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レベル・コンダクト(第3回/全3回)

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レベル・コンダクト(第3回/全3回)

リアクション


【十一 ディクテーターの足音】

 ルカルカ率いる鋼鉄の獅子と突入連隊はリジッド兵の大半を制圧し、パレイセア平原に於ける趨勢をほぼ、決しようとしていた。
 御鏡兵衛がオークスバレー・ジュニア内に引き返して後は、空撃部隊と陸戦隊の双方による挟撃戦が機能し、リジッド兵を次々と無力化していっている。
 この様子を、第六師団の本営から僅かに前線側へと移動した高台で、ドクター・ハデス(どくたー・はです)天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)の両名が複雑そうな面持ちで眺めている。
「うむむ……このままでは、リジッド兵は壊滅する勢いだな」
「亡きヴラデルさんの為にも、南部ヒラニプラの経済復興にはお手伝いしたいのですが……ちょっとこちらの思惑とは、微妙にずれてきてますね」
 ドクター・ハデスも十六凪も、リジッド兵が大勢生き残ることを前提に、ある方策を考えていた。
 ところが意外にも、ルカルカの隊がリジッド兵をこれでもかといわんばかりに圧倒しており、このままではふたりの思惑は完璧に外れてしまうこととなる。
 勿論、戦いに勝つこと自体は、何の問題も無い。ただ、ドクター・ハデス個人の問題で、リジッド兵があまり打ち倒され過ぎるのも、それはそれで困った事態に陥ってしまうのだ。
 どうしたものかと腕を組んでいるドクター・ハデスの隣で、十六凪が珍しく、驚きの声を漏らした。
「ん? どうした?」
 ドクター・ハデスは十六凪の視線を追い、そして同じように驚きの声を漏らしてしまった。
「おい……あれは、どういうことなのだ?」
「さぁ、僕にもさっぱり……」
 ふたりが驚きの声を上げる目の前で、倒された筈のリジッド兵が次々に起き上がり、まるで何事も無かったかのように悠然と歩き始めているのである。
 一体何が起きているのか――最初のうちはただ戸惑うだけのふたりだったが、やがてドクター・ハデスが、ある人物の姿に気づき、その口元に不敵な笑みを浮かべた。
「あれは確か、若崎源次郎という男だったか……何となく読めてきたぞ!」
 ドクター・ハデスには、何か根拠があるのだろうか。十六凪が制止するのも聞かず、ドクター・ハデスは源次郎を尾行すべく、高台から駆け降り始めた。
「本来であれば! この機会に南部ヒラニプラを押さえ! 我らオリュンポスのヒラニプラ制圧の前線基地にするところだが! 今回はヴラデルの心意気に免じて、教導団に味方してやろう! た、ただそれだけの理由だからな! か、勘違いするでないぞ!」
 いきなりひとり時間差ツンデレを披露しながら高台を駆け降りてゆくドクター・ハデスだったが、源次郎は追いかけてくるドクター・ハデスと十六凪の気配などにはまるで意識を向ける様子も無く、淡々と激戦の跡地を進んでゆく。
 リジッド兵の蘇生は尚も続き、ルカルカ配下の一部の陸戦隊内では激しい動揺が起き始めていた。
「おいおいおい、こいつぁ一体どういうことだ!?」
 陸戦隊を指揮していたルースも、倒した筈の敵が次々に蘇生して活動再開する様を、驚愕の念で眺めるしかなかった。
「ちょっと、何がどうなってるの!?」
 空撃部隊で指揮を執っていたルカルカも、慌てて地表付近にまで降下してきて、何が起きているのかを確かめようとする。
 そうこうするうちに、若崎源次郎が戦場を悠然と進む姿が視界に飛び込んできた。
 鋼鉄の獅子の面々は即座にスクランブル態勢を取り、源次郎への対応に備えた。
 リジッド兵を蘇生させているのが、この源次郎であることはもう、一目瞭然だった。
「若崎源次郎! 何をしようとしているの!?」
 大勢のリジッド兵を従え、オークスバレー・ジュニア方面に黙々と歩を進める源次郎の前に、ルカルカが仲間のコントラクター達と共に壁を作るようにして立ち塞がった。
 だが、このような防御陣など全く意味を為さないことを、ルカルカ自身が一番よく理解していた。
 源次郎には、時空圧縮がある。如何に陣形を整えたところで、空間を圧縮されてしまえば、その瞬間にばらばらに弾かれてしまうのは、今の時点でもう予測が出来ていた。
 ところが、源次郎はルカルカ達には然程興味が無い様子で、尚も前進を続ける。
 驚いたことに、源次郎の背後には蘇生したリジッド兵のみならず、数体のヘッドマッシャーまでもが付き従っていた。
「このリジッド兵は、わしが預かる。もうスティーブンス配下やないよって、自分らが相手する必要はあらへんよ」

