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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第1回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第1回/全3回)

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 一方、その頃のイルミンスール魔法学校。
 その校長室では、情報の集約拠点として、エリザベートたちが集っていた。
「どうですかぁ……?」
 エリザベートが首を傾げるのに、ザカコは何とも言えない顔で首を振った。
「ルカルカさんのデータだと、間違いなく進路はこのイルミンスールですが……」
 ザカコは複雑な顔で眉を寄せた。
「理由も、この場所の判別方法も、不明なままですね」
 見たところ、そんなに複雑な生命体には見えませんが、と続けるザカコに、浩一も同意した。
「イルミンスールだけを区別して判別する、何かがあるんでしょう」
 そう言う浩一も難しい顔だ。
「氏無大尉からの情報では、熱や敵意よりもここへ向うことが超獣の優先事項となっているようです」
 だが、遺跡側のディミトリアスがそう言ったように、本来は獣と例えられる生命体だ。赴くままに暴れ、操ることが出来ないような存在が、意図的に一箇所を狙うとは考えにくい。とすれば。
「アルケリアスと言う人物の介入もありますし、その人がここへ誘導しているか、もしくは、ここに超獣を惹きつける何かがあるか……でしょうね」
「何か、か……」
 あまりに漠然としすぎている対象に、ザカコは思わずため息をついて、アーデルハイトを振り返った。
「大ババ様には、このイルミンスールで、超獣が惹かれそうなもの、あるいは狙われそうなものに心当たりはありませんか?」
「心当たり、のう……」
 問われたアーデルハイトは難しい顔だ。
「ありすぎてどれか判らん、というのが正しいかのぅ。超獣か、アルケリウスとやらの目的さえはっきりすれば、見当もつくのじゃが……」
 今現在、アルケリウスが世界へ対して復讐しようとしていることはわかっているが、復活した超獣を暴れさせてはいるものの、実際には復讐のための手段もはっきりしていないのだ。
「そうですか……」
 漏れ出る言葉に、沈みかかった空気を変えようとしたのか、ザカコは「しかし」と努めて明るい声で話題を変えた。
「大ババ様には、こんな時ではなく、もっと平和な時に”おかえりなさい”と言いたかったんですけどね」
「まだお帰りには早いかのう。わしにはまだ、ザナドゥでやることが残っておるからの」
 ザカコの言葉に、アーデルハイトは苦笑した。
 そう、大きな戦争を終えた後のザナドゥはまだ、色々な意味で全てを終えたとは言いがたい状態だ。アーデルハイトには、それらを背負う義務がある。本来なら、まだここイルミンスールに戻って来れる段階ではないのだ。だが、とアーデルハイトはその目を僅かに険しくした。
「それでも、戻ってこなければならないと”判った”のじゃ。イルミンスール、ザナドゥの垣根すら越える、脅威が迫っておると。そのために、わしの持つ何かが必要なのじゃと……じゃが、それが何故か……」
 それほどの強い危機感が体を突き動かしたというのに、その根拠が何故かはっきりしないのだ。超獣も勿論脅威には違いないが、それだけではない、何か。
「この感覚を、わしは良く知っておる。知っておるはずなのじゃが……」
「まさかとは思いますがぁ、忘れちゃったなんてオチではないですよねぇ……?」
「人を健忘症扱いするでないっ!」
 エリザベートが不審げな声を上げたのに、アーデルハイトはぴくっと眉根を上げ、ザカコと浩一は聞かなかった不利を通して口元を慌てて隠した。
「全く……仕方が無い。気は進まぬが……」
 そうも言ってはおれしのう、と、アーデルハイトが何事か、複雑な呪文を唱えた、その時だ。淡い光がアーデルハイトの体を包んだかと思うと、バチンッと何かの弾けるような音がして、光が霧散したのである。
「なんじゃと……わしの術が、弾かれた……?」
「……なんですって?」
  珍しく呆然と漏らされた声に、ザカコの表情が変わり、アーデルハイトもその目を険しくした。アーデルハイトが自身にかけたのは、古い記憶を開示する術だったのだが、それが完全に発動する前に、勝手に術が砕けたのである。
「本当に忘れているなら、何の反応も無いはず……まさか!」
 はっと顔色を変えたアーデルハイトは、懐を探って小さな鏡を取り出した。何の変哲も無い鏡のようなそれに、浩一が首を傾げる。
「なんです、それは」
「見た者の望む記憶を映し出す鏡じゃ。これなら……」
