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レベル・コンダクト(第3回/全3回)

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レベル・コンダクト(第3回/全3回)

リアクション


【三 歪曲分子を巡って】

 満点の星が天空に広がる、稜線の片隅にて。

 ヒラニプラとヴァイシャリーを隔てる領境付近の山岳路に、三百名超の部隊が展開している。
 彼らは、東カナン西部の街ベルゼンとの間で交易ルートが開通されることを前提に、教導団が派遣した保安調査部隊である。
 この保安調査部隊に、ヘッドマッシャー・プリテンダーの容疑者とされる五人組のチームが組み込まれており、またこの五人の中から誰がプリテンダーであるのかを探り出すべく、ジェニファー・デュベール大尉を中心とする監査部隊が、同時に編入されていた。
 この監査部隊にはレオン・ダンドリオン(れおん・たんどりおん)中尉も参加しており、殺されたレブロン・スタークス少佐の仇を討とうと、冷静を装いながらも随分と鼻息を荒くしていた。
「……レオン、そんなギラついた目で見てたら、あからさまに怪しいよ。もうちょっと冷静にいくべきだと思うんだよ」
 教導団員ではないが、一時的に教導団の制服に身を包んでレオンと行動を共にしているレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が、呆れ気味にそっと耳打ちした。
 分かっている、とレオンは不機嫌そうに頷き返すが、依然としてその表情には怒りの念が張り付いており、今度はミア・マハ(みあ・まは)が落ち着けと言葉を重ねなければならなかった。
「そんなことでは、グレムダス贋視鏡を使うタイミングを逸してしまうかも知れんぞ」
「うっ……そ、それは分かってるさ」
 ミアから具体的な名称を持ち出され、レオンもようやく自分の興奮していた様を反省する気分になったようである。
 あらゆる映像の中から偽りの存在を映し出す究極の魔装具グレムダス贋視鏡を、レオンはまだ保持している。
 今回の保安調査任務で東カナンへと向かうついでに、ジーバス太守へ返却する腹積もりであったのだが、まさかのプリテンダー捜索任務参加に、レオンは今度こそ教導団内に潜む敵を全て暴き出す決意を固めていた。
 しかし、当初はグレムダス贋視鏡を用いるというアイデアを抱いていなかったのも事実であり、レキに勧められなければ、恐らく未使用のまま捜索を進めていたかも知れなかった。
「とにかく容疑者を全員、映像に捉えることさえ出来れば、後は何とかなるんだがなぁ」
 今や、映像分析のエキスパートとして各方面にその名を知られるようになっている裏椿 理王(うらつばき・りおう)が、レキとミアの傍らで調査記録用のビデオカメラの手入れを進めながら、困ったような顔つきで呟いた。
 というのも、映像資料記録班は保安調査任務の際には斥候要員に次ぐ位置を移動しなければならないのだが、五人の容疑者はいずれも武装要員として部隊の中段列に位置しており、理王から見て後方を進むことになっている。
 映像記録の観点からいえば、無駄に後ろばかりを振り向いていてはあまりに不自然となる為、五人の容疑者の位置を探す為に何度も後方の映像を捉えることは出来ないのが現状であった。
「お姫様抱っこでプリテンダーが分かると良いけどね」
「無理。全員、男だし」
 桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)の本気なのかよく分からない提案に、理王は速攻で否と応じた。
 彼にとっては、お姫様抱っこはある意味、神聖な儀式とも呼ぶべき行為であり、プリテンダー捜索の為に用いるなどとは論外だったらしい。
 このふたりのやり取りを、レキとミアは内心で呆れながら聞いていた。
「映像解析の腕は良いのに……何でこう、一芸に秀でたひとっていうのは変な趣味があるんだろうね」
「まぁ、それも個性というやつなんじゃろう」
 レキとミアが揃って首を捻っていると、後方の車列から佐々布 牡丹(さそう・ぼたん)レナリィ・クエーサー(れなりぃ・くえーさー)がメンテナンスが完了した交換機材を抱えて近づいてきた。
「はい、写真撮ってきました」
 牡丹が当たり前のように、カルロス・ヴァレンタイン少尉とのツーショット写真を差し出してきたので、理王は思わず牡丹の顔をまじまじと眺めてしまった。
「……よく、撮れたね」
「コーヒーご馳走するついでに、一枚如何ですか? って訊いたら、即OK貰ったんです」
 実のところ、牡丹はジェニファーの監査部隊には参加してはおらず、普通に保安調査任務に従事する為に、今回の部隊派遣に参加していた。
 いってしまえば、五人の容疑者に対しては内偵するような気配を一切見せていない為、彼らからの警戒も極めて薄くなっているのである。
 いい替えれば、無心の勝利というところであろう。
 しかし、理王は残念そうに溜息を漏らした。
「……この写真じゃ、グレムダス贋視鏡にかけても真偽は判明しないかなぁ。贋視鏡は、動いている映像でないと威力を発揮しないからな」
「あ、そうなんですか」
 肩を落とす理王だったが、牡丹は然程気にした素振りも見せず、全く別の質問を口にした。
「ところでデュベール大尉の零式電磁波なんですが、それって他の装置に組み込むことは出来ないものなんでしょうか?」
「それは無理だよ」
 応じたのは理王ではなく、レキであった。
「あれは、特定のDNAを持つ脳内で作用する精神波動だよ。君達が思っているような、装置とかそんなものじゃないんだよ」
「あれ、そうだったんだ」
 零式電磁波の基本概念を全く想像していなかったレナリィなどは、この時初めて理解した様子で、僅かに目を丸くしていた。
 機晶姫であるレナリィにはいまひとつピンときていない様子だったが、脳波もまた、脳細胞内を駆け巡る電流の一種であり、零式電磁波はその脳波から形成される外部放出式の電磁波なのだ。
 この辺りの理論は、実は理王と屍鬼乃もあまり理解していなかった。

