校長室
星影さやかな夜に 第一回
リアクション公開中!
他の戦闘員が倒れていく中、アルテミスは<プロボーグ>を発動し、契約者の気を引き続ける。 狙撃はもちろん来る。けれど、アルテミスはそれを《魔剣ディルヴィング》でどうにか防御し、自分の身を守っていた。 と、その時。 「わらわの相手をしてもらおう」 グロリアーナが<タイタニア>と<ブリタニア>を手に、アルテミスに真正面から斬りかかった。 それでも、突然の攻撃に反応が遅れたアルテミスは腹部に一太刀を浴びる。 「くぅ……! まだまだです!」 アルテミスは魔剣の柄を両手で握り、<ソードプレイ>の技術で斬りかかる。 卓越した剣技は、グロリアーナを押していく。 グロリアーナは<歴戦の防御術>で立ち回り、<龍鱗化>で防御に徹する。 誰が見ても劣勢。 勝っているのはアルテミスで、負けているのはグロリアーナだ。 しかし。 (おかしいです。これでは弱すぎます……?) あまりにも自分に押されているグロリアーナに、アルテミスは疑問を抱く。 と、グロリアーナは後方に跳躍して距離を開き、《フライングボード》にのって逃走を開始した。 「ま、待ちなさい……!」 アルテミスは慌てて、グロリアーナを追いかける。 そして、角を曲がり路地裏の幅が十メートルにも満たないT字路に入ったとき、違和感を感じた。 (廃自動車が一杯……?) そこのT字路では、前の岐路を塞ぐかのように廃自動車が積まれてあったのだ。 グロリアーナはその積まれた廃自動車の前まで来て、立ち止まり、踵を返した。 その表情は追い込まれた者のものとは違い、逆に追い詰めた者の表情だった。 「よくぞかかってくれたな、うつけめ」 グロリアーナは再び二対の剣を構える。 と、共に廃自動車からエシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)が飛び出す。 「なっ!?」 「――眠っていてください」 エシクは<光条兵器>の七支刀、『デヴィースト・ガブル』をアルテミスに振り下ろす。 アルテミスは寸でのところで、刃を魔剣で受け止める。 火花が咲く。金属音が響く。手にしびれが走る。 アルテミスは渾身の力で押し返し、二人と距離を開けた。 「罠、ですか。これは……!」 「ええ。よくぞかかってくださいました」 「殺しはせん。抵抗せぬのならすぐに楽にしてやるぞ?」 アルテミスの目の前で二人は武器を構えなおす。 二対一。圧倒的に不利な状況だ。 しかし、アルテミスは僅かに笑って見せた。 「確かに私は罠にかかりました。けど――」 アルテミスは魔剣の切っ先を二人に向け、続ける。 「罠にかかったのはあなた様方も一緒です」 「……なに?」 「どういうことですか?」 アルテミスは二人の問いかけに、答える。 「私達は狙撃手の居場所を特定しました。 だから、気づかれないよう私が皆様の気をひいていたんです。今ごろはデメテールがそちらに向かっています」 二人の顔に僅かに焦りの色が見えた。 しかし、二人はすぐさま気を取り直し、各々の武器の切っ先をアルテミスに向ける。 「ならば、そなたをすぐに倒して連絡をすればいいだけのことだ」 「ライザの言うとおりです。行きますよ」 二人は地を蹴り、駆けた。 アルテミスは魔剣を振り上げ、高らかに言い放つ。 「邪魔をするなら、このオリュンポスの騎士アルテミスが相手です!」 狭い路地で、三人の激しい戦いが始まった。 ―――――――――― 路地裏の廃ビル。 ローザマリアと大介が狙撃をしているこの場所に、人知れず乱入者が現れた。 それはデメテールだ。 <殺気看破>で二人の詳しい居場所を探り、<隠形の術>で隠れつつ《千里走りの術》で近付いたのだった。 (ふっふーん、十六凪は、スナイパーがいたら優先的に狙えって言ってたよね。これでご褒美はゲットなのだー) デメテールはそう思うと、<疾風迅雷>で力強く地を蹴った。 音に気づき、二人が振り返る。が、それよりも早く、<先制攻撃>による<ブラインドナイブス>を放つ。 《桜花手裏剣》によるローザマリアへの死角から、絶対避けることの出来ない一撃だ。 「ローザマリアさん、危ない!」 大介はローザマリアの前に右手を伸ばす。 直前で間に合った手は、彼女の代わりに手裏剣に当たった。 「痛ッ!」 「ふっふっふー。その手裏剣には<毒使い>で<しびれ粉>を塗ってあるから、受けたら暫く動けないよっ」 デメテールの言う通り、大介の右腕はすぐにしびれて動かなくなった。 しかし、全身に回るまではまだ時間があるらしい。 そう直感で感じた大介はローザマリアに言った。 