校長室
【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第3話/全3話)
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●シャッタースター グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は無人の階段を昇る。 らせん状になっている、グランツ教ツァンダ支部の階段を。 「Ρは無事に学園に戻れただろうか」 ふと彼は足を止めて、ローラ・ブラウアヒメルのことを思った。 「ワタシ、前のグラキエス、大好きだった。だから、これからのグラキエスも、好きになれる、思う」 あの夏の夜、そう告げた彼女の表情が忘れられない。その後、我が身を犠牲にしてまで今回の事件の黒幕を追った彼女の行動力も。 ローラ……いや、以前の自分の呼び方に従って『Ρ』のそばにいてやるべきだったのだろうか。 しかし、グラキエスは己が行動を起こすに至った経緯を思い出す。 ――ここまで大っぴらに事を起こす位だ。連中は恐らく学園に直接手を下すつもりだろうが、あそこなら彼女は一人ではない。 ――俺の力は結局、破壊するためだけのもの。 ならばこの力を皆を守るために使おう。本拠地に乗り込みカスパールと対峙し、必要ならこれを打ち倒そう。これが己にとって最適の行動だ。 これなら、キースたちも許してくれるだろう。 やがて階段の途上で彼は、カスパールと相まみえた。 「あなたがカスパールか」 カスパールが上、グラキエスは下。 自然、見下ろされる格好となる。 「いかにも……ですわ」 カスパールの口調には棘があった。彼が何者か知っているのだ。 「玄武の剣に抵抗しながら、ここを突き止めたのはあなたでしたわね。グラキエス・エンドロア」 「その通りだ」 グラキエスは龍銃ヴィシャスを抜く。 いや、抜いたと思ったときにはすでに発射していた。 「……っ!」 肩を撃ち抜かれ、カスパールは表情を一変させた。 「……説得する気なんてないと言うわけですか」 「俺ができることは、破壊だけだ」 今度は足を止めるつもりで、グラキエスは二発目を撃った。 ブラックダイヤモンドドラゴンの爪から作られた弾丸が、螺旋の回転を描きながら飛んだ。この弾丸は勢いがある分、人体を撃てばかなりの確率で貫通する。弾丸はカスパールの腿を貫いて壁に突き刺さる……はずだった。 「私に、二度同じ攻撃は通用しません」 額に汗を浮かべながらカスパールは唇を歪めた。 そればかりか手から青白い焔を発し、グラキエスに投じて壁に打ち付けたのである。炎はその温度より、重さで彼を打っていた。痛みと衝撃でグラキエスの背は滑り、壁にもたれて床に座り込む格好となる。 「攻撃無効……絶対防御か」 肋が軋んでいるような感覚がある。折れているかもしれない。 「どうとでもお呼びなさいな。あなたには計画を狂わされた恨みがありますのでね、それなりにお返ししてさしあげますわよ」 だがカスパールは階段から降りず、ぱっと身を翻して途中のフロアに消えた。 駆け足が聞こえる。 「エンド、なぜ私たちを置いて先に行きましたか」 ロア・キープセイク(キース)だった。それに、無言だが冷たい存在感を放つウルディカの姿もある。 「つーかグラキエス、お前の頼り方は間違ってる!」 腹を立てているようで大股に歩み寄ってくるのはロア・ドゥーエだ。 すでにロアの身は、人であって人にあらざる存在へと変貌を遂げている。頭に生えるは角、口からは鋭い牙がはみだし、手にはグリズリーのように長く凶暴な爪が出現していた。 魔獣形態だ。ロアが魔獣化することで得た鋭い五感、とりわけ嗅覚が、グラキエスの発見を早めていた。 野獣の目でグラキエスを睨みつけながら、ロアはグラキエスの胸ぐらを掴んで立たせた。長い爪が、グラキエスの襟元を突き破る。 「本当に俺らのこと頼るんなら俺らも巻込めよ!」 「だが俺は……」 「『だが』は禁止だ! どんだけやばい奴だろうと、一緒に傷付いて苦しんで、最後は一緒に笑う! これだろう!」 「彼の言う通りです。エンド」キースも詰問口調だ。「なぜ君は自分の身をかえりみないのですか。それに、君を想う私たちの気持ちはどうでもいいのですか」 グラキエスはしばし黙っていたが、やげて床を見つめながら言った。 「……すまなかった」 「謝ったのなら許す!」 ぱん、とグラキエスの背を叩いてロアは鼻を鳴らした。 「逃げても無駄だ、カスパール。その匂いは覚えたからな」 これでやる気が高まったのか、ロアは階段を駆け上っていった。グラキエスも一緒だ。 続こうとするキースの袖を、レヴィシュタールが掴んでいた。 「さて、仲直りも終わったところで……キース」 レヴィシュタールはやや遅れて到着し、それまで黙って彼らのやりとりを見つめていたのだ。 「何でしょう」 元来、レヴィシュタールはあまり大声を出さないほうだが、このときはさらに一段階、声を落としていた。 「このようなときに言ってすまんが、一度貴公らとロアの関係を聞きたい。貴公はロアの素性を知っているように見えるからな。 ……ロアのグラキエスに対する執着は何か特別な物を感じる。それこそ、自分の命すらグラキエスのために使いそうにも思う」 「今、ここで知りたいということですか?」 「いや、今でなくていい。これが終わったら、聞かせてもらいたい」 「ではいずれ……とだけ言わせていただきます」 これで合意が成立したか、キースとレヴィシュタールは飛ぶようにしてロアとグラキエスを追った。 ウルディカはずっと一言も口にしなかった。 誰が知ろう。その心情を。 ――嫌な予感がする。 ウルディカは無表情に務めていた。おそらく自分が、この一行でもっとも不安のさなかにあるということを知られないために。 ――あれは戦いをやめないだろう。だが、もしより強力な魔法を使い続ければ……。