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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第2回/全3回)

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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第2回/全3回)

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 セレンフィリティとセレアナが目にしたものを、師王 アスカ(しおう・あすか)たちも目にすることになった。
「なんだ、あれ?」
 そしてやはり絶句した松原 タケシ(まつばら・たけし)は、くるっとアスカに向き直る。
「やばいよ、ありゃ。おれたちでどうこうなるやつらじゃないって! もどろーぜ!」
 対するアスカは――少なくとも表面的には――全く動じている様子はなかった。
「どうこうしたいなんて思ってませんわぁ」
「んじゃ、なんでここにいるんだよ?」
「もちろん、お話をするためよ〜」
 そこでタケシは「ん?」となった。
 よくよく見ると、アスカは何も持っていない。ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)蒼灯 鴉(そうひ・からす)ホープ・アトマイス(ほーぷ・あとまいす)と、3人とも武装解除してしまっている。
 いつの間にか、リーレン・リーン(りーれん・りーん)まで。
「え? あれ?」
「さあさあタケぽんも、こんなのポイしちゃいましょーね〜」
 と、タケシの腰の剣も、剣帯ごとポイっと捨てた。
「いや、そりゃいーけど、おれはさ。けど、おまえはいいのか? 鴉。相手、あれだぞ、あれ」
 タケシが指差している巨大な幻獣を見て、鴉は眉をしかめた。
「不本意だがしかたない。いざとなれば初撃の盾ぐらいにはなれるさ」
 ルーツはと視線を彼に移したが、ルーツも見るからにあきらめの表情でため息をついていた。
『ねえちみっ子、俺をまとったら? どうせばれないし』
 ルーツに正体を知られたくないホープは、今日も紙袋をかぶってのスケブとペンによる筆談である。
「だめだめ〜。ばれないからしていいってことにはならないわ〜。信用してもらいたかったら、ずるはなしよ〜」
『だけど』
「っていうか、それだったらあんたがついてく方がよっぽどアスカのためになんないんじゃない? まるっきり犯罪者、不審人物よ、これ」
 つんつん。リーレンが横から紙袋をつっついた。
「ここに残ったら?」
 ニヤリ。
「うるさいな、黙ってろよ、リーは!」
 紙袋の下を少し持ち上げ、声にならない声で噛みついた。当然リーレン以外には聞こえていない。イーっと歯をむき出したり、舌を出したり。まるきり子どものケンカ状態の2人の様子には全く気付かず、アスカは言葉をつなぐ。
「それに、戦いに来たんじゃないから〜。そんなことにはならないわ〜」
 何の心配もしてないというふうににこにこ笑って、さっと道へ飛び出した。鴉たちも一歩遅れて後ろに続く。彼らに前をふさがれた格好でアタシュルクの隊は止まった。
「そこをどけ、小娘ども。不敬だ」
 輿を担いだ男が不愉快そうに叱りつける。
 バシャンもまた彼女の不作法を不快げにアスカを見下ろしているが、アスカに動じている様子はない。
「こんにちは〜。はじめまして〜。私は――」
 笑顔であかるくあいさつを始めたアスカの声に、鋭い言葉が重なった。
「控えなさい!」
 輿の横を歩いていた燕馬が、警護の者たちを押して前に進み出る。正体を知られようが、今はどうでもいい気分だった。
「こちらを対話の巫女、バシャン・アタシュルクさまの隊であると知っての狼藉ですか! バシャンさまはイルルヤンカシュを静めに参っているのです! その邪魔をするのは許されませんよ!」
 アスカは目をぱちぱちさせながら白衣の女医を見つめたが、特に何も言わなかった。視線を輿のバシャンへと戻す。
「あなたが対話の巫女さん、なのね〜。おうわさはお聞きしているわぁ。私は絵描きで、師王 アスカというのよ〜。よろしくね〜」
「その格好、シャンバラ人ね。あなたも知っているでしょうけれど、イルルヤンカシュは今正常な状態ではないのよ。危険だからふもとの村まで避難しなさい」
