回し始めた。遠心力でツェルベルスが浮かび上がり、いい感じに勢いがついたところで、ラミナはぱっと手を離した。
十分な力を受けたツェルベルスは高く遠く飛んでいく、場外に向かって。
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