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【戦国マホロバ】参の巻 先ヶ原の合戦

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【戦国マホロバ】参の巻 先ヶ原の合戦

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第三章 鬼の望郷

【マホロバ暦1190年(西暦530年) 6月30日】
 東方(あずまがた)――



 マホロバ歴1188年に日輪 秀古(ひのわ・ひでこ)によって葦原 総勝(あしはら・そうかつ)が滅ぼされると、鬼城 貞康(きじょう・さだやす)は領地を鬼州国(きしゅうこく)から東方へと移した。
 これは鬼城家の力を恐れた秀古による東方移封とされていた。
 しかし、その間も鬼城 貞康(きじょう・さだやす)は、秀古の目を逃れて領地開拓に精を出すことができた。
 結果、250万石とも300万石ともいわれる土地を手に入れることができたのである。
 それに伴い、貞康の居城は東方へ移され、母である鬼子母帝(きしもてい)もそれに従っていた。

「いや〜、白姫さんがいて助かった。俺様と鯉君だけだったら、不審者と思われて追い出されたじゃ〜ん」
「む、それがしを巻き込むな。怪しいのは光一郎、お前だけだ。なんだ、その衣装は!?」
「なんだと、エロい人の制服というのに……! 今日のために花も薔薇のティーセットも用意したじゃん!」
「ただの変態コスチュームプレイではないか!」
「お二人とも、どうぞお静かに。鬼子母帝(きしもてい)様がお見えになります」
「へーい」
「はーい」
 樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)がやんわりとたしなめ、南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)は口をつぐんだ。
 二人が後ろ手に薔薇のティースプーンで牽制しあってるのを白姫は見ないふりをした。
 やがて侍女に付き添われて、鬼子母帝が現れた。
 まじりっけのない黒く長い髪に、透き通るような白肌。
 赤く紅を引いた唇。
 着物の上には、たくさんの宝珠が連なった首飾りを下げている。
 三人は許しを得て、顔を上げた。
「わらわに大事な話があると申すはそなたたちか」
「はい。わたくしは鬼城家に縁あるものです。本日は、鬼子母帝様と母と子についてお話をしたいと思い、参りました」
「わらわと? 鬼城家に縁あるものと申したが、わらわはそなたを知らぬが」
「遠い、遠い先のご縁でございます。子をなくすことになった母を哀れと思って、聞いてくださいませんか」
 鬼子母帝様は少し考えて、白姫の話を聞くことにした。
「……我が子を襲っている不幸は、過去の因縁でございます。多くのお子をお産みになられた鬼子母帝様でしたら、どの子も等しく可愛くお想いでしょう。それが例え、一人の子によって他の鬼の子達が変わってしまおうとも?」
「そなたの話はよくわからぬ」
「鬼鎧をご存知でしょうか。鬼城 貞康(きじょう・さだやす)様が天下を取られるうえで、一千の鬼の子達が鬼鎧と化してしまうと……」
「それは、まことか」
 鬼子母帝は身を乗り出した。
 黒い刺繍が顔を覆っており、下半分しか見えないが、美貌の持ち主であることが推測される。
 白姫は、鬼子母帝は貞康の母と聞いていたが、その若々しい容貌に驚かされた。
 光一郎も同じである。
「ん、何かお心当たりでもあるのかな?」
 光一郎はティーカップを指先でくるくると回した。
 鬼子母帝をリラックスさせるために、話の内容とはうらはらに優雅さを装う。
「鬼一族が鬼城家を頂点とするなら、他の鬼はどうなんだ。まさか木の股から生まれるわけでもあるまいし……そこんとこどうなの? 貞康の父親は?」
「なぜそのようなことを聞きたがるのです」
「いや、ちょっとしたラブロマンスさ。鬼城家代々の男が血の濃さを維持するために、近親の血族同士が結ばれるとか妄想しちゃったりして!」
「話して聞かせることは何も。鬼城の大殿は立派な方でした」
 でも、否定も肯定もしないんだな、と光一郎は考えた。
 鬼子母帝はわずかに動揺しているかのように見える。
「コイバナだからといって良い話とも限らん。それがしも、こい多き男として武勇伝のひとつやふたつ……」
 聞かれもしないのにオットーが立ち上がり、恋愛話に入り込もうとする。
「もし、もしも腹を痛めて産んだ子全て失われるとしたら、貴殿はどうするだろうな? その原因をつぶそうとするか、または世界そのものを変えようとするか……たとえば、扶桑の樹を別の世界樹ユグドラシルに委ねるとか……?」
「わらわは、そのような妄想話には付き合いきれませぬ。鬼一族は、何にも代えがたい血の固い結束で結ばれていますゆえ」
 鬼子母帝は席を立とうとした。
「長寿を預かる一族をどうやって生き永らえさせるか。寿命の短い人間が理解などできないでしょう。悪いことは言いません。お帰りなさい」
「いやまだ大奥の狂気となる原因も聞いてねーし。あ、大奥ってのはずっと先の話で、貞康さんが作った泰平の世なんだけど……って、おおい!」
 いつの間にか長刀を抱えた侍女に囲まれている。
 鬼子母帝は再度、忠告した。
「子の誤りを正すのが親の務め。そなたたちには関わりのないこと。立ち去りなさい」
 鬼の母は自分に言い聞かせるように独り言をつぶやいていた。
「やはり貞康殿は鬼一族の自覚を忘れ、人に近づき過ぎている。でなければ、このような人間が鬼に意見するなど。ここへなど来るはずがない……」
「待ってください、鬼子母帝様。わたくしは関わりがあるのです。その鬼の血を引く子を、あの子には何の咎がもないのに。わたくしは、たとえ自分とは違っても子が考えて望んだ道なら、それを受け止めてあげようと思います。それが、子の成長。親の願いではありませんか?」
 白姫の訴えもむなしく、彼らは城の外へ出された。
 門兵からは、命があっただけでもありがたく思うようにと言われた。
 外で鬼鎧蒼炎鬼と共に白姫の戻りを待っていた土雲 葉莉(つちくも・はり)が飛びつく。
「はわわ! 大丈夫でしたか、ご主人様!?」
 落胆したのか口数の少ない白姫を何とか励まそうとする葉莉。
「ごめんなさい、葉莉。わたくしは、ここまで来て何も……」
「そうがっかりすることないじゃん、白姫さん」
 光一郎の黒い肌に白い歯を光せて言った。
「みなよ。何かがあわてて飛び出していったじゃん。あれは葦原国の方角だよな。もしかしたら、鬼鎧を確かめに行ったのかもなー」
 鬼と鬼鎧、そして朱天童子と鬼子母帝の関係が明らかになれば、手の打ちようがはっきるするかもしれない。
 光一郎はそういった。