 そう言って、鏡を覗き込んだアーデルハイトは、更にその表情を険しくし、く、と苦い声を漏らした。
「……やはりじゃ」
 見れば、小さな鏡には確かに何か映っているようだが、それを覆い隠すように、びっしりと毒々しい茨が鏡の中に映り込んで邪魔をしているのである。
「わしがこの記憶を思いだせぬよう、封印をかけたのじゃな……じゃから、危機感の理由がわからなかったのじゃ」
 納得したようにアーデルハイトが頷いたが、それを聞いたエリザベートはありえないものを聞いた、とばかりに顔を青ざめさせている。
「……大ババさまの記憶に、封印を書けることができるなんて、一体何者なんですかぁ?」
「真の王……?」
 とっさに出てきた名前を思わず、と言った様子で呟く浩一に、アーデルハイトは「わからん」と首を振る。
「じゃが、無関係というには、あまりにタイミングが合いすぎるからのう」
 答えは恐らくこの封印の中にある記憶だ。何とか、封印を解いて思い出すしかあるまいよ、と、ああでもない、こうでもない、と思いつく限りで封印を解こうとするアーデルハイトを心配気に見やりながら、エリザベートが口を開いた。
「そもそも、その真の王、とかいうのは何者なんでしょうねぇ?」
「良くは判っていません」
 嫌そうな顔をしたエリザベートの問いに、ザカコと浩一も首を振る。
「ただ、このところの、大地を傷つけようとする者達の影には、その名前があるようです」
 今回の事件の発端であると思われる、アルケリウスという人物も、その存在と何らかの契約を交わしているということが判っている。
「もしかしたら、この事態も、彼らの間の契約の一つなのではないでしょうか」
 ザカコが言えば、浩一も頷く。
「推測の域を出ませんが、アルケリウスにとってここを目指すメリットが余りありそうに無いことを考えると、可能性は高いと思います」
 なんにせよ、真の王どころか、超獣のことについても、未だ決定的な情報は、揃っていない。
 暗雲の晴れる兆しの無い状況に、エリザベートは「はぁ」と重たくため息を漏らした。

「真の王……ですかぁ。たいそうな名前ですけど、大陸がなくなったら、王も何もないと思うんですけどねぇ」





 一方その頃、イルミンスールの図書館では、エールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)が今回の件に関する何かの資料がないかと調べ物をしているところだった。
「あれだけの力を持った存在だからね。神話なり伝承なり、あると思うんだ」
 地輝星祭の伝承の生まれるより前、大地が荒廃するより更に前の、途方も無い過去だが、ここイルミンスールでなら、何らかの言い伝えの欠片ぐらいは、残っているかもしれないし、その中に、イルミンスールに向ってくる理由もあるかもしれない。そう考えて、図書館に篭っているのだが、相当古い時代の資料だ。読み解くだけでも一苦労である。
「超獣の狙いなあ……世界樹そのもの、って可能性もあると思うんだが」
 首を捻ったのは、パートナーのアルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)だ。
「悪くない考えだと思うけど、ちょっと漠然としすぎかなあ」
 資料を読む手を止めず、エールヴァントは軽く首を振った。
「世界樹の魔力とか、その下にあるものの為に邪魔だとか、もっと具体的な理由がある筈だよ」
 その答えに、理由ねえ、と呟いてあれこれと考えをめぐらせていたアルフは、唐突にぽん、と手を叩いた。
「それか……そうだ、繁殖相手だよ!」
 その答えに、エールヴァントは思わずがっくりと肩を落とした。毎度の事ながら、どうかするとアルフの結論はそこに至ってしまうのである。半ば呆れ、半ば感心してしまいながら、あのねえ、とエールヴァントはため息を吐き出した。
「アルフ……何かとそういう事に結び付けようとするのはやめようよ……」
「いや、域物なら自然な摂理だぜ、むしろ。こういうケースが冒険譚にあまりあがって来ないのが不思議なぐらいだぜ」
 アルフは自分の思い付きを気に入ったようで、うんうん、と大きく頷いているが、エールヴァントは再び特大のため息と共に首を振った。
「超獣はエネルギー体だっていうんだから、そういう……性別的なものはないと思うけど」
 それを聞いて、アルフは予想以上に衝撃を受けたようだった。
「なに、オスもメスもないのか!? そりゃなんというか、寂しい生き物だな」
「そういう問題じゃないってば……っと、これ」
 妙に重々しい口調で言うアルフを半ばほったらかしつつのエールヴァントの目に止まったのは、古い神話だった。よくある地方神話の一つのようだが、その神話の中にちりばめられた要素の内のいくつかが、エールヴァントの記憶に引っかかったのだ。
