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レベル・コンダクト(第3回/全3回)

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レベル・コンダクト(第3回/全3回)

リアクション


【六 粛々と、ただ整然と】

 待ちに待った砲兵隊が、ようやく配置についた。
 ルカルカはまず、敬一に地下掘削道からの城壁基礎部に対する爆破を指示した。
 数分後、遥か遠くで鈍い爆音が二度、続いた。
 双眼鏡で前衛要塞部の城壁下部から砂埃が舞い上がるのを確認すると、ルカルカはすぐさま砲兵隊に、砲撃指示を出した。
 果たして砲兵隊の放った数十発の砲弾は、ほとんど一瞬にして前衛要塞部の城壁外郭を破壊し尽くし、主塔を崩壊させ、直接に要塞機構部へと突入可能な突破口を開くことに成功した。
 恐らくこの攻撃で、敵側の監視歩哨は一旦退くか、或いは上手くいけば再起不能に陥らせることが出来たかも知れない。
 いずれにせよ、これからしばらくは敵側の要塞からの反撃を気にすることなく、一気に突入していける。
 陸戦隊と空撃部隊の双方が、同時に突撃を開始した。
 まずウォーレン・アルベルタ(うぉーれん・あるべるた)ルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)ナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)といった面々が率いる各陸戦小隊及び中隊が砲火・銃撃を交えながら前進してゆく。
「やれやれ……まさか、もう一度ここで戦うことになるなんてねぇ」
 スナイパーライフルを小脇に抱えつつ、部下の兵員に狙撃と一斉掃射の配置を指示しながら、ルースはどこか感慨深げに低く呟いた。
 ところが、そんなルースの呑気な構えを敏感に察したのか、ウォーレンがわざわざ無線で釘を刺してきたものだから、ルースは僅かに慌てた。
『ルース大尉、のんびり構えないでくださいよ。五分後には、奥さんとエールヴァント君達が敵の第一波を引きずり出してくる筈なんですから』
「へいへ〜い、了解しましたですよぉ」
 思わず苦笑を浮かべながら、ルースは頭を掻いた。
 それからウォーレンが予告した通り、きっかり五分後になると、ナナの率いる部隊がじりじりと後退しつつ、ルースとウォーレンの両部隊が十字砲火を浴びせられる位置にまで、リジッド兵の一部を誘い出してきた。
 ナナの隊が十分に後方へと退いたところで、ルースとウォーレンの隊が一斉に十字砲火を浴びせた。
 小隊規模のリジッド兵が次々と倒れていく様を、ルースはどこか神妙な面持ちで眺めている。
 一方、敵の誘い出しに成功したナナの隊では、次なる誘導戦に備え、各兵員に弾薬が支給されていた。
「よしよし、良い感じだったね。この調子なら全部のリジッド兵を無力化するのに、そう長い時間はかからないかもね」
 ナナの隊に空爆担当として参加しているエールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)が、妙にほくほく顔で声を弾ませた。
 同じく空爆を担当するアルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)も作戦の第一波が上手くいったことで、上機嫌で鼻歌を鳴らしていた。
「ほんと、幸先良いよな。これでナナちゃんが独身だったら、最高なんだけどなぁ」
 アルフが本気とも冗談ともつかぬひと言で、部下の一般シャンバラ兵達に指示を出しているナナをちらりと見遣った。
 対するナナは、呆れた面持ちでアルフの物欲しげな視線に肩を竦める。
「んもぅ、何をいってるんですか。そんな風に気を抜いていらっしゃいますと、あらぬところで大怪我をしてしまいますわよ?」
 ナナに気を引き締めろといわれても、これだけ上手く作戦が進めば、なかなかそうはいかない。
 仕方なさそうに、ナナはやれやれとかぶりを振った。後でウォーレンに説教して貰った方が良いかも知れないとも思ったが、今はとにかく、任務に集中する方が先決であった。
「では、続けて第二波を仕掛けますわよ。皆さん、宜しい?」
 ナナの呼び掛けに、エールヴァントとアルフはほとんど同時に、力強く頷いた。

