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古の白龍と鉄の黒龍 第5話『それが理だと言うのなら、私は』

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古の白龍と鉄の黒龍 第5話『それが理だと言うのなら、私は』

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「……なるほど。そちらの言い分は理解した。争いが必要不可欠、それも真理の一面だろう」
 『天秤宮』の声に対し、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)が口を開く。見守るミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)に心配するな、と目で語り、言葉を続ける。
「だが、今必要なのは争いではなく、互いを理解し妥協点を探る対話である。そしてそれは龍族と鉄族を見れば、決して不可能ではない。
 争いで勝者と敗者とを分ける、それは野蛮な暴論だ。あなたはおそらく途方も無い時間を過ごし、物事を見てきたはず。そうして得た知識や経験は何のためにあるのだ?」
 アルツールの問いに、『天秤宮』は声を発しない。聞くつもりが無いのかそれとも反論出来ないのか分からないが、声を飛ばしてきた以上聞こえていない、ということはないだろう。
 それに、この場に居る者達が“先走り”、ルピナスを滅ぼそうとしてしまう事も考えられる。彼らに自制を促す意味も含めて、アルツールと彼のパートナーは『天秤宮』に言葉を投げかける。
「と言うかねえ……。『勝者は富を得、敗者は滅びる』なんて、僕の現役時代くらい昔の理屈じゃないの。それから何年経ってると思ってるんだ?
 僕みたいな年寄りでも、Win−Winの言葉くらい知ってるさ。今日ある文明の、発展して色々複雑になった背景に合わないにも程があるのだが、それでも君らは、対話より闘争を望むのかね? 力こそ全てだったあの時代の様に。司馬先生がいたなら『曹操の奴でも黄巾賊を青洲兵として取り立てるくらいの度量はあった』て言うさ」
 シグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)が『天秤宮』の言い分を、『古代の人間が考えそうなこと』として呆れてものも言えないと言った風体で評した上で、契約者に向けて言い放つ。
「戦いで決着とする、それはまさしく天秤宮の思う壺だ。
 僕の口から戦うな、とは言わない。だがそれはつまらないと思うし、情けないじゃない」
 言い終えたシグルズの後を引き継ぐように、ソロモン著 『レメゲトン』(そろもんちょ・れめげとん)が同様に『天秤宮』の言い分を否定し、戦おうとする契約者を抑え込もうとする。
「確かに生存競争というように、争いが生物に必要なのは不可欠……なんて言うと思ったか?
 方法はいくらでもある。共生と言う生き方もあれば、隔離された環境で静かに暮らさせる方法だってある。それらをまったく無視して、どちらか滅びるまで戦わせるとか、意味分からんわ。
 必要以上に他生物へ危害を加える可能性を見出された種族、と言うのなら、むしろ力を抑える事と、他者と対話する事を覚えさせる方が妥当ではないか。少なくとも契約者の中にはそれを実行し、その結果として今の下の様子があるのではないか。
 貴公が戦わせる以外に何をしたのかは知らぬが、戦わせるだけを行ってきたと言うのなら、無意味であった、と断言する。貴公は種族の性質を把握していながら、教訓も与えずに戦争に勝利したからと別世界に放り出した。そうした所で、いずれ同じことが繰り返されるのは明白であろうが。そう思わんか、ん?」
 『レメゲトン』の発言にも、『天秤宮』は沈黙を貫く。エヴァ・ブラッケ(えう゛ぁ・ぶらっけ)は過去の事例を出して、ミーミルや契約者に『天秤宮』の意思は絶対でないと説く。
「かつて、地球では世界を巻きこんだ戦争があったわ。でも、2度の大戦を経て、時代が過ぎネットワークや貿易等での結びつきが強くなり、そして兵器も強力になって行った結果、戦争は『割に合わない』競争になり多くは経済に取って代わられた。
 いつか、暴発して戦争になる可能性が無いとは言えないけれど、世の中が発展するというのはこういうことではないかしら。
 生物にとって争いが必要不可欠なのは認めるけれど、その争いが戦争のみと言うのなら、地球人類はとうの昔に自滅しているはずよ。人類は、自身を滅ぼすほどの力を手に入れてしまっているのだから」
 そうでありながら人類がこれだけ発展しているのは、彼らが自制し、これ以上悪くならないように努力するだけの力を持っているから。それを認めず、ただ争いによって事を解決しようとする『天秤宮』のやり方は、常としてはならない。それだけが解決する方法ではない。
「……ふむ。彼らはどう受け止めたか……」
 一通り発した後で、アルツールは辺りを見回す。たとえこれほど言った所で、生徒の中にはルピナスと戦おうとする者は居るだろう。やはり過去の事例が、それを教えてくれる。
「ミーミル、以前お父さんが言ったことを思い出すといい」
 アルツールが、ミーミルに向き直って語りかける。ミーミルが物事を正しく判断することが出来るように。
「前にも言ったと思うが、『多くの生き物は互いに様々な形で競争をしている以上、その競争の最たる形である戦争はある意味『自然な事』』だ。
 だが、戦争によってのみ、そして片方の絶滅を以ってすべからく決着とする者が居るならば、それは野の獣以下の化け物だろう」
 シャンバラの独立を祝う歌合戦の時に言われた言葉を、ミーミルは思い出す。生物が生きようとする限り、争いは無くならないのだと。でも生物は、人は理性を持っていて、いつか争いに落とし所を付ける事が出来るのだと。
「そうだ、人は感情のみならず理性もある生き物だ。だからこそ、時に戦いながらも言葉を交え、平和を希求する。それが自然界の理にとって不自然な事であり、そして打算的なものであったとしても、一時のものであったとしてもだ。
 故に、あえて言おう、天秤世界とやらは欠陥品のシステムだと。争うこと『のみ』が生物の本質であるならば、人には理性も言葉も文化もいらない、そうではないかな」
「はい、お父さんの言う通りだと思います」
 目を見てしっかりと頷いたミーミルに頷き、アルツールは言葉を続ける。
「そしてこうも言ったはずだ、『『戦いのための戦い』をしてはいけない』と。争いは生物に必要なものだが、戦争は数ある手段の一つに過ぎない。
 争いを管理するという天秤宮の言い分は理解出来ても、管理の方法が争いのみではとてもやっていけない。他に力を入れるべき点はいくらでもあるだろうに、それをしていないのならば管理する為の争いを起こそうとしていると見られても、決して言い過ぎとは言えまい。
 少なくとも、天秤世界という解決方法は我等の意思を反映しているとは言えないのだよ」
 一通りを口にし、アルツールは表情を緩めてミーミルに言葉を送る。
「おそらく、校長やアーデルハイト様、ミーナ、コロン達世界樹に関わる者達が何かを考えているだろうと思う。その結果イルミンスールは険しい道を歩く事になるかもしれない。
 だが、今話した事を留め、考える事を忘れない限り、恐れることはない。ミーミル、君はもう一人で答えを出せるだけの力を、身に付けているはずだからね」
「ありがとうございます、お父さん。……私、行ってきます」
 頷いて、ミーミルがアルツールの見送る視線を背に受けながら、ルピナスの下へ辿り着けるように願う。跳ぶような感覚を覚えて、そしてミーミルの姿はアルツール達の前から忽然と消えた。
「……アルツール、私達はどうするの?」
「契約者の拠点を探そう。帰るにはミーナの存在が必須だからな」
 アルツールの方針に頷いて、一行は次なる行動を開始した――。