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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第1回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第1回/全3回)

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鏡の国の戦争 10


「あとは頼んだぜ」
 小型のボートに乗った自衛官は、ナオキ・シュケディ(なおき・しゅけでぃ)に敬礼をするとボートを発進させた。
 ボートはそのまま、沖に停泊している大型輸送艦に向かう。
「これで一段落だな」
 人質を海上ピストン輸送で送り出せるようになったのは、作戦が半ばに達した頃からだ。敵方が篭城策を取り、戦闘区域が絞られたおかげだろう。
 シャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)ユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)と、突入した海岸と各地を行ったりきたりして、捕虜を送り出していたが、それもほぼ終わった。残すは、国内線ターミナルと旧整備場となっているが、この二つはどちらもまだ敵の勢力圏内だ。
「こうもうまくいくのも、ナビのおかげですね」
 敵の配置や人質の居場所などは、後方に控える仲間が分析し、また戦場の兵士達も全て把握している。部隊単位で指示は飛び交うが、必要とあれば個人単位で動きを制御もできるのだろう。
 海岸から離れて部隊の集合地点に向かう最中に、巨大な箱と格闘している天璋院 篤子(てんしょういん・あつこ)を発見した。
「何をしてるんだ?」
「丁度いいところに! ちょっと手伝って。そこの箱を片っ端から開けて、中身を確認して」
「いいけどさ、これ何が入ってんの?」
「それを今から調べるの。できれば武器弾薬が入ってると助かるんだけどね、ちょっと派手に使いすぎてるから」
 この大量のコンテナは、ダエーヴァが配送する予定で集積した物資の一部だ。幸い、今は丁度人質の送り出しが終わったところで、緊急の通達もない。次の任務が来るまで、そう約束して物資の確認の手伝いを行った。
「うわ、こん中全部水じゃん」
「食べ物はあると思ったけど、どこに送るつもりだったのかしら?」
「これは……銃ですね。弾は入ってないようですが、別のコンテナでしょうか」
「変な改造はされてないみたいね。これなら、このままこっちのものとして使えるんじゃないかしら」
「なぁ、なんでこのコンテナにはゲーム機が入ってるんだ?」
「さぁ? ミサイルの制御装置にでも再利用するつもりなのかしらね? 遊ぶとは考えにくいけど」
 ここにあるコンテナを片っ端から開けた結果、食料が六、武器弾薬が二、その他が二、といった割合で箱詰めされていた。食料は、小麦粉と水がほとんどを占めていた。
 武器弾薬は、日本の自衛隊が利用しているもので、そのまま国連軍が利用できる新品がほとんどだった。他に、機械部品なども見つかったが、これは特に使い道はないだろう。
「普通ね」
「普通だな」
「普通でしたね」
「普通だったな」
 物資としては、そこまで珍しいものや奇抜なものは見当たらなかった。
「まぁ、人肉缶詰とかなかっただけ良しとしましょう。ひとまず弾薬だけ運ばせて使わせてもらうとして、うん。手伝ってくれてありがと、結局最後まで突き合せちゃったわね」
 後ほど国連軍兵士達によって、弾薬などのすぐに利用できる物資は回収された。他の小麦粉やゲーム機などが回収されるかは、作戦の結果次第だ。



「はぁ……はぁ……」
 額の汗を拭い、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は敵を、ダルウィを見据えた。
 息苦しく、視界がぼやけているのは体力を消耗したからだけではない。ダルウィを中心とした一帯の気温が、異常なまでに上昇しているのだ。
 原因はわかっている。ダルウィの血だ。
 粘着質かつ超高温で沸騰し続けるダルウィの血は、アスファルトに落ちるとアスファルトすらも溶かして侵食する。そこから吐き出される熱が、周囲の気温を信じられないぐらい上昇させていた。
「どうした、動きが鈍ってきたぞ?」
 そう言うダルウィは、自らの血に濡れている。ルカルカ達が積み上げてきた戦果だ。だが、相当な出血のはずだが、ダルウィの動きは衰えるどころか、少しずつ早くなっているようにさえ思えた。
 余分な血が抜けて、身体が軽くなったとでも言うかのように。