「殿……」
 訪問者が去った後、鬼子母帝は先代の鬼城家当主の位牌に手を合わせた。
 貞康の父親である
 戦国な不幸なめぐりあわせで、共に過ごした時間はわずかであったが、貞康という希望を残すことができた。
「殿のお望み通り、貞康殿は強い男子に育ちました。鬼一族の手による天下統一が夢ではなくなったのです」
 先代の鬼城家城主は、鬼州国統一を遂げた先君と比較され続けた挙句に唯一の城を他国に取られ、息子も人質に取られ、ついには家臣に斬られて死んだ。
 凡庸な君主、愚かな将とのそしりを受けたこともある。
 鬼子母帝はただ、戦国の世に君主として生まれたことが不運なだけだったと思う。
 心根は優しい男であった。
「殿はいつもご自分の弱さ、ふがいなさを嘆いておいででした。ですが、鬼一族の直系が滅びずにすんだのは殿のおかげ」
 それ故に貞康の言動が許せなくもある。
「貞康殿は人々のため天下泰平の世を作るといいます。そこに鬼の世界はあるのでしょうか。人間に味方するあまり、五千年前、マホロバを統べいた鬼一族の誇りを忘れてるのではないのでしょうか。でなければ、仲間であり兄弟である鬼が、人間の道具にされようとするのを黙って見過ごすはずがありません」
 鬼鎧は、彼女に並みならぬ衝撃を与えていた。
 それに何の手立ても講じない貞康にいらだちを覚える。
「止めさせなくては。鬼が命を捨て、ただの鉄の塊になるなど……お力をお貸しくださいませ」
 やりきれない母の想いがあった。

卍卍卍


「あのころはまだ……取り戻せた」

 時の狭間で鬼子母帝は嘆いた。
 彼女はまた『殺されなければならない』のか。
 何度も何度も繰り返し――
 最期に見たものは、貞康の握った刀が振り下ろされる瞬間だった。