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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第1回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第1回/全3回)

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 時間は僅かに遡り、結界の柱が運搬されている最中の、最前線。
 ひとり、またひとりと契約者たちが合流を果たしつつある現場は、一気にその激しさを増し始めていた。 


「ともかく、状況が整うまで物量には物量!」
「深入りは禁物よ。超音波対策が完了するまで、接近戦はなるべく避けて頂戴」
 光明剣クラウソナスを手に、超獣と相対した相田 なぶら(あいだ・なぶら)に、スカーレッドが声をかけつつ、自らも愛用の大鎌を振りかぶり、なぶらと共に真空派を放って超獣の足をなぎ払った。耐久力のない腕は、切り払われたところからぶわっと霧が散るように霧散したが、直ぐさまボコボコと膨れ上がった超獣の横腹から腕が伸び、ずん、と地面の上へと降りてくる。
 次々と伸びる腕を、なぶらはスカーレッドと共に正面から腕を、クレアは側面から腹下から伸びる腕を吹き飛ばして時間を稼いでいるが、その巨大な体から生える腕はあまりにも膨大で、その上エネルギーを自己で補填する相手に対し、足止めといってもまだ、微々たる物だ。それでも、諦める素振りなく、なぶらがひたすらな攻撃を繰り出そうとした、その時だ。
「下がってくれ……!」
 声に反応して、咄嗟になぶらが超獣から距離を取ったのとすれ違うように、強力なブリザードが超獣の腕に向って吹き荒れた。グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)の放った強烈な冷気に触れた腕がビキビキと凍りつき、地面につなぎとめられていく。とはいえ、止まろうとしない超獣の体は、凍った腕がバギンっと砕けるのも構わずに前進し、腕を失った箇所から新たに腕を生やしていく。
「痛覚も無い、か。厄介だな」
 判っていたことだが、グラキエスの口から思わずため息が漏れた。だが、凍りつかせることが出来ると判った以上、物理的な足止めにはなる。そう、解放した魔力を再び練ろうとした、その時だ。
「下がってください、エンド。あの腕に力を吸収されるのは、今の君には致命的です……!」
 ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)が悲痛な声を上げたが、グラキエスは首を振った。
「キース、あなたこそ離れていてくれ。魔力の余波は、あなたには毒だ」
 それに、とグラキエスは難しい顔だ。
「……あの超獣からは、良く無いものが溢れている感じがする。恐らく、呪詛だ」
「だから私に離れろと言うんですか?」
 そんなわけに行くものですか、と表情を険しくするロアを宥めるように、グラキエスは苦笑する。
「遠方から広範囲を凍らせるのでは、魔力の消費が大きすぎる」
 確実に、かつ無駄をなくすためには接近せざるを得ず、呪詛の中でも耐えることが出来る自身は兎も角、抵抗力の低いロアには危険すぎる、と言うのだ。それが判っていても、ロアも譲らなかった。
「確かに直ぐそばで、とはいかないでしょうが、君を助けることは出来ます」
 だから、と続ける間もなかった。すまない、とその目が言うと同時、グラキエスは黒く染まった強化光翼、ネロアンジェロの機動力で一気に超獣へと距離を詰めていく。
「エンドッ……まったくもう、何回言っても聞いてくれないんですから……!」
 声を荒げたが、それもグラキエスを心配するが故だ。ため息と共に思考を切り替えると、自身は小型飛空艇アルバトロスへ飛び乗ったのだった。


 そんな彼らに一時任せる形で、一旦後退したスカーレッドに、後方で緊急の救護拠点の準備を進めていた九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)から通信が入った。
『救護用のテントの設営、完了しました。第一次防衛ラインからの帰還者の内、負傷者の収容も完了しています』
『治療道具の搬入も完了しています。ありがとうございました』
 続く冬月 学人(ふゆつき・がくと)の言葉に「いいえ」とスカーレッドは笑うように応える。
「お礼を言うのはこちらの方よ。迅速な協力、感謝するわ」
 スカーレッドの率いる部隊は、実戦特化型の性質上、救護関連がどうしても弱い側面がある。それを補うローズの援護は、スカーレッドにとって心強い。だが、ローズは少々複雑な様子だ。
『……できれば、お役に立たないほうが良いんですが』
 救護者が活躍する、ということは、裏を返せば大なり小なり犠牲が生まれる、ということだ。苦いローズの声に、それでもスカーレッドは笑う風だ。
「あなたの手を煩わせないように、努力はするわ」
 そう約束を交わすスカーレッドに、続いて敬礼したのは、イルミンスールから合流した白竜だ。