 バシャンは彼らをシャンバラから来たただのツアー客だと思っているようだった。
 ハリールの襲撃を邪魔したのがシャンバラ人だと分かっていても、シャンバラ人すべてがそうとは限らない。つながりを知らないバシャンがそう考えるのは無理からぬことだ。アスカたちが武装していないことも、彼女たちを一般人だと推察した理由のひとつだろう。アスカはすぐにそれと察した。
「ガイドはどこ? あなたたちを置いて逃げてしまったの? しようのない者ね。
 サビード、あなた、彼らが安全に村へ戻れるように手配してあげなさい」
「分かりました」
「あっ、待って待って〜」
 アスカはあわてて手を振って2人を止めた。
「違うのよ〜。私たちは、イルルヤンカシュを止めに来てるの〜」
「……なんですって?」
「もうみんな、行動に移ってるわぁ」
「なんて無茶を! イルルヤンカシュの周囲にはモンスターが群がっているのよ!?」
「知ってるわぁ。でも、彼らなら大丈夫だから、任せてほしいの〜」
「ばかを言わないで! それがどんなに危険なことか、あなたは分かっていないのよ!」
 バシャンは一喝した。
「サイファ、ハーンたちを連れて向かいなさい。急いでシャンバラ人たちを安全に連れ戻るの! あたしもすぐ向かうわ!」
「う、うん。分かったよ、バシャン」
 あたふたとサイファが隊の後方へ向かおうとする。
 これまでか。
 燕馬は覚悟を決めた。
「氏族長どの、彼女の言うとおりです」
「客人?」
「あそこにいるのはコントラクター、だれ1人をとっても優れた能力者ばかりです。彼らに協力を求めましょう」
「何を言うの! イルルヤンカシュを静められるはずが――」
 そのとき、風に乗って歌声が聞こえてきた。
 大勢の人が歌う声。イルルヤンカシュを思う気持ちのこもった、やさしい歌声だった。
 言おうとしていた言葉も忘れ、バシャンはイルルヤンカシュの方を見る。イルルヤンカシュは歌に聞き入っているように動きを止め、静まっているようだった。
「ね? 彼らはすごいの。ちゃーんと落ち着いてきてるでしょう〜?」
 アスカは誇らしげに胸を張った。
「――リーラの蹴りや組み付き見られてなくてよかったな」
 後ろでぼそっとタケシが鴉につぶやく。
「あれ、完璧怪獣大決戦って光景だったからなあ。あのとき来られてたら、説得なんか絶対ムリだったぞ」
「どうかな。今だってそう状況が改善してるとは思えねえが」
 鴉は油断なくアタシュルクの者たち1人ひとりに目を配っていた。ここにいる全員が魔獣、幻獣使いだ。バシャンの機嫌を損ねるか激怒させれば、彼らが引き連れてきている獣たちは一斉にアスカたちに牙をむくだろう。
 鴉は上空を旋回させていた鷹形態のホークアヴァターラ・ソードを、それとなく呼び寄せ肩にとまらせた。いざとなればタケシにアスカを任せて逃げてもらい、自分はここでホープたちと食い止める決意だった。
「きっとこれで、イルルヤンカシュは落ち着くわぁ」
「イルルヤンカシュを静めてくれて礼を言いたいところだけど、どうやらあなたがほしいのは礼ではなさそうね」
 視線を戻したとき、アスカを見るバシャンの目は変わっていた。あきらかに警戒している。
「そんなことないけど〜、でも、情報を交換できたらいいな〜、と思ってるわぁ」
「情報? あなたたちシャンバラ人が、あたしたちよりイルルヤンカシュについての情報を持っているとは思えないわね」
「じゃあ、教えてほしいんだけど〜、どうしてイルルヤンカシュは今日に限って暴れたりしたの〜?」
「……あなたはそれを知っているというの?」
「いいえ〜」
 アスカは素直に首を振った。
 昨日発見したクリスタルの女性がかかわっているのではないかとの推測は立っていたが、今それを口にするのは得策でない気がした。
「ただ、あなた方にも知らないことはあるって分かってほしかっただけ〜」
 肩をすくめて見せる。
 その言葉に、ふっとバシャンの口元が緩んだ。
「あなたたちには借りができたわ。何を知りたいの? 答えられることなら答えましょう」
 ルーツがアスカの横に並んだ。
「では少々不躾で済まないが、いいだろうか? 我はルーツ・アトマイスという。