 ナナ、エールヴァント、アルフといった面々が指揮を執る囮部隊が、二度目の誘い出し戦術へと入った。
 その様子をウォーレンはじっと息を呑んで見つめていたが、どういう訳か首筋の辺りに、嫌な悪寒を感じてしまった。
「はて……何だ、今のは?」
 不快げに表情を歪めたウォーレンに、傍らの清 時尭(せい・ときあき)が怪訝そうな視線を向ける。
「どうか、したのか?」
「……いや、何でもない」
 そう答えてみたものの、実際のところは非常に気になって仕方がない。ウォーレンは思わず周囲を見渡し、何か変わったことがないかと視線をぐるりと走らせた。
「ちょっと、何やってるんですか。危ないから、頭を下げてくださいよ」
 ウォーレンのあまりに無防備な仕草を見かねて、ジュノ・シェンノート(じゅの・しぇんのーと)が袖を引くようにして注意を促した。
 尚もウォーレンがいうことを聞かないので、ジュノは半ば強引にウォーレンの上着の裾を引っ張り、無理矢理に頭を下げさせた。
「一体何をやってるんですか。無駄に怪我なんかして、こちらの手間を増やさないでくださいよ?」
「しかし、本当にどうしたんだ? 急に心ここに非ずみたいな顔になっちまって」
 ティール・マクレナン(てぃーる・まくれなん)もジュノ同様に、怪訝な表情でウォーレンの顔を横から眺めた。
 流石にパートナー達から一斉に突っ込まれてしまっては、ウォーレンも答えざるを得ない。
「いや、何ていうか……何だか妙に、嫌な予感がしちまってな」
「嫌な予感?」
 敏感に反応したのは、時尭だった。
 ジュノとティールは然程に気にした様子は見せなかったのだが、時尭だけは違った。
「その感覚は、案外重要かも知れん。戦場に於いてはそういう第六感というか、虫の知らせような感覚が、時として重要な予知だったりする場合が往々にしてあるものだ」
「そんなものかな」
 ウォーレンは時尭の言葉に、一瞬考え込んでしまった。
 しかしジュノとティールはあくまでも、目の前の任務に集中するべきだと異論を挟んだ。
「ぼーっとしてると、ナナさんの隊に危険が及んでしまいますよ」
「ジュノのいう通りだ。今は余計なことは考えず、敵の第二波に備えるんだ」
 結局のところ、ウォーレンはジュノとティールの言葉に従うことにしたのだが、それでも矢張り、あの嫌な悪寒が気になって仕方がなかった。
 一方、ナナ率いる囮部隊はリジッド兵の第二陣を誘い出しつつ、再び十字砲火地点へと後退を始めていた。
 ところが、敵の動きが妙に鈍い。
 第一波の時と比べて、恐ろしく慎重に前進しているように見えたのだ。
「何か、今回の連中は随分と臆病な奴らだなぁ」
 ナナの頭上で、エールヴァントが不機嫌そうに呟いた。
 本当に、敵は臆病になったのか――ナナの中では、それは違う、という結論に至った。
 敵はレイビーズによって人格がほとんど失われてしまっている戦闘人形に近しい存在なのである。そんな彼らが臆病という本能に基づく感情を、抱いたりするものなのだろうか。
 パニッシュ・コープスとの戦闘経験が無いナナには、そういった辺りの機微がよく分からなかった。
 ところが、リジッド兵は十字砲火地点の手前で完全に脚を止めてしまい、ひたすら威嚇射撃でこちらを牽制するばかりとなってしまった。
 こうなってくると、第一波の時とは明らかに何かが違う、と考えて然るべきであった。
「やっぱり……何かおかしいぞ!」
 珍しくアルフが真剣な表情で低く叫んだ、その時。
 不意に何者かが恐るべき速度で十字砲火地点を一瞬で駆け抜け、ナナ配下の一般シャンバラ兵達の頭上を飛び越えたと思った時には、既に背後を取られてしまっていた。
「おかしいと気付いた時には、もう遅いのだよ」
 声の主に、ナナ、エールヴァント、アルフの三人は背筋に冷たいものを感じた。
 ナナが振り向いた視線の先には、御鏡中佐が佇んでいたのである。