「ねぇ……一応聞いてみるんだけどさ、もしかして、あんたってザリスって奴より強い?」
 以前ルカルカは、地球に現れたザリスと僅かな時間ではあるが手合わせをした。決着がつく前に有耶無耶になって逃げられてしまったが。
「ほう、面白い事を問うな。あ奴は最強の兄弟だった。もはや、二度とその全力を振るう事はできぬがな」
 ダルウィがルカルカに向かってハルバートを振るう。大降りな攻撃を避けるのは、そこまで難しくは無い。まだ振り終わらないうちに間合いに飛び込み、交差の隙に一撃を加えて離脱する。
 もう何度も何度も繰り返した動きだ。銘刀雪月花はダルウィの肉を切り、血を飛沫させ、しかし致命傷には遠く、浅い。
 ダルウィの攻撃は、ここまで誰一人として直撃していない。そしてダルウィへの攻撃は、ほとんど防がれていない。しかし、どちらがより多く消耗しているかは、考えるまでもなかった。
 自分を中心とした環境を悪化させ、かつそこに適応し、そのうえで上限知らずのスタミナとタフネスを備えた怪物だ。
「このままちまちまやっても拉致があかねぇ! 一気に決めるぞ、いいな! ドラスティックフォーゼ」
 カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は自らが将来とるであろうドラゴンの姿に変身する。とはいえ、空を覆う巨大なドラゴンになるわけではなく、体格にさほど変化はない。だが、それでもなおドラゴンに列席する程の力を、限定された時間ではあるが扱う事ができる。
「うおおおおお」
「そうだ、我の首を取るつもりがなければ、永遠に終わらんぞ」
 カルキノスは、真正面から突っ込んだ。
 血液が沸騰している相手に、炎のブレスを打ち込んだところでたかが知れているだろう。小手先の手段を用いるよりも、底上げされた身体能力を武器に向かうのは、正しい選択だった。
 出迎えにやってきた、巨大なハルバートを片腕で受ける。強靭なカルキノスの鱗は、その刃を通さなかった。
「むぅ」
 それどころか、襲い掛かってきた刃を砕いた。飛び込む勢いは消えず、ダルウィの頭に向かって右こぶしを振り下ろす。
 強烈な打撃に、ダルウィは一歩後退する。
「いい一撃だ。これは効いたぞ」
 ダルウィは踏みとどまり、ショートフックをカルキノスの腹部に打ち込む。僅かにカルキノスの身体が浮き上がる。
 カルキノスの左フックを返す。
 ダルウィは右のストレートを打ち返す。
 零距離で回避も防御もない殴り合いが繰り広げられる。一撃一撃ごとに、重く生々しい打撃音が響き、地面が揺れるような衝撃を感じ取れさえもした。
 傍目から見れば、互角の殴り合いに見えただろう。実際に、カルキノスの一撃はダルウィに見劣りするものではなかった。
「時間切れか」
 カルキノスの一撃を、ダルウィは顔で受け止める。その拳は往年のドラゴンのものではなく、カルキノス本来の拳だった。
「所詮は借り物の力、残念なのは貴様の産まれた時代が遅すぎた事か」
 ダルウィの拳が炸裂する。まるでコルクで作った人形のように、カルキノスの身体は吹き飛んでいった。
 ―――ドラスティックフォーゼが解けた? 五分も経たずにだと
 夏侯 淵(かこう・えん)は眼前の事実に驚いた。
 だが同時に、淵の冷静な部分が吹き飛んでいくカルキノスではなく、ダルウィから視線を外さないで居た。彼なら、まだ死にはしないだろうという信頼があるからだ。
 ―――今ならば、通る!
 ダルウィはあれで、油断の無い敵だ。動きは確かに常識の範囲内だが、それで致命打を全て避け切る丁寧な身体の使い方をしている。
 手の届かない距離からずっと射撃を繰り返してきた淵の攻撃が、肉を裂く事はあっても、身を抉る事はなかった。
 しかし今は、確かに決定打には届かなかったが、カルキノスはダルウィに対して確かに消耗を強いた。今ならば、あの身を抉る一撃を放つ事ができる。
 その確信は果たして事実であり、瞬時にかつ丁寧に狙いを定めた機晶魔銃マレフィクスの一撃は、ダルウィの右目を抉り、大きく頭をのけぞらせ、二歩の後退を強いてなおその場に膝をつかせた。
 誰の目にも決定的に見える一撃だった。その光景に淵の中の、弓手としての経験と実績が、彼の中で大きな声で何度も繰り返す。
 浅い、これでは足りない、と。
 ダルウィの背後から朝霧 垂(あさぎり・しづり)が、正面からルカルカがほぼ同時に仕掛ける。
「―――っ」
 声が出ない。いや、言葉という情報の伝達手段は、今この時にはあまりにも遅すぎだ。
 膝をついたダルウィは、片手で床に転がっていた獲物、今はもはやただの棒を持つと、柄の部分で背後の垂を突き飛ばし、正面のルカルカには立ち上がるついでともとれる動きで、肩で突き飛ばした。
