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【真相に至る深層】第二話 過去からの螺旋

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【真相に至る深層】第二話 過去からの螺旋

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8:顕現せしもの



――それは、数秒ほど前のことだ。


 行く手を阻まれ、何度も邪魔をされては傷つき、苛立ちが増したのだろうか。
 気のせいでなく、荒くなっていくスカーレッドの攻撃は、自身への負担を度外視しして激しくなり、一度は優勢と思われた契約者達を押していた。
「とはいっても、このまま……っ」
「押し切れば、力尽きる筈……!」
 ノートとセレンフィリティががっきと鎌に組みつき、唯斗の腕が更に羽交い絞めにするようにスカーレッドの動きを止める。そのまま三者で押さえ込もうとした、その時だ。
「――退けッ!!」
 びりびりと空気を震わせる怒号一声。みしりと骨や筋に嫌な音がしたのにもかまわずに、スカーレッドの腕が力にあかせて、組み付いている三人ごと鎌を振り抜いた。
「うわ……っ」
「何て馬鹿力……ッ」
 軽く腕や足を抉られながらも、巻き込まれきる前にセレンフィリティたちは離脱したが、次の瞬間。振り抜いた動きをそのまま遠心力をのせて、足が舞いのようにステップを切った、ように見えた。
「危ない!」
 叫んだのは誰だったのか。足が地面を離れた刹那、スカーレッドの身体は契約者をそっちのけで、クローディスを閉じ込めている結界へと一直線に向かっていた。跳躍の力、そして振りぬいて回転のかかった鎌が、渾身の力で振り下ろされ――
「ぐ……ッ」
 その切っ先は、結界を庇うように正面へと飛び込んだ白竜の肩を、深々と抉った。鍛えられた体をしていても、結界を破るほどのスカーレッドの一撃だ。直前で幾らかいなし、羅儀の横槍が完全な正面激突こそ避けたが、鮮血が噴出し、その体が崩れ落ちる。
「―――……ッ」
 唐突に飛び込んだ目の前の光景に、クローディスが声を失う。彼女に、正確には彼女に接触するアジエスタに意識を沿わせていたティーは、二人の中で何かが同調するのを感じていた。
(紅い記憶……これは、失った時、の……ッ)
 目の前で噴き出した赤、叫びと痛み、悲しみ――伸ばしても手の届かない、その絶望感。上げられない叫びが、どちらのものかも判らないほど混ざり合って、視界を紅く塗りつぶしていく。恐らく二人の中にあった幾つかの記憶と、それに付随する感情とが、共振しあってしまったのだ。
「ティー、どうした?」
 一気にその顔色を悪くしたティーを鉄心が覗き込んだが、それにティーが応じようとする間に、戦局は動いていた。
「この……ッ!」
 幸か不幸か――散った白竜の血がほんの僅かにスカーレッドの視界を阻害したその瞬間に、リカインがその体を飛び込ませていた。長いリーチの武器は、懐に入ると極端にその利点が失せる。更には、リカインはその柄とスカーレッドの間に盾を強引に捻じ込み、その動きをがっきと奪った。当然それを振りほどこうと、ノートと同じくヴァルキリーであるスカーレッドの刀のような足技が払われたが、それも盾が阻んで直撃しない。苛立ち顕なスカーレッドに、リカインはそのまま腕を伸ばし、更にその動きを阻むために、スカーレッドの腕を掴んだ。
「無尽蔵状態が切れた今なら……!」
 その瞬間、嵌めていたアブソービンググラブが、触れた場所からスカーレッドのエネルギーを奪っていく。
「……ッ、離、せ……!」
 スカーレッドが僅かな焦りを見せると共に、片腕を鎌から外して直接リカインの首を狙って突き出そうとした、が。それだけ時間が稼げれば、他の契約者達にとって充分だった。
「女性にゃ、手荒な真似はしたかねぇけど、な!」