 あなたたちアタシュルク一族が代々イルルヤンカシュを鎮めてきたと教わった。なぜあなたたちが鎮めなければいけないというかたちになっているんだろうか? たしかに今日の暴走はひどかったが、あれは通常の状態ではないのだろう? それに、人に危害は加えていない。あの竜に、鎮めなければいけない理由があるのなら教えてほしい」
「なぜあたしたちではいけないのかしら? あなたがそう考える理由を知りたいわね」
「それは…」
「対話の巫女以外、イルルヤンカシュと対話できる者はいない。それが唯一無二の理由よ。それ以外必要ないでしょう。
 それからイルルヤンカシュを鎮める理由だけれど……そうしなければ、イルルヤンカシュ自身が消耗してしまうから。吉兆の竜と呼ばれ、尊ばれている竜だけれど、だからといってあのまま徘徊させておくわけにはいかないわ。あの竜が死ぬところを見たい者はだれもいないでしょう」
 イルルヤンカシュが何かを口にしている様子はなかった。ただ動き回ってときおり鳴くだけだ。バシャンの理屈は説得力があった。
 だがそれだけか? それも理由のひとつではあるが、ほかにもあるのではないか。
 もう一歩踏み込んで訊いてみようとしたときだった。
 後ろから伸びてきた腕に抱き寄せられ、突然目と耳が隠された。
「うわ!? なんだ!?」
 引きはがそうとしたが、びくともしない。
「鴉か!?」
「そのまま抱え込んどいて、鴉」
 ルーツの目と耳ががっつりホールドされているのを確認して、ホープは紙袋を取ってバシャンと目を合わせた。
「俺も質問。あ、名前は匿名で勘弁しといてよね。
 あんたたち知らないかもしれないけど、昨日ここで俺たちひと騒動起こしたんだよ。そのときさ、あの竜から女性のような悲鳴と幻が見えた気がしたんだよね」
 ぴく、とバシャンのほおがかすかにひきつったような気がした。
「もしかしてあんたたち、あの竜を通して、もっと違うやつを気にしてるんじゃないの?」
「違う?」
「俺としてはあの竜は生き物にしてはどこか獣じみてないんだよね。生き物として、絶対あるべき危険予知がおろそかというか…。
 ああそれに、とあるやつが言ってたよ「イナンナの気をまとってる」って。これってどういうこと?」
「イナンナさまは豊穣の女神。その力は大地を通してカナン全域に渡っているわ。イルルヤンカシュが通ったあとは植物が活性化していると文献にも書かれていて、イルルヤンカシュは大地の波動を増幅させているに違いない、というのが通説ね。地の竜であるならイナンナさまの気をまとっていても、おかしくないでしょう。
 それからあなたたちが見たという女性についてだけど。わたしはそれを見ていないから、それがだれかなんて答えようがないわね。
 質問は終わり? それならこれで失礼するわ。あなたちも今日はもう帰りなさい。遠路はるばる来て、ツアーがこんなふうになってしまったのは不運だったわね。でもまだ明日の午前中なら通常のイルルヤンカシュを見る機会もあるでしょうから、ツアーに申し込んでおけばいいわ。対話の儀は午後に行う予定だから。ガイドたちにはツアー回数を増やして、今日の客を優先的に取るように通達しておくわね。
 さあみんな、戻るわよ」
 バシャンの指示に従い、隊は転回を始める。
 どう見ても質問の意図を知りながらはぐらかされたとしか思えない返答にアスカたちが眉根を寄せていると、拘束を解かれたルーツが追いすがった。
「待ってくれないか」
「まだ何かあるの?」
 振り返ったバシャンに、ルーツは浄化の札を差し出した。
「それは?」
「なにやら具合が悪そうだ。顔色が悪い。我には病を治す力はないが、これを受け取ってくれ。少しは楽になるはずだ」
 バシャンはしばらくの間、ルーツに目を止めていた。そしてセイファに視線を送る。セイファが動き、浄化の札を受け取った。
 戻る道すがら、バシャンは輿に平行して歩く燕馬に言った。
「あなた、何者? 彼らの仲間?」
 訊かれると思っていた燕馬はまっすぐ前を向いたまま、答える。
「私が何者かなんて、関係ないでしょう。私の役割はあなたを明日まで生かすことと、あなたは言いました」
「……そうね。あなたたち薬師に期待するのはそれだけよ。それ以外は自分でするわ」
 ぎゅっと手を握ったバシャンは、ふと手のひらに刺さる痛みを感じて手を開いた。燕馬がくれた痛み止めだ。目を伏せ、そっと懐へ入れる。
 あと1日。それで長かったすべてが終わる。
 かすかに、嗚咽めいたため息を聞いた気がして、燕馬は輿を見上げた。