天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第2回/全3回)

リアクション公開中!

魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第2回/全3回)

リアクション

 クリスタルに閉じ込められた剣と謎の美女が埋まっていた洞窟まで、ふもとの村から徒歩約2時間といった距離だった。
 昨日歩いたツアー用の道とは全く違い、こちらは山岳地帯で、比較的なだらかな斜面ではあるものの、曲がりくねった道が山に沿って続く。
 木陰はない。白茶の土と岩が転がっているだけだ。
 山頂へと続くその道を、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)はふんふん鼻歌まじりに歩いていた。昨日と同じく上機嫌ではあるが、十分休養と睡眠、食事をとったおかげかあのハイテンションさはない。
 頭の上にはアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)がいて、うつぶせになり、ほおづえをついている。その面は空と同じく晴れやかだ。
「いー天気ー! ぽかぽかして気持ちいいし! 今日も山登りには絶好の日だなっ」
 両手をバンザイして、うーんと伸びをするアキラに
「ぬ〜り〜か〜べ〜」
 と、後ろをついて歩いていたぬりかべ お父さん(ぬりかべ・おとうさん)があいづちを打つ。荷物のほとんどは宿の部屋に置いてきたので、かなり軽装だった。
 ぬりかべお父さんはほとんどの場合において「ぬ〜り〜か〜べ〜」としかしゃべらないが、そのイントネーションは驚くほど豊かで、彼もまた、この山登りを楽しんでいることが分かった。
「あーあ。隊長も来ればよかったのに」
「しかたないネ。ツアーの報告書書き忘れてたっていうんだかラ。でも、終わったらスグ追いつくって言ってたシ」
「だよな! じゃあ俺たちで隊長が来る前に、すっごいことしちゃおうぜ!」
「タトエバ?」
「うーん、そうだなあ……あの美女を目覚めさせるとかっ?」
「それイイネ!」
「だろ?」
 などなど。楽しく会話しながら尾根を渡り、次の山へ。
「あっ、アキラ、あっちネ!」
 やがてアリスが髪を引っ張って、目ざとく今通りすぎたばかりの斜面を教える。そこには、昨日彼らが目印として斜面を上がった岩があった。
「おっとっと。こっちか」
 急ぎ戻って、今度は下へ。ざざざと砂煙を上げながらすべり下りて行く。
「さあマリー、危ないですからね。お義父さんにつかまって」
 ルイ・フリード(るい・ふりーど)が振り返り、マリオン・フリード(まりおん・ふりーど)へと手を差し出した。しかしマリオンの手は道中ずっとシュリュズベリィ著 セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)にとられていて、セラは放そうとしない。その目は思いっきり懐疑的な視線をルイに送っている。マリオンはとまどい、ルイとセラの間で視線をきょろきょろさせていた。
「い、いやですねえ、セラ。マリーを落っことしたりしませんよ」
 セラの視線が何を言わんとしているか感じ取って、ルイは冷や汗を垂らす。
「……どうでしょうか。昨日の今日ですからね」
「だからそれは昨夜謝ったじゃありませんか」
 それはもう一生懸命、平身低頭土下座して。前髪があったら床との摩擦ですり切れちゃうくらい。
 しかしセラの方からすると、今もそうやって愛想笑いを浮かべてセラのご機嫌をとろうとしている、そのぴんぴんした姿が憎らしい。あんなにマリーを泣かせて……セラだって、目撃した衝撃のあまり血の気がひいて、指から感覚がなくなるくらいだったのに。
 そんな思いをさせた当の本人がこれとは。いっそ足の骨の1本や2本、折ってくれていた方がまだマシだったかもしれない。
 セラはくるっと後ろを振り向いた。
「ガジェットさん、マリーを乗せて行ってあげてください」
「えっ!? 吾輩がであるか?」
 まさか自分に振られるとは思ってもみなかったと、目をぱちくりさせているノール・ガジェット(のーる・がじぇっと)の手に、かまわずマリオンの手を握らせて斜面へ追い立てる。
「さあさあ行きましょう。洞窟はすぐそこですよ」
 マリオンはちらちらと後ろのルイを気にして見ていたが、結局はセラの指示するまま、おとなしくガジェットに抱かれて下へ下りていった。
(セラの感じたショックは全然そんなものじゃなかったんですからね。数十分の1でも思い知ればいいんです!)