 ここに至って、淵はやっと待てのまを発音できた状況だった。
 確かにダルウィは消耗していたが、しかしそれ以上に二人の方が消耗しており、その動きは決して完璧なものではなかった。百度を超える高温多湿の中で蒸し焼きにされながら、全力で動いていたのだ。ドラゴニュートであるカルキノスであればまだしも、人の身で零れ落ちる体力や精神力、そして集中力を全てカバーするのは不可能に近い。
 その一撃は致命とまではいかなかったが、意識を刈り取るには十分過ぎていた。二人はそれぞれ床に倒れ、身じろぐ様子すら見せない。
 獲物を持たない手で、ダルウィは銃撃を受けた右目を撫でた。飛び散る血を拭うと、そこにあったはずの眼球は潰れていた。
 残された左目で、ダルウィは淵を見る。淵もまた、その視線を受け止め、構えた。
 先に動いたのはダルウィで、血を拭った手を振る。彼に手についた、沸騰する血液が小さな飛沫となって淵に向かう。
 右や左に動いても避け切れない。淵にある選択肢は、高熱の液体を身に受けて耐えるか、上昇して全てを回避するか―――瞬時の判断で、淵は上昇した。あの血はただの高熱の液体ではないと感じ取ったのだ。
 小さな血の飛沫は、淵の近くまで来るとそれ一つ一つが強力な爆弾となって爆ぜた。隙間を縫うような動きでは、その爆風から逃れる事はできなかっただろう。
 最も、どちらを選んだとしてもそこに大きな差はなかった。爆風の効果範囲より遠くまで上昇するには、単純な動きにならざるを得ない。そこに、ダルウィは手にもった棒を投げつけた。上に向かう力と、横に叩きつける力が合わさり、淵はそのまま海上まで吹き飛ばされた。
「さすがはオリジンの戦士か、思いの他楽しめた」
 ダルウィは頬をさする。薄く一文字に切れた傷は、左目を狙って淵が放った一撃が掠めた際にできたものだ。
 片目を潰され、顔に限らず傷だらけの様子で、しかしダルウィはどこか子共のような無邪気な笑みを浮かべた。
「……む、タパハか」
 ダルウィは首筋に手をあて、振り返った。
「構わん。こちらは今終わったところだ。用件を言え」

「え? あ、ああ。わかった」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は通信を切る。余りいい連絡ではなかったのを表情から感じ取りながら、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は尋ねた。
「ダリルは何と?」
「ルカ達が足止めしてた、司令級って奴が撤退した。それで、ルカ達を回収したいから、治療できてそこそこ動ける奴を貸して欲しいってさ」
「奇妙な注文ですね」
 伝えられた情報は、必要最低限のものだった。
 ただ、ニュアンスとその情報から、ルカルカ達が敵の司令級を追っ払った、という単純な状況でない事は伺える。
「とにかく、頼まれた事はやっておこう」
 エースは少し悩んで、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)の二人にお願いする事にした。
「それでは、こちらはこちらの仕事に専念しましょうか」
 管制塔を見上げる。
 ここには恐らくまだ残っている捕虜と、そして救助した人たちから教えてもらった、人語を扱える怪物が残っているはずだ。
「さて、それなりに防衛されているようですね」
 メシエは門に手を当て、サイコメトリーで情報を引き出す。数こそ少ないが、ワーウルフが十体ほどとその三倍のゴブリンがこの中に入ってから、出てきた様子はない。
「敵の指揮官は?」
「読み取れる範囲には見当たりませんね」
 包囲とまではいかないが、国連軍は出入り口を封鎖している。
 敵は人間の言葉を使え、かつ向こうからこちらの動きを隠す事はできないため、入り口を封鎖してからしばらく待った。だが、結局動きらしい動きはなく、突入の号令がかけられた。
 二人も国連軍と共に管制塔にへと突入する。
 この状況になっても、ダエーヴァ達の戦意は折れておらず、彼らは全力で抵抗した。敷地自体がそこまで広くないのもあり、戦いは乱戦になってきたところで、国連軍とダエーヴァ達にガラスの破片が降り注いだ。
 一拍遅れて、他のワーウルフよりも一回り身体が大きく、片方の目に眼帯をしたワーウルフが降り立った。
 録画の一時停止のように、その場の全員の動きが一度止まった。
「続けろ!」
 大柄なワーウルフがそれだけ言うと、ダエーヴァの怪物達は武器を振り上げ、不細工な雄たけびをあげた。
「ここからは、不肖タパハがお相手いたす。さあ、俺の爪の餌食になりたいものから、かかってくるがいい!」