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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第2回/全3回)

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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第2回/全3回)

リアクション

 通信を終えるのを待って、ティナマルティナに近付いた。
「セルマさん、何て言ってたんです?」
「イルルヤンカシュが暴れているそうです」
 マルティナは簡潔にセルマから聞いた話を説明する。ティナは最初のうちこそうろたえていたものの、話を聞いているうちに落ち着きを取り戻し、マルティナの判断に同意した。
「そうね。今の私たちにできることはないわね」
「はい。このことを皆さんにお伝えするのを手伝っていただけますか?」
 ティナが持っていた翠の銃型HC弐式・Nに、取得した地形データを移しながら訊く。
「分かったわ。任せて」
 そう言って、ティナはまずたちの元へ向かった。足元は濡れた岩がごろごろしていたが、光術によって生み出された光の玉たちとセラエノ断章が召喚したフェニックスのおかげで暗闇はかなり解消され、支障なく歩けるほど明るくなっている。そこではミリアが召喚獣たちを呼びだして、何事かを話し合っていた。
 そして、そこからそう離れていない場所では、ラッコの獣人だからもぐって探すと主張していたマリオンが、ルイたちによって断念させられていた。雪解け水は氷のように冷たく、手を沈めればまたたく間に感覚を失う。しかもこの激流だ。押し流され、川のなかに点在する岩に激突しかねない。マリオンをそんな危険な目にあわせるわけにはいかないと。
 同じような理由で、泰輔もペンギンアヴァターラ・ヘルムを放っての水中探索は断念せざるを得なかった。水の冷たさには強いが激流に挑むには軽すぎて、破壊されないまでも身動きがとれなくなる危険性があったからだ。
 マルティナは彼らの後ろに見える川の方へ視線を移す。まるで大雨で増水した川のようだった。逆巻く水の流れが岩にぶつかり、穿つ音が止むことのない轟音となって痛いほど耳を打つ。地獄の番犬もかくやと思うほどだ。下で水が流れていると聞かされていなかったら、猛り狂った無数のモンスターが待ちかまえていると思っただろう。これならクリスタルを押し流してしまったというのもうなずける。
(でも、聞いたところによるとクリスタルはかなり巨大だったようだから……貼りついていた岩壁の重さも考慮して、推定でもトンはいくわね。そうすると、一気に下流まで押し流されるとは考えにくい…)
 まだ大事には至っていない、きっと間に合うと、無表情の下で波立った心を静めつつ、マルティナはレン・オズワルド(れん・おずわるど)たちの元へ向かった。
「イルルヤンカシュが…?」
 マルティナから聞いた内容に、ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)は絶句した。
「分かった。知らせてくれてありがとう」
「いいえ」
 やはりレンの持つ銃型HC・Sにデータを転送すると、軽く会釈をしてマルティナはアキラたちの方へ向かう。
 レンは振り返り、ノアを見た。
 昨日からノアがイルルヤンカシュにかなり感情移入していることに気付いていたレンは、ノアが動揺しているのを見て、かすかに同情的な視線を送った。
「レンさん、銀の魔女さんを助けてください!」
 悲痛な声で、ノアはレンに訴える。
「あのクリスタルに閉じ込められてた女の人が、きっと銀の魔女さんなんです! イルルヤンカシュはクリスタルがなくなったことに気付いて、それで探して……見つからなくて、泣いているんです!
