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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第1回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第1回/全3回)

リアクション


鏡の国の戦争 8


 ホワイトアウトの中で、ミノタウロスは斧を振り上げた。視界はかなり制限されているが、近づいてくる影はぼんやりと見える。
 間合いに入ったと見たところで、斧を振り下ろす。その動きは決してのろまなどではなく、驚く程に俊敏だ。だが、手ごたえはない。斧は床に半分ぐらい埋まっているが、飛び散るはずの返り血も無い。
 次の瞬間、背後にぞっとするような気配を感じ取った。
「百獣拳!」
 気配は一つではなく、衝撃も一撃ではなかった。だが、ミノタウロスの背後に居たのは清泉 北都(いずみ・ほくと)一人だ。
「ブモッ」
 ミノタウロスの口から空気の漏れる音がする。
 さすがに硬い。背後からの攻撃になんとか耐えたミノタウロスは振り向きながら、斧を引き抜き、北都に向かって横なぎに振るった。
 今度は手ごたえがあったが、それはわらかい肉を叩き潰すような感触ではなく、硬い何かに刃がぶつかった感触のそれである。
 龍鱗化でダメージを軽減しながら、斧と北都の間に割り込んだクナイ・アヤシ(くない・あやし)は、止まった斧を弾き返す。
 無理な体勢で無理やり繰り出された攻撃に、先ほど受けたダメージもあり、ミノタウロスの手から斧が零れ落ちる。
「これで、終わらせてもらいます」
 がら空きのミノタウロスに飛び込み、魔剣ディルヴィングが突き立てられる。崩れ落ちるミノタウロスを最後まで確認せず、クナイは背を向けて進みだした。
 ホワイトアウトの効果が切れると、先を進む北都とそれを追うクナイ、そしてその場に残されたゴブリン達の姿が見えるようになる。
「よし、厄介なのは片付いたな」
 ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)の周りでは、雷光がバチバチと爆ぜていた。これは先ほど放った雷霆ケラウノスによる電撃の残り香だ。よく見れば、彼の直線状にいるゴブリンが倒れている事もわかるだろう。
「残りは雑魚だ、さっさと制圧してやるぜ」
 ソーマと共に、国連軍の兵士がゴブリン達に銃撃を浴びせる。
 ダエーヴァと国連軍の銃弾が飛び交う。その中で、不思議なものが飛んでいるのを見かけたゴブリンが居た。自分達の方に飛んでくる紅薔薇だ。
 それが何であるかがわかったのは、それを受けたゴブリンが倒れてからだ。
「私が注意を引けば、その分兵士の負担も減りますからね」
 リオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)は大きく迂回しながら、回り込もうとしたり、厄介そうな遮蔽物に隠れているゴブリンに光条兵器と銃を丁寧に使い分けながら攻撃を続けた。
 ゴブリン達も指揮官を失いながらも必死に抵抗を続けるものの、制圧は時間の問題だった。

(了解。けど、進軍は少し待って。後続にその拠点を引き継がせてからにして)
 クナイ達の部隊から届いた、基地制圧完了の報告のテレパシーに十七夜 リオ(かなき・りお)が返信する。
 そして、印刷しておいた周辺の地図にばつを記入する。
 リオが居るのは、車の中だ。大して広くないスペースに、通信用の機材やら、資料やらが散乱しているのでとても狭い。
「これで、四つ目っと」
 黒い大樹への攻撃が始まってまだ序盤といったところだが、進軍は破竹の勢いで進んでいた。順調以上の成果につい気をよくしたくなるが、冷静に考えればダエーヴァ側が契約者を想定していなかったからだと考える事ができる。
 現に、契約者を含まない部隊は現状ではやっと拠点に取り付けたところで、攻略に入るにはまだ少しかかりそうな状態だ。
「うん、了解。それじゃ、前進だね」
 運転席の部下から部隊の到着の報告を受けて、リオは銃座に登る。
 乗車する装甲車、とは名ばかりの装甲と銃座を設けた違法改造車、がのろのろと前進する。その後ろには、先ほど制圧した拠点を占拠する国連の兵士達が続いている。
 まだ使える主要道路に面した前線基地などは、ただ破壊するではなく切り取ってこっちの陣地に組み入れ、国連軍の前線基地として利用してやろうというのだ。
 リオの役目は、そうした価値ある前線基地に、兵員を送り届ける事だ。その為の足と盾を所有しているのである。もちろん、必要とあれば全速力で最前線に駆けつける事もできるが、当面は行ったり来たりが続きそうな雰囲気だ。
「狙撃ポイントに到着、指示があるまで待機する」
 前もって、厄介そうな地点を押さえに行っていたフェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)から精神感応による通達が届く。
「敵影は?」
「今の所は確認できない。ただ視線を遮るものが多い」
「どこも一緒だね。到着は二分後、もしもの時は援護よろしく」
「了解した。万全を尽くします」
 その後、特に何事もなく部隊を送り届ける事に成功した。
 二度程フェルクレールトの居る地点から対物ライフルの銃声が響いた事ぐらいだ。
「次の移動地点の指示がきたよ。次の待機ポイントは―――」