 第六師団によってほぼ九割方、制圧が完了している前衛要塞内部で、大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)はいささか途方に暮れていた。
 ふたりは、行方不明となっている新型機晶爆弾ノーブルレディの所在を求めて、オークスバレー・ジュニア内での捜索に着手していた。
 あれだけのサイズである。そうそう隠し切れるものではないし、仮に発射を想定していたのなら、それなりの場所に設置されていることも十分考えられた。
 ところが、そんな丈二の期待を裏切って、ノーブルレディは要塞内のどこにも発見出来なかった。
 それならば後衛要塞内部か――とも考えた丈二だが、後衛要塞内ではただ単に保管するだけしか出来ず、置いておくメリットがあまり無い。
 では、奪われたノーブルレディは一体、どこへ消えたのか?
 丈二はヒルダと並んで、もう一度見取り図に視線を落とした。
「ノーブルレディを無力化出来ないのであれば、せめていつでも発見出来るように、マーキングだけでもしておきたいのでありますが……」
「ひょっとしたら、要塞の向こう側に置いてある可能性もあるんじゃないかな」
 半ば話の腰を折るようにして、ヒルダが中庭の空から東側の峡谷へと視線を向けた。
 丈二もその可能性は考えなくもなかったのだが、今から峡谷側へ抜けて捜索を開始するとなると、恐ろしく時間と手間がかかってしまう。
 果たしてどうしたものか――丈二が困り顔で腕を組んでいると、不意に後方が騒がしくなってきた。
 怒声や驚愕の声がそこかしこで入り混じり、中には臨戦態勢を取るようにという指示が飛び交っているところもあった。
 一体、何事なのか。
 丈二とヒルダが振り向こうとしたその時、不意に二メートルを超える巨躯が、ふたりの背後に現れた。
 その人物が誰なのか、丈二にはすぐに理解出来た。
「わ……若崎源次郎殿……で、ありますか?」
「テロリストに敬語使わんでもええがな」
 源次郎はからかうように笑ったが、丈二とヒルダにとっては、笑いごとではない。
 ふたりが驚愕の表情で左右に視線を走らせる中、源次郎に付き従ってきている大勢のリジッド兵やヘッドマッシャーなどが、黙然と周囲を固めてきているのである。
 当然、第六師団兵はこの一団を警戒し、臨戦態勢を取っている者も多く見られるのだが、今のところ源次郎は戦いを指示する素振りを見せておらず、どのように対処すれば良いのか、師団のほとんどの者が戸惑っているようであった。
 当然ながら丈二とヒルダも、この恐るべきテロリストにして最強のヘッドマッシャー・ディクテーターである源次郎を前にして、全身が硬直する程に緊張した。
「自分ら、ノーブルレディ探しとんのかいな」
「そ、そうであります」
 まるで茶飲み話でもするかのような軽い調子で問われた為、丈二は思わず正直に答えてしまったのだが、すぐにその面には、しまった、と後悔の念が浮かんだ。
 しかし源次郎は丈二の焦りなどまるで気にせずに、ふふんと小さく鼻を鳴らした。
「そら自分、なんぼ探したってあらへんわいな。あれ全部、わしが持っとんねんから」
 全く予想外のひと言に、丈二とヒルダは思わず呆けた表情を作った。