「”大地より生まれたる、邪なる獣を従ふ一族あり。地の力我がものにせんと暴る獣を討たんと、槍もてこれを侵攻す。そが槍、邪を滅ぼすを叶えど、枯れたる地は失われ戻ることなし”……これって、超獣のことじゃないかな」
『そうですね』
 その内容を聞いて、連絡を受けたザカコも頷いた。
『地輝星祭の歌にあった、忌むべき槍……とは、このことでしょう』
 うん、とエールヴァントも同意する。
「邪教として、彼らの一族は滅ぼされた……でも、実際には、この滅ぼした側も一部の暴徒だったみたいだね」
 結局は彼らも、許されざる非道を働いたということで、後に処分を受けているが、一度呪詛に塗れて封じられた超獣は危険ということで、そのまま封じ続けられることになった、と続く神話には記されている。
「一族は滅ぼされちまってるんだ。復活させても制御も出来ないし、何も戻ってこないもんな」
 アルケリウスにも、ディミトリアスにも、それは判っているのだろう。だから、方は復讐を望み、方は最後のたった一つを取り戻そうとしているのかもしれない。そう思うと、少ししんみりとしてしまう空気の中、不意に近づいた気配が「何をしてるんですか……?」と二人に声をかけた。
「わっ!?」
 姿が無いところからの声に、驚いて声を上げた二人に、あ、と小さく声を上げて、光学迷彩を解き、その姿を現したのは、イルミンスール内の見回りをしていた、ネーブル・スノーレイン(ねーぶる・すのーれいん)だ。
「一人で見回りだなんて大変だろ、ここで少し休んでかない?」
 今までの空気はどこへやら。可愛い女の子と見た瞬間、即座にナンパモードに入ったアルフに、エールヴァントは「アルフ……」と本日三度目の大きなため息を吐き出した。
「そういうのはちょっと後。何か、変わったことはありましたか?」
 後半はネーブルへ向けての問いだ。もしかしたら、イルミンスール内部に、超獣が反応しているもの、もしくは超獣に反応しているものが無いかと思ったが、ネーブルは首を振った。
「……今のところ……異変は、ないみたい」
 イルミンスールの森からここに避難してきている者達が、内部から何かしでかさないかと、そちらも見回ったらしいが、避難者たちの誘導と監督をしているアリーセ達の目から、離れた者も今のところは無いようだ。
「杞憂かもしれないけど……何かあってからじゃ……遅いし……」
 その言葉には、二人も頷く。超獣の目的がはっきりしていない以上、さまざまなことを疑ってかかる必要はある。そんな同意を得て少し頬を緩ませたネーブルだったが、それも直ぐに曇ってしまう。
「それに……嫌な、予感が……するの」
 ぎゅっと掌を握るネーブルに、どういう、とアルフが尋ねると、その感覚をどう言ったらいいかと迷いながら「多分、だけど」と口を開いた。
「世界樹、イルミンスール……自身、が……緊張してる、みたいな……」
 その言葉に、エールヴァントとアルフは顔を見合わせる。軍人である二人には、この緊張感は、危険が迫った故だと認識していたのだが、彼女にはそれがイルミンスール自身のそれではないかと感じている。
「超獣は大地のエネルギーで出来ていると言うし……何か、曰くでもあるのかな……」
 そう呟いたエールヴァントは、自分の言葉にはた、と我に返って、慌しく資料を漁り直し始めた。
「おい、どうしたエルヴァ?」
 ネーブルとアルフ二人を置いてきぼりにして、資料をがさがさと探し始めるエールヴァントにアルフが首を傾げたが、そちらを振り返らないまま、エールヴァントは口を開いた。
「さっきの神話だよ。あれが神話じゃなくて事実なら、どこかに記録があるはずだ」
「どういうことだよ」
 更に首を傾げるアルフに、エールヴァントは「つまり」と説明を続ける。
「超獣は実在していて、一族は滅ぼされ、超獣の呪詛で、土地は枯れてしまった。視点は違うけど、アルケリウスが言った通りだ。それなら、”邪教として滅ぼす”ために、彼らの一族を調べた記録もきっとあるはずだ」
 そして、その記録の中に、イルミンスールと超獣を繋げる何か、あるいは超獣にかけられた呪詛、そんな情報が必ずあるはずだ、という確信がエールヴァントにあった。だが、問題はその資料である。こんな小さな神話すら眠っているような、膨大な書物の中から、それを探すのは困難を極めそうだ。
「そんな手間かけてる場合じゃねえだろ。さっさとお目当てを見つけようぜ」
 そう言うとアルフは、その神話の記述が載っていた本の書架に手を当てると、目を伏せて意識を集中させた。サイコメトリによって、関連がありそうな本を洗い出そうというのだ。
「ちゃっちゃっと調べないと、可愛い女の子とお茶する時間もなくなっちまうもんな!」
 その言葉に、ネーブルがきょとんと目を瞬かせ、エールヴァントは何ともいえない苦笑を浮かべたのだった。