校長室
【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第3話/全3話)
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●ルビコン 通路の途上で、また一人カスパールを求める姿があった。 「カスパール!」 「アルクラント」 ベレー帽を被った長身の男が小走りで近づいてくる。それと、彼のパートナーが三人。 彼女は、彼……アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)のことだけは敬称をつけず名前で呼ぶ。 それは友情ゆえなのか。 男女間にあらわれる特殊な感情に由来するものなのか。 いずれにせよ、世間一般のものとは種類が違うようにエメリアーヌ・エメラルダ(えめりあーぬ・えめらるだ)は思う。 ――カスパールとアルクって、何か……どこが、とはいえないんだけど何か似てるところあるのかもね。 だからこそ――ある種の諦念もあった――二人は互いにその意志を曲げらない。心が混じり合うことはないだろう。 エメリアーヌは、哀しいほどにそのことが理解できていた。 「アルクラント、私に会いにきてくれたのですね」 「ああ」 そのときカスパールはコウたちを振り返り、こう言ったのである。 「今から数分だけ、彼と二人きりにしてくださりません? 差し向かいでお話ししたいのです」 「差し向かいって、私たちも抜きってこと!?」 心外という風にシルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)が詰め寄ったが、 「そうです」 躊躇なくカスパールは認めた。 眉を怒らせシルフィアはアルクラントを見たが、 「すまん。遠慮してくれ」 彼女の期待に反し、アルクラントもそう言い放ったのである。 「あのねアル君! 本人を目の前にして悪いけど、この人は……」 「マスターの好きにさせてあげようよ」 このとき完全魔動人形 ペトラ(ぱーふぇくとえれめんとらべじゃー・ぺとら)が止めなければ、シルフィアはどんな言葉を口走っただろう。 「ね、シルフィア。マスターを信じようよ。マスターなら、きっとこんなわけの分からないこと、止めさせてくれるよ!」 「アルク、あんたの帰り道は必ず私が照らしてあげる」 まだ興奮気味のシルフィアを制するように、エメリアーヌが進み出た。 「だから、後ろは気にせず『いき』なさい」 エメリアーヌはそれだけ告げると、アルクラントの返事を求めようとはしなかった。道を開けて、どうぞ、と言った。 「『いって』らっしゃい、マスター!」ペトラが手を振る。 だがまだシルフィアは不服顔だ。エメリアーヌの気持ちが、ペトラの気持ちが、そして誰よりアルクラントの気持ちが……理解できない。 ――アル君はいつも根拠がよくわからない自信に満ち溢れてて……今回も、カスパールに『勝つ』自信があるみたい……だけど。 私の気持ちだって考えてくれたっていいじゃない、そう叫び出したいのをシルフィアは必死で堪えた。 カスパールが会議室へアルクラントを招き入れ、アルクラントは入って扉を閉めた。 普段はこのように机も椅子も片付けられているのだろう。グランツ教のセミナーに使う大部屋はがらんとしている。 その中央で二人は立ち止まった。 「カスパール。きみとの対話はなぜだかとても寂しくて、そして少しだけ楽しかった。 ……だからこそ、今このときに、この場所を目指したのかもしれない。彼女の瞳に宿る意思を知るために」 「同じ気持ちですわ、アルクラント。あなたと話すのは、楽しかった」 「これで終わり、なのか」 「その質問については、あなたが一番よくわかっておいででしょう?」 「……今日は、戦うつもりだ。もう言葉を交わすだけでは済まない」 それを聞いてもカスパールは髪をかき上げて、謎めいた笑みを浮かべただけだった。 「きみに通常の銃は効かない。そう聞いた」 「よくご存じで」 恋人のように二人は向かい合う。 「だが弾は用意した。ただ一つだけ……私の魂だ」 「魂?」 アルクラントが突きつけた銃口は、カスパールの左胸を狙っていた。 「この銃はライジング・トリガーという。竜の角で作られた弾丸を使う特殊なものだ。これであれば、きみを傷つけることができると思う」 「おそらく、おっしゃる通りになるでしょう。その種類の武器には経験がありませんもの」 けれど、と言って、互いの吐息がかかるほどの位置までカスパールは彼に近づいた。 「あなたに引き金が引けて?」 「必要なら」 アルクラントは安全装置を外した。 「きみの、人としての答えを聞くことはできるだろうか。人が歩むための信念。偽りなき名を。グランツ教のマグス、カスパール、ではない、一人の人間の名を……」 「カスパールは本名ですわ」 カスパールは両手で銃を握り、しっかりとその先端を自分の左胸に押し当てて固定した。 まるで、撃つのであれば外すなとでも言っているかのように。 「ですがファミリーネームについてはお許し下さい。されどもしそこまで、どうしても知りたいというのであれば」 潤んだような瞳で彼女は言った。 「アルクラント、他のパートナーたちと別れ、私と共に来ると約束して下さい。そうすれば私はあなたに、私のすべてを捧げましょう……。私が何者であるか明かすのは、その約束と交換です」 「……」 アルクラントの銃口は、彼女の足元に向けられた。 「沈黙が回答であると、思っていいのですね」 カスパールが少し、悲しげに目を伏せたのをアルクラントは見逃さなかった。 彼女は歩き、一度立ち止まって目を拭ってから扉を開いた。 「彼との話は終わりました。みなさん、お入り下さいまし」