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【戦国マホロバ】参の巻 先ヶ原の合戦

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【戦国マホロバ】参の巻 先ヶ原の合戦

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第四章 先が原2

【マホロバ暦1190年(西暦530年) 8月15日】
 東軍――


 小山評定ののち西へ向かう最中にも、貞康は寝る間を惜しんで書状を書いている。
 西軍の武将へ向けて助力を乞うものだ。
 その中には、葦原国へ宛てたものもあった。
 そこへ、母鬼子母帝(きしもてい)が鬼城陣営を訪れる。
 貞康は驚いて、何事かと尋ねた。
「お見事でございます、貞康殿。いよいよ天下は近こうございますね」
「いや、あれは鶴殿の知恵をかりたもの。うまくいくかは大博打でござった。しかし、ここは母上が来るようなところではござらん」
「ひとつ聞きたいことがあります。鬼鎧(きがい)をご存じか」
「それは、葦原国が作ったという鉄の鬼のことでございましょう。それが……何か?」
「何とも思いませんか」
 戦場に母が訪れるのもおかしいが、ずいぶんと奇妙なことを聞くものだと貞泰は思った。
 それもいつも冷静かつ温和な鬼子母帝には珍しく、焦りのようなものを感じる。
「隠密を葦原に送ってわかったことです。鬼が人間の道具にされようとしているのですよ。鬼一族を率いるものとして、そのような暴挙を見逃してどうするのです」
「わしに黙って隠密ですと!? 何のために? 母上、鬼鎧は味方じゃ。人も我らに味方してくれた。ともに泰平の世を築くためには必要なのです」
「人と鬼は違うのです。貴方様がいかに苦労して世を築かれても、寿命が違います。長寿、この能力に勝るものはないのです。それを……みすみす捨てるとは……」
 鬼子母帝は、貞康に鬼一族としての責を忘れるなと説いた。
「貞康殿の中に流れる鬼の血脈をお忘れか。その血は……貴方様だけのものではないのです。いささか、人に近づきすぎたのではないですか」
 しかし、決戦を前に、母のそのような言葉は貞康には届かなかった。
「この数万の兵を見てもそう思われるか。彼らは、鬼城に味方するといったのじゃ。わしは……彼らのためにも必ず勝たねばならん」
「鬼を、兄弟を犠牲にしてでもですか?」
「母……上?」
 貞康は鬼母を何とかなだめ、説き伏せ、仕舞には強引に国に送り届けた。
「大きな戦を前に、母上は神経が高ぶっておられるのだ。ご静養されるとよい」
 家臣によって厳重に見張りをつけられた籠の中で、鬼子母帝は肩を震わせていた。
「人はすぐに死ぬ。そして争い続ける。彼らのための泰平の世など、無駄なことを……なぜ、それがわからないのです」
 鬼城家のため、鬼一族のために耐えに耐え、忍び、人の争いに翻弄されながら生きてきたはずの貞康が、いつの間にか人の世づくりのために一族を犠牲にして戦っている。
 彼女には、西へ向かう行軍が、自滅の道を歩んでいるように見えた。