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【Tears of Fate】part2: Heaven & Hell

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【Tears of Fate】part2: Heaven & Hell

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●決戦の大地(1)

 金属音電光が空間を埋め尽くす。雲霞のごとく迫るクランジ勢だ。機晶姫が機晶姫を踏み越えてくるような状況であり、当然、倒しても倒しても新手が来る。
 百戦錬磨の戦士とて、これほど多数が相手であれば防ぎきれるものではない。ある者は電磁鞭に腕を巻き取られ、ある者は機械の犬に食いつかれた。蜘蛛怪物の頭部を切り落とす戦士の背に、別の蜘蛛怪物が飛びつく。そしてそんな彼らの横を、塔を目指す本隊が駆け抜けていく。
「まずいな……突破されたようじゃ」
 鵜飼衛が、飛空艇から身を乗り出した。飛空艇の攻撃力は心ともなく、地上の援護を果たすには役不足だ。すでに多くの量産型クランジが、トマス・ファーニナルの守るポイントを通過している。
「させない!」
 アルクラント・ジェニアスが掃射するも、すべての機械が止められるはずもなかった。数が多すぎる。これを見て、
「どうする!?」
 テノーリオ・メイベアはいくらか動揺するもミカエラ・ウォーレンシュタットは冷静である。
「決まってるでしょ。私たちは私たちの持ち場を懸命に守るだけ。今すぐあれを追って最前線がグダグダになれば、困るのは全軍よ」
「同感だ。ミカエラ」トマスはうなずくも、煤だらけで汗だくの顔に苦渋を覗かせた。「しかし……あのチェスの駒みたいなあいつら……カスタム型のクランジを逃してしまった」
「過ぎたこと。ここいらの敵を殲滅したら追いすがって挟撃すればいいだけよ」
 あくまでミカエラはポジティブだ。凛然とした表情で言った。
「きりが無い……なんてことはないわ。私達の体力も有限だけれども、むこうの戦力にだって限りはあるもの。思い切り運動ができるチャンスだとでも考えるといいわ。なんだって、前向きに……ね」
 ミカエラの正のエネルギーがテノーリオにも伝播したらしい。
「そうだな。日頃の訓練の成果をそのまま出すよう心掛るだけだ」
 彼は機関銃を振り回すと、腕に絡んでいた電磁鞭を振りほどき、バランスを崩したクランジに弾の雨をくらわせた。
 シルフィア・レーンがミカエラのそばに来た。その登場方法というのも、機械犬の頭を踏みつぶし、その胴に槍を突っ込んで倒すという惚れ惚れするような武者ぶりであった。シルフィアは槍を引き抜くと、ミカエラに寄り添うようにして片目をつぶった。
「女の子の心を動かすのは熱いハート! ミカエラくんって言ったっけ? あなたのその情熱、気に入ったわ」
「あなたは?」
「名前なんてどうだっていいことよ。でも、呼ぶのならシルフィアって呼んでね」
 それだけ告げるとまたひらりと舞うや、
「ほらほらほら、この槍は手加減なんかできないからね!」
 と叫び声を上げながら、解き放たれた虎のようにシルフィアは大暴れする。手加減できないという宣言通り、蜘蛛であろうと犬であろうと、はたまたクランジであろうと串刺し、滅多刺しの鬼気迫る奮戦ぶりだ。
「すごい子ね……私たちも負けてられないわね。トマス!」
 ミカエラは刺激されたかのように高周波ブレードを凪ぎ、
「ああ。蜘蛛だろうが機晶姫だろうが、見かけには騙されないぞ!」
 トマスもまた、彼女と息のあった連携で龍金棒を回転させるのだ。機械のパーツが空を舞った。ネジやコネクタ、その他無機的な金属片が戦場を舞う。
 狂ったラジオのような強烈な雑音まじりながら、魯粛からの通信がトマスの耳に届いた。
