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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第2回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第2回/全4回)

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【錯綜する思惑:2】


 そして、その件のクローディスは、傍でぴりぴりする空気に肩を竦めていた。
 といっても、明確な敵意の類ではなく「意識している」程度のものではあるが。
「要人の邸宅の中だ。妙な真似はお互い控えてくれよ?」
「もちろんです」
「わかってるよ」
 早川 呼雪(はやかわ・こゆき)相田 なぶら(あいだ・なぶら)が、対照的な表情で言うのに、無理も無い話だ、とクローディスは苦笑した。
 呼雪のパートナーであるヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)から、事前にテレパシーを受けているクローディスの方は事情を知っているが、遺跡龍の中で対立者として相見えたばかりなのだから、意識するなというのも難しい話だ。
 この部屋に通される前に、ヘルが寄越して来たテレパシーによれば、呼雪たちはどうやら、ラヴェルデが、セルウス達を妨げる存在と繋がっているのではないか、と疑っているようだ。
(当のナッちゃんはジェルジンスクに行ってるんだろうけど、あーんな寒い所は行きたく無いんだもん)
 ヘルの言葉に、軽く肩を揺らしてクローディスは小さく笑う。
「私たちの護衛、という立場に甘んじてもらうのは申し訳ないが、その分好きに使ってくれ」
 あちら側の思惑はどうあれ、こちら側での自分の役割は、君らが動くための「名目」だからな、と続けるのに、呼雪は頷いた。同じく頷きながらも、複雑なところに溜息を吐き出したなぶらに「溜息などついている場合ですか」と叱咤したのは、彼のパートナーのフィアナ・コルト(ふぃあな・こると)だ。
「なぶら、貴方も超絶下っ端とはいえ龍騎士団員の一人。選帝神の方に失礼なんて絶対にあってはならないのですよ。解ってますね?」
「はぁい」
 姉のようにとくとくと言い聞かせるのに、なぶらがのんびりと答えれば、再びぴっとフィアナの声が飛ぶ。
「既に荒野の王の前でもあるのですよ。気を引き締めなさい」
「はいはい」
 そうしている内に、ラヴェルデが到着したようだ。皆が腰を上げるのを待って侍女が扉をあけると「お待たせしてしまいましたな」と案外に気さくな声が掛かった。
 入ってきたのは、豪奢な服に身を包む、恰幅の良い壮年の男だった。貫禄はあるが、領主と言うよりは豪商と呼んだほうが印象は近く、顔の造作は兎も角、荒野の王と並ぶと親子のようにも見えなくもない。まぁ座って、と男――ラヴェルデが勧めるのに従って、何人かが腰を降ろした中「すみません」と声をかけたのは東 朱鷺(あずま・とき)だ。
「この部屋に、結界を張る許可をいただけませんか?」
 選帝神、そして荒野の王、と、名も姿も知れた要人の多く集まっている部屋だ。名と姿さえあれば、遠隔攻撃できる呪詛は十分に脅威です、と、護衛でもない自分がこの部屋に居る理由を示すべく続ける朱鷺に、ラヴェルデは頷いた。
「では、お願いいたしましょう、ええと……?」
「陰陽師の朱鷺、と申します」
 名乗った朱鷺に、改めてお願いすると告げたラヴェルデは、その結界の準備が終わるのを待って室内の面々を見回して軽く頭を下げた。
「お招きしておいて申し訳ないが、我が国は全土を挙げて喪に服している最中ですのでね……何のもてなしもできないが、この邸を我が家と思って、寛いでください」
 そう言って侍女たちに茶やら菓子やらを整えさせながら、視線を荒野の王へとやると、客人にするのとは僅かに目線と口調を変えて「それで」とラヴェルデは口を開いた。
「先日の遺跡での報告を聞かせてもらおうかな」
 凡その状況などは全て把握しているのだろうが、本人から直の報告を受けていないのか、そう問いかけたラヴェルデに対して、荒野の王は相変わらずの尊大な調子を変えるでもなく「報告書の通りだ」とすげなく言った。
「遺跡は、エリュシオンに進出する前に処理した」
 処理、と言えば聞こえはいいが、ようは破壊だ。僅かに顔色を変えた者達の機先を制するように、ラヴェルデは大げさな身振りで、自身が客人として招いたクローディスに笑いかけた。
「その件では、皆様のおかげで、我が国への危険が未然に防がれました。まことに、有難いことです」
「大袈裟です。結果的に解決されたのは、こちらの荒野の王のブリアレオスの功績でしょう」
 いくらか皮肉の混じった言葉に、荒野の王が片眉を上げる。
「そうでもない。小型龍の関係では世話になった。さしもの余とて、あの量を一人で容易く片せはせんからな」