「さあ行きますよ、ルイ」
「はい…」
 ルイはしょぼんとセラに従った。



 崖下のしげみを抜け、今度は道なき道を歩いて岩場へとたどり着く。
 昨日ルイが開けた洞窟の入り口からなかへ。太陽の光が届かない奥は真っ暗で、長い通路をコオオ……と風が吹き抜ける空洞音がしている。
「昨日もそうだったケド、なんだか不気味ヨネ」
 アリスが光術を用いた。小さな光がふよふよと真上に上がる。それを見て、光術を使える者たちが次々と発動させ、あかりをつくった。一瞬で炸裂し、まばゆい光となって敵の目を焼くのと違い、この光は小さく光量が抑えられている分長時間保てる。
 いくつかの小さな光の玉でぼんやりと明るくなったうす暗がりのなかを、2列になって進んでいく。外気と比べて洞窟の奥から来る風は冷たく、空気はひんやりしていた。なんとなく、水気を含んでいるような気がして、水に敏感なラッコの獣人マリオンは鼻をひくつかせる。
「……こんなの、昨日はあったかなぁ…?」
「どうしたんです? マリオン」
 手をつないで歩いていたセラが、マリオンの歩みが遅くなったことに気付いて立ち止まる。マリオンが答えようとしたときだった。
「うおおおおおおおおーーーっ!?」
 突然切羽詰まった大きな叫び声が前方の闇から響いてきた。
「大丈夫かえ? 泰輔」
「何やねん? あれ。耳キーンなったわ」
 讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)の横で大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)が耳をおおうように押さえて文句を言う。その後ろで、ルイがつぶやいた。
「何やら緊迫している声でしたね…」
 まさかまたエッツェルでも出たか!?
 昨日の今日で、その場にいたほぼ全員の頭中をその疑念がよぎる。
「みんな、急ぐで!」
 泰輔が脱兎のごとく飛び出して、その後ろに全員が続く。岩壁にぶつかったり蹴つまずいたりしないよう気をつけつつ、できるだけ急いでクリスタルのあった広間のような空洞目指して突っ走った。
 彼らがたどり着いたとき、そこにいたのは向かいがわの壁と床の境に開いた真っ暗な穴を覗き込むアリスとぬりかべお父さんだけだった。
 アキラがいない。
「あれ? さっきの声、アキラくんじゃなかった?」
 ティナ・ファインタック(てぃな・ふぁいんたっく)がきょろきょろとうす暗い空洞内を見回していると、穴のなかから白い手がにゅっと伸びてきて、縁の岩をがっしと掴む。
「きゃああっ!」
「どうしたのティナ!?」
 正反対の方を見て捜していたミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)が、悲鳴に驚いて振り返った。
「あ、ああ、あれっっ」
 ティナが震える手で指差した先。
「あ、……あー、びっくりした! 寿命が100年分縮むかと思ったっ」
 這い上がってきたのはアキラだった。
「翼の靴履いてなかったら、即死してたぞ、これ」
「ヨカッタ! 生きてタ、アキラーッ!」
「うわ! ばか! 顔をおおうなっ! 見えねーーーっ」
 ようやく立ち上がった直後、顔面にぶつかってきたアリスに押されて後ろへよろめいたアキラは、また穴へ落ちそうになる。それを、ぬりかべお父さんがそでを掴んで阻止した。
 どう見てもぴんぴんしていて、どこかけがを負っている様子はない。
「……なんだ、アキラくんか」
 ティナがほっと息をついた直後。
「うそなのっ!?」
 アキラたちが今立っている場所が、まさに昨日クリスタルがはまっていた場所だったと気付いた及川 翠(おいかわ・みどり)が目を見開き、あわてて駆け寄った。
「翠?」
 後ろにミリアやティナ、サリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)が続く。翠は先ほどアキラが這い出てきた穴の縁に手をかけて、身を乗り出すようにして穴を覗き込んだ。
 ただの穴じゃない。本当に地の底に続くかと思われるくらい真っ暗闇だ。穴の大きさはちょうどクリスタルがあったくらいのサイズで、ここだけ陥没している。
「あ、穴っ? で、ででででもっ、おっきなクリスタルが、昨日はここにちゃんとあってっ」
「翠、落ち着いて」
「クリスタルがどこにもないの〜〜〜っ」
 ここにたしかにあったのに!