「それじゃあ、あんたはここで、一体何をしているんだ?」
 丈二とヒルダが何かをいおうとした時、別の方角から源次郎に問いかける声が響いた。
 見ると、そこに黒装束で身を包んだ紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の姿があった。
 唯斗はヘッドマッシャー・アレスターに戦いを挑みにきたのだが、現在までのところ、B.E.D.はまだ一度も発動しておらず、アレスターの位置を特定出来ずにいたのである。
 しかしそこへ、何故か源次郎が姿を現した。
 それも、大勢のリジッド兵を蘇生させた上で従え、数体のヘッドマッシャーまでをも率いている。
 これは絶対に見過ごすことは出来ないとして、唯斗は源次郎との戦いも視野に入れて、ここまで追跡してきたのだ。
 源次郎は唯斗の装備をひと目見て、アレスターへの対抗策を考えて行動していたことを見抜いたらしい。
 どことなく気の毒そうな面持ちを浮かべて、唯斗に向けて小さく肩を竦めた。
「残念やったな。B.E.D.は諸々の事情で、まだ未発動や。でもってわしは廃品回収中や。色々リサイクルせんとな、経費ばっかり嵩んでどうにもならんのや」
 蘇生させたリジッド兵や、掻き集めてきたヘッドマッシャー達を廃品回収呼ばわりするところが、如何にも源次郎らしい。
 この微妙なユーモアに、唯斗も苦笑を禁じ得なかった。
「せやけど、スティーブンスと手合せしたいんやったら急いだ方がええで。今日はあいつ、モテモテやからな。誰に先越されるか分かったもんやあらへんで」
 実際、綾瀬が既にスティーブンス准将のもとへと向かっており、そろそろ戦いの火蓋が切って落とされていたとしても、おかしくはなかった。
 唯斗はどうするべきかと、一瞬迷った。
 アレスターと戦ってみたいという欲求が無い訳でもなかったが、最終的には誰が倒そうが構わない、とも考えていた。
 とにかくB.E.D.を行使する者が居なくなってくれれば、唯斗としては万々歳だったのだから。
 逆に、リジッド兵を蘇生させて掻き集め、ヘッドマッシャーを従え、更にはノーブルレディまで所持しているという源次郎の方が、危なっかしいとも思えた。
 しかしどうやら現時点では、源次郎はこれらの戦力を用いて教導団に攻撃を仕掛けようという意図は、持ち合わせていないようであった。
「それだけの戦力を掻き集めて、一体何をしようっていうんだ? ノーブルレディまで手中に収めているってことは、ともすれば国家ひとつを敵に廻して戦争が出来る規模だぞ」
「心配せんでも、自分らなんか相手にせぇへんわいな」
 何故か、物凄く呆れた調子で源次郎はやれやれと溜息を漏らした。
 こういう仕草がいちいち癇に障る人物だが、しかし源次郎の実力を知っている唯斗としては、おいそれと戦いを挑める相手でもなかった。
 仮に挑みかかったとしても、恐らくは時空圧縮によって数十キロ離れた地点へ弾き飛ばされるのが関の山だろう。
 と、そこへ丈二が再び口を挟んできた。
 どうにも気になって仕方がない点があるらしい。
「ひとつ質問であります……若崎殿が所持するノーブルレディは、破壊対象を、何に設定してあるのでありますか?」
「結界孔とディムパーティクル。以上」
 以後、源次郎は丈二達に対する興味を失ったのか、大勢のリジッド兵とヘッドマッシャー達を引き連れて、さっさと別方面へと移動を開始してしまった。
 しかし丈二の方は、それどころではない。
 源次郎が放った短い返答に、思いもよらない展開を予測していたからだ。
 ヒルダも同じく、息を呑んだまま、その場に硬直している。
「若崎殿は……イレイザードリオーダーに喧嘩を売るつもりなのでありましょうか?」
「さぁ……そんなこと、分からないよ」
 ふたりは、何となく空恐ろしくなってきて、以後は会話らしい会話が途切れてしまった。