 一応シャンバラ側を立てるような物言いではあるが、その裏に不可能ではなかったが、と言う言葉が透けて見える。自身の強さへ絶対の自信を持った様子に、朱鷺が目を細める中、荒野の王は続ける。
「遺跡崩壊後、国内でアンデット騒動はなりを潜めている。やはり、あの遺跡が地脈を狂わせたのが原因と見て間違いないであろうよ」
「良くやってくれた」
 ラヴェルデは満足そうだが、クローディスを含めて何人かは微妙な顔だ。それを受けて、ラヴェルデは苦笑しつつ、ぎしりと椅子を鳴らし、取り繕うように「とはいえ」と肩を竦めた。
「いまだ安定とは程遠いようだがな。我がオケアノスも、事の絶えん」
「何処もかしこも、似たようなものだ。大帝の崩御した今、ますます乱れるであろうよ」
 言う割りに興味のなさそうな荒野の王は、なればこそ、と初めて笑うように口の端をあげた。
「余が一刻も早く皇帝に座し、安定へ導かねばならんのだ」
 妙に説得力を感じさせる台詞に、ラヴェルデは頼もしそうにしつつも苦笑を深めて「そうもいかんよ」と首を振った。
「気持ちは私も同じだ。だが逸るな。いずれにせよ、選定の儀はまだ少し先だ。今は足元を固めねばならん」
「……その件で、少々伺いたいのだが」
 不満げに眉を寄せる荒野の王が口を開くより早く、そう口を挟んだのはジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)だ。クローディスらとやや異なり、バージェス地方選帝神、ラミナ・クロスの配下として、客人の立場でこの場に招かれているのである。自身は今のところ荒野の王が皇帝としてふさわしいと認識している、と告げた上でジャジラッドは続けた。
「選定の儀とやらでは、過半数の承認が必要と言うが、選帝神は必ず一人の候補者しか承認できないのだろうか?」
「……と、言うと?」
 ラヴェルデが興味深そうにその質問に首を傾げるのに、ジャジラッドは説明した。
「他の選帝神が、セルウスを評価する可能性もある、ということだ……そうなれば、皇帝が二人並び立つことも、あるいは可能かもしれん」
 特にアルテミラ地方の選帝神であるアルテミスは、シャンバラとの繋がりが深くアルテミスは地球人と契約を結んでいる。セルウスが力を示せばセルウスも評価するだろう。皇帝が並び立つことが出来れば、争う必要性もなくなる、と可能性を示唆した上で、掌を組んできしりと上体を前へ傾けた。
「この時勢に、皇帝を二分した戦いとなるのは、防がねばなるまい」
「……ごもっともです」
 頷きつつも、ラヴェルデの表情は微妙な笑みだ。
「しかし、それは適わんでしょう。詳しくは申せませんが、行われる選定の儀で、承認の証しを立てられるのは一度きり、そして承認は取り消せませんのでね」
 それに、とラヴェルデは自信ありげに荒野の王を見やって笑みを深めた。
「ご心配には及びません。次期皇帝は、この荒野の王……ヴァジラに決まったようなものですからね」
「それはまた、何故?」
 ローグ・キャスト(ろーぐ・きゃすと)が思わずと言った様子で問いを口にした。次期皇帝候補と名高い荒野の王ではあるが、「承認」を明言しているのは、実のところはラヴェルデのみである。ジェルジンスク地方のノヴゴルドに至っては、選帝神としての立場としての意思は、表明すらされていないのだ。そんな状態でのこの自信はなんなのか。
 その問いはその場の皆の問いでもあったが、ラヴェルデは余裕の表情で、さも当然というやや大げさ気味な挙動で両手を広げて見せた。
「このラヴェルデから見ても、ヴァジラの資質は明らかです。他の選帝神の評価もそれは認めておりますし、それが信頼と変わるのも時間の問題と言えるでしょう」
 演技がかって見えなくも無いが、いくらかはアピールのつもりがあるからだろう。それを見抜かれているのも承知の上なのか、ラヴェルデは続ける。
「このエリュシオンに今、必要とされているのは、まさに彼のような力です。セルウスという少年も候補の可能性があるとは聞きますが、まだあまりに頼りない。貴殿のおっしゃるとおり、帝国を二分させる無益を、他の選帝神が理解できぬはずがありませんよ」
 その発言に「あのう」と控えめに声を上げたのは、二人の会話を邪魔しないように(?)もしゃもしゃと茶菓子を頬張っていたアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)だ。
「えーっと、この度はごしゅ、ごちゅ、ごちゅ…ご中傷様です」
「ご愁傷様、ですヨ」
 アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)が即座にツッコミを入れるのにこほんと咳払いして「ちょっとお聞きしてもいいですか?」とアキラは口を開いた。
「基本的なことなんですけど、そもそも選帝神って何人で、過半数って何人なんですか?」
「そうですね……」