「衝撃音波の対策として、音源を用意、並びに配備完了しました」
 それは、超獣を封印していた遺跡にいた、同じく超音波を使う敵に効果を発揮したそれと同じものだ。系統を同じくする相手だけに、その効果は期待できる。スカーレッドは頷いて、部下の何人かを手招いた。
「了解。スピーカーの運搬に数人つけるわ」
 それに再び敬礼を返し、その足で忙しなく最前線へ向おうとする白竜に、ちょっと待った、と世 羅儀(せい・らぎ)
が呼び止めた。
「これも持ってけ」
 それは、遺跡へ向うものの警護を担当する大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)が手配した、射撃訓練用のイヤーマフだ。効果の程は定かでは無いが、用心に越したことは無い。頷いて受け取った白竜が、スピーカーを担当するスカーレッドの部下たちと最前線へと赴く背中を見ながら、羅儀は同じく戦場へ向う関谷 未憂(せきや・みゆう)達へと、イヤーマフを渡していく。
「超音波の攻撃は予兆があるからねー。落ち着いて、ちゃんと見てれば大丈夫」
 できるだけ身を低くして、できれば障害物に隠れてね、とこの状況下にあまりそぐわない明るい声に、戦場の空気に張っていた気を僅かに緩めて、未憂は「ありがとうございます」と笑って頷いた。
 一方、続けて羅儀からイヤーマフを受け取った綺雲 菜織(あやくも・なおり)は、近づいてくる超獣を眺めながらむう、と首を捻っていた。
「菜織様、どうしました?」
 何か、懸念でも、と首を傾げる有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)に、ぽむ、と菜織は手を叩くと、おもむろに口を開いた。
「オオサンショウウオ……ふむ、さんちゃん、というのはどうだろう?」
「……」
「……」
 どうやら考えていたのは名前だったようだ。予想外のこともそうだが、そのグロテスクな見た目に見合わない妙にかわいらしい名前に、各々がなんとも言えない微妙な顔を浮かべた。困った顔をするのならまだいい方で、温度の無い目を送る者もいる。そんな視線を一身に浴びながら、やれやれ、と菜織は肩を竦めた。
「興に乗らんかね?」
 可愛いと思うんだが、と呟いた、その時だ。
「――……っ、伏せてくださーいっ!」
 イナンナの加護が告げる危機に、なぶらが叫んだ。
 その瞬間、足を止めた超獣の体がぶるぶると細かく震えたかと思うと、その頭を横一文字に割いたかのような大きな口をぐぱりと開き、音とも声ともつかないものが、衝撃波となって放たれた。
「…………ッ」
 まともに食らった地面が砂埃を上げ、ビリビリと空気が震えた、が。
 超獣が衝撃波を放つ直前、その正面へと飛び込んだ白竜の合図によって、スピーカーから大音量で放たれた対抗音波が音の壁となり、完璧にとは行かないまでも、その効果を相殺するのに成功していた。
「……流石に、規模は大違いですが……防ぐだけならば、何とかなりそうですね」
 この様子なら、更に相殺できる要素を重ねれば、ほぼ完全に相殺することが出来るかもしれない。そう息をついたが、安堵に浸る暇も無い。衝撃波を放つのに止まっていた足は再び動き出し、障害となるものを排除しようとしたのか、開いたままの口が地面めがけて襲い掛かってくる。後退する白竜を援護するように、グラキエスのブリザードがその口を一瞬氷漬けにし、その隙にロアの飛空艇が白竜を回収して距離を取る。
「妨害音波が有効なことは確認できました。スピーカーと機材の追加をお願いできますか」
 移動する相手に、重い機材を持って歩くわけにはいかない。白竜の要請を受け、超獣の足止めに重要なポイント幾つかを洗い出して配備する、としてマリーは力強くそれに応えた。

『直ぐ手配させるであります』