「御鏡兵衛!」
 ルースは愛する妻の危機に、思わず吐き捨てるように叫び、そしてスナイパーライフルを構えた。
 しかし、トリガーを引くことが出来ない。
 御鏡中佐はナナの部下達のど真ん中に立っており、彼らが射線を遮ってしまっていたのである。
「えぇい、くそっ!」
 普段からは想像も出来ない程の真剣な面持ちで、ルースは舌打ちした。この位置では、御鏡中佐を狙撃することが出来ない。
 もう少し、高い場所へ身を移す必要があった。
 ルースは意を決して腰を浮かしかけたが、その時突然、周囲に無数の銃撃音が一斉に鳴り響き、ルースの部下達が次々に倒れてゆく。
 一体、何が起きたのか――ルースが理解するよりも早く、御鏡中佐がナナ達の前から疾駆し、ほとんど一瞬にしてルースの目の前に現れた。
 と思った次の瞬間にはブレードロッドが空を裂き、ルースが手にしていたスナイパーライフルが真っ二つに叩き割られてしまった。
 御鏡中佐は恐るべき怪力を発揮し、ルースの胸倉を片手で掴んだまま、悠然と持ち上げた。
「部隊単位の待ち伏せというものはな、最初の一度だけが成功する使い捨ての戦術だ。二度目以降は逆に射線と射撃位置を特定される為、却って格好の的になってしまうのだよ。そんな基本中の基本を忘れ、待ち伏せを主戦術に据えるなどとはな……大尉にもなった程の男が、一体どうしたというのだ?」
 遠くで、ナナの悲鳴が響いた。
 ウォーレン達も救援に駆け付けようとしていたが、雪崩を打って襲いかかってくるリジッド兵の対処に手を取られてしまい、とてもルースを助けるだけの余裕などは無くなってしまっていた。
 リジッド兵はただ粛々と、そして整然と、弾丸の雨を容赦なく浴びせ続けてくる。そんな中で御鏡中佐は、ルースの首の骨を今にもへし折ろうとしていた。
 だが、それは叶わなかった。
 突然沸き起こったふたつの殺気が、御鏡中佐にルースを屠るだけの余裕を与えなかったのである。
 ふたつの殺気の正体は、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の両名であった。
「リジッド兵をMPKし損ねちゃったから、何してようかと思ってたんだけどね、まさかこんな美味しい展開が待ってるとは予想外だったわ!」
 セレンフィリティが至近距離に駆け込んできて、二丁拳銃での掃射を浴びせかける。
 しかし御鏡中佐はそれよりも早くルースを解放し、圧倒的な身体能力でセレンフィリティの射線上から身を退いていた。
「流石にヘッドマッシャー、回避能力は相当なものね」
 セレアナが別方向から射撃を加えるも、それらはことごとくブレードロッドによって弾き返されてしまう。
 尤も、ここまでの展開はセレンフィリティもセレアナも、あらかじめ織り込み済みであった。
「リジッド兵が出て来るよりも先にあのデカ物が余所に引っ張っていかれちゃったのは誤算だったけど、ここであんたと出会えたのは、嬉しい誤算ってやつかしらね」
「貴様らは、ザレスマンを討った二人組か」
 御鏡中佐の表情から、一切の余裕が消え去っていた。
 セレンフィリティとセレアナが、過去にヘッドマッシャーを倒した実績の持ち主であることを御鏡中佐は知っていたのである。
 ここでこのふたりを相手に廻すのは危険だ、と察知したのか、御鏡中佐は何もいわず、雪崩れ込んでくるリジッド兵と入れ替わるようにして後退していった。
「ルースさん!」
 必死の形相でナナが駆け込んできて、咳き込みながら立ち上がるルースにすがりついた。
 そんなふたりに、セレンフィリティが幾分申し訳なさそうに頭を掻く。
「えぇっと、あのねぇ……折角良いムードのところ申し訳ないんだけど、敵の大軍が一斉に押し寄せてきてるからさ、イチャラブは後のお楽しみってことでお願い出来るかしら?」
「あぁ……それはもう、勿論」
 未だ咳き込んでいるルースだったが、セレンフィリティの提案こそが、この場では最も正しい選択であることを誰よりも理解していた。