「ええ、そうね。私も覚えてるわ」
 プチパニを起こしている翠を抱き寄せて、よしよしとミリアは頭をなでる。
「ミリア、これって…」
 サリアがぎゅっとミリアのひじのあたりを引っ張った。そこから小さな震えが伝わってくるのを感じて、ミリアがそちらを向く。
「私にも分からないわ。見たところ、岩からはがれて崩れてしまったみたいだけど」
「昨日発見されたとき、そのような兆候があったのでしょうか?」
 今朝方遅れて彼らに合流したマルティナ・エイスハンマー(まるてぃな・えいすはんまー)がつぶやいた。彼女も周囲の者たち同様、壁と床にぽっかり開いた穴にとまどってはいるが、クリスタルを見ていないせいか、比較的動揺は少ないようだ。
 ミリアは考えてみる。
「なかったと思うけど……ごめん、覚えてないわ。女性が入ったクリスタルの方に意識が向いてて。
 ティナ、あなたはどう?」
 ティナも首を振った。
「覚えてない。でも、そんな危険な兆候があったら、反対に覚えてたと思う」
「そうね」
「だれかが昨夜のうちにここから運び出したということは考えられませんか?」
「……無理なの」
 ようやく落ち着いてきた翠が答えた。
「クリスタルは大きくて……3メートルくらいはあったの。すごく重そうだったし。あの入り口をくぐるのは無理なの」
 それを確認するように、マルティナは空洞の入り口をあらためて見た。入り口は縦がせいぜい2メートルそこそこで、横幅は1メートルそこそこ。しかも通ってきた道はここまで1本道だったがまっすぐではなかった。幅も広かったり狭かったりで、3メートル超えの物体を運び出したのなら、その形跡が残っていて当然。
「では、やはりここから崩落したと考えるのが妥当でしょうね」
 落ちないよう気をつけて下を覗き込む。何も見えない、どこに底があるかも分からない闇。
 冷たい風は下から吹き上がっていた。
 くんくん。マリオンはまた鼻をひくつかせる。
「やっぱり水のにおいがする。この下、きっと水だわ」
「水だけ? 何かやばそうなにおいとかしない? 例えばモンスターとか」
 サリアの言葉に、マリオンは首を振った。
「ないみたい。きれいな水のにおいしかしないわ」
「アリス?」
「――んっ。危険なガスとかもないみたいネ」
 籠手型HC弐式で毒物探知を行っていたアリスが答えた。少なくともHCで探知できる範囲内では有毒なものは反応していない。
「もしそんなのあったラ、落ちたアキラは今ごろ死んでたかもネ!」
 落ち着いて、笑いとばす余裕が生まれたか、アリスはアキラをからかう。
「皆さん、どいてください」
 セラが光術で大きめの光の玉を作り出し、穴へ投げ込んだ。光の玉はゆっくりと落下していって、やがてかすかに流れる水面らしきものを映す。
「あそこですね」
「お姉ちゃん、お願いなの」
 翠の呼びかけに、ミリアがこくっとうなずいた。
「きなさい」
 主人ミリアの召喚に応じて、足元の影から体長3メートルはあろうかという巨大な黒狼が2頭飛び出してくる。
「さあ、行くわよ。しっかりつかまってて」
 黒狼に2人ずつ騎乗して、4人は穴へ飛び込んだ。
 セラの光の玉は水面近くで浮かんでいる。人の目にはぼんやりとしか周囲が見えなくても影に潜むものである黒狼には十分なのか、岩壁にあるでっぱりを足場として飛び移りながら危なげなく下りて行く。
「よーっし! 俺たちも下りるぞ! クリスタルの美女救出だ! 行くぞ、アリス! お父さん!」
「ゴーゴーネ!」
 翠たちの姿を見て、アキラがあとを追って飛び出した。同時に光術を使い、自分の周囲を明るく照らす。
「ではわたしたちも行きましょう。頼みますよ、ガジェットさん」
「もちろんである。――ところでルイ殿、ほんとーーーーーーに美女だったのでありますな?」
 セラの様子をうかがいつつ、知られないようこそっとささやく。
「ええ。銀の髪の、とても美しい女性でしたよ。歳のころは20代半ばといったところでしょうか」
 それを聞いてガジェットのやる気度スクランブル発進並に急上昇。
 きらーーん。目の輝きが倍増する。
「吾輩、今回の事件ではシリアスにいかせてもらうでありますよ!」
 爆発はナシで! わが愛する美女のために!