「逃げてください。ローザマリアさん。 俺が抜けても、あなた一人なら、狙撃は続けられる」 「……ああ、分かった。すまない、大介」 ローザマリアはそう言うと、<光条兵器>をしまい、出口へと向かう。 「むー、そう簡単にはいかせないんだよー」 と、デメテールが振り返った瞬間。 室内を埋め尽くすマズルフラッシュと轟く銃声により、一瞬目が眩む。 そのお陰で、デメテールはローザマリアを見失ってしまった。 「むっむー、死に損ないの癖に生意気なんだよー!」 「……うるさい。右腕一本動かせなくなったぐらいで、無力化したと思うな」 大介は無理やり狙撃銃をデメテールに向ける。 左腕一本。しかも利き手ではないほうだ。それも時間制限つきで。 それでも、大介は逃げられる時間ぐらいは稼げると思い、デメテールに銃口を向けた。 「……むー、ちょっと生意気だぞー大介ー」 「生意気で結構。そのぐらいが戦いには丁度いいんじゃないか?」 「むっむー、怒った。おまえを痛めつけてやるー!」 ダメテールは頬を膨らませ、手裏剣と同じく<毒使い>で<しびれ粉>を塗った《デモニックナイフ》を取り出す。 それを見て、大介は右半身がほとんど動かないのを感じながら、不敵に笑ってみせた。 「かかってこい」 ―――――――――― 「そろそろ潮時ですかね……」 ストゥルトゥスは路地裏に隠れて、ハイ・シェン所縁の地の戦局を見つめ、呟いた。 狙撃は減ったが、オリュンポスの戦闘員も減った。コルッテロの構成員は既に全員負傷していて使い物にならない。 これでは戦闘は混戦となるばかりで、終わったあとにろくにリュカの捜索などは出来やしない。 そう思い、ストゥルトゥスはハデスに無線で連絡をした。 『フハハ! どうした、ストゥルトゥスよ!』 「ええ、ハデス様。そろそろ撤退したほうがよろしいかと」 『フハ!? それは何故だ!』 ストゥルトゥスはハデスに、自分の考えを説明する。 『フハハ! なるほどな!』 「はい。落としどころです。ここで引いたほうが私たちの利益も大きい」 『ふむ……しかしだな。あと少しで契約者共を倒せるかもしれぬぞ?』 「それでは私達の被害も大きくなるばかり。十分ですよ、ここまでで。 無謀と勇気は違います。臆病と慎重も然り。ならば、ここで引くのが一番良いタイミングだと私は考えます」 『……フハハハ! ストゥルトゥスが言うのならばそうなんだろう! 引けぇぇ! 我がオリュンポスの戦闘員達よ! 負傷した者はまだ動ける者が回収するがい……』 ストゥルトゥスは無線を切り、路地裏を歩いて帰ろうとした。 「……おやおや、これまた久しい名優様だ」 「久しぶりやなぁ、愚者」 そう言って立ち塞がるのは、柔和で穏やかな笑みを浮かべる瀬山 裕輝(せやま・ひろき)だ。 ストゥルトゥスにとって彼は前回の事件で出会い、出来るならもう二度とは会いたくない、と思う人物だ。 それには理由がある。自分と同じ匂いがするからだ。 (確かに柔和で穏やかな表情……。 この表情だけを見て、彼が悪人だと思う人間はおそらくいないでしょう。 ──ですが、彼がそういう、わかりやすい意味での悪人かと言えば、一概にそうとは言い切れません) ストゥルトゥスも顔に柔和で穏やかな表情。 奇しくもそれは、裕輝と同じ仮面のような笑顔だ。 (もっとも、少なくとも善人ではない。人はいいかもしれないが──いい人ではない) ストゥルトゥスの思うことは最もだ。 そもそも――いい人、悪い人と言うとき、そこには前提として相手が人間であるというのがある。 だが、その前提が、瀬山裕輝には通じない、適さない。そうこの契約者を一言で表すのなら――。 (――人でなし) ストゥルトゥスは裕輝のことをそう表現した。 人ではないのだから、良くも悪くもない。いい人でも悪い人でもない。善人でも悪人でもない。 『人でなし』というその表現が、それが絶対にあっているという保証はない。 出来る限り、可能な限りの語彙を用いたとすれば、一番近いものはソレである。 (本人に聞けばわかる事でしょうが──あいにく、一番わかってなさそうなのは彼自身でしょうしね) まだ何となく理解が出来るのは、彼と同じ、狂人や同類、またはその類の者達ぐらいかもしれない。 例えば、そう。裕輝と相対するストゥルトゥスのような。 だが、それらの者達、その者達にしたって……彼の立ち振る舞い、生き方、彼の全ては――。 (『人間の振りをして生きている、あるいは人間の真似をして生きている』という風に見えますね……) 「ん? どうしたんや、オレのことジロジロ見て?」 