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リアクション
鏡の国の戦争 9
「ロシアでの戦いか、あまり参考にできる事は少ないと思うが」
黒い大樹攻略のための準備の最中、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)と強盗 ヘル(ごうとう・へる)はアナザー・コリマにロシアでの戦いの情報の提供を頼んだ。
「あの地での戦いが優位に進んだのは、他でもない。敵勢力の脅威の度合いを事前に把握し、先手の対応を取り続ける事ができたからだ。現状では、他の地域に我々が下した判断と手段は適応できない」
アナザー・コリマは、分厚いファイルを引っ張り出し、その時の資料などを提示しつつ、大まかな作戦の流れを説明した。
「我々はまず、敵の降下地点の推測を行った。奴らの目的は、過去に地球に託された、シャンバラの力であると考えられていた。そのため、降下地点はその周辺地域であると推測し、破壊されるギリギリまで衛星による種子の観測から、落下地点を割り出した。そこに、ロシア軍を中心とした国連軍を集結させた、数は二百万ほど揃っていたな」
二百万で取り囲み、敵の落下を待って進軍した国連軍に対し、種子とその防衛部隊も反撃を行った。
「戦力の差は圧倒的であり、迎撃部隊を蹴散らしつつ軍は包囲網を縮めていった。完全に優位な状況ではあったが、我々は二つの問題を抱えていた」
「問題ですか」
「一つは、君達も遭遇したダルウィという司令級個体だ。これは、一般の軍はおろか、兵化人間部隊でも止める事ができず、出現を確認した場合撤退する以外の選択肢は我々には無かった」
当時の写真に写るダルウィは、まだ黄金の鎧をまとってはいなかった。
「もう一つの問題は、種子そのものだ。これについては、我々にも落ち度があった。本来は、ミサイルの一斉掃射で跡形もなく吹き飛ばす予定だったのだが、足並みが揃わず二つの部隊の攻撃が直接種子を狙ってしまった」
「それにどんな問題が?」
「我々の攻撃を受けた種子は身の危険を感じ、防護膜を生成した」
その写真に写るのは、真っ黒な卵のようなものだ。大きさは、十階建てのビルぐらいだろうか。
「この膜を破壊する通常火力を、我々は保有してはいなかった。核を使うという考えもあったが、有効でなかった際に今後の作戦活動に及ぼす悪影響を無視できなかった」
コリマの口ぶりからは、核でも防護膜を突破するのは不可能だったように聞こえる。
「それで、どうなったんですか?」
「防護膜の形成は、種子に対する攻撃を防ぐ効果があったが、同時に種子の成長を阻害もしていた。その事実に気づいた我々は、種子に対して別のアプローチをする事を決定した、防護膜に守られたまま種子を魔術的な封印を試みたのだ」
種子が降ってきた地点は、ロシアだけではなくヨーロッパやアメリカと増えてきていた。ダエーヴァとの戦いの経験を持つ国連軍を、ロシアに駐留させ続けるわけにはいかないという事情があったのだ。
この時、導入されたのは訓練を終えたばかりの兵化人間およそ三十万。彼らにはその身を魔方陣の一筆として、ダエーヴァの抵抗にあいながらも種子とその防護膜を自らと共に封印する事に成功した。
「なぁ、その三十万人って」
「死んではない。封印を解きさえすれば、彼らとそして種子もまた再び時間の流れに戻る事ができる。……種子を封印されると、ダルウィは部下を連れて包囲網を強引に突破し、逃走した。その際に多くの怪物を討ち取ったが、本人は君達も知るように最後に降下した日本のダエーヴァと合流した。国連軍は最低限の監視部隊を残し、世界各地に戦力を派遣、それが現状となっている」
「種子も破壊できてないのに、黒い大樹を攻略するってのか、結構無謀に思うんだが」
「その考えも最もだ。当時、種子に対して行われた攻撃は非常に貧弱なものだ。それに対し、種子は過剰とも言える防御をとったのは事実だ。また何度か行われた長距離ミサイルによる大樹への攻撃だが、どれも大樹の幹に直撃する前に伸びた枝や、ダエーヴァの兵によって防がれている。あくまで状況証拠ではあるが、黒い大樹そのものは戦闘に耐えられるほど強靭なものではないと我々は考えている」
道には瓦礫が散乱し、その上を通る輸送用装甲車はどうしても揺れる。だが、気分が悪いのは揺れのせいというよりも、装甲車そのもののせいだろう。
「まさか、こんなもので近づくとは思いませんでしたね」
ザカコ達精鋭部隊が乗車しているのは、ただの装甲車ではない。これまでの戦いで遭遇し、撃破し鹵獲した怪物化した装甲車だ。
怪物化した装甲車から、外側を剥ぎ取り、それを新品の装甲車に被せて擬態しているのである。怪物化によって車内に異形の肉が詰まってたり、再度侵食が進んで装甲車が敵になるなんて事がないので安全性は問題ないが、気分がいいものではないのは仕方ない。