「立った! フラグが立ったよ!」
「しっ。マリー、あおってはだめです。すぐ調子に乗るんですから」
 あんなばかは爆発でも何でもしてればいいと思うが、そうすると現実問題として修理費に家計がまたも火の車になってしまう。これ以上食費が圧迫されるのは、育ちざかりのマリオンのためによろしくない。
 セラは氷雪比翼を用いて浮かび上がると、マリオンを抱いてゆっくりと安全に下まで下りていった。
「自分たちも行きましょう。あれほどのクリスタルを持ち上げるには自分たちの力は微々たるものかもしれませんが、ないよりはましというものでしょう」
 縁に手をかけたアルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)に手を差し伸べた。
「えっ? あっ? ……あ。そ、そう……なのですぅ」
 まだ現状についていけず、動転が静まっていなかったルーシェリアは目をぱちぱちさせながらも反射的、アルトリアの差し出す手をとろうとする。
 そこに佐野 悠里(さの・ゆうり)が待ったをかけた。
「待って、師匠、お母さん! オズおじさんにこのことを教えるのが先よ!」
「悠里ちゃん」
「それに、みんなが下りて行っちゃったら、もし下で何かあったとき困るわ。だれかが上にいないと」
 悠里の言うことが正しい。下に何があるかも分からない状態で下りて行って、それこそ予想外の落盤でも起きたらだれがそのことをほかのみんなに知らせるのか?
 アルトリアは手を横に下ろした。
「悠里殿のおっしゃるとおりです。自分が浅慮でした」
「悠里ちゃん、すごくたのもしいのですぅ」
 母親として、ルーシェリアがうれしそうな笑顔で頭をなでてきて、悠里も思わず笑顔を返した。
「早く戻りましょ!」
「ええ」
「オズ殿……途中で出会えると一番いいのですが…」
 3人は空洞を出て、宿までの道のりを引き返して行く。
 その背を、顕仁が見送っていた。
「顕仁、何そんなとこでぼーっと突っ立ってんねん。もう俺らだけやで?」
 泰輔が穴を覗き込みつつ顕仁を呼んだ。
 ゆっくりと顕仁が振り返る。泰輔の言うとおり、この空洞にいるのが自分たちだけなのを確認して、それでもどこにあるかしれない耳を警戒するように、泰輔に身を寄せささやいた。
「泰輔、そなたは気付かなんだかえ?」
「え?」
「ほら、ここじゃて」
 顕仁はそっと泰輔の手をとり、岩壁に入った亀裂の一部へ導く。
「これが?」
「刃の入ったあとに相違なかろうよ。このような跡はこれまでにも幾度も見てきたのでな。間違いないわ」
 言われて、そう思って触れてみると、たしかに両刃が減り込んだ跡ととれなくもなかった。
「じゃあこの崩落は人為的に起きたっちゅうわけか? けんど、なんのためや?」
「さあ。それは分からんよ。我とてこの地へ来たのは今日が初めてゆえ。
 しかし泰輔、ここにクリスタルとやらがあるのを知っていたのは、あやつらと、そしてオズトゥルクという男のみ」
「まさか?」
 仲間のコントラクターのだれかのしわざと思いたくはない。そんな意識の働きで、泰輔は直感的に今朝会ったオズトゥルクを一番に思い浮かべる。
 直後、ぶるると頭を振ってその考えを追い出した。
「あり得ん。あの人はこの国の要人や。その人がなんでそないことする必要があるんや。しかも俺らがここ行くいうの、知ってたんやで?」
「さあてね。知ったところで何もできぬと考えたのやもしれぬ」
 泰輔は食堂での朝食の光景を思い出した。
 セルマやルーシェリアたち、みんなに囲まれて親しげに笑っていた。アキラも彼のことを「隊長」と呼んで、楽しそうに話しこんでいて…。
 その人を、証拠もなしに悪く思いたくない。
「……いや。昨日、あいつらはエッツェルに襲われた言うとった。あいつが夜のうちにここ来て、悪さしたいう可能性もある」
「ああ。それも考えられるね」
「ええか? この跡のことは言うてもええけど、あの人疑っとるんは黙っとけ」
「証拠を掴むまでは、ということか」
 穴へ向かう泰輔を見つつ、顕仁はそでで隠した口元でくくっと笑った。