天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

大地を揺るがす恐竜の騎士団(下)

リアクション公開中!

大地を揺るがす恐竜の騎士団(下)
大地を揺るがす恐竜の騎士団(下) 大地を揺るがす恐竜の騎士団(下)

リアクション


第十章 エキシビジョンマッチ



 決戦を手堅い勝利で終わらせたラミナは、戦場から移動した先はモニターの設置された会場のすぐ近くだった。会場にはまだ入らずに、その前に一つイベントがまだ残っていた。
「改めて大荒野へようこそ、恐竜騎士団の新団長殿♪ ってわけで、タイマン、申し込みに来たわよ?」
 伏見 明子(ふしみ・めいこ)が立つのは、牛太の肩の上。そこから、ラミナを見下ろしながら、声をかける。そんなに大声を出さなくても、マイクが用意されているので声は届く。
「最後まで勝ち残ったら奴には、ご褒美を用意してるとかコランダムの奴が言ってたっけか」
 変な場所に呼び出した理由も合点がいった。流石に、街中で殴り合って周囲に被害を出さない保障が無い。以前、ほんの少し言葉を交わした程度だが、面白そうな奴だとラミナは明子のことを覚えていた。
「それにしても、随分と恐竜騎士団ってのはがめついのね。こっちの企画、そっくりそのままさらってくなんて想定外よ」
 ラミナにはこの言葉の意味がよくわからなかった。
 不穏な動きを察知したコランダムがサーシャ・ブランカと鬼一法眼著 六韜に接触し、企画を全て買い上げたのだ。そのため、これは新団長決定戦のイベントの一つに組み込まれたが、賭けの利益は全部恐竜騎士団が持っていくことになったのである。
「ま、別にそれはいいわ。結果として、邪魔な横槍はしないって約束も取り付けたしね」
 明子は牛太の肩から飛び降りて地面に立った。
「ルールは単純、どちらかが戦闘続行不可能になるか、降参したら負け。でもどうせ、あんたも私も参ったなんて言わないでしょ。だから、どちらかの意識が飛ぶか死ぬかするまで、時間無制限の決闘よ」
「それはあたしらのやり方さ。けどいいのかい? そっちに有利なルールの一つか二つぐらい用意しなくさ」
「冗談。私にはパラ実の面子がある。アンタには恐竜騎士団の面子がある。条件は同じ。だったら結局『今この場で力の強い方が勝つ』。それだけで十分」
「いいねぇ、その自分が負けるつもりがさらさら無いって態度。それだけ言ってみせたんだ、あたしをがっかりさせないでおくれよ!」