 後続の部隊が続々と戦線に投入され、都内全体がにわかに五月蝿くなっていく。その騒音は、かつての繁栄の時と似る部分はなく、野蛮で粗野な争いの音だ。
「ククク、衛星基地からダエーヴァを撃退し、我ら秘密結社オリュンポスの秘密基地にしてくれるわ!」
 ドクター・ハデス(どくたー・はです)は作戦に一応の協力の姿勢を見せながらも、あまり上手に本音を隠しきれていなかった。
 そのため、主力ではなく外側の支援部隊に配置された。主な目的は、敵拠点を攻略してる最中に、邪魔が入らないように周辺にちょっかいを出す事である。
 なんだかんだ周りが優秀なので、作戦に貢献はできていたが、
「ふん、ダエーヴァにはセンスというものが無いな、センスというものが!」
 中々お気に召す基地が見つからないので、本人の機嫌はあまりよくなかった。
 そうこうしているうちに、一向は奇妙な建造物を発見する。それは、他のダエーヴァの基地とさしてかわらない、乱雑に手を加えたゴテゴテした建物だった。
「あれで……いいの?」
 セリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)には、目の前の廃墟と今までの違いがよくわからない。
「ふむ。どうやら、あの衛星基地は、研究施設の廃墟を改造したもののようだな。ちょうどいい! 咲耶および部下たちよ! あの衛星基地を陥落させ、我らオリュンポスのアナザーでの拠点に作り変えるのだ!」
「研究施設?」
 セリスには何の根拠があって目の前の廃墟が研究施設であると判断できるのか、やっぱりわからない。だが、気に入る基地が無いからとどんどん前へ進んで取り返しがつかなくなるよりは、この辺りで満足してくれるのならそれに越した事はない。
「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス! ダエーヴァどもよ、貴様らの好きにはさせんぞ! このアナザーは我ら秘密結社オリュンポスがいただく!」
 隠密に、こっそり、なんて考えは無いようで研究所(推定)の前で大声で奪い取る宣言を行うハデス。とはいえ、彼ら一向にそれを突っ込むような人は居ないのだ。

「了解しました、ハデス君。廃墟の調査はお任せください」
 天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)は国連軍の兵士を何人かと、ハデスの 発明品(はですの・はつめいひん)を連れて廃墟の中に進んだ。
 残りは、周辺の警戒という事で外で待たせてある。というのも、十六凪にはある予感があったからだ。
 その予感は、内部に乗り込んで確信に近いものへと変わる。
「……オリジンでの位置座標と多少ズレがありますが、やはり予想通り、ここはアナザーの高天原研究所跡地ですね」
 内部荒らされており、何かがあった事を想像するのは難しくなかった。
 ハデスの発明品がタイムカメラで映し出した、過去の写真がそれを決定付ける。
 時系列の前後する写真には、ダエーヴァの怪物が研究所に乗り込んでくる姿や、彼らのものではな血痕、そして火災の様子などが映し出されている。
「何の写真ですか?」
「ほうはっ」
 高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)が横から写真を覗き込んでいた。幸い、一番上の写真は火災の様子で、決定的なものが映りこんではいなかった。
「な、何をしているのですか。外で待機していてくださいと頼んだではありませんか」
「だって暇でしたし、中も誰もいないんですよね?」
 咲耶が言うように、外も中も、敵の姿も気配もない。
 この研究所が要塞として利用できるように、一応の手が加えられているのはダエーヴァが使ったからではなく、元の持ち主達によるものなのだろう。
「私も調査協力させてください」
「……わかりました。ただ、あまり私から離れないでくださいね」
 押し問答するよりは、素直に承諾した方がいいだろうと十六凪は判断した。既にほとんど焼け落ちているこの廃墟で、何かを見つけるというのはとても難しいはずだ。それよりも、手元にある写真の方が危険物である。
「先ほどの写真のメモリーは、しっかり削除しておいてください」
「了解シマシタ」
 手元にまだ写真はあるが、これの対処は後回しだ。
 今はうまく咲耶の前を先回りしながら、証拠になりそうなものを撤去していくのが先決だ。ここは自分達の住む世界とは違うものだとはいっても、それを割り切るというのは案外難しいものなのだから。
 特に、改造手術の写真を受ける男の写真は、見せるわけにはいかないだろう。
「……なんか、この廃墟、見覚えがあるような? ……どことなく、実家に似てる……気が……」
 あ、ダメかもしれない。

