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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第2回/全3回)

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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第2回/全3回)

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第7章 それぞれの思惑
「……なんか、特に大事にはならなかったみたい?」
 前をふさいだコントラクターたちとの会話を終えて元来た道を戻って行くアタシュルクの隊を見下ろして、東カナン12騎士イェクタネア・ザイテミル・エスタハは、にぱっと笑った。
「いやー、どうなるものかな、と思ってたけど、意外となんとかなるもんだよねえ?」
 と、となりの七刀 切(しちとう・きり)を見る。
 あれが話に聞いた対話の巫女、バシャン・アタシュルクなのだろう――切は輿の上の初老の女性に見入っていて、反応が遅れた。
「え? あ、何?」
「もめ事にならなくてよかったって話」
「あ、そーっすね」
「うん。ただでさえ山しかない土地だからねー。観光客と地元民が問題起こしたら、面倒だもん。
 にしても、驚いたなぁ。まさかイルルヤンカシュが暴れてるなんて、思ってもみなかったよ」
 額のところに手でひさしをつくって、イェクタネアはイルルヤンカシュの方を見た。今ではもう完全にイルルヤンカシュは静まっていて、のそのそと歩いている。やはりときおり鳴いていたが、声の調子は落ち着いていて、また暴れそうな気配はない。
「一件落着かな。シャンバラ人ってすごいねー。あーんなおっきい竜もなだめちゃうんだから。ボクだったらさっさと逃げちゃうね」
 いや、そんなことはないだろう、と思う。にこにこ笑って、毒気のない言葉を口にしているが、これでも東カナン12騎士と呼ばれる男だ。問題を放置して逃げたりはしないはずだ。……たぶん。
 ちょっと、少し(いやかなり?)言い切れない部分もあるにはあるけれど。
 じーっと横顔をうかがっていると、くるんと顔が切の方を向いた。
「ところでさ、どう?」
「どうって?」
「ん? だってイルルヤンカシュ見るために来たんでしょ?」
「あ、……あー」
 そうだった、すっかり忘れてた、と鼻の頭をぽりぽり掻く。
(もともとはそのつもりで、ついでにバァルにあいさつでもとアガデを訪れたんだっけ)
 その後、盗難事件や何やかやですっかりドラゴン見物は脳裏から押しやられていたが。
 今朝、夜が明けきるのも待たずネアが騎士たちを連れて出立していくのを見て、これは何かあるに違いない、とピンときて、あとをつけたもののやっぱり見つかって。そのときの理由にしたのもそれだった。
『もともとアガデにはドラゴン・ウォッチング・ツアーのついでに立ち寄っただけだから』
 それで、北カフカス山へ向かっているのだと。
『そっかー。じゃあ目的地はボクたちと一緒だねー。ボクたちも北カフカス山へ向かってるんだ。一緒に行こうか』
 おいでおいでと、イェクタネアは気軽に切を隊に加えた。
 もう1人の東カナン12騎士エルシャイド・レアルサ・アズィールは、それを聞いて驚き、自分たちは公務中であるのだからけじめをつけろとかなんとか憤慨して小言を言っていたが、切はこれ幸いにと、さっさとイェクタネアの陣営にまぎれ込んだのだった。
 切はあらためて木々を越えて上半身を出しているイルルヤンカシュに目を向ける。
「鳴き声や姿は話に聞いたとおりだけど、なんか、思ってたより小さいかなぁ」
「そうだねー。かわいいよね、女性的ってゆーか。メスかもねー、知らないけど。でも、こうして見えたんだから、きっとご利益あるよねー」
「んで、ネアさんの用事はいーの?」
「ん?」
「何か用事あってここに来たんでしょ? まさかイルルヤンカシュ見るためじゃないよねえ?」
「あー、そういえばそうだったっけ。すっかり忘れてたー」
 今度はイェクタネアの方が頭を掻く番だった。
「え゛っ?」
「でも大丈夫じゃない? たぶんレアルがしてるよー。ボクと違って、彼優秀だからー」
 にぱっと笑う。
 そのレアルことエルシャイドは何をしているのかというと、大分後方で、馬の手綱を手にぶつぶつと何かを繰り返していた。そちらに注意を向け、よくよく聞けば
「けしからん。実にけしからん」
 とつぶやいているのが分かる。
 そんなエルシャイドの様子に、富永 佐那(とみなが・さな)はあきれてため息をついた。
「まーだ言ってるわ、あのオジサン」
「しかたありませんわ。東カナンの方なのですもの」
 エレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)の方はいくらか同情的というか、理解を示している。
「一体私の格好のどこがおかしいっていうんです?」
 エレナが自分でなくエルシャイドの味方をしているのを感じて、佐那は立ち上がると両手を広げてアピールした。
 佐那はいつもの赤に黒いラインの入ったパイロットスーツの上に、グラウスアヴァターラ・ベストパラキートアヴァターラ・グラブキーウィアヴァターラ・シューズをつけている。