 あの絵本のとおりなら、魔女さんがいなくなったらイルルヤンカシュはひとりぼっちになっちゃいます! だからレンさん! 絶対に、絶対に、彼女を助け出してください!! せっかく長い長い眠りから覚めたのに、待っていたのが大切な人との別れなんてあんまりです!」
 すがるように両手のこぶしがレンの胸に添えられた。
 「あれは絵本だ、うのみにするんじゃない」そう言うのはたやすい。レンは昨夜アガデの都に滞在中の者たちから得た情報も勘案し、もう少し現実的で真実味のある推論を立てていた。だがそれを言ったところで今のノアは納得しないだろう。
 だからレンは「分かった」と言うにとどめた。
「必ず見つける。だからノアは、地上で待っていてくれ」
「地上で?」
「そう遠くまで流されていないとは思うが、この深さと暗さでは不安定な足場で数トンの物体を持ってここまで戻るより、真上に上げた方が効率的だ。今のところ人が通るには不都合はなさそうだが、この先どんな細道になっているかも分からない。確保したら知らせるから、ノアは上にいる者たちと協力してクリスタルを受け取ってくれ」
「分かりました。私、ずっと、ずっと、レンさんたちからの連絡を待っていますから!」
 翼の靴でふわりと浮き上がると、ノアははるか上に見える洞窟のあかり目指して昇って行った。
「メティス、おまえも行ってくれ」
「私もですか?」
 自分はレンと捜索するのだとばかり思っていたメティス・ボルト(めてぃす・ぼると)は、わずかに驚いた表情でレンを見返す。
「今のノアを1人にしておきたくない」
「たしかに。先ほどの彼女は少々感情的になっているようです」
「ああ。だがノアの言うこともあながち間違ってはいない。イルルヤンカシュはクリスタルの異変を察知して暴れているんだろう。なぜ分かったのかは分からないが…。
 昨日、イルルヤンカシュは岩壁を突き抜けるようにして消えたそうだ。その奥に洞窟があり、クリスタルがあった。クリスタルとイルルヤンカシュは無関係じゃない。クリスタルが見つかればイルルヤンカシュも静まるかもしれない、というのはおそらく正しい。
 クリスタルは俺たちが必ず見つける。おまえはノアと2人で待機していてくれ」
「分かりました。では、これをお持ちください」
 メティスは普段、愛用の「鉄の処女(アイアンメイデン)」を持ち歩くのに使用している牢獄要塞の首輪を持ち上げた。本来これは牢獄で罪人を拘束するのに用いるものだが、首輪には最大20メートルまで伸びる鋼鉄の鎖がついている。
「クリスタルを発見したとき、持っていますと有用かもしれません」
「ああ。ありがとう」
 レンが受け取るとメティスは軽く会釈をして、ノアのあとを追って飛び去った。



「お姉ちゃん、急ごう?」
「そうね。
 みんな、準備はいい?」
 黒狼に騎乗したミリアは、サリアを自分の前に引っ張り上げると周囲の者たちを見渡した。
「じゃあ探索に出発よ! 足場が不安定だから、けがに気をつけてね」
 探索者全員が元気よく返事を返して、思い思いのアイテムを手に探索を開始した。
「よーし! いっくぞー!」
 トレジャーセンス発動。アキラは突き出したこぶしの下でアル君人形ストラップをプラプラさせて、ぬりかべ お父さん(ぬりかべ・おとうさん)を従えまるでダウジングのようにしながらひょいひょい身軽に岩の上を跳んでいく。頭の上で鼻歌を歌っているアリスの手元には、捜索アイテム・アクアバイオロボットの制御装置があった。
「元気やなぁ」
 苦笑しつつ、泰輔もトレジャーセンスを発動させた。
「さあ行くで」
 顕仁に合図を送り、連れ立ってアキラたちとは川をはさんで反対側の川べりへ。
「ガジェットさん、今どちらですか。……ええ、はい。ではそちらへ向かいますので、一度合流しましょう」
 ルイは先行しているノールとテレパシーで会話をしながらマリオン、セラ、レンたちとともに向かう。
「さあ。いよいよあなたにがんばってもらうときがきたわ」
 ミリアは手を伸ばして、召喚したリヴァイアサンの首と思われるあたりをぽんぽんとたたいて励ました。
 水中活動に最も適した巨大な海蛇型の召喚獣であれば、この程度は乗り切れるとの算段だった。ただ、惜しむらくは知能の点か。
「クリスタルが見つかったら、見失わないように発信機をつけてもらいたかったんだけど……無理よね」
 残念そうに首を振る。