この擬態怪物装甲車は、何度かダエーヴァの勢力圏で試運転をし、少なくとも通り過ぎるだけなら攻撃を受けない事は確認済みである。とはいえ、騙して近づける範囲に限界はあり、大樹にある程度近づくと彼らの検問が設置されている。
車内に運転席から「間もなく検問を通る。うまくいくように祈ってくれ」との通達が来る。間もなく装甲車は急加速し、何かにぶつかり、それを弾き飛ばして走り出した。分厚い装甲の向こうで、銃声が鳴っているのがわかる。
喧騒が一度遠ざかると、ヘルに限らず車内から安堵の息が漏れた。
「さてあとは、こっちのコリマの推測が正しい事を祈るだけだな」
検問を突破し、通信規制が解除された途端、車内には各地の部隊の通信が次々と飛び込んでいた。
「二班、検問突破」「六班、検問突破、目標地点に向かいます」
そんな通信を、夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)はどこか遠くで聞いていた。
「起きてください、起きてくださいってば、早く!」
ホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)の声に意識を引き戻され、甚五郎は飛び起きた。すぐ近くに、車内を覗き込むゴブリンが一体、刀を手に取ろうとするが、あるべき場所にない。刀は、先ほどの衝撃で床に落ちてしまっていた。
とはいえゴブリンの方も、武器を構えてはいなかった。甚五郎は武器を拾いにいくのではなく、扉ごとゴブリンを蹴破った。
ゴブリンを吹き飛ばし、一旦開いた扉の向こうにかなりの敵の姿が確認できた。扉は勢いがありすぎて、再び閉じる。
「えーと、怪我は無いですね。今日は私を着ていてよかったですねー」
「何があった?」
「近くで爆発があり、車両が横転しました」
返事をしたのは、ホリイではなくブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)だ。ブリジットの横には、草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)が後頭部をさすっている姿があった。
「無事か?」
「問題ありません」
「……無事じゃ、少し目が回ったがの。やれやれ、それで、どうするつもりじゃ?」
他の乗員はけが人と無事が半々といったところだろうか。契約者の乗員は他に無い。
「敵の追撃部隊は、一瞬だが確認した。進む足が無い以上、ここで留まってもジリ貧になるだけだ。打って出て、味方の進軍を援護する。先に進むか、退却するかは状況を見て判断しよう」
「ふむ、確かにここに残っても何も無いじゃろうし、仕方ないの。皆もそれでよいな?」
車両の兵士達も同意し、彼らはこの場に留まって追撃部隊への迎撃に打って出た。
のちに、いくつもの尾ひれのついた伝説となって語られることになる、百人切りの夜刀神の戦いである。
検問を強行突破してからは追撃や、出迎えといった困難を乗り越えつつも、多くの偽装怪物装甲車はそれぞれの目的地点にたどり着いた。
黒い大樹は、もはや木と呼ぶには巨大な存在であり、攻撃地点は一つではなくいくつかの地点に分けてあった。これは、敵の迎撃を分散する意味合いもあった。
かくして、たどり着いた四台の装甲車は乗員を吐き出し、黒い大樹への攻撃を開始する。
「八卦術・八式にて神獣召喚!!」
広い空間に飛び出すなり、東 朱鷺(あずま・とき)は術を展開しようとするが、何も起こらなかった。
「……あれ? 無理ですか? そういえば、こちらで術がちゃんと動くか試してませんでしたね」
ぼやいている間にも敵の部隊が駆け寄って攻撃を開始する。精鋭部隊も彼らを迎撃しつつ、大樹に取り付こうと行動を開始した。
彼らの先頭を突っ走るのは、第七式・シュバルツヴァルド(まーくずぃーべん・しゅばるつう゛ぁるど)だ。そのでかさと強靭を持って、盾として、そして―――出迎えにきたミノタウロスを体当たりで吹っ飛ばし―――あるいみ凶悪な質量弾として敵陣をぶち壊していく。
「我が動くだけで振動が発生し周囲の者の活動を阻害してた也が、飛行能力を得て久々に大暴れできよう也」
上機嫌に、道を切り開いていく。
その間に朱鷺は術の微調整を行った。召喚は厳しいが、他の術や道具には特に問題はなさそうだ。
「これでよし。八卦術は、八式だけではありません。さて、進みましょうか。このアナザー世界にも、八卦術のすばらしさを刻んで上げましょう」
「ここまでくると、町の面影もないな……あれ、どうしたの? 怪我?」
心配してくれる九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)に、額に手を当てうつむいていたマルティナ・エイスハンマー(まるてぃな・えいすはんまー)は、