 縮界で影のように背後に接近した唯斗の足が、スカーレッドの足を払い、僅かに乱れた体制に腕を入れると、体の流れに逆らわない自然さで体を浮かさせると、そのままその体を文字通り「投げ飛ばした」。
「ぐ……ッ!?」
 視界が一瞬回り、それでも何とか鎌で床を削りながら威力を殺して着地だけは決められたものの、体勢を整えるよりも早く、望の手は札を放っていた。
「そこまでですよ」
 一声と同時、起動した稲妻の札がその身体に電流を走らせる。四肢を駆け抜けるそれには、流石にスカーレッドも体をのけぞらせた。
「……ッ、ぐ、ぁ、アァ、あ、あ……ッ!」
 だが、それでも。それでも尚スカーレッドは止まらない。寧ろ、残る全ての力を振り絞って尚も結界に狙いを定めた様子で、その鎌を振り下ろそうと、した。瞬間だ。
「させないわよ!」
 一声と同時に、ルカルカがスカーレッドの間合いへ飛び込むと、正中一閃突きを放っていた。ただし、本来は突き技であるそれを、無理矢理に峰打ちにしようとしたため、威力は大分そがれたが、それが逆に幸いだったのだろう。弾き飛ばされた身体は、衝撃音と共に柱に叩きつけられて、ガランと鎌が落ちる音を引きつれながらずるりとその膝が落ちた。そこへ、小次郎のワイヤークローがひゅう、と空を切って巻き付き、それが終局となった。それ自体は傷つけるものではないが、外部からのエネルギー補給を失ったことで、一気に蓄積されたダメージが来たのだろう。最後の攻撃は殆どとどめのような形で、スカーレッドの意識を奪ったようだった。再び動き出さないように、きっちりと拘束をかけながら、負傷した白竜たちと共に、望はリカバリを唱え始めた。
「これで、暫くは動けない、というか安静にしておきませんと……これ結構重症で……」
「……クローディスさん!?」
 望の呟きをかき消して、ツライッツが上げた緊迫の声に一同が振り返ると、青ざめたクローディスが氷の結界の中に倒れ込んでいた。一体何が、と緊張の走る中で、魔法を使って氷をせり上げさせ、その体を支えるようにして持ち上げたのは――腕の幾らかを鱗で覆い、角のようなのを頭部からせり出させる、変貌したディミトリアスの腕だった。
『――意識の急激な同調に、体が持たなかったのだろう。暫くすれば、どちらかが目を覚ます』
 そう言った声は、ディミトリアスとそうではない何者かの声が溶け合ったような不思議な響きで、契約者達の耳を打った。先程までディミトリアスを侵食しようとしていたものとは思えない穏やかな声に、歌菜がごくりとのぞを鳴らしながら口を開いた。
「……ディミトリアス、さん、ですか?」
 その問いかけには「そうでもあると言えるし、そうでないとも言える」と曖昧な答えが返る。だが、完全に乗っ取られている訳ではないところを見ると、ディミトリアスはその主導権を失っていないようだ。果たして、ディミトリアスに戻った声が「表面上の身体を貸している。断片的になるかもしれないが、会話が出来るはずだ」と告げて瞼を落としたのに、鉄心が口火を切った。
「龍……ポセイダヌスなのか」
『そうだ』
 混じった声が答える。
『ここは我が背、我が魂の坐。喚ばれた小さきもの達。何故、阻む』
「その二人が、大事だからです」
 淡々とした声が咎めると言うより、殆ど何の感情も無いような響きなのに気圧されそうになりながらも、きっぱりと言った歌菜の言葉に、ディミトリアスの体を借りた龍、ポセイダヌスは目を細めた。それが言葉の先を待っているのだと悟って、歌菜は更に続ける。
「そもそも、意図して阻もうとしたのではありません。あなたが何をしようとしているのか、何を願っているのか判らないから……だから、教えてくださいませんか。何を願って、どうしたいのか……」
『我が願いは、変わらぬ、唯一』
 歌菜の問いへの返事は速やかに、迷いも無い一声だった。ディミトリアスを介しているからなのか、時折途切れがちになりながらも、先程よりも感情の強さを感じさせる声が続けた。
