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【真相に至る深層】第二話 過去からの螺旋

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【真相に至る深層】第二話 過去からの螺旋

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6:思いを尽くし、手を尽くし


 スカーレッドと契約者達が激しい戦いを行っている傍ら。
 勿論、誰もがのんびりと過ごしているわけは無く、それぞれが自らの想う手段で、手を尽くそうとしている所で、シリウスもそんな中の一人だ。
「遺跡で見つけたって武器はそれだよな、えーとコンセント? さん?」
「コンナンドだ」
 シリウスの呼び方に、かくんと首を落としたコンナンドだったが、その手の扱いは何か妙に慣れているようですぐ立ち直ると、頷いて回収してあった武器を並べて見せた。その中から、シリウスは殆ど反射的に一本の槍を掴んでいた。思いのほか手に馴染む感覚で、それが自身が夢の中で持っていたものと同じだと直感的に悟る。石畳の紋様にも反応を示したことといい、干渉するかされるか、何かしら役に立つに違いない。
「最上階に、魔法陣が起動した形跡と、起点になってる部分があるっていうしな」
 その言葉に、ふむ、と首を捻ったのはリリだ。
「最上階の魔方陣か……。起動した形跡と言うのも気になるのだよ」
 神殿の最上階。契約者達が入ってきた入り口にあたる建物にあったという魔法陣は、位置から考えると、ディミトリアスのいる魔法陣の真上に当たる。もしかしたら、ディミトリアスの結界を強化するのに、その魔法陣が有効かもしれない。そこを調べてくる、と、足早に向かうシリウスの後を追い、リリもまたサビクの護衛を受けながらその場を後にしたのだった。
「今の所……歌い方を知ってるのは、三人だけ、かな?」
 その背を横目で見送る形になった一同の内、北都の視線に、頷いたのは自己申告してきた歌菜と千返 かつみ(ちがえ・かつみ)だ。控えめにではあるがそれに鉄心を加えた三名だ。勿論肝心の歌を思い出せていない者もあったからだろうが、多少の心許なさを感じつつ、それぞれが記憶を頼りにしながら、思い思いに魔法陣を囲うように配置についていく中、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は不安げにパートナーの鉄心を見上げた。この遺跡へ来る前から、ずっと不調が続いているのだ。その原因であるだろう夢も、個人差はあるようだが他の契約者達も影響が強くなっている傾向がある。ぎゅっと袖口を握るイコナの頭をくしゃりと撫でてやって、鉄心は安心させるように少し笑って見せた。
「龍か、邪龍か、人か……あるいはそれらが混ざってるのかもしれないが」
 少しは効果があればいいがな、と難しい顔の鉄心に、歌菜も羽純の手をぎゅっと握って、信じる心にほんの僅か混ざる不安を押し殺した。
 そんな中、同じように、パートナーを心配げに見ていたのはエドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)千返 ナオ(ちがえ・なお)の二人だ。ただし、こちらは心配の内容が少しばかり違ってはいたのだが。
「やっぱり……かつみ、ちょっと様子が可笑しいな」
「エドゥさんも、やっぱりそう思いますか?」
 エドゥアルトの小さな呟きに、ナオも声を潜めながら返した。
「俺たちに対してはいつも通りなのに……調子が悪いのかな?」
 その声音は、単純に体調が悪いのではないか、という心配が滲んでいたが、エドゥアルトの感覚はそうではなかった。クローディスやディミトリアスの封印に反対し、その犠牲を厭うのは、性格上判る。だがそこまで熱を込めるほど、失礼ながら二人とかつみは親交があったわけではない。その割りに、かつみは頑迷にこの場を動こうとしなかったのだ。まるでこの場から、いや誰かからか、離れたくない、とでも言うように。
「……気のせいか、執着、に近いような」
「?」
 ぼそりと呟いたエドゥアルトだったが、ナオにはそれは感覚として伝わらなかったらしい。首を傾げるのにほんの少しの苦笑を浮かべて「調子が悪い分、お手伝いしよう!」と前向きなナオに頷きながらエドゥアルトは複雑な顔で、何かを思い浮かべるようにじっと瞼を閉じて、心を落ち着けようとしているらしいかつみを眺めた。あれではまるで……と考えたところで、エドゥアルトは首を振る。
(まさか……ね)