「あー、いえ、大丈夫ですわ。そういうのではありませんから、そういうのでは……」
「我慢はよくないよ、何かあったらすぐに言ってね。準備はいっぱいしてきたから」
ローズの持ち込んだ軍用バイクのサイドカーには、様々な治療薬が詰め込まれている。
「本当に大丈夫ですわ、ええ、いつもの事ですもの」
マルティナは、手榴弾を片手に一人で突っ込んでいった勇ましくも無謀な隊長の記憶を隅っこにおいやった。夕飯の時間までにはきっと帰ってくるだろう。
心配ごとを無かった事にして、現状をもう一度頭に叩き込む。
彼女達の居る部隊は、大樹によってかなり日差しを制限されて薄暗く、さらに地面から飛び出している根によって車での移動はこれ以上不可能だ。
部隊には契約者でない人間も多く、彼らと共に大樹に攻撃を仕掛けていく事になる。
「遠くからだとわかりませんでしたが、不気味ですわね」
「そうだね」
大樹は、周囲にあった建築物などを吸い上げているのか同化しているのか、地面に近い幹からは、建物一部が飛び出している。
マルティナは機晶ロケットランチャーを担ぐと、手近にある地面から飛び出した根の一部にぶっ放した。根は爆発で破壊されて、道を開く。
「とりあえず、何か特別な仕様でないと効果がない。なんて事はないみたいですわね。ただ、大きさがあるだけ大変ですわ。できるだけ、足並みを揃えて進軍しましょう」
「うん、脱落者を出さないように私も頑張るよ」
黒い大樹攻略作戦は、大規模な陽動と支援の援護を受け、精鋭部隊を送り込むことに成功した。
「何で戦争なんかしてんのよ?」
天井に置かれたテーブルに案内され、さっそく紫月 唯斗(しづき・ゆいと)はそう尋ねた。
天井にテーブルが置かれているのは、ここが不思議空間な理由ではなく、単純に建物が上下逆になっているからだ。詳しい事はわからないが、大樹に取り込まれた際にぐるりと反転してしまったのだろう。
電気はなぜだか点くようで、大樹の内部ではあるが視界に困る事はない。
テーブルを挟んで向かい側には、全身鎧のザリスが落ち着いた様子で座っている。傍らには、銃剣が立てかけてあり、隅っこでは床で女の子がノートに絵を書いていた。
持参した茶菓子が受けたのか、あるいはあちらもオリジンの契約者が珍しいのか、丁寧に声をかけたら割と普通に歓迎されて唯斗は大樹の中の建物に案内されてここにいる。奥地ではなく、大分外側ではあったが。
「こっちのコリマに助けを求められてきたけど事情が全く分からんから教えてくれねぇ?」
「いきなりだなぁ。建前と本音があるけど、どっち聞きたい?」
「そう聞かれたら、本音以外に選択肢ってあるのか?」
「んじゃ本音ね。別に僕は人間と戦いたいなんて考えてないよ。そっちが匿ってるシャンバラの女王さえ処分できれば、人間と戦う必要なんて無いんだからね。こんな事してるぐらいなら、僕は最強の武器を決める方が大事なんだけど」
「戦いたくないって、現に戦争してるじゃないか」
「運が悪かったんだよ。僕が降りてきたのは一番最後だったからね、その時には、宇宙から侵略者が攻めてくる、みたいな状況だったし、戦争回避不可能状態だったよ。僕達と直接関係ないところで、東京はめちゃくちゃになっちゃったしね」
関係ないところ、というのは隅っこの女の子が絵に書いている天使の事だろうか。東京の破壊そのものは、彼らよりも天使に原因があるという話だった。
「僕の計画では、こう、宇宙からやってきた友人として歓迎されて、わいわいやってるうちにこっそり女王を処分して平和的に終わらせたかったんだけどなぁ。そしたら、最強の武器を決める選手権も中断しなくて済んだのに」
どうもこのザリスという怪物からは、やる気を感じられない。
「……この前契約がどーこー言ってたけど、お前さんらは契約者なのか?」
「うん。たぶん」
「たぶんって……」
「何千年前だったかな、シャンバラと地球の接近の時に確認された、地球人とシャンバラの生物が特殊な関係を持つ事で、飛躍的に能力を上昇させること。を、契約と言うんだったら、たぶんそれ。厳密には、それを再現したもの、だから違うかもしれないけどね」
「なんか、随分あっさりと教えてくれるんだな」
「教えちゃいけない事は教えないよ。さて、次は僕の番だね」
ザリスがそういい終わった瞬間、唯斗の視界が大きく開かれた。ザリスの手の中に守護狐の面があるのを見て、何が起こったのかを理解した。
「へぇ……やっぱり色々手を加えてあるんだなぁ。うん、堪能したし返すよ」
机の上を滑らせて、守護狐の面を返される。今更つけるのも馬鹿馬鹿しいので、テーブルの上に置いたままにしておいた。
「君は僕にいくつ質問したっけ? とりあえず一つじゃなかったよね、じゃあ今度は君の名前を教えてもらおっか」
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