「後方ならご心配なく。こちらとて二段、三段の構えがありますゆえ。はい、がりがり削っていきましょう〜!」
 その声に励まされるようにして、トマスの動きは加速した。

 たとえ敵が強勢なれど、シャンバラにも不退転の覚悟あり。
「クランジが建国を行うと主張する土地は、シャンバラ王国の領土であり、王国の民が平和に暮らす村や街だ 決して彼らの手に渡すわけにはいかない!」
 その声と共に正面から吶喊をかける一部隊は、その覚悟の具現化といえよう。彼らは北面のやや後方に位置していた。すなわち、魯粛の言う二段三段の構えたる存在である。
 指揮官はクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)。攻撃的、一本の刀と化し馳せる。教導団メンバーを中心とした彼ら部隊はウーバー・クネヒトを名乗っていた。まるで一つの有機体、彼らは自然流線型の塊となっていたものが、敵と接するやぱっと拡散した。
「わたくし、侵略者にはちと厳しくてよ」
 と一言添え島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)が身を躍らせた。高飛び込みの選手のように跳躍し自身の持ち場に着地する。ヴァルナが両手を広げ瞬間的に結び印を組むと、たちまち護国の聖域が威力を発揮した。念じる。護国の祈りよ、姦邪を遠ざけたまえ。
 チェス駒(ピース)の部隊を目にし、俄然マーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)は闘志を燃やしていた。
「……今こそ、クランジへの雪辱の刻」
 どの敵を担当するかはもう決めてある。マーゼンは馬の頭部を刻印されたクランジ、すなわち『ナイト』に挑みかかった。
 雪辱、と彼が称したのには意味がある。約九か月前、彼らは二人のクランジ――クランジ・パイとクランジ・ロー相手に雪山で手痛い敗北を喫した記憶があった。……苦い記憶だった。内容的にはほぼ完敗といっていい。マーゼンはその原因を、クランジの戦闘能力を甘く見十分な戦力を用意せず、他の部隊との連携も欠いた状態で戦闘に突入してしまったことにあると見ていた。
「ゆえに今回は、あの時と同じ失敗を繰り返さないよう入念に準備を整え、他の部隊との連携を密にして挑みましょう」
「その心意気、感じ入りました。私も及ばずながら協力しましょう」
 彼の傍らには魯粛がおり、最前線の味方と連絡を取り合っている。ウーバー・クネヒト単体で敵とやり合うつもりはないのだ。
「クロッシュナー、連携よ! あたしに合わせて!」
 本能寺 飛鳥(ほんのうじ・あすか)だ。この可憐な女忍者は、本能寺忍法なる伝説的な技を使う忍者の末裔である。忍者装束ではなくアーマー姿で、だが体操選手を優に凌ぐ身の軽さで、彼女は『ナイト』の側面を取った。
 ナイトの刻印は伊達ではない。クランジ『ナイト』は飛鳥の動きを読むや、身を反転させてレーザー剣を抜いた。若竹がしなるようにして斬りつける。だがその切っ先は飛鳥の前髪を数本焼くにとどまった。巻き込まれて軌道が狂ったのだ、アム・ブランド(あむ・ぶらんど)の生じさせた霧に。
「……」
 寡黙なアムは言葉を発しない。ただ、その冷たい井戸に写った赤い月のような目でナイトを見据えるだけである。
 そこにマーゼンが連携し、忘却の槍を回して足払いをかけた。槍は物理法則を無視したような軌道を描き、『ナイト』クランジは見事に転倒した。受身を取ろうという素振りすらしないところが機械らしい。だが『ナイト』は一体だけではない。対となるもう一体はアシッドミストをものともせず、その剣でマーゼンの肩を一刀していた。
 刀傷としては浅い。肌こそ抉られたが、そのまま骨まで両断されていてもおかしくはなかった。しかし着実な、焼けつくような痛みがマーゼンの神経を走り抜けた。