『再び巫女と会う、共に逝く……それも最早、叶わぬ、だろうが』
「どういうことだよ?」
 不意に、独り言のように漏らされたポセイダヌスの言葉に、かつみが首を傾げると、ポセイダヌスは眉を寄せると、恐ろしいような腕がぐっと自らの胸元を押さえた。
『この身体に巣食う蛇――リヴァイアサタンが動き出す』
「リヴァイアサタン……それは、邪龍のことですね?」
 鉄心が問えば「そうだ」と答えが返る。
『奴の欲っすは、我、だ。他の、邪魔……は全て、壊す』
 そう言って差し出された右腕は、黒い鱗に覆われて、そこだけ異様を放っている。ポセイダヌスはそれを忌々しげにしながら、ガリ、とその爪で氷の結界の内側を削った。
『奴も同じく、目覚め。同じく、今、歌に沈む。が、長くが続かぬ。いずれ、この身を食い破る』
「あんたは龍だろう? ご自分でどうにか出来ないのか?」
 かつみが思わずと言った様子で首を傾げるのに、「出来ない」と静かな声でポセイダヌスは首を振った。
『我は封じられている。それを破ることは、出来ない』
「それは……破りたくない、と言う意味か?」
『そうだ』
 鉄心の問いへの返答も明確だ。「……だから、彼女を寄越せ、と言ったのか」と納得するように、鉄心は呟いた。破れないのではなく、破れない。それは破りたくない、と言うのと同義だ。龍はクローディスのことを器だと言った。それが龍が自身の封印を解くためにだとすれば、その使い道、つまり何の器かと言えば、答えはひとつしかない。人間に関心の無いはずの龍が、自身よりも優先する愛しい人……巫女だ。封印に使われた巫女の魂を移す為の器、ということだろう。器として使われた人間がどうなるか、ということについてはとりあえず今は考えないことにして、鉄心はなおも質問を重ねる。
「封印を解くことが出来れば、邪龍に勝てるか?」
『それも、不可能、だ』
 龍の言葉は、にべもない。
「我は既に老い、嘗ての力は、無い。できて、いくらか抑える程度、だ」
 そもそも龍の封印を解くということは、そのまま邪龍リヴァイアサタンの封印も同時に解くことになる。力は既に互角ではなく、かといって、このままいけば邪龍はポセイダヌスを内側から喰らうことになるのだ。龍を食らうことが出来れば、封印などものともせずに破るだろう。そうすれば、待っているのは龍脈の崩壊だ。伴って大陸へも影響するだろう。そして、龍の魂も、巫女の魂も共に、願ったように還る事も出来ずに消滅する。封印を解くにしろ、解かないにしろ、結末にさして違いはない、と龍は語った。封印を解くのを焦っていたのは、邪龍の力が増す前に、せめて巫女だけでも解放しようとしたためなのだろう。そもそも死を望んでいたためなのかどうか、邪龍を倒すことも、その後のことも興味のなさそうな様子のポセイダヌスに、かつみは眉を寄せた。
「……他に、他に何か、解決の方法はないのか?」
『お前たちの言うそれが、邪龍を倒す、ことならば、我ごと龍を倒すことだ』
 まるで他人事のように龍が言うには、ポセイダヌスの身体は既に龍脈の一部のようなものとなっているらしい。例えば殺された所で、その体が残っている内は龍脈の代用として機能するだろう、ということだ。
「……そうすると、確かに、邪龍が手出しできないうちに、キミごと殺してしまうのが、安全っちゃその通りだねぇ?」
 氏無がそんなことを言ったが、そんなことできるわけ無い、とルカルカが声を上げた。
「邪龍だけ、外に追い出しちゃうとか出来ないの?」
『我の力では、不可能だ』
 ポセイダヌスは矢張り他人事のように首を振ったのに、一同は軽い落胆に眉を寄せ、或いは肩を落としたが、ポセイダヌスはすっとその目を細めて、その鋭い爪を契約者達へと向けた。

『もし、可能とするならば、それは、お前たちが知る筈――……我らを封じたは、お前達だ、小さきものたち』

 その瞬間、契約者達の意識は一気に一万年の遠く昔へと、向かったのだった。