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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第1回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第1回/全3回)

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 辿り着いた、最奥のドーム空間は、最後にソフィアの瞳調査団たちと入った時から、然程変わった様子は無かった。ドームの端に円を描いて配置された八本の柱、そして床を這うように掘られた溝、壁面に無数に開けられている小さな穴。違う点といえば、中央の砕けた床ぐらいだろうか。
「見た感じはあんまり変わっていないようですね」
 クナイもその様子に呟いた。危惧していた、崩落しそうな雰囲気も無い。
 一方で、意外な思いに「なんだ」と言ったのは高塚 陽介(たかつか・ようすけ)だ。
「ボスがいるかと思ったけど」
 何もないな、と拍子抜けしたような顔で肩を竦めた。陽介としては、破れた床から巨大な機械が現れたり、曰くありそうな窯があって、そこにラスボスめいたものが鎮座している、と想像を膨らませていたところだったので、肩透かしも大きかったようだが、ツライッツは緩く首を振った。
「油断はできません。ある意味、ボスが居たに等しい場所ですからね、ここは」
 そう言って、ツライッツは彼にしては珍しく強い視線をディミトリアスへと向けた。
「そう……あれは超獣と言いましたか。それと、あの床に封じられていたという女性は、誰なんです?」
 そして、どういう関係なんですか、と問うのに、ディミトリアスは言葉を探すようだった。
「彼女は、超獣の……あんたたちの言葉で言うなら、巫女だ」
「名前は?」
 矢継ぎ早な問いに、今まで打てば響くように返答を返していたディミトリアスが、初めて返答に詰まった。その態度に、ツライッツが僅かにその目を細める。
「……言えないような事とは思えませんが」
 やけに険のある口調に、矢野 佑一(やの・ゆういち)が不思議そうに首を傾げた。
「あの……ちょっと落ち着いてください、どうしたんです?」
 状況については聞いていたものの、ディミトリアスの憑依の事情も良くは知らないが故に、他の人へ対した時と、大分違うツライッツの態度の理由が判らないのだ。だが、一通りの事情を簡単に説明され、ツライッツが警戒している理由を知っても、佑一は「でも」と首を振った。
「何だかんだで、遺跡を一番知っているのはこの人だというのは間違いないんだし……大昔に何があったかきちんと聞いてみましょうよ」
 佑一はそう言って、視線をティミトリアスに移した。疑いと警戒、様々な思惑の目線を浴びながら、それを当然と受け止めている節のあるディミトリアスの態度に、佑一はその視線を僅かに好意的に緩めた。
「それに、さっきもこの人は体は返す、と言ってた。僕はそれを信じられると思う……会ったばかりでこんな事思うのは変かな?」
 そう言われては、ツライッツもまだ完全に警戒を解いたわけではないにしろ、首を振って「そうですね」と頭を下げた。
「少し……言い過ぎました」
 その言葉に意外そうにしながらも、ディミトリアスは首を振り、アキュートががしっとツライッツの肩を掴んで、努めて明るい調子で「まあ、仕方ねえよな」と笑った。
「こいつは心配性でさ。特にクローディスが一緒にいるから、心配で心配でしょうがねえんだよ。な?」
 最後はからかうように言って、にまと笑うのに、ツライッツは「違いますっ、いえ、違わないわけでも無いですが……」と急にあたふたと首を振った。
「……クローディスさんが絡むと、大体何かしら起こるんですから、心配しないわけには行きませんよ」
 結局言い分けがましくぶつぶつ言うツライッツを横目に、アキュートがディミトリアスに目配せを送ると、不意を食らったような顔をしていたディミトリアスは少し表情を和らげ、佑一へ視線を戻すと、面映そうな苦笑で「……すまない」と軽く頭を下げた。
「いえ。それで、改めて教えて欲しいんだけど……あれは何なんですか?」
 そんなディミトリアスに佑一が続けて問えば、先程までと同じ調子で、ディミトリアスも口を開く。
「超獣、と俺たちは呼んでいた。何時から存在しているのかは知らないが、大地のエネルギーが循環されず、溜まりこんだ結果生じた、巨大なエネルギー体だ。俺たちは、それを守る一族だった」
「守る?」
 超獣に守ってもらうんじゃなくてか、と首を捻る陽一に、ディミトリアスは「そうだ」と頷いた。
「超獣が大地を傷つけないよう、そして誰かが、超獣を利用したりしないように」
 それを聞いて、ふむ、と首を傾げたのはクィンシィ・パッセ(くぃんしぃ・ぱっせ)だ。
「とてもではないが、利用なぞ出来る相手には思えんがのう」
 今現在、イルミンスールを襲っている超獣は、どう控えめに表現しても化け物だ。それを利用することなど、常人に出来ることとはとても見えない。
「とはいえ、何かしらの方法でコントロールはしていたのだろう?」
 超獣が大地を傷つけないように守っていた、と言うのなら、何かしら、超獣の動きを制御ないし、操ることが出来たと考えるのが妥当だ。その手段がここにあるのではないか、というクィンシィに「いや」とディミトリアスは首を振った。
「あんたの言うとおりだ。超獣はコントロールできるような代物じゃない」
 そして守るとはいっても、正確に言えば超獣の状態を見守り、鎮め、宥めるのが精一杯なのだとディミトリアスは続ける。
「超獣には明確な意思は存在しない。苛立てば暴れ、満たされれば鎮まる、名前の通り、獣だ」
「だが現にイルミンスールを狙っておるではないか」
 クィンシィが更に追求すると、ディミトリアスは軽く表情を難しいものへ変えた。
「おそらく、誘導する存在がある。そして、それは……」
「お前の兄とやらか」
 口にするのを躊躇う様子に、ブルーズが後を継ぐと、ああ、と気だるげに頷いた。
「間違いないだろう……あの人……アルケリウスだ」
「方法はわかるの?」
 今度は北都が問うが、ディミトリアスは「いや……」と首を振る。
「だが、可能性は一つだけある……巫女だ。巫女の力が利用されているとしか、考えられない」
 あまり強い起伏を示さなかったその顔に、初めて強い憤りが宿った。彼女を「取り戻したい」等と言っていたこともあり、ディミトリアスにとって、巫女は重要な存在であるらしい。
「その巫女さんは、何で封じられていたの?」
 その人が超獣を利用しようとしたからなのか、と尋ねた佑一に「違う」とディミトリアスの強い声が言った。
「……俺が、封じたんだ」
「……え?」
 予想外の言葉に、何人かが目を見開いた。巫女も、超獣と同じく彼らと敵対した相手が封じたものだとばかり思っていたからだ。やや戸惑った様子の皆に、ディミトリアスは重たげに口を開いた。