「おねーちゃん。見つけたあとで、つけるといいよ。なんだったら私がつけてあげるの」
 翠の言葉にうなずいて見せて、ミリアは黒狼の脇腹を軽く蹴った。
「出発!」



 彼らは注意深く進んでいった。
 人間の耳とは不思議なもので、最高の調整装置とも言える。鼓膜を打って痛いほどだった水音には、すぐに慣れてしまった。
 地形データにより、人が通れないような穴や極端に狭い支流は論外として排除した。足場は場所によってはほとんど水没していたり、子どもの足では飛び移るのが困難なほど間隔のあいた場所もあったが、互いに手を借りあい、協力して乗り越えていく。
 そうして目ぼしい支流を手分けして探索しつつ下っていくと、やがてあきらかにリヴァイアサンの動きが変わった。
 それまでは、まるで雲海を泳ぐ龍のように川のなかをアーチ型に移動していたのが、ある場所でぴたりと止まり、そこでぐるぐると8の字を描くような動きを始める。
「あそこかしら?」
 激しく水しぶきをあげるリヴァイアサンにティナが目をこらしていると、アキラや泰輔たちがそろってキョロキョロと周囲を見渡しだした。
「この辺りじゃないかと思うんだよなぁ……アリス?」
「ンンっ。ちょっと待ってネ」
 アリスは液晶を覗き込み、アクアバイオロボットが送ってくる映像の照度を上げたり分析を始める。そしてリヴァイアサンの重なりながらうねる体の向こうに、きらりと水面からの光を反射する物を見つけて、快哉の声を上げた。
「あそこネ! 暗くてよく見えないケド、何か岩に引っかかってるみたいヨ!」
「よし。俺がもぐって見てこよう」
 レンは泳ぐのに邪魔な上着を脱いで、セラへ手渡した。
「私も一緒に行きますっ」
 マリオンが駆けだして横に並ぶ。
「マリー!」
「マリー殿!?」
「大丈夫! あの海蛇さんのおっきな体のおかげでこの辺りの流れはゆるやかだし、冷たいのも、短い間なら大丈夫だからっ!」
 心配そうに自分を見る3人に、マリオンはにっこり笑って心配ないと手を振ると、その証拠と言うようにさっさと川へ飛び込んでいった。
「安心しろ。俺も行く」
「頼みます」
 不安げなルイにうなずいて、レンもまた、不死者のコインを口に水へもぐった。
 マリオンの言うとおり、リヴァイアサンの体が壁となって水の流れをある程度弱らせてくれていた。しかしポータラカインナーをまとっていても、じわじわと圧迫するような凍気がむしばんでくるのが分かる。
(5分がせいぜいか…。しかし5分あれば、十分だ)
 ラッコの獣人の本領発揮、水を得た魚のように張り切って泳ぐマリオンは、ついてきてと言うようにレンの周りをくるくる回って先導していく。藍色を深めた地下水流の底、砂礫に3分の1ほど突き刺さるようにしてクリスタルがあった。
 傾いたクリスタルの表面に手で触れ、泥を払う。
 水面から届く光術の光に照らされたクリスタルのつくる陰影のなか、心地よい夢でも見ているかのように安らいだ微笑を浮かべた女性の横顔がそこにあった。
(間違いない、彼女だ)
 マリオンに手とうなずきで合図を送ると、彼女に手伝ってもらいながらレンはメティスから受け取っていた牢獄要塞の首輪の鎖を引き出してクリスタルに巻きつけた。
 そうする間もクリスタルはぐらぐらと揺れて、再び流れていきそうな気配を見せている。
「これを引っ張ってくれ」
 川から上がったレンは鎖の端をルイに手渡した。もぐっていたのはほんの数分だったが、もうくたくただった。しばらく休まないと回復できそうにない。水に濡れて重い体を引きずるようにして、引き揚げ作業の邪魔にならない場所へ行って腰を落とすとテレパシーでノアを呼ぶ。セラは彼に上着を返すと、同じく水から上がってきたマリオンをねぎらいながら彼の横へと座らせた。
 一方、彼の意図を理解したルイは力強くうなずき、鎖の端をノールにも持たせた。
「ガジェットさん、いきますよ」
「心得たである」
 2人はタイミングを合わせ、鎖を引いた。しかし水底のクリスタルはとてつもなく重く、ぴんと張った鎖はぶるぶる震えるだけで動かない。それを見て、アキラがとびついた。熾天使化により光の翼が現れる。
「お父さん、出番だ!」
「ぬ〜り〜か〜べ〜」
 アキラの呼びかけに応じて、ぬりかべお父さんがちぎのおたけびを上げながら鎖を握る。イアペトスの灯が反応した。
「ぬぎぎぎぎぎぎーーっ」
「アキラ、がんばるネ! アリス、応援してるカラ」
「よっしゃ! やるか!