「始まったな」
 この戦いのためのゴングは存在しない。勝負を仕掛けて、相手が受ければその時から戦闘開始だ。恐ろしいことに、どちらもそれを説明されなくても了解して戦闘が始まった。なんというか、ああいうのを戦闘民族とでもいうのかもしれないと心の隅で夢野 久(ゆめの・ひさし)思った。
「正直、豊美ちゃんが捕まったって知った時は終わったと思っちゃったわよ」
 ルルール・ルルルルル(るるーる・るるるるる)に、佐野 豊実はめんぼくない、とあまり悪びれずにいう。
「けど、懐が深いっていうか、馬鹿っていうか、なんでこんな話をあのコランダムって奴は受け入れたの?」
 ここで新団長が負けたら、恐竜騎士団の面目が潰れるかもしれない。それを危惧しなかったのか、それとも負けるなんて発想が無かったのか。
「勝っても負けても、悪くは転がらねぇと思ったんだろうよ」
「負けても?」
「勝ったら、あいつらの強さが証明できるだろ。なんてったって、相手はあの伏見明子だ。ここじゃあいつの名前知らなきゃもぐりだ。それに勝てば、今まで見向きもしなかった奴らも新団長の名前と顔を覚えるだろうよ」
「そりゃ、勝てばそうなるかもしれなけど、負けてもいいことなんてないわよね」
「そうでもねえのさ。最初の俺達の考え通りの、乱入者にボコされて負けたってなりゃ、そりゃ色々やべぇだろうがな。あいつらの主催のイベントに参加したゲストが勝っても、そこまで痛手にはならんのさ。最悪勝ちを譲ったってことにもできる……が、まぁその相手ってのが伏見明子だからなぁ。悲惨な負け方さえしなけりゃ、案外みんな納得しちまいそうだし、単純に金目当てってこともありえるんだよな」
 なんだかんだ、恐竜騎士団が居ついてから結構時間が経っている。荒野のことについて、ある程度の知識があってもおかしくはない。
「……こういう場合って、相手が悪いって言葉でいいのかな?」
「さぁな」
「無駄話はそのぐらいにしておきなよ、面白よ。二人の決闘。悲惨な負けってのは無さそうだね」
 話をややこしくした張本人である佐野豊実がそんな事をいう。
「新団長の獲物は鞭か、ああいうのを振り回す奴少ねぇからちょっとやりずらそうだな。つーか、よくあれで剣捌けるんな」
「あれ、皮の鞭よ。たぶん恐竜の皮なんじゃない?」
「たぶん、明子の梟雄剣ヴァルザドーンを取り上げようとしてるんだね。恐竜を振り回す怪力があるんだから、武器が無くてもやりあえるというか、その方がやりやすいんだよ」
「つーことは、一撃決まれば勝ち目はあるってことだな。獲物を奪うってこたぁ、それが危険だってことだ」
「あ、伏見君がしかけるよ」
 ラミナの鞭の動きを明子が覚えたのだろう、迷い無く踏み込んでいく。鞭はその動きを追えていない。
「決まるか!?」
 決まらない。
 ラミナは鞭のもち手の部分で、ソニックブレードを受け止めている。
「普通なら真っ二つだぞ、あれ何でできてやがんだ?」
 しかも、片手で受け止めている。当然、もう片方の手は自由だ。
 ボディブローが決まる、一瞬明子の両足が浮かんだように見えた。
「あれくらって殴り返しやがった」
 正確には、剣を持ったまま肘でラミナの横顔を打ったのだ。これまた、痛そうな一撃だ。
「一度間合いを取り直すみたいね……ねぇ、あれじゃただの棒よね、あれ」
 一旦間合いを取ったあと、ラミナは柄の部分を少しいじって、鞭の部分を外したのだ。長さ三十センチにも満たない、ただの棒だ。一応、すごく硬いのは間違いない。
「どうやら、こっからが本番らしいぜ。鞭は相手を品定めするためのもんで、新団長の武器やっぱりあの怪力だ」
 ラミナは防具らしいものも、盾のようなものも持っていない。龍鱗化のようなスキルを使っているかもわからないが、自分の肉体で攻撃を受けられるほど化け物ではないようだ。
「あの棒は、盾か何かだな。見ろ、あれが狙ってのは明子じゃくて獲物だ」
 自分から攻める時も、攻撃を繰り出された時も、必ず棒は梟雄剣ヴァルザドーンを引き受けている。そして、手足が届く範囲に入ったら攻撃をするのだ。
「しっかし、それによく対応できるよなぁ、あいつ」
 明子が一撃をもらってしまったのは、最初のボディブローだけだ。それからは、どんな体勢から攻撃を受けても、避けたり受けたり全て対応しきっている。何気に恐ろしいのは、手足が飛んでくるとわかっていて、攻める時の剣の手を抜いていないことだ。倒すつもりで切りかかって、その上でインファイトを捌いている。
「こりゃ、間違いなく長引くな」
 久の予想通り、ラミナと明子の決闘は長引いた。
 どちらも一回ずつ、相手を倒せるんじゃないかって瞬間が訪れた。明子が捌きそこねた裏拳を顔面にもらった瞬間と、あの厄介な棒をついに叩ききってそのまま追撃を打ち込んだ瞬間だ。
 前者はインパクトの瞬間に、明子のアッパーがラミナの顎を打ち抜いてドロー。
 後者は肩口を切られながらも、ラミナが突っ込んで明子の獲物を叩き落した。互いに獲物を失ったのだから、これもやはりドローだろう。
「で、最後はこうなるわけだな」
 前半から中盤にかけては、互いの技術の高さを知らしめるようなレベルの高い戦闘だった。どうしてそんな対応できるんだよ、と突っ込みたくなる高レベルの技の応酬だ。
 そして今は、そんな高度な戦闘があった事を忘れてしまいそうなほどの泥仕合になっていた。攻撃を避けもしなければ、捌きもしない。振った拳が必ず相手を捕らえて、同じようにこちらも攻撃を受ける。
「あれだけお互いぼこぼこに殴り合って、へろへろなパンチが出ないのが凄いわね」
 拳が当たるたびに、それなりの距離を取っている久達のところにも、鈍くて重い音が届く。神経をすり減らすような戦闘を継続した結果のこれだ、もう精神力そのものは尽きているはずだ。現に、明子の身を守っていた龍鱗化は解けてしまっている。
 ラミナの方は不明だが、あっちもあっちで似たようなもんだろう。この場に及んで、何か小細工を仕込めるほどの余裕があるとは思えない。
「残ってんのは意地だけだろうな。しっかし、どっちの意地も恐ろしいぐらいだな。俺だったら何発持つか考えたくもねぇぜ」
 殴って、殴られて。殴って、殴られて。もう蹴りだの肘打ちだの出す余裕は無いが、それでもどの拳も一撃必殺といった様子だ。実際、もらったらただじゃ済まないのは見ててわかる。
 どちらの意地も本物だが、無限ではない。一発殴れば一発分響く。
「次で最後だな」
 呟いた久だけでなく、これを見ている誰もがそう感じた。そして、そう感じた誰よりも、本人達がそれを一番に理解していた。交互に繰り出されていた打撃が、最後の最後で同時に繰り出された。
 鈍い音。
 それを最後に、しんと辺りが静まり返った。
 敗者の膝が折れ、糸の切れた人形のように崩れ落ちていく。
 勝者は一度大きく息を吸って、それからもう真っ暗な空を見上げた。
「っしゃ!」
 何か気の効いた言葉なんて思いつかずに、伏見 明子はただそれだけ言った。
 
 拍手の音が聞こえてきた。
 この場には、いつの間にか多くのギャラリーが集まってきていた。映像なんかで見るよりも、すぐ近くでやっているのなら現物を見たいと思うのが人情だ。
 だから拍手が起こるのは不自然ではない。それぐらいの賞賛では、むしろ足りないほどだ。
 だが、妙だった。拍手の音は一つだけで、それも随分と緩慢な、言うならば偉そうな拍手の仕方だった。
「俺の目の届かない場所で勝手にした茶番にしちゃ、そこそこ面白かったぜ」
 そこに居たのは、恐竜騎士団団長にして選定神バージェスだった。