「おっと、怪物どもの目は誤魔化せても、我の目は誤魔化せんぞ」
 建物の中には十六凪がさっさと入っていったので、周囲の警戒をしつつ研究所の回りを探索していた最中、唐突にマネキ・ング(まねき・んぐ)が愉快そうに語りだす。
「どうし―――」
「何だゴミデスか。 邪魔デス!」
 冷 蔵子(ひやの・くらこ)が足に当たった木材を投げ捨てた。軽かったのか、半壊した塀を軽々と超えていく。その木材には何か書かれていた気がしたが、セリスには判読できなかった。それほど重要だとも思わなかったので。
「何をしておるか、こっちだぞ」
 マネキが怒り出す。
 はいはい、と近寄ると、人工芝生のすみっこが少しめくれている部分をぺしぺしと叩き、「これをどかすのだ!」とハイテンションに指示してくる。
「ただめくれてるだけじゃ……」
 そう返しながらも、とりあえず言われた通りに人工芝生をめくってみる。すると、とってのついた地下への入り口を発見した。
「よし開けるのだ」
「よっと」
 思ったよりしっかりした地下へ続く蓋を開ける。底は暗くてよく見えず、梯子がついていた。結構深いようだ。
「よし降りるのだ」
「引き続き周囲を警戒しますデス。何かあったらすぐに連絡するのデス」
 特に指示は出してないが、蔵子は地上に残って入り口を保守するようだ。
「いつもこの性格であってくれたならどんなに助かるか……」
「何をぶつぶつ言っているのであるか。とっとと降りるぞ」
 セリスは梯子を伝って地下へと降りた。地面に足がつくまで結構時間がかかった。明かりはなく真っ暗だったが、近くにスイッチらしきものがあったので弄ると豆電球が灯った。微かな明かりだが、無いよりはマシである。
「狭い、じめじめしてる、臭い、なんだここは!」
「自分で降りろって言ったんじゃないか」
 地下室は人が三人ぐらいで目一杯といった小さな部屋が一つあるだけだった。その原因は、部屋の半分以上が崩れて埋まってしまっているからだ。
「こっち側は、非常口だったのかな……あ」
 敢えて見ないようにしていた、人が入るのに丁度よさそうなカプセルにマネキが飛び乗る。曇ったガラスの中には、思った通り人らしきものが入っている。
「おっと、これはまだ稼動しておるな」
「こんな状況なのにか?」
「こんな状況でも稼動するように作っておいたのだろう。どれ……ふむ、よし決めた、こやつの名前はマスク・ザ・ニンジャ(ますくざ・にんじゃ)だ。ちと雰囲気が誰かに似ている気がするが……まぁ、そんなことはどうでもいいだろう」
 曇ったガラスの向こう側には、なんとなく頭巾ぽいものを被って、なんとなく軍服のようなものを着込んでいるように見える。
「確かに、誰かに雰囲気が似てる気がするな……ところで、何で名前をつけてるんだ?」
「当然、我らの戦力とするために決まっているだろう。これは決まり事だ!」
「はぁ〜〜〜〜また、妙な連れが増えるのか……」
「ため息などついている暇はないぞ。さあ、カプセルを掘り出し、運ぶのだ! む、なんだその目は、我も運べと? 我のようなか弱い姿をした女子が肉体労働などしようはずもないのだよ!?」
 結局、セリスはこのでかいカプセルを一人で引きずり出し、それをさらに地上へと運び出す大仕事をこなした。その間に、ハデス達はここを基地にする為にとこの場を離れ、作戦の終了時刻も過ぎ、基地に一旦帰還した時には、三人は行方不明者扱いされていたのだった。