 超獣はそもそも、ただの巨大なエネルギー体でしかなく、巫女を中心として、一族をあげて超獣を守っていた。だが、利用も出来ない、制御も効かない、災害にも等しい超獣を、信仰するわけでもなく守ろうとする彼らは、奇特な一族だ、という程度の認識しかされていなかったのだという。
「何か利益があるわけでもなかったし、危険と隣り合わせの存在でしかなかったからな……彼女が、生まれるまでは」
 彼女……封じられていた女性は、歴代でも類を見ない力を持った巫女だったらしい。超獣をその身に降ろし、操れることすら可能だと思われていた。実際には試したわけではなかったが、その実力自体は確かなもので、町ひとつを覆うほどの強大なエネルギーの塊を操れるとなると、その力は脅威だ。また、噂は火よりも早く広がるもので、次第に、恐れ、同時に利用しようと考える者達も現れたのだ。

「巫女を操ることが出来れば、超獣は手中を収めたも同義だ。だから……そうなる前に、封じるしかなかった」
 ディミトリアスは、その経緯を詳しくは説明しなかったが、その表情を見れば、それがどれだけ不本意なことで、彼自身が今もそれを悔やんでいることが窺い知れた。苦い表情を隠せないでいるディミトリアスに、陽介がためらいがちに手を上げて、「じゃあ」と問いかけた。
「えっと……その彼女が操られて、超獣を動かしてるってことか?」
 それこそ、ディミトリアスの恐れた通りに。だが、ディミトリアスはその可能性はないだろう、と首を振った。
「彼女の封印は解けたわけじゃない。目覚めていない以上、操るのは不可能だ」
 そうは言い切ったものの、ディミトリアスは眉間に皺を寄せたまま、表情はどんどん苦くなるばかりだ。
「ただ……超獣をあれほど動かせるのは巫女しかいない。彼女を取り込んだ腕に、恐らく何かがある筈だ」
 故に、全ての発端であるこの場所を調べなくてはならないが、自分はそれに関われそうに無い、とディミトリアスは無念そうに首を振った。
「どうもこの体の主は、影響を与えすぎるらしい。下手に手を出せば、痕跡が変化してしまうかもしれない」
 そうなると、肝心の情報が意味を成さなくなってしまうのだ。悔さと申し訳なさとをまぜこぜにしたような顔で、ディミトリアスは「すまないが」と頭を下げた。
「……頼む」
 搾り出すような声と、深く下げられたディミトリアスの頭に、皆は思い思いに頷き、クローディスは何も言わずただ、力強くその背をぱん、と叩いたのだった。