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大地を揺るがす恐竜の騎士団(下)

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大地を揺るがす恐竜の騎士団(下)
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第五章 決戦と外と内で



 戦場の外の区域には、大きなテントで簡易的に作られた治療施設が点在している。
 酒杜 陽一(さかもり・よういち)が提案し、山田花子もとい酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)が交渉して用意したものだ。今後の先行きはわからないが、荒野に恐竜騎士団が残るのであれば、陽一が気にかけている商店街のみなさんのためにもパイプを作っておくに越した事が無い。
 戦場の広さが大きいので、テントも一つではなく複数用意し、それぞれに商店街からも有志を募って治療チームを結成した。といっても、普段は商人をしている彼らには、ありえない方向に折れた手足や、血で真っ赤になってしまった人など相当にショッキングな現実を突きつける形になって、運営は順調とは言い難いところもある。
「お待たせ」
 そのため、手当ての枠を超えるような重傷者が連れ込まれるたびに、二人はそのテントへと移動しては治療を施すというハードワークをこなしていた。
「あ、種モミマンが時間切れね」
 美由子は負傷者回収のために走り回っている種モミマンを、再度復活させる。戦場に無闇に入り込むと、乱入者と間違われて攻撃されるかもしれないため、彼らの存在は大きい。二人ならなんとでもなるが、商店街の人に恐竜が暴れる戦場は危険が過ぎる。
「……よし、とりあえず応急処置はこんなところだな。ここじゃこれ以上は無理だから、あとは病院に運んばないとな」
 ひとまずの治療を終えて、陽一は汗を拭った。思っていたよりの激務になったが、リタイアした騎士団の何人かが、戦場経験からの応急処置を手伝ってくれるようになって時間経過と共に仕事は減ってきている。
 最初のペースが続いたらパンクしかねなかったが、今は多少の余裕がでてきた。
 食べ損ねていた昼食も取れるかなと考えながら、テントの様子を見ていると種モミマンを復活させていた美由子が、陽一のもとへとやってきた。
「ちょっと変わった噂を聞いたんだけど」
「変わった噂?」
「ええ、さっき騎士団の人が言ってたんだけど、恐竜泥棒が会場に出てるんだって」
「恐竜泥棒? ああ、荒野では見慣れたけど他の場所じゃまだまだ珍しいし、そういうのも出てくるか」
 観賞用なんかに恐竜を欲しがる人、なんてのも居るのかもしれない。今は恐竜騎士団のほとんどが新団長決定戦にかかりきりだし、泥棒にとっては狙い目なのだろう。
「凄いわよね、試合会場にまで足を運んで恐竜を盗んでくなんて」
「え? その泥棒試合に紛れ込んでんのかよ」
「? そうらしいよ、見たって人結構居るみたい」
「マジかよ」
 随分と、気合の入った泥棒らしい。

 決戦場から遠く離れた森林地帯に、噂の恐竜泥棒の姿があった。
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)上杉 菊(うえすぎ・きく)の三人である。だが、彼女達に言わせてみれば、恐竜を戦わせる恐竜騎士団の方が悪なのだ。
「手紙は届かなかったようだな」
 グロリアーナが戦場の方を見ながら言う。怪我した恐竜を戦場から回収してきたが、今なおあそこでは倒れていく恐竜が多くいるのだろう。
 大規模なモヒカンの乱入者によって、戦場はさらに混迷としてきて、これ以上中での治療は難しくなってしまった。
「もともと、帝国は恐竜騎士団にあまり関わりたがってないらしいしね」
 ローザマリアは恐竜保護の嘆願書をアスコルド帝に送ったが、今のところ反応は全く無い。届いたかすらもさだかではない。
「届けばよい、というものだからな」
「御方様、恐竜の怪我の治療終わりました。みんないい子ですね、おとなしくしています」
 怪我をした獣は気性が荒くなるものだが、恐竜達は素直に治療を受けてくれたと菊が報告する。それだけ、人間に慣れているということでもある。
「このまま森林地帯にあの子達を下ろしたら、また戦場に戻るのですか?」
「当然よ。まだまだ、助けてあげなきゃいけない子がたくさんいるんだから」



 肉の焼けるいいにおいが辺りに充満していた。
 別にホラーな話でも、グロテスクな話でもない。焼けているのは、大きな金網の上に並べられた豚肉とか牛肉とか羊肉で、食用のものである。
「ひゃっはー、食え食え。今日は俺の驕りだぜぇ!」
 基本的に全部安い肉だが、南 鮪(みなみ・まぐろ)は恩着せがましく何度も自分の驕りである事を強調していた。
 今日まで続けてきた勧誘活動で集めに集めた、恐竜騎士団のあぶれ者の達の歓迎会だ。
「すげぇぜ、小学校なら一クラスは埋まりそうだな」
 熱心に活動を続けてきたおかげで、結構な数が集まった。小難しい言葉を並べて、恐竜騎士団の連中を混乱させた織田 信長(おだ・のぶなが)の手柄が結構大きい。
 その信長は、彼らが勧誘してみせた恐竜パンティーレックスがフレイムスロワーで器用に肉を焼く姿を見せて、学ぶ事で食生活も豊かになると説いている。いくら恐竜騎士団だからといっても、生肉を食らう生活をしているわけではないと思うが、ああ見えて彼もコレだけ人数が集まったのに上機嫌になっているのかもしれない。
「うむ、いい状況だな」
 演説を一通り終えて、信長は満足そうに頷いた。
 今日この日は、恐竜騎士団の新団長を決めるための決戦が開かれている。ここにはその中継を見る方法は用意していない。彼らの血が試合を見てあらぶって、大学に進む道を蹴るかもしれないと、わざわざこの日に合わせたのだ。
 さりげなく歩いて周り、話の内容に耳を傾けているが、試合について語るものは居ない。人の心の内側というのは易々とは覗けない。だが、ひとまず見ている限りでは、やっぱり行かないと言い出しそうな輩は見当たらない。
「これで空京大分校も大幅強化だぜぇ、少なくとも戦闘力だけはこいつら立派に一人前だからなぁ」
 天気がよくて状況もよくて、肉がうまい。今日はとてもいい日だと、鮪は上機嫌になるのだった。