 特におかしくはない。活動的な女性らしい服装で、むしろ抜群のスタイルが映える格好だ。――シャンバラでは。しかしここは東カナン、女性がスボンをまとうことすらめったにない、というか、文化的に見てズボン=男性がはく物、とみなされる国だ。シャンバラと交流が始まり、他国文化に触れてかなり進歩的になってきているとはいえ、まだまだ女性は女性らしく、スカートやドレス姿で楚々として、にこにこ笑って座っていればよろしい、というのが根強く残っている。エルシャイドはその典型と言ってもいい。
 そうと知った最初のうち、佐那も面白がっていた。
『ツアーは明日まででしょう? 北カフカス山へ急ぎたいのですが、あちらへ向かう馬車はどれも満席状態で。この町までの馬車しかとれなかったんです』
 ヒッチハイクを装って道をふさぎ、なかば強引に隊に入れてもらったわけだが、エルシャイドはそのときから仏頂面だった。そのときは、きっと強引すぎたのが気に入らないのだろうと思っていた。
 ところが同道するうちにだんだんと彼が気に入らないのは佐那の近代的な服装や積極的な態度というのが分かってきて。それならばと
『私、馬の扱いには慣れていませんの。一緒に乗せてくださいな』
 有無を言わせず彼の馬に乗ったりもした。
『あ、いや。だめだ、下りなさい。婦女子がそんな、はしたない』
『でももう乗ってしまいましたわ』
『いや、しかしだね…』
『よろしいでしょう? おじさま』
 上目づかいで見つめられ、うろたえ、赤くなったり青くなったり、しどもどになっているエルシャイドを見るのはおかしかった。
 しかし休憩中、彼は佐那の一挙手一投足にいたるまで駄目出しをしてきたのだ。
 やれ、座り方がはしたないだの、歩き方が大股すぎるだの、男性と話すときは慎みを持って距離をとれ、大口を開けて笑うな……
「どこのマナー教室の先生ですか。まるでわたしがガサツなサルとでも言いたいようじゃないですか」
 しかもきわめつけは、彼がエレナを気に入っている様子を見せたことだった。
『ご高名な騎士さまとつゆ知らず、大変ご無礼をいたしました。寛大にもわたくしたちの同行をお許しくださいまして、感謝いたします。行く手を阻んだ非礼をどうかお許しくださいませ。どうしても北カフカス山へ行きたかったのです。騎士さまにお助けいただけなかったら、どうしたらいいか分かりませんでした』
『う……うむ。昨今わが国も治安が良くなったとはいえ、護衛なしではご婦人での2人旅は、危険だからな。不慮の出来事というのはいくらもある』
 色仕掛け、泣き落とし、何でも使うつもりだった。エレナはそのとおりに動いているだけで、相手がデレるのも想定内だったが、なんかくやしい。
 特にエレナが自分たちのことを「地球から来た聖職者です」と言ってから、エルシャイドはぐっと態度を軟化させた。彼も熱心な信者だったからだ。聖職者には礼をもって接しなくてはならないと考えているらしい。
 だが佐那はますます厳しい目を向けられるようになってしまった。いわく、聖職者にふさわしい服装をしろ、エレナを見習って女らしくしろ、というわけだ。
 まったくもって面白くない。
「大体12騎士といえば、国内でも他文化に触れる機会は多い方でしょう。なのにあの頭の固さはどうですか」
「そうですわね。おっしゃるとおりですわ。ですが、年齢的にも多少古風な考え方をされるのは少々しかたないかと」
 そんなこんなを話しているときだった。
 だれかが近付いてくる気配を感じて、さっとそちらを向く。
 アズィール家の騎士2人とともにやって来るのは、大柄な、クマのような図体をした巨漢だった。
「あれがオズトゥルク・イスキアね」
 前もって東カナンについてある程度調べていた佐那は、聞いていたとおりの風体にうなずく。
 エルシャイドは儀礼的に頭を下げ、足労に礼を言い、オズトゥルクを歓迎した。
「おまえたちか」
 オズトゥルクは渋い顔でエルシャイドとイェクタネアをじろりと見る。
「領主不在中に12騎士が2人も都を離れるとはな。ネイトから許可は得ているのか?」
「領母には出立前、お目通りを願った。ナハルさまもご承知だ」
 つまりネイトの許可は得ていないということか。だが、たしかにその2人に話を通しているのであれば、問題があるとは言えない。
 面倒なことになった。オズトゥルクは深々とため息をつく。
「なぜここにいるのか、訊かないのか?」
「想像はつく」
「それは話が早い」
「それで、オレに何の用だ?」
「何も」
「何も?」
「わたしたちもこの地にいる、それを知らせておきたかっただけだ」
「……そうか」
「きみはこちらで大変忙しく動いているようだ。もし入用であればわたしたちも手を貸すのにやぶさかではないが?」
「頭に入れておこう」
「そうしてくれ。ああそれと。きみはイスキアの騎士を連れず、単身で来ているそうだな。それでは何かと不便なのでは? よければわが家の騎士を何人か貸してもいいと思っているんだが」
「不要だ」
 きっぱりと言いきる。オズトゥルクはもう話すことはないと言うように背を向け、大股で立ち去った。
「……ネイトのやつら、何かヘマをしたな。アガデで何が起きた?」
 宿に早馬か伝書鳥が来ているかもしれない。確認しなくては。



「んー。相変わらずレアルの会話はサッパリだねー。何言ってんのか全然分かんないや」
 細い目をさらに糸のようにして、のん気にイェクタネアは首を傾げる。
「さて。なんか用事終わったみたいだし。切たちは宿もう決めてるの?」
「いや、まだだけど」
 佐那たちも首を振るが、イェクタネアを見つめるその目はある種の期待に満ちている。
 イェクタネアは彼らの内心を知ってか知らずか、期待どおりの言葉を口にした。
「そっかー。じゃあボクたちと来る? これからアタシュルク家に向かう予定なんだけど」