 おいみんな、力貸してんか!」
 泰輔の呼びかけで、全員が鎖を手にとった。ミリアはさらにバハムートやフレースヴェルグなど召喚獣を呼び出して手伝わせる。
 全員が一丸となって引いたことで鎖は徐々に動き出した。
「影が見えてきましたよ。皆さん、あとひと息です」
 先頭で引いていたルイが、水面の下の黒い影を見て言う。
 先に地形データを分析していたマルティナが鎖から離れ、機晶ロケットランチャーを天井に向けて撃った。ロケットは上の暗闇に向かってまっすぐ飛び、目標位置に命中する。ドンッと重い爆発音がして、岩が崩れる音がした。ぽっかり小さな穴が開き、光が内側にそそがれる。
 そこから真下に向け、一条の閃光が差し込んだ。レンの誘導で地上を来たメティスが放った曙光銃エルドリッジの光だ。光術の光で明るいつもりでいた洞窟内だったが、やはり目が慣れただけだったようで、みんなの目にはその光がとてもまぶしく映る。
「あそこが地上だ」
「では一気に持ち上げてしまいましょう」
 ノールをはじめとし、グラビティコントロールを使える者たちが一斉にクリスタルにかけた。水面の影だったクリスタルは重力の枷から解かれたようにどんどん上昇し、水面を越えて上へと昇っていく。
 そのまま、上で待ち受けているノアやメティスの元へ向かうかに見えたのだが。
 突然後方より現れた影が無防備な彼らを襲った。
 超霊の面をつけた女性がサバイバルナイフで彼らを切りつけながらクリスタルへ向かって走る。
「うわっ!」
「きゃあ!」
「何者です!? ――はっ」
 驚き、振り返りろうとしたルイの視界で、宙のクリスタルがぐらりと揺れた。重力の干渉により再び川へ落下しようとしている。
「くっ…!」
 急ぎ鎖を掴んで川岸へ寄せようとした、次の瞬間。
 どこからともなく投げつけられた機晶爆弾で、鎖が断ち切られた。
「――くうっ!」
 爆風から身をかばうルイの前、クリスタルは水しぶきをあげて着水した。
「邪魔するのはだれなの!」
 怒った翠が機晶爆弾の飛んできた方角へ向けて我は射す光の閃刃を飛ばす。光の閃刃は岩壁に食い込み、犯人へ当たることはなかったが、そのわずかな光で一瞬相手の面を照らした。
 残念ながら見えたのは、悪魔のようなおぞましい苦悶の表情を刻んだ超霊の面だったが。
 謎の敵はさらなる攻撃を発することなく、周囲の闇へ消える。
「クリスタルがまた流れていっちゃう!」
 ティナが悲痛な声を上げた。
 敵はこれが目的だったのか。
「そうはさせないんだからっ!」
 流れていくクリスタルを見たサリアが、川岸を並走した。追い抜いたところできょろきょろ周囲を見渡し、適当な向こう岸へ向けて機晶爆弾を投擲する。爆発音がして、川のふちに穴があいた。
「お姉ちゃん、あそこへ押し込んで!」
「分かった!」
 サリアが何を考えているか察して、ミリアは召喚獣たちを向かわせる。
 しかし、敵の方が一手早かった。
 彼らに切りつけた謎の女性がクリスタルに飛び移り、カタクリズムによる力の風で召喚獣たちを阻むと同時にサリアのあけた穴に入りそうだったクリスタルを強引に動かして、元の流れへ戻した。
 そして自身を、クリスタルに残っていた鎖と戦乱の絆を用いてクリスタルに縛りつける。
 襲撃から、すべてがあっという間の出来事だった。無事見つけることができた安心から警戒心が緩んで、クリスタルの引き揚げ作業に集中しきっていた一瞬の隙を狙われた。
「なんちゅうこっちゃ…。せっかく見つけたってーのに」
 呆然と泰輔はつぶやくが、もうクリスタルは彼らの手の届く域を抜けてしまっている。追いかけようにも探索と引き上げ作業で彼らは疲労していて、すぐには動けなかった。傷の手当てもある。
 彼らの前、クリスタルは謎の女性とともに再び下流へ押し流されていく―――。