 自分の知らないところで話題に上がっていたジェニファー本人はこの時、少し後方へ下がった位置の移動用トラック内で、何故か白衣姿に着替えていた。
 その隣では九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)がジェニファーそっくりの軍服姿に着替えており、髪形やメイクまでジェニファーの日頃のスタイルを真似るという徹底ぶりであった。
「どう? これでまた、以前のようにジェニファーさんの影武者が務まるかな?」
「今回も軍帽を目深に被って、なるべく顔をひとには見せないようにしないといけませんわね」
 すっかり『九条先生』になり切っているジェニファーだが、口調はいつもの調子だった。
「それにしても、ジェニファーさんが国軍所属だったっていうのは、正直驚きだったよね。以前聞いた話じゃ、元天学生だって話だったから」
「天学で強化人間について研究していたのは、事実です。その研究が評価されて、国軍にスカウトされたというのが実情ですけど」
 ジェニファーが苦笑しながら応じたところで、トラックのサイドウィンドウをノックする音が響いた。
 ジェライザ・ローズと同じく、ジェニファー護衛の任務に就いている五十嵐 理沙(いがらし・りさ)セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)のふたりが、顔を覗かせていた。
「夜食持ってきたわよ〜ん。今夜はワイヴァーンドールズ特製シシカバブよ!」
 食欲を刺激する香ばしい匂いが、開け放たれたトラックのドアから車内一杯に広がってきた。
 ジェライザ・ローズとジェニファーはすぐに胃袋を刺激され、理沙とセレスティアが差し出す銀色のプレートに遠慮なく手を伸ばした。
「ところでさ、さっき例の五人組を見てきたんだけど……何ていうか、ちょっとおかしいよね」
 理沙がいうには、ひとつのチームに少尉がふたりも在籍しているというのは、編成としては幾らかアンバランスなのではないかということであった。
「普通に考えれば、一個小隊に少尉もしくは中尉がひとりという編成なのに、たった五人のチームに少尉がふたりとは、どういうことなんでしょう?」
 セレスティアが、理沙の疑問に追従する形で言葉を重ねた。
 理沙としては、無駄に権限が重なっているふたりの少尉から内偵を進めてみるのが良いのではないかという意見が少なからずあった。
「そう……ですね。ヴァレンタイン少尉は裏椿少尉が見て下さっていますから、私の方はマーシャル少尉を監視した方が良いかも知れませんね」
「んじゃ、それで決まり。九条先生、マーシャル少尉だかんね」
 肉汁たっぷりのシシカバブをもぐもぐと頬張っていたジェライザ・ローズは、急に話を振られた為、思わず親指を立てて『了解』の意を返すしかなかった。
「でも、九条先生はレデラー軍曹が怪しいと見てましたよね?」
「んぅ? あぁ、あれは適当な意見だから」
 ジェライザ・ローズはもう一本のシシカバブに右手を伸ばしながら、残った左手を左右に振った。
 結局のところ、ジェニファーとジェライザ・ローズはふたりしてブレンダン・マーシャル少尉を監視することになった。
「後は……グレムダス贋視鏡を上手く活用出来る環境が整えば良いんだけどね〜」
「おや、例の贋視鏡、まだあったんだ」
 何気なく呟いた理沙のひと言に、ジェライザ・ローズは敏感に食いついた。
 グレムダス贋視鏡が使えるのなら、何とか五人を映像に捉えることが出来れば良いという話になる。
「理王ちゃんが、何とかあの五人を動画に収められないかって悩んでたよん」
「そういうことなら、うちの偽乳特戦隊を使おう。あの子達、隠し撮りとかやらせたら上手いよ。多分」
 ジェライザ・ローズの放った最後の『多分』というひと言に物凄い引っかかりを覚えながらも、理沙とセレスティアは取り敢えず、その案に乗るしかなかった。
 勿論、ただ隠し撮りだけに頼るのではなく、理沙とセレスティアも遠隔から五人の容疑者に注意を配ることを忘れてはいない。
 あくまでも護衛が主任務だが、容疑者からジェニファーを守る為にも、相手側の動向を掴んでおく必要があった。
「おふたりさん、一応ここでは私がジェニファーだからね。不自然にならないよう、お願いするよ」
「分かってるわよ九条先生……じゃなかった、ここじゃもう、ジェニファーさんって呼ばなきゃいけないんだったわね」
 理沙は自分の頭を軽く小突きながら、小さく舌を出した。