 そうして、彼等が歌の準備にかかっていた中、ティー・ティー(てぃー・てぃー)はそっとクローディスの閉じ込められた氷の結界に掌を這わせた。首を傾げるクローディス、いや、その向こうに接触してきているらしい“アジエスタ”に、ティーは囁くように声をかけた。
「……ティユトスさんを助けたいのですね」
 びくり、とその声にクローディスの肩が揺れる。そして、その口から紡ぎ出されたのは彼女のものではない声だった。
「……助けたい。それしか、私には……残って、いない」
 切れ切れの声が告げるに従って、クローディスの表情は険しくなる。体に負担が掛かっているのだと、ティーが眉を寄せ、それ以上を躊躇ったが、首を振ったのはクローディスの方だった。
「……まだ、大丈夫だ。聞きたいことが、あるん、だろう?」
 情報は得ておくべきだ、と告げるクローディスの強い目線に頷き、ぐっと心を鬼にするようにして、クローディスの中にあるアジエスタの意識へと語りかけた。
「……あの子は、今どこに?」
 その瞬間だ。クローディスががくりと膝を折った。アジエスタの強い感情が揺れたのだろう、ティーが顔色を変える中、その耳に「それ」は届いた。
 柔らかな旋律、優しい響きだった。風のそよぐ草原、暖かな日差し、大地の香り。言葉は判らないのに、不思議とそれを感じさせるその歌は、かつてこの神殿で歌われていた「眠りの歌」だ。かつみの高い旋律に、歌菜の抑えたような歌声が絡んで支える。其れに更に深みを与えているのは、エドゥアルトの歌姫としての能力と、鉄心とそれにそって声を合わせるイコナの音だ。剣戟と打撃音の響く戦場と隣あわせとは思えない美しい歌に、気がつけばクローディスの表情は随分と穏やかになっていた。
「……あの子の、肉体は、滅んで……いる。けれど、まだ……たましい、が残って……」
 切れがちな声は、ただの接続の強弱だとわかっていたが、まるで泣いているような声に聞こえて、ティーは氷越しに掌を、額を合わせようとするように寄り添った。
「……あなたは、助けたいんですね」
 優しいティーの声に、こくりと頷きが返される。向き合ったクローディスは、複雑な顔で苦笑した。
「「たとえ何を犠牲にしても」……そのために、私が必要なんだろうな」
 正確には私の身体だろうが、と口にするクローディスは、どこか仕方が無いとでも思っているかのようで、ティーが気色ばむと「別に提供してやるつもりじゃないぞ」と苦笑して、目を伏せた。
「ただ……本当に“アジエスタ”は、彼女を助けることしかもう、残っていない……そんな感じだ」
 そう告げて、苦しいような悲しいような、それでいて憐れむような目でディミトリアスを見やったのは、クローディスだったのか、アジエスタだったのか、ティーには判らなかった。

 そして、かつみたちの歌は、クローディス以外にもその影響を見せ始めていた。
 コンナンド達がディバイスの力を幾らか抑えていることもあるのだろうが、歌菜たち三人を中心に据えた合唱は、とても初めて声を合わせたとは思えないような調和と共に、優しい歌を大聖堂へと満たす。淡く光すら浴びているような錯覚の中、ディミトリアスに纏わりついてた黒い光は心なしか薄れ、あれだけ脂汗を流していたディミトリアスも、呼吸を整えるだけの余裕を取り戻しつつある。
(効果がある……ということは、やはり龍なのか?)
 鉄心は目を細めたが、まだ確信までには至らなかった。漠然としたものだが、安易にそう決め付けてはいけないとどこかが警告しているのだ。
(ディミトリアスは複数の思念が渦巻いている、と言っていた。であれば、今影響を受けているのが龍だとしても、まだ他に脅威になる存在がディミトリアスに残っている可能性もある。もし、それが邪龍であれば……どうだ)
 そもそも、ポセイドンに封じられているという龍が、ポセイダヌスであると誰が言ったわけでもなかった。都市を背中に載せているのが龍だとも、何処にも名言はされていない。あるいは両者が同一のものである可能性があるのではないか――……そんな、ぽつり、と生まれた疑念は、染みのように広がっていったのだった。