 その問いにラヴェルデは、壁にある地図を示して、七つの地方それぞれの領地と選帝神を説明すると、ただ、と付け加えた。
「現在、カンテミールの選帝神は不在ですのでね……他に候補者がなければ、三名で事足りるでしょう」
「三名……ですか。えっと、アスコルド大帝は確か、全員一致で皇帝になったんですよね?」
 その言葉に、ふと、ラヴェルデは妙な間を空けて「そうです」と頷いて続ける。
「今回の状況と同じですよ。帝国は力ある皇帝が求められていました。そんな中で選帝神同士が争うのは愚の骨頂ですからね。内外にも一致団結しているところを見せる必要もありましたし」
 政治的な判断だったのだと言わんばかりのニュアンスに、何人かが引っかかりを感じて視線を交し合う中、ううん、とアキラは尚も質問を続ける。
「じゃあ、えーっと、キリアナさんが荒野の王さまを迎えに来た時、大帝が候補者を呼ぶように命じたって言ってましたけど、他に遺言か何かは残されてなかったんですか?」
 特に、その子供であるアイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)やレンについてのことや、その反応について尋ねると、ラヴェルデは首を振った。
「言葉としての遺言は、何も確認されておらんのです。まだ、帝国内も慌しい有様ですのでね……」
 内部の問題だからだろう、曖昧に濁すラヴェルデに、これ以上は聞いても無駄かな、と、次の質問を捜して唸ったアキラが首を回すと、アリスはじ、と荒野の王を見つめていた。
「……何か」
 その視線に訝しがる荒野の王に、その名に反して少年と言った姿の故か、アリスは砕けた調子で首を傾げた。
「荒野の王様は何歳ナノ?」
 唐突な質問に、皆が目を見開く中、荒野の王もまた僅かに目を瞬かせはしたが、咎めるでもなく「さあな」と肩を竦めた。
「余自身も知らん。興味も無いのでな」
 今度はその回答に皆が目を瞬かせていると、他には、と促されてアリスは続ける。
「アスコルド大帝はパン屋さんだったワ。荒野の王サマは魚屋さんだったノ?」
「……く、っく」
 頓狂な問いに、思わず、と言った様子で荒野の王は喉を振るわせた。
「生憎と、不正解だ」
「じゃあ、何だったノ?」
 首を傾げたアリスに、荒野の王はふ、とその目を細めて「秘密だ」と妙な笑みを浮かべた。


 その後も、質問を続けるアキラたちと、それを面白がっているのか面倒がっているのか、適当にはぐらかし始めるのを、護衛然と壁際まで下がったまま、荒野の王を観察するように眺めていたのは叶 白竜(よう・ぱいろん)だ。その隣で世 羅儀(せい・らぎ)も同じく会談の様子を眺めていたが、こちらは、ちらりとクローディスの方を窺った白竜の視線を何か勝手に勘違いをしているようで「やっぱり大事な人は自分で守りたいよねえ」と一人納得した様子で頷いている。
「……?」
 その意味が判らない、と言った様子で首を傾げた白竜に、さりげなく距離を寄せたのは氏無だ。表情こそ普段どおりではあるが、僅かばかりぴりっと何かしらの緊張がそこにあるのを見て、白竜はそちらに視線を向けないままその言葉を待っていると、潜めた声が白竜に問うた。
「どう見る?」
「行動力や決断力……資質に関しては、十分だと思います。が……半面で脅威を感じます」
 間近で見た荒野の王の力。その際でのクローディスに対する行為を考えると腸が煮えくり返るが、実際にその力は凄まじく、酷く暴力的な印象が強い。多くの神々を従えるエリュシオンの皇帝としては相応しいかもしれないが、それが果たして国内のみに使われる力なのか、と懸念が尽きない。氏無も似た印象を持っているようで、頷いて視線をラヴェルデ、そして荒野の王へ向けて目を細めた。
「資質は間違い無いし、実力的な不足も無い……ただどうしても、引っかかるんだよ」
 独り言のように言って、問題は、と更に声を潜めた。
「あまりに唐突過ぎるんだよ、表舞台に出てくるのがね」
「調べるべきは、ラヴェルデと荒野の王が、どうやって繋がりを得たのか……ですね」
 教導団情報部の持つ情報網にも引っかかってこなかった。そして屋敷の中でも、詳しいことを知る人物は本人を置いて他に無いようだ。
「流石に年季が入ってるって言うか……一筋縄ではいかない相手みたいなんだよね」
 いつに鳴く鋭い目が、ラヴェルデに向けるのを堪えるように伏せられる。
「一般人のルレンシア女史を招く必要も、本来無いはずだからね。万が一を常に想定してるんだとしたら……ちょっと面倒なことになりそうだねぇ」
 独り言のように続く言葉に、羅儀と二人ちらと顔を見合わせ、白竜は頷いた。氏無が何を警戒しているか、悟ったからだ。
(ルレンシア女史には、出来るだけ荒野の王にくっついておいてくれるよう頼んである。目を離さないでいてくれると助かるよ)
(了解)
 羅儀がテレパシーに応じると、氏無は近寄ったのと同じように、さりげなく離れて行ったのだった。