 牡丹とレナリィが再び例の五人のところへと戻ってくると、董 蓮華(ただす・れんげ)クィン・ガルシアーラ上等兵と雑談を交わしている最中だった。
 この時、牡丹とレナリィは全く気付いていなかったのだが、周辺にはアル サハラ(ある・さはら)が、ナノマシン拡散で浮遊して、クィンの言動を細かくチェックし続けている。
 そしてこの会話の外では、スティンガー・ホーク(すてぃんがー・ほーく)が各部隊の業務日誌点検という名目で、五人のここ最近の行動と、彼らの記憶にある行動に差異が無いかチェックしていた。
「何のお話をされているんですか?」
「あら、丁度良いところに来たわね。あなたは今年の夏、どんな予定を立ててるの?」
 蓮華はクィンに対し、夏の予定をさりげなく振ると同時に、ある確証を得る為の策を用いていた。
 そしてその結果が他の者と同じであるかを確かめる為に、たまたま歩を寄せてきた牡丹にも、同じ問いかけをしてみた。
 蓮華が用いた策とは『夏への扉』であった。
 牡丹は蓮華の意図を何となく察し、特に予定は立てていないが、出来れば休みを利用して、前々から興味があった機材展覧会に顔を出してみたいなどと答えてみた。
「あらま、あなた変わってるわねぇ」
 表面上は呆れた顔を見せた蓮華だったが、クィンと牡丹の両者に対して仕掛けた『夏への扉』が、いずれも同等の結果を示したことに、ある種の確信を抱きつつあった。
(クィン上等兵は、多分違うわね)
 蓮華は駄目押しとばかりに、最後の一手を用いることにした。これで同様の結果となれば、クィンはプリテンダー容疑から外しても良いといえるだろう。
「わぁっ、な、何ですか!?」
 急に牡丹が慌てて、周囲の空間を両手で払い始めた。
 同じように蓮華とクィンも、自分達の周囲に群がる無数の細かい影を、慌てて払い除けようとした。
 周囲に群がってきていたのは、蓮華があらかじめ仕掛けておいた『毒虫の群れ』だった。
 この毒虫の群れはスティンガーが操作しており、十数秒程度群がり続けた後、一斉に退散していった。
「ねぇ、大丈夫!?」
 やや芝居がかってはいたものの、蓮華は心配そうな面持ちで、毒虫の効果に苦しむクィンにコントラクター技能としての治療を試みた。
 結果は、成功。
 即ち、蓮華の仕掛けた技は、普通に効果を発揮したのである。
(やっぱり、彼は違う)
 ヘッドマッシャーは常時、その肉体周辺にPキャンセラーが発動している。
 今回、この場に於いては蓮華が用いた唯一の技能が、打ち消されることはなかった。それはつまり、クィンがPキャンセラー持ちではないことの、何よりの証であった。
「ちょっと待っててね。衛生兵を呼んでくるから」
 クィンの応急手当を牡丹とレナリィに任せ、蓮華は保安調査部隊の本隊が野営を張っている位置に向けて駆け出してゆく。
 が、その途中で別のトラックの陰へと走り込み、待機していたスティンガーと落ち合った。
「どうだった?」
「クィン上等兵の業務日誌だが、さっき蓮華が聞き出していた内容と、一部時間的に食い違う箇所があった」
 スティンガーの応えを受け、蓮華は矢張り、と小さく頷いた。
 もうここまでくると、疑いようがない。クィンは完全にシロだといい切って良いだろう。
「ヴァレンタイン少尉に対しては、裏椿少尉が佐々布経由で動画を入手することになっているらしい。それをグレムダス贋視鏡にかければ、プリテンダーの是非が判断出来る」
「ってことは、残るは三人って訳ね」
 蓮華は答えながら、闇夜を振り仰ぐように上空を眺めた。
 彼女の視線の先には、アルがナノマシン状態で浮遊しているのである。
「アル、クィン上等兵の監視は、もう良いわよ」
 するとアルは、僅かに実体化して蓮華とスティンガーの前に降り立ち、軽くウィンクで応じた。
「了解〜。それじゃあジェニファーさん達にも伝えてくるね〜」
 幾分軽い調子の声を残しながら、アルは再びナノマシン状態へと戻り、蓮華とスティンガーの前から去っていった。
 どうやら、そのままジェニファー達のもとへと向かったらしい。