 二台のトラックが大きく揺れながら、爆発で崩れた塀を乗り越えて飛び出していく。一列に並ぶトラックの、後ろのコンテナの中には大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)の姿があった。他にも数人の国連軍兵士の姿がある。
「追撃が出てきたわ」
 発進前に近くで爆発した手榴弾の影響で、コンテナの扉はひしゃげていた。おかげで、後方の確認が容易だ。
 追ってきているのは、軍用のものなどではなく、普通の乗用車だ。運転席に窮屈そうに運転するゴブリンの姿が滑稽ではある。
「浮かない顔ね?」
 ヒルダは丈二に声をかける。
「人間に抵抗されたのがショックだった?」
 彼らが攻撃を仕掛けたのは、前線基地より奥まったところにあるパンの製造工場だ。人間と同じものを口にしているのなら、製造拠点が稼動しているに違いないという読みは、的中していた。
 部隊は少数ではあったが、敵の防衛もそこまで多くは無く、順調に進むかと思ったのだが、一つ予定外の事件が起こった。
「少しは」
 ダエーヴァの怪物の防衛部隊は少なかったが、人間の防衛部隊も配置されていたのである。もっとも、武器を持って巡回する程度で、能力を換算すれば国連軍兵と比べるのも野暮なものではあった。
 だが、ダエーヴァの怪物が人間を信頼して武器を託し、託された彼らは救助に来た人間に銃を向けてきたのは、丈二に限らず部隊に動揺を与えた。
「戦争だもの、敵に寝返る人だっているわ。それでも何人か救出できた事を―――いえ、救出するまで気を抜くわけにはいかないのよ」
「そう、だね」
 ダエーヴァの陣営に組み込まれていても、全てが全て彼ら協力的ではなく、この襲撃に乗じて逃走をしようという工員も少なくなかった。できる限り彼らを収容し、撤退をしている最中である。
 銃弾がコンテナに当たって、金属音を鳴らす。貫通してこない辺り、拳銃弾だろうか。
「まずはあの追っ手をなんとかしよう」
 部隊の友人が「こいつの出番っすね」と作戦前に預けたインフィニティ印の信号弾を手渡した。

「撤退経路を今から送る。問題ありません、こちらはもう片付いたところですから」
 マーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)は丈二との通信を終えると、三田 アム(みた・あむ)に視線を向けた。
「今から敵に捕まっていた捕虜を乗せた車がこちらを通ります。一度追ってを振り払ったそうですが、再度追撃を受けているとのこと。そこで」
「こっちを通らせて、追っ手を一網打尽にしようというわけですわね」
 野部 涼子(のべ・りょうこ)に、マーゼンは頷く。
「アムには、彼らの誘導をお願いします。現地で鹵獲したトラックを使用しているので、戦闘に巻き込まれればひとたまりもないでしょうな。彼らの安全な退路を調整してください」
「……」
 アムは、こくりと頷いてさっそく周囲の戦況の確認を司令部に行う。
「ここまでのルートどうなっていますの?」
 マーゼンは丈二に送った退路のルートを涼子に渡した。
「これは、少し部隊の配置を換える必要がありますわね。すぐに手配しますわ」
 彼らの部隊は、敵を誘い出し攻撃を仕掛ける陽動を行っていた。突然入ってきた新しい問題に落ち着いて対応できているのは、その任務を想定の範囲内に収めたからだ。
 ダエーヴァはここでの戦いで不利を悟ると、この戦闘だけではなくこの地域を捨てて撤退していった。敵の見切りの良さは想定外だったが、この地域の戦略的な価値は彼らにとってあまり高く無かったという事なのだろう。
 そのおかげで、丈二達は敵地深くに切り込めていたし、なにより精鋭部隊は既に敵地奥に突入をしている。目的はほぼ達しているのだ。彼らの目的には任務を達成することであって、ここに屍の山を築くことではない。
「今回は、先ほどよりも少し面倒かもしれませんね」
「問題ないわよ。ここまでちゃんと案内してあげればいいんでしょ? 任せてよ」
 黒岩 飛鳥(くろいわ・あすか)は敵を誘導するために、再び先行した。今度は既に獲物は餌に食いついているので、糸を切られないようにするのが彼女の役目だ。
 部隊の配置が終わるのを待っていたかのように、丈二達を乗せたトラックが走り抜けていく。そして、それを追うダエーヴァの怪物達。
「装甲車がいますね。トラックが破壊されてないというのは、あの中の人間は彼らにとっても価値がある、ということなのでしょうかね? その辺りは、あとで確かめておきましょうかね。それよりも今は―――攻撃開始です!」
 待ち伏せていた彼らの部隊が、敵の追撃部隊に攻撃を開始する。
 装甲車を要する追撃部隊もこれに応戦し、救助した捕虜を乗せたトラックはこの隙にこの地点を突破、以後はアムのナビに従い無事に戦闘区域から退避した。