校長室
【Tears of Fate】part1: Lost in Memories
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大聖堂に視点を戻そう。 「ったく、なんで私がこいつを……」 パイはシータを抱きかかえ、担いでこの混乱から抜け出んとしていた。 「量産型、しっかり守りなさいよ。聞いてるのかしら……?」 灰色のマネキンに包囲されながら動くのはあまりいい気持ちがしなかった。 シータはぐったりとして動かない。死んでいると言われてもおかしくないだろう。 しかし、マネキンたちがシータと自分を守るように行動しているところからして、まだシータに息があり、命令を出しているのがうかがえた。 ときどきクランジ量産型が爆発して、見通しが悪くなる。その隙にパイはシータを担いでステンドグラスを越え、図書室の通路に戻った。 「見つけた……」 薄暗がりから声がした。 「って、また契約者(コントラクター)? 私の意思は硬……」 斬りつけられ、パイはシータを落としてその場に座り込んだ。 「痛った……何を」 「R U ready ?」 見上げた相手こそ、大黒美空だった。桃色のロングヘア、ゴシックで黒ずくめの衣装、魔女の帽子。 パイは苦々しい顔をした。一番会いたくない相手と出会ってしまったかもしれない。 「追ったり追われたり、今日は一日、あんたと追いかけっこってわけ?」 「すべてのクランジを、殺す。シータも、パイも、ユマ・ユウヅキも、ローラも、オメガも、イオタも……全部」 「い、意味が分からないんだけど」 強烈な殺意を感じて、さしものパイもたじろいだ。狂気しか感じない。だが美空は、ひどく落ち着いてもいた。それがなお恐ろしい。 美空は言った。 「……わた、私の中では……二つの心が言い争っている。人たらんとする心と機械であろうとする心……そも、クランジ自体が矛盾した存在なのだ。この矛盾を解決するために、クランジすべてを、わた、私は滅ぼすと決意しました。いえ、決意、した」 「冗談じゃないわ! だったら自分はどう解決するつもり!?」 「すべてのクランジを破壊したのち、自らも葬る……この世からクランジが消滅する。これで問題はありません。ないです。いえ、ない」 「あんたって、マジ壊れてるわね。蘇生した事実を理解しきれず回路が狂ったのかも……」 まずは――と、美空はシータに太刀を浴びせんとした。 「滅ぶなら勝手に滅びなさい! けど、ローに手を出す気なら許さない!」 パイが超音波を発する。しかし美空は剣の一閃でこれをかき消した。 「その超音波の波長はもう読んでいる。私には効かない。Can U understand ?」 「マジ……?」 パイは愕然とした様子を隠さなかった。今まで、このような方法で超音波を破った者はなかった。 「そういうことであれば、これ以上手はお貸しできませんわ」 ノート・シュヴェルトライテが止めに入った。 「自分の素性に悩んでるのはわかるけれど」エリシア・ボックも同様だ。「そのような解決方法、認めることはできません!」 さらには風森望もカットに入り美空は呻いた。 「私は人間に恩がある。なぜ妨害する。これは……あなたたちのためにやっていることなのに」 美空にとってクランジはすべて敵だ。すべてのクランジを殺し、自らが死ぬことが世のためだと本気で信じているのだ。美空は三人をふりほどくが、さらに手を伸ばすより早く、レン・オズワルド(れん・おずわるど)が立ちふさがっていた。 「そうやって『0』か『1』かでしか考えられないってあたりが、コンピュータらしくていいな。いや、よかないか。物事はもっと柔軟に考えてほしいもんだな」 レンは腕を広げ、どうしても美空が進む気なら接触せざるを得ないようにした。 「自己紹介させてもらう。俺はレン・オズワルド、冒険屋だ。古い付き合いの七枷陣って奴からお前の捜索を依頼されている」 「メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)……彼のパートナーです」 レンの隣に機晶姫の少女が立った。メティスは射貫くような視線で美空を見つめている。 「話は端折るが、今じゃ陣からの話はただの捜索依頼じゃなくなってる。『美空の力になってくれないか』だとさ。まったく、ちょっと依頼の目的を足したようで、その実は難易度ぐっと上げてきやがった。陣め、現金なやつだ」 レンは苦笑していた。 レンが「陣」と名を口にするたびに、引け目があるのか、美空は身を強張らせた。 「さて依頼の話だ。協力しろとは言われたが、それが『クランジ狩り&自殺』だったとしたら助ける道理はないな。なぜって、陣が望んでいるのは、お前が幸せに生きることなんだから。 考えてもみろ、陣が……陣だけじゃ不満なら、リーズや真奈、お前を見守ってくれた連中、それが、今のお前を見て応援してくれると思うか? 