校長室
星影さやかな夜に 第一回
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十三章 契約者たちと傭兵の群舞 ハイ・シェン所縁の地の表通りから離れ、裏通りにある廃ビル。 華やかな表側とは違い、この街の暗部である裏側のその場所でローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)と煤原大介は潜伏していた。 二人が持っているのは狙撃銃。つまり、二人は狙撃手だ。普通、このような市街地での戦闘では狙撃は向いていないものだが。 『銅像付近に一人。赤のチェックのシャツを着た男性だよ。 噴水の傍でもう一人。ハット帽をかぶった女性だね』 二人の耳に繋いだ無線に連絡が入ってくる。 それはハイ・シェン所縁の地の近くの屋根の上で観測手を務めるフィーグムンド・フォルネウス(ふぃーぐむんど・ふぉるねうす)の声だ。 「……あんたは噴水のほうをお願い」 「分かりました」 短く会話を交わし、二人は開けた窓から角度をつけ報告のあった人影を探す。 それは室内から撃てば狙撃手の姿が隠れ発射音が遮断され、発射炎も見られないという理由からだ。 口で言うのは簡単だが、この状況を作り上げるのには様々な下準備がいる。 まずは狙撃する部屋の見繕い。 ローザマリアはグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)の<防衛計画>で事前に都市の戦闘に適する場所を幾つかピックアップ。 その上で<要塞化>を使い、住民の生活の支障にならぬよう、コルッテロに気取られぬよう静かに粛々と<要塞化>を進めたのだ。 そして、複数の観測手の確保。 先ほど報告をしてくれたフィーグムンドの他にも、四人の観測手がハイ・シェン所縁の地の隅々まで観測している。 それは教導団の地位を利用して町方と交渉し、《従者》の観測手四人を屋根の修理業者、《斥候》二人は建設関係者として送り込んだからだ。 『両方共、ゆっくりと近づいているよ』 フィーグムンドの報告が耳の中で再生される。 戦闘が開始された時点で狙撃に適した状況を作り上げたが、一つだけ予想外の点があった。 それはオリュンポスの戦闘員は戦闘に巻き込まれた一般観光客のふりをしてきたこと。 だから、狙うことが出来ず、観測手から報告も中々来なかったが。 今はそれぞれが契約者に攻撃を仕掛けたので、はっきりと十五人、今日の服装や顔を観測手が把握できていた。 つまりは、今こそ狙撃手にとって完璧な状況が出来上がったのである。 「…………」 ローザマリアは<光状兵器>の狙撃銃型を構える。 三角法で大まかな位置を算出し、加えて風向きを読み、湿度を計測、更に観測手の情報を整合、素早く計算。 頭の中で膨大な量の文字と数字が流れ、一つの答えにたどり着くと、僅かな手振れを抑えるために息を止めた。 (見つけた――!) ローザマリアは赤チェックの男を発見する。 そして、<ダークヴィジョン>と<ホークアイ>で一挙手一投足に注目。 <行動予測>で動きを予想。<エイミング>でよく照準を定める。そして、<スナイプ>と<シャープシューター>を使用した射撃技術。 ローザマリアはタイミングを計り、引き金を引いた。 途端、眩いばかりのマズルフラッシュと耳をつんざく銃声が室内に反響。 しかし、ローザマリアはスコープから目離さない。 吐き出された銃弾は赤チャックの男一直線に飛翔。 寸分の狂いなく大腿部に着弾し、撃ち抜いた。 「見事な腕前です」 「極大射程は、獲物を違えない。狙撃なら、私の領域よ」 「……狙撃手なら一度は言ってみたい言葉です、ね」 大介は言葉の終わりと共に引き金を引く。 僅かに口元が吊り上がったところを見るに、狙撃は成功したらしい。 ローザマリアはそれを確認すると、大介に言い放った。 「上階に行くわよ。敵に位置を捕捉されないためにね」 ―――――――――― 「なんだと、狙撃手か!?」 ハデスはアルテミスから報告を受け、目を丸くした。 狙撃手は厄介だ。卓越した技術を持つ狙撃手なら、戦場で一個中隊を足止めすることも出来るほど厄介だからだ。 「位置は特定できないのか?」 