 生中継に使われているカメラは、固定されたものと人がハンディカメラを持って中継しているのと二種類ある。このカメラマンがいる撮影チームの中に、ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)は紛れ込んでいた。
 護衛の騎士団二人、金で雇われたアルバイトのカメラマンが一人、雑務担当にアルバイトが二人、この二人のうちの一人がガートルードだ。このチームは、崖の上から望遠で戦場の様子を撮影している。
 一応追われる身なので、用意してもらったスタッフの証である帽子を目深に被っているのだが、気づくどころか警戒した様子もない。
 最初はこそこそしながら、相手の懐に潜り込む感覚が面白かったが、しばらくしてそれも飽きてきた。鬼ごっこやかくれんぼは、探す鬼が居るから面白いのであって、鬼がいなければ遊びとしては成立しないのだ。
「頑張っちゃってるみたいですけど、大物ってバージェスだけですよね」
 ぼそっと零した言葉に、護衛の騎士団が少し反応した。
「大物がいないんなら、小物団長決定戦ですよね」
 声は聞こえているらしく、確かに反応はあるのだが、中々動かない。
「新生徒会並みに空気ですね」
 もう一個乗せてみる、これでもまだ動かない。
 二人の騎士団が動く前に、同じバイトにちょんちょんと肩を叩かれて、ちょっとやめなよ、と注意されてしまった。
 しかし、ここで黙って恐竜騎士団の仕事の手伝いなんてしてても面白くは無い。危ない事は御免だが、刺激が無いのはもっと嫌だ。
 気弱なアルバイトの言葉無視して、もっと過激な言葉でも投げてやろうかと思ったところに、強い風が吹いた。
「あ……」
 風がガートルード帽子を吹き飛ばす。
「おい、こいつの顔見たことあるぞ!」
「指名手配の奴じゃないか!」
 決戦に参加せず、運営に回っている騎士団のほとんどは親バージェス派である。当然、バージェス自身から下された指名手配書も目を通している。
「しまった」
 もっとも、バージェスをよく知るからこそ、指名手配の半分ぐらいは遊びであることもわかっている。その為、真剣に犯人探しなんてすることもない。見つけたら捕まえればいいや、なんて適当に考えている。
 だが、今この時ばかりは違っていた。そもそも、燃料を提供したのはガートルードだ。余計な事を言うバイトだが、ここは我慢をしていた二人に、格好のボコってもいい理由が提供されたのである。
 すかさず二人は武器を持って飛び掛ってくる。だが、二人は長い槍を振るってはこなかった。すぐ近くに、よそ者の撮影スタッフが居るからだ。一人が、柄の部分を突き出してきたが、これはなんとか避けてみせる。
 さすがに、無関係のスタッフを盾に使うのは可愛そうなので、ガートルードはその場から飛んで崖の下に降りていった。
「待て!」
 一度崖したを覗いた二人が、元気にガートルードが走って逃げるのを見て引き返す。すぐに、二頭の小型の恐竜に乗って二人も崖を飛び降りた。
 しっかりと着地し、すぐにガートルードのあとを追うはずが、恐竜達の足が止まる。
 フレイムクラウドが恐竜の道を塞いでいたからだ。
 二人の恐竜騎士団は果敢に挑むものの、用意した武器が槍だけの二人では決定的な打撃を与えることができず、すぐに不利を理解して撤退していった。
「今どの辺りでしたっけ」
 二人が逃げていくのを見送りながら、ガートルードは今の自分の場所がどの辺りだったか考えてみる。地図は見た気がするが、そんなしっかりは覚えていない。真ん中より、ちょっと右よりぐらいの位置だったはずだ。
 どちらに向かうとしても、すぐに戦場の外にたどり着くとはいかない。逃げていった二人が増援を呼ぶか、それともさっきのゴタゴタが中継されたかもしれない。誰かがこちらに向かってくる可能性は、見過ごせない数値になるはずだ。
 この状況、敵地のど真ん中で一人きり。決して、楽観できるような状況ではない。そんな場面で、ガートルードは怖気ついたりすることはなかった。
 むしろこの、ちょっと危険な鬼ごっこをどう切り抜けようか、そんな事を考えているのだった。
「それでは撤退といきますか」