「……これは失礼致しました。ただ、久方ぶりにお会いしたので、懐かしく感じてしまいまして」 (それらを指摘されようが、彼は気にはしないのでしょう。 そう言われようが、どう思われようが──何も感じないのでしょう) 裕輝の表情は仮面だが、心は能面だ。 変化しないし、壊れない。 何も言わないし、表情にも出さない。 (そのクセに、他人や周りからどう思われいるというのには、酷く敏感なのでしょう) 裕輝には、感じねば『いけない事だ』という倫理観が自分の中に強くある。 (本当は何も感じていない故、感じているフリをし。 その演技がバレる事を恐れ、必要以上に振る舞いが倫理的になり、否定的になってしまう。 どうやら周囲と感性が異なるらしい自分が、気づかない内に『常識のない振る舞い』をしているんじゃないかと思っている) ストゥルトゥスは思う。なんて哀れな人だと。 未熟で、半端で、不熟で、生馴で、出来損ない。生まれながらにしての――欠落者。 (鈍感のクセに、異様に敏感。感覚と思考が、噛み合っていない) ストゥルトゥスは自嘲的に笑う。 自分と同じく、どこまでも決定的で、どこまでも致命的に人格が壊れた異常者を見て。 (ああ、本当に彼は――私と同じ種類の人間だから嫌になる) 「……そうそう。 オレはあんたと会いに来ただけやけど、あんたと話したいって人がおるんや」 (このように考えるのは終わりにしましょうか。自分も惨めになってしまう) 「はい? そのような奇特なお方が?」 ストゥルトゥスは首を傾け、わざとらしく裕輝に問いかけた。 裕輝も大げさに笑みを浮かべて、答える。 「ああ、そうや。おるんやな、それが。 ……それじゃあオレはお邪魔になるから、どっか行くわな」 裕輝はそう言うと、ストゥルトゥスの元から去っていった。 入れ替わりにやって来たのは、長尾 顕景(ながお・あきかげ)だ。 (ああ、どうしてこの人まで――) ストゥルトゥスは顕景とも出来れば出会いたくなかった。 それは顕景だけが、自分が思考を全く読めない、極めて不明瞭な人物だったからだ。 「……お久しぶりですね。いつぞやの傍観者様」 「ははっ、傍観者か。確かに君はあのとき、舞台にあがってしまったからね」 顕景はあの時と同じように、曖昧な笑顔を浮かべた。 「久しい奴がいるようだと思ってはいたが。まさか、君がこの舞台に参加しているとは思わなかったよ」 「そうでしょうか。私は死人ですので、誰かの意志によって動かされます。 ならば、誰かの望みとしてあがることはあるかもしれない。……そういう貴方様はどうなのでしょうか?」 「私か? 私はいつも通り。やる事も成す事も決まっている。それ以上もそれ以下もない。 強いて言うならば、ただ一つ……「私も舞台の参加者になっている」というぐらいかな?」 その言葉に、ストゥルトゥスは驚き目を丸くした。 その顔を見て、顕景は可笑しそうに笑う。 「何も驚く事は無い。必要性も無い。 君が以前に、そして今回行った事を、偶然にも同じ事態になっているだけに過ぎないのだ」 「ふふふ……全く喰えないお方ですね。貴方様は」 「ははっ、それはお互い様ではないのかい?」 二人はお互いに小さく笑う。 そして、顕景は肩をすくめて、言った。 「それにしても……やれやれ、今度は人喰い勇者か。世間とは狭いものだな」 「おや、人喰い勇者のことをご存知で?」 「ああ、少しだけだけどな。意外だな、君は知らないのかい?」 「ええ。私は百年そこそこの若輩者ですので」 「そうか。なら、楽しみにしておくといい。今回の結末を」 顕景は星影さやかな夜空を見上げる。 建物と建物との間で切り取られた空には、光が全く見えてこない。 「私も参加者になってしまったんだ。 それはそれで楽しませていただくとしようかな。……ああ、そうだ」 顕景はストゥルトゥスに問いかける。 「君は今のところ、今回の劇の結末はどうなると思う?」 「そうですね。一人の観客としての立場でこの劇を見るというのなら――」 ストゥルトゥスは顎に手を添え、静かに語り出した。 「恐らく、このままでは復讐劇になるかと」 「……ほぅ。君にとって、その劇は何流だい?」 「一流ですよ。舞台は最高に近い。 復讐劇としての脚本はありがちですが――役者が良い。至高と信じております」 ストゥルトゥスはそう答えると、深く腰を折り丁寧な礼をした。 「それでは、宴もたけなわですが、ここでお別れと致しましょう。 ……それではまた、お会い出来る日を楽しみに待っております」 そう言って、ストゥルトゥスは闇に溶け込むかのように消えていった。