喜ぶと思うか!」 「あなたと違い、クランジシリーズではありませんが、私も、塵殺寺院製です。主に戦場に駆り出されていました」 メティスが告げた。 「でも戦う理由を自分で見つけた時から私は変わりました。もうただの機械とは言わせません。私は私、メティス・ボルトです! あなたのやっていることは、まさしく機械のやっていることにすぎません。すべてをゼロにするという結論には賛成できません!」 「エラー……! エラーだらけだ……! あなたたちと話していると、わた、私の頭はエラーで一杯になる。どうして……! やっと導いた結論なのに……!」 美空は頭を抱えて苦しみはじめた。クランジΟΞ(オングロンクス)、すなわち大黒美空は、その誕生の時より矛盾を抱えていた。その矛盾が、機械である彼女にとっては大きなストレスなのだ。 このとき、パイはシータを担ぎ上げ、黙ってその場を逃れていった。誰もそれを止められなかった。 「私は自分の存在理由がわからない。せめて、目的の一端だけでもやりとげる……!」 美空はその剣を、自分の頭部に向けた。 乾いた音が響いた。 間一髪。 美空の頬を、スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)が殴りつけていた。 鈍い音がしたところからして、腰の入った本気の一発であることは想像に難くない。 「……ようやく、会えたと思ったら……なんたることでありますか!」 「おい……」 レンすら思わず止めそうになった。スカサハは美空を立たせると、その胸元を掴んで前後に強く揺すったのだ。 「言わせてやってください……」 鬼崎 朔(きざき・さく)がレンに黙礼した。 「なんて馬鹿なことをするでありますか!」 スカサハは泣いていた。とめどもなく涙が溢れていた。 「美空様、スカサハ、大変怒ってるであります。何が、『一緒に居ると不幸せになる』だからLong Good-byeでありますか!? ふざけるな! ……七枷様、榊様、ローザマリア様にバロウズ様、皆様たちとの絆はそんな事じゃ消えないであります! 迷惑掛けても助け合う……友達だからこそ頼ってほしいであります!」 美空は魂が消失したかのように、ただ、揺すられるままになっている。 「……勝手に居なくなって、もう二度と会えなくなる事の方が、スカサハは一番悲しいですし、不幸せになるでありますよ! その上、その上自殺しようとするなんて……!」 ようやく、スカサハの手が止まった。 美空の胸に顔をうずめて、彼女は言った。 「だから……お願いだから、もうこんな無茶はしないで……」 美空が姿を消してから、スカサハは毎日遅い時間まで彼女を捜した。 そのためにイルミンスールの行事を欠席することすらあった。 今日、この事件を知ってスカサハは、朔に力の限り訴えた。 クランジが関わる事件なら、美空が姿を見せるかもしれない、と。朔はそれを容れ、ともに一日、図書室の迷路で美空を探したのである。 その末での、この出会いだった。 スカサハに掴まれ、上を向いたまま美空はポツリと言った。 「ごめんなさい……」 「わかってくれたでありますか?」 ようやくスカサハに笑顔が戻った。 「もう死ぬなんて言わない、言いません……」 「よかった。じゃあ、一緒に帰ってくれるでありますか?」 「けれどそれも」 できません、と、きっぱり美空は言った。 「どうしても自分の中で決着がつけられない。どうしても、クランジ全部を滅ぼしたいと思ってしまう私がいます。いる。いや、います……」 「クランジの皆様はクランジである事にこだわりすぎであります!」 「……けれど、こだわらなかったとしたら、私は、何?」 「スカサハの友達であります。それだと、ダメでありますか?」 「……時間を下さい」 スカサハの両肩に手を置き、美空は哀しそうな表情をした。 「もう一度だけ、皆さんと離れたただの大黒美空として、シータたちと対面したいと思う……思います。結論は、必ずそのときまでに出しますから……」 美空はよろよろと義手を拾い、その腕に装着した。 「いいのか、スカサハ」 朔が彼女に告げるも、スカサハは小さくうなずいた。彼女も、もう泣いてはいなかった。 「無理をいって引き留めれば、もう一度悩ませてしまうだけであります。美空様は次までに結論を出すと言いました。スカサハは、それを信じるであります」 本当は辛いのだろう。拳を握りしめ、スカサハが自身の感情を押し殺しているのが朔にはわかった。 「わかった」 (「……いつの間にか、すっかり大人になったな」) 朔はレンとメティス、そしてこの場のすべての者に告げた。 ここは、美空を行かせてやってほしいと。 美空は一礼して、姿を消した。 思わずスカサハは、堪えきれなくなって叫んでいた。 「美空様、美空様はスカサハの友達でありますね!」 はい、と姿は消えたが美空の言葉だけ残った。