 一丸となって戦う彼らに隙はない。これを見てすぐに早見 涼子(はやみ・りょうこ)が回復魔法を投じた。
「しっかり、傷は浅いですわ!」
 焼かれ赤黒く変色したマーゼンの肌が、みるみる傷が塞がり桃色の血色を取り戻していく。
 最も機動力がある『ナイト』につづいて、大量八体もの『ポーン』が飛び込んでくる。ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)は三つ叉の矛を構え、頭上で何度も回転させ構えこれを迎え撃った。
「やはり電磁鞭……じゃないだって!?」
 ポーンの武器は電磁鞭ではなかった。背から槍を抜くや突き込んでくる。
 一体であっても驚くべき勢いだが、これが八本も繰り出されるのだから始末が悪い。
 といってもハインリヒとて無策でここに挑んだわけではなかった。女王の加護などでブーストした上で対電フィールドを展開、ダメージを極力減らす努力はしている。しかし八本もの槍をまともに受ければ……。
「そこまでですわッ!」
 しかし果然と、ハインリヒを支える姿があった。高雅にして勇猛、クリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)である。クリストバルは濃酸の霧で敵を惑わせ、さらに、
「これならっ!」
 鶴 陽子(つる・ようこ)がその魔法の力で土埃を巻き上げ、ポーン部隊の視界を奪った。
 ここに三田 麗子(みた・れいこ)の銃撃が追い打ちをかけた。黄金の銃の引き金を引く度、ゴッ、ゴッという大きな反動が両手に戻ってくる。足の力を抜けば転倒してしまいそうだ。その力強さを麗子は、己が生きている証のように感じていた。
「ふはははッ! やっぱ戦はこうじゃなくちゃなッ!}
 麗子の口から快哉の言葉が洩れた。
 死地にあって活き活きする麗子とは対称的に、サオリ・ナガオ(さおり・ながお)は、上手く戦闘の波に乗じることができない。
(「あれが、クランジ……わたくしたちの力が本当に通用するのか? 不安ですぅ」)
 元々、予備兵力として、予測外のことが発生したときの待機人員がサオリとそのパートナー藤原 時平(ふじわらの・ときひら)の役目である。サオリと時平は戦場にこそあれ、非常時に備えて戦闘には加わらなかった。
 しかし戦闘に参加していないからといって、なんら安全の保証はない。ゆえに度胸を付けるにはうってこいの状況ではあった。銃弾が飛び交い、金属同士がぶつかる音、火薬の匂いに充満している。『学習環境』としては最高だろう。
 今、『ビショップ』と呼ばれる個体がゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)たちと激しい交戦状態に突入している。ビショップの攻撃はレーザー射撃のようだ。手にした特殊小銃からこれを絶え間なく放ってきていた。リベットを撃ち込む大工道具のように、細切れのレーザーが放たれる。しかもそれは連射可能なのだ。
「こんなものに!」
 手傷を負いつつもゴットリープは懸命に戦っている。だがサオリはこれを見て逆に自信を喪っていた。
(「ジーベック中尉には、いざというときまでこのまま……と言われてますがぁ。そうそう思った通りにぃ……」)
 動けるかどうかわからなかった。また、事前にクレーメックらにクランジのことをあれこれと訊き、その恐ろしさを知ってしまったため行動が鈍っているという事実もあった。
 そのサオリを助けながら、時平は冷静に戦局を見ている。同時に、サオリの不安も敏感に感じ取っていた。
(「クランジとやらについての知識を得れば、少しは小娘の不安も和らぐかと思うたが、あれでは逆効果じゃの。徒に敵の影に怯えてみたとて、何の益も無い。今は、どうすればこの難敵から生き残れるか? そこに知恵を絞るべき時におじゃろうものを……」)
 口惜しいが、それはサオリ自身に気づいてほしいことゆえ時平は発言を控えていた。