『残念ながら、一発ごとに位置が変わっています。お陰で全く特定できません』 ハデスはその言葉を聞いて唸る。 そして、どうしようかと考えていると――。 「私に任せてくださいませんか?」 今まで十六凪と共に戦局を眺めていたストゥルトゥスが、ハデスに声をかけた。 「任せる?」 「ええ。私にいい作戦が御座います。 いや、作戦というのもおこがましいような力押しですが」 「……ふむ、どういうものだ?」 「ええ、単純なものです。私が狙撃手の位置を把握してきましょう」 ―――――――――― ハイ・シェン所縁の地。銅像の近く。 御凪 真人(みなぎ・まこと)とセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は特別警備部隊の一員として、この場所で戦っていた。 しかし、二人はいつも通りの活躍が出来ていなかった。 理由は単純明快。 真人の得意とする召喚術や範囲魔法は、人の集まるこの場所には向いていない。 セルファは祭りを楽しみにきていたので、護身用の《法と秩序のレイピア》しか持っていなかったからだ。 「……あまりお力になれず、申し訳ありません」 「仕方ないよ、真人の魔法は周囲が危ないからね」 謝る真人に、セルファは苦笑いを浮かべる。 といっても、二人の周辺には主にセルファがでボコボコにした四人のオリュンポスの戦闘員が気絶しているのだが。 (……あんた達見たいなのが居るから私が真人とお祭り楽しめなかったじゃない!) セルファは内心で不平を洩らしながら、顔には出さない。 対して、真人は考え事をしているのか、眉間に皺を寄せてすぐに表情に出ていた。 「どうしたの、真人?」 「……いえ、コルッテロと言う組織が事を起こすのになぜこの祭りのタイミングなのか。 普通、外部から人の集まる場合は避けると思うんですが……、と思いまして……」 「うーん、確かに。そう思えば変だよね」 「ひょっとすると多くの人が必要な何かが有るのでしょうか。 それなら一番人の集まると思われる最終日が不味そうですね……」 二人は会話をかわし、考える。 と、その二人に近づいてきた男性がいた。 「おやおや、これはお久しぶりです。名優様」 そう言って、腰を曲げ丁寧にお辞儀したのはストゥルトゥスだ。 思わぬ人物との再開に、二人は目を見開け、驚いた。 真人が問いかける。 「君は愚者さん……ですよね?」 「はい。その通りです。今はストゥルトゥスですが……刻命城の一件ではお世話になりました」 ストゥルトゥスはお礼を言うと、もう一度丁寧にお辞儀をする。 と、セルファが警戒心をもったまま、彼に問いかけた。 「あなたがいるってことは……またなにか企んでいるわけ?」 「いえいえ、滅相も無い。なにも企んでなどおりませんよ」 ストゥルトゥスの答えに、真人が顔をしかめた。 「それは……申し訳ありませんが、信用できませんね。 以前、俺達は君の演技に騙され、舞台へと上ってしまいましたから」 「そうですね。信用などできないのが当たり前です。 ……ですが、これだけは信じて欲しい。愚かな愚者はあの一件を終え、死にました。ここにいるのはただの死人です」 ストゥルトゥスの意味深な言葉に、真人は問いかける。 「……どういう意味ですか?」 「そのままの意味ですよ。死人には意思などはありません。 ならば、目的もあるはずがない。私はただ誰かの意志によって動いている、役者にも成りきれない操り人形ですよ」 ストゥルトゥスはもう一度、腰を深く曲げお辞儀をする。 真人にはそれが、人形劇で出てくる道化の礼のように思えた。 「あとは糸が切れるまで、愚かな道化を演じ続けるだけですので」 「愚者さん、君は……」 「問答は終わりに致しましょう。今の私達は敵同士ですので」 ストゥルトゥスは唇に人差し指をあて、そう言った。 そして、<アボミネーション>を発動し――。 「「!!」」 二人の目の前で、太ももを狙撃された。 それは<アボミネーション>により発せられた、おぞましい気配によるものだろう。 ただ、ストゥルトゥスは<痛みを知らぬ我が躯>で痛覚を麻痺させ、素早く銃弾の飛んできた方向を目にして、 「ハデス様。発見いたしました。場所は――」 